固体/液体界面の電気二重層を真空中で精密解析

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2018/11/12  理化学研究所

電気化学反応を原子・分子レベルで理解する方法

理化学研究所(理研)開拓研究本部Kim表面界面科学研究室のレイモンド・ウォン特別研究員、横田泰之専任研究員、金有洙主任研究員らの共同研究グループは、固体/液体界面の「電気二重層[1]」の状態を溶液中および真空中で精密に測定できる複合システムを開発しました。

本研究成果は、今後、蓄電池[2]や電気二重層キャパシタ[2]などの電気化学デバイス[3]、二酸化炭素還元の電極触媒[4]などの開発において、より高効率な設計を行う指針を与えると期待できます。

固体/液体の界面近傍に大きな電位差が生じる電気二重層では、さまざまな電気化学反応が進行しますが、その詳細はよく分かっていないのが現状です。

今回、共同研究グループは、電解質溶液中の電極に電圧をかけた際に、界面に形成される厚さ1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の電気二重層を真空中に取り出すことに成功しました。印加電位に応じて可逆的な酸化還元反応を起こすフェロセン[5]という錯体分子を電極に固定することで、電気化学測定[6]と光電子分光測定[7]の組み合わせにより、真空中でも電気二重層が保持されることを示しました。

本研究は、米国の科学雑誌『Journal of the American Chemical Society』(10月24日号)の掲載に先立ち、オンライン版(10月2日付け:日本時間10月3日)に掲載されました。

固体/液体界面の電気二重層を真空中で精密解析

図 電気二重層を溶液中(左)と真空中(右)で精密測定する複合システムの概略

※共同研究グループ

理化学研究所 開拓研究本部 Kim表面界面科学研究室
特別研究員 レイモンド・ウォン(Raymond A. Wong)
専任研究員 横田 泰之(よこた やすゆき)
主任研究員 金 有洙(キム ユウス)

富山県立大学 工学部 環境・社会基盤工学科
准教授 脇坂 暢(わきさか みつる)
山梨大学 クリーンエネルギー研究センター
教授 犬飼 潤治(いぬかい じゅんじ)

※研究支援

本研究の一部は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業ACCELの研究開発課題「ダイヤモンド電極の物質科学と応用展開(JPMJAC1402)」(研究代表者:栄長泰明(慶應義塾大学 理工学部 教授)、プログラムマネージャー:塚原信彦(JST))による支援を受けて行われました。

背景

今から200年以上前に水の電気分解が報告されて以来(図1(a))、固体電極とイオンが溶けた電解質溶液の界面(固体/液体界面)で進行する電気化学反応について、多くの研究が行われてきました。その一つである「電気二重層」とは、プラスの電極の近くに陰イオン、マイナスの電極の近くに陽イオンがそれぞれ多く分布する厚さ1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の層状態のことであり、界面近傍には大きな電位差が生じます(図1(b))。これを利用して、電子の授受を伴うさまざまな電気化学反応(酸化還元反応)が進行することが知られています。

近年では、持続可能な社会に向けて、蓄電池などの電気化学デバイスの開発が急務とされています。そのため、デバイス性能を決める固体/液体界面の電気二重層の詳細を原子スケールで評価する手法の開発が求められていますが、電解質溶液が邪魔をすることから界面測定は非常に難しいという問題があります。

もし、ある印加電位のときの電気二重層の状態を保持したまま電極を溶液中から真空中へ取り出すことができれば、電極表面上に存在するイオンや溶媒分子の状態を把握できるだけでなく、電気化学反応前後の化学種や反応中間体の様子を捉えることが可能になります。このような試みの一部については、1970年代から1980年代にかけて先駆的な研究が行われました。しかし現在では、溶液中の電極を直接評価する、その場計測またはオペランド計測が主流となっており、真空中でしかできない精密計測によって、何がどこまで解明できるかは分かっていません。

