プラズマ誕生の瞬間を観測 X 線自由電子レーザー照射によるプラズマ生成機構を解明

ad

2018/09/20 京都大学,東北大学,広島大学, 理化学研究所

永谷清信 理学研究科助教、上田潔 東北大学教授、福澤宏宣 同助教、ローレンツ・セダーバウム ドイツ・ハイデルべルグ大学教授、和田真一 広島大学助教、矢橋牧名 理化学研究所グループディレクター、登野健介 高輝度光科学研究センターチームリーダーらの研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAから供給される非常に強力なX線の照射によって、物質からプラズマが誕生する瞬間を捉えることに成功しました。

本研究成果は、2018年8月2日に、米国の科学雑誌「Physical Review X」のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント
近年、日本の自由電子レーザー施設SACLAでは高度なX線レーザーを用いた様々な研究が展開されており、本研究でも見られるように、学生や若手の研究者が研究の第一線で活躍している新しい研究分野です。これから科学研究を希望する多くの方々にもこの分野の研究に興味を持っていただけたらと思います。関連研究は基礎物理から生物学まで多岐に渡っており、詳しくは、SACLAのWebサイトなどをご覧ください。

概要

X線自由電子レーザー(XFEL)はわずか10フェムト秒(1フェムト秒は千兆分の1秒)の照射時間という極短パルスを生成する超高強度X線源です。XFELを用いるとこれまでは見ることが出来なかった超高速・超微細な現象を見ることができるため、ライフサイエンスやナノテクノロジー・材料分野をはじめとする幅広い科学技術分野でXFELの利用研究が期待されています。

XFELを物質に照射すると、物質の種類を問わず、プラズマが生成します。XFELの有効利用のためには、このプラズマ生成メカニズムとその時間スケールを知ることが不可欠です。本研究グループは、プラズマの誕生の瞬間に着目し、XFEL照射後、わずか数百フェムト秒の短時間で起こるプラズマ生成過程を観測することに成功しました。

また、理論計算で観測結果を再現し、励起原子(粒子の衝突によってエネルギー持った原子)が、プラズマ生成のごく初期段階におけるエネルギーと電荷の移動に重要な役割を担っていることを明らかにしました。本研究成果により得られた超高強度X線と物質との相互作用が誘起する超高速現象に関する新たな知見は、今後のXFEL利用研究に不可欠だと考えられます。

図:ナノプラズマ誕生のメカニズム

詳しい研究内容について

プラズマ誕生の瞬間を観測 国際チームがX線自由電子レーザー照射によるプラズマ生成機構を解明

プラズマ誕生の瞬間を観測 国際チームが X 線自由電子レーザー照射によるプラズマ生成機構を解明

【研究のポイント】
・高強度 X 線自由電子レーザー照射によるプラズマ誕生の瞬間を観測。
・実験と理論計算により高強度 X 線照射プラズマ生成機構を解明。

【概要】
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大 学大学院理学研究科永谷清信助教のグループ、ドイツのハイデルべルグ大学 のローレンツ・セダーバウム教授のグループ、広島大学大学院理学研究科和田 真一助教のグループ、理化学研究所放射光科学研究センターXFEL 研究開発部 門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度 光科学研究センターXFEL 利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術 開発チーム登野健介チームリーダー等による合同研究チームは、X 線自由電子 レーザー(XFEL)*1 施設 SACLA*2 から供給される非常に強力な X 線の照射によ って、物質からプラズマ*3が誕生する瞬間を捉えることに成功しました。
XFEL はわずか 10 フェムト秒(1 フェムト秒は千兆分の 1 秒)の照射時間と いう極短パルスを生成する超高強度 X 線源です。XFEL を用いるとこれまでは 見ることが出来なかった超高速・超微細な現象を見ることができるため、ライ フサイエンスやナノテクノロジー・材料分野をはじめとする幅広い科学技術 分野で XFEL の利用研究が期待されています。XFEL を物質に照射すると、物質 の種類を問わず、プラズマが生成します。XFEL の有効利用のためには、この プラズマ生成機構とその時間スケールを知ることが不可欠です。
今回の研究では、プラズマの誕生の瞬間に着目し、XFEL 照射後、わずか数 百フェムト秒の短時間で起こるプラズマ生成過程を観測することに成功しま した。また、理論計算で観測結果を再現し、励起原子*4がプラズマ生成のごく 初期段階におけるエネルギーと電荷の移動に重要な役割を担っていることを 明らかにしました。
本研究で得られた超高強度 X 線と物質との相互作用が誘起する超高速現象 に関する新たな知見は、今後の XFEL 利用研究に不可欠であると思われます。 本研究の成果は、2018 年 8 月 2 日午前 10 時(米国東部夏時間)に発行され た米国の科学雑誌『Physical Review X』に掲載されました。