研究手法と成果

共同研究グループは、既存のその場計測またはオペランド計測では解明が難しい、イオンの大きさ程度しかない厚さ1nmの電気二重層の詳細を明らかにするため、溶液中の電気化学反応と真空中の光電子分光を同一試料で計測できる複合システムを開発しました(図2)。このシステムを用いると、「溶液中の電気化学測定→電極の引き上げ→真空中の光電子分光測定」を繰り返し行えます。電気化学測定では、電気二重層において酸化還元反応がどれくらい進行したかが分かるのに対し、光電子分光測定では、どの元素がどのような状態で存在するか、分子はどれくらい酸化されやすい状態か、印加電位が保持されているかといった重要な情報を得られます。

溶液から引き上げた後の電極が電気二重層の情報を保持しているかを検証するため、溶液中で印加電位に応じて酸化還元反応を示すフェロセンという錯体分子をプローブとして電極に固定して、電気化学測定と光電子分光測定により化学的な状態を追跡しました。

まず、電解質として過塩素酸ナトリウム(NaClO4)を溶かした溶液中で、従来と同じ電気化学測定を行った結果、印加電位に応じてフェロセン分子の酸化数が0と+1の間(フェロセン分子中の鉄原子の酸化数は+2と+3の間)を可逆的にスイッチすることが分かりました(図3a)。次に、この酸化数0と+1の印加電位の状態で、電極を溶液からゆっくり引き上げて真空中に移し、X線光電子分光測定を行いました。その結果、フェロセン分子の酸化状態が真空中でも保持されており、酸化数が+1の場合は陰イオン(過塩素酸イオン;ClO4−)と微量の水分子(H2O)が検出されました(図3b)。さらに、より高分解能の紫外光電子分光測定を行ったところ、溶液中での印加電位の違いが真空中でも保持されていることが、電子放出に関する仕事関数[8]の値の可逆変化から分かりました(図3c)。

酸化数0の状態は電気化学測定を行う前の試料と似た状態ですが、+1の状態は溶液中の操作を通さないと実現されないため、今回の実験は、新しい機能を持つ表面創成(例えば電気二重層の仕組みを利用して動作する超伝導や磁石など)という観点からも重要だと考えられます。

今後の期待

本研究では、電気化学測定と光電子分光測定ができる複合計測システムを用いることで、真空中においても固体/液体界面に形成される電気二重層が保持されることを示しました。この検証実験の最も重要な成果は、溶液中で起こる電気化学反応の詳細を真空中で精密解析することに意義があると見いだしたことにあります。

今回は、最も直接的な証拠が得られる光電子分光測定で解析を行いましたが、今後、さまざまな測定手法を有効に組み合わせることで、電気化学反応の原子・分子レベルでの理解が進展すると考えられます。例えば、原子分解能で観察できる走査プローブ顕微鏡[9]を用いれば、電気二重層のイオンがどのように分布し、酸化還元反応がどのように進行するかなどの情報が得られると期待できます。

原論文情報

Raymond A Wong, Yasuyuki Yokota, Mitsuru Wakisaka, Junji Inukai, Yousoo Kim, “Discerning the Redox-Dependent Electronic and Interfacial Structures in Electroactive Self-Assembled Monolayers”, Journal of the American Chemical Society, 10.1021/jacs.8b05885

発表者

理化学研究所
主任研究員研究室 Kim表面界面科学研究室
特別研究員 レイモンド・ウォン(Raymond A. Wong)
専任研究員 横田 泰之(よこた やすゆき)
主任研究員 金 有洙(キム ユウス)

 

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

補足説明
  1. 電気二重層
    一例として、電解質溶液(イオンの溶けた溶液)の中で2本の電極に電圧をかけると、プラスの電極の近傍に陰イオン、マイナスの電極に陽イオンが多く分布し、電気的に引き合う。界面近傍に大きな電位差が生じる。この層状領域を電気二重層と呼び、一般的にイオン濃度が高いほど層の厚さは薄くなる。
  2. 蓄電池、電気二重層キャパシタ
    どちらも電気化学の仕組みで電気を蓄えられるデバイス。蓄電池が電極近傍での電子授受・電気化学反応を伴うのに対して、電気二重層キャパシタは電気二重層の充電によって電気を蓄える。
  3. 電気化学デバイス
    電気化学(物質間の電子授受や、電気エネルギーと化学エネルギーの変換などを取り扱う学問)の原理を利用したデバイスの総称。
  4. 二酸化炭素還元の電極触媒
    電気化学の原理で二酸化炭素を還元し、有用な化学種に変換するための触媒。より効率的で、生成物選択性が高く、安定な電極触媒の開発が望まれている。
  5. フェロセン
    Fe(C5H5)2という化学式で表わされ、鉄原子が二つの炭素の五員環骨格に挟まれた構造を持つ。鉄が+2価と+3価の二つのイオン状態を取りやすいことから、安定な電子授受を示す。特に、電気化学や有機金属化学の分野で有名。
  6. 電気化学測定
    電気測定により物質間で起こる電子授受(酸化還元反応)を調べる測定方法。
  7. 光電子分光測定
    X線や紫外線などの光を試料に照射し、放出される電子の運動エネルギーを測定することで、物質内の電子の様子を探る測定。一般的には、エネルギーの高いX線を用いると物質の元素の区別が可能で、X線よりはエネルギーの低い紫外線を用いると物質の反応性に関する情報を得ることができる。
  8. 仕事関数
    一例として、光電子分光測定で光を照射した際、試料から電子を放出させるには仕事が必要である。この仕事の最小値を仕事関数といい、試料の状態により決まる。
  9. 走査プローブ顕微鏡
    原子間力顕微鏡や走査トンネル顕微鏡といった探針を用いた走査プローブ顕微鏡の総称。原子レベルで鋭い探針と物質との相互作用を通じて、表面の原子配列、電子状態などを可視化することができる。

 

水の電気分解と固体/液体界面の電気二重層の模式図の画像

図1 水の電気分解と固体/液体界面の電気二重層の模式図

(a)水を電気分解すると、プラスの電極(陽極)に酸素、マイナスの電極(陰極)に水素が発生する。
(b)動けるイオンが存在する電解質溶液中で電圧をかけると、プラスの電極近くには陰イオン、マイナスの電極近くには陽イオンが分布し、それぞれイオンの大きさ程度(~1nm)の厚さの電気二重層が形成され、界面近傍には大きな電位差が生じる。

開発した複合システムの写真(左)と電気二重層保持の実験操作(右)の図

図2 開発した複合システムの写真(左)と電気二重層保持の実験操作(右)

電解質溶液中で電圧を加えたまま電極をゆっくり引き上げると、電気二重層の状態を保持したまま真空環境が必要な光電子分光測定を実行できる。

フェロセン固定電極を用いた電気化学測定と光電子分光測定の結果の図

図3 フェロセン固定電極を用いた電気化学測定と光電子分光測定の結果

(a)過塩素酸ナトリウム(NaClO4)電解質の溶液に、およそ0.1~0.5Vの電圧をかけて電気化学測定を行った。その結果、フェロセン分子の酸化数は印加電位が0.1V程度では0に、0.5V程度では+1となり、可逆的にスイッチすることが分かった。
(b)(a)の酸化数0と+1の状態で、それぞれプラスの電極を溶液からゆっくり引き上げ、真空中でX線光電子分光測定を行った。その結果、(a)の酸化状態が保持され、酸化数+1のときは陰イオンの過塩素酸イオン(ClO4−)と中性の水分子(H2O)が検出された。
(c)さらに、紫外光電子分光測定を用いてより高分解能の実験を行った。その結果、フェロセン分子の酸化されやすさ、つまり電子の与えやすさが1.6eV程度であること、また仕事関数の値の可逆変化(黒矢印)が確認された。これにより、真空中に導入しても引き上げ前の電位が保たれていることが示された。

1701物理及び化学
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