【詳細な説明】
1.背景
XFEL は、わずか 10 フェムト秒の照射時間という極短パルスの高強度 X 線で す。XFEL の誕生により、これまでは見ることが出来なかった超高速・超微細 な現象を見ることができるようになりました。そのため、ライフサイエンスや ナノテクノロジー・材料開発をはじめとする幅広い分野で、XFEL を利用した 新たな科学技術の創出を目指し、世界中の研究者が XFEL を利用して活発に研 究を進めています。しかし、このような XFEL 利用研究を推進するためには、 高強度 X 線を物質に照射した際に起こる反応過程を理解しなければなりませ ん。
XFEL の照射が物質に引き起こす代表的な現象の一つとして、プラズマ生成 が挙げられます。数千個の原子の集合体であるクラスター*5 に XFEL を照射す るとナノメートル(1 ナノメートルは 10 億分の 1 メートル)サイズの微小空 間内に正の電荷と負の電荷が混在する(ナノプラズマ)が生成します。X 線照 射により、初めに原子から内殻軌道*6の電子が剥ぎ取られます。内殻電子を失 った原子は高いエネルギーを保有し、不安定であるため、さらに複数個の電子 を段階的に放出し、エネルギー的に安定した多価の原子イオンになります。 SACLA から供給される高強度 X 線をクラスターに照射すると、クラスター内の 多数の原子から大量の電子が放出され、ナノプラズマが生成します。この XFEL の照射によるプラズマ化現象は、あらゆる物質で起こる過程ですが、あまりに も早く起こる過程であるため、その詳細は明らかにされていませんでした。本 研究では、XFEL 照射によってクラスターからナノプラズマが生成するまでの 超高速過程を捉え、その詳細な生成機構(図 1)を解明しました。

図 1 ナノプラズマ誕生のメカニズム。(A)高強度 X 線が原子クラスターへ 照射され、(B)半数以上の原子が複数個の電子を放出し、多価原子イオンに なる。(C)イオン化されていない原子が、電子との衝突によりエネルギーを 受け取り、励起状態になる。(D)励起原子対の間でエネルギーが移行し、電 子がさらに放出される。(E)微小空間内に多数の原子イオンと電子が混在し たナノプラズマが生まれる。
2.研究の手法と成果
キセノン原子で構成された原子クラスターに SACLA から供給された XFEL を 照射して、ナノプラズマを生成しました。このナノプラズマは、ピコ秒(1ピ コ秒は1兆分の1秒)程度の時間をかけて徐々に膨張し、最終的には多数の原 子イオンを放出して消失します。XFEL 照射により生成したナノプラズマに、 近赤外レーザーを照射し、放出される多数の原子イオンの収量を計測するこ とで、ナノプラズマの近赤外レーザーに対する応答を調べました。
誕生した瞬間のナノプラズマは高い電子密度を持ち、近赤外レーザー光を 吸収することは出来ません。しかし、ナノプラズマが徐々に膨張し、その電子 密度が低くなると、近赤外レーザーによるプラズマ加熱がおこり、原子イオン 収量が増加していきます。二価の原子イオンの収量は、プラズマ膨張、つまり プラズマが消えていく時間スケールで比較的ゆっくりと増加していきました。
  それに対し一価の原子イオンは、XFEL 照射後わずか 10 フェムト秒程度の時定 数で突発的に増加しました。この突発的な増加は、XFEL パルスを照射してい る間に生成した電子がまだ中性である原子と衝突し、励起原子を生成してい ることを示しています(図1(C))。さらに、この二次的に生成した励起原子 は、原子間クーロン緩和*7によって、別の励起原子からエネルギーを奪い取り、 自身はイオン化します(図1(D))。本研究では、理論計算で実験結果を再現 し、励起原子の生成とそれらの原子間クーロン緩和が、プラズマ誕生に密接に 関わっていることを明らかにしました。
3.今後の展望
これまでの研究では、ナノプラズマ生成過程におけるエネルギー移動・電荷 移動を司る過程として、電子とイオンが再結合する過程、電子衝突により原子 がイオン化する過程など、電荷を持つ粒子が関与する過程が主に考えられて いました。本研究により、電荷を持たない中性の励起原子もナノプラズマ生成 におけるエネルギー移動・電荷移動の重要な役割を担っていることが明らか になりました。高強度 X 線の照射によるプラズマ誕生のメカニズムが明らか にされ、SACLA の XFEL を利用した科学技術開発に繋がると期待されます。 本研究の手法により、10 フェムト秒の時間スケールで起こる超高速過程を 捉えることに成功しました。この高時間分解測定法は、XFEL 照射によるナノ プラズマの誕生だけでなく、これまで捉えることが困難だった他の超高速現 象の観測にも応用できると期待されます。
本研究は、東北大学の上田潔を代表とする文部科学省 X 線自由電子レーザ ー重点戦略研究課題、5 附置研究所間アライアンス、多元研プロジェクトの支 援を受け、遂行されました。
【用語解説】
*1 X 線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X 線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉 性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発 光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器 の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザ ー発振を行う。
*2 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めての XFEL 施設。科学技術基本計画における 5 つの国家基幹技術の 1 つとして位置 付けられ、2006 年度から 5 年間の計画で整備を進めた。2011 年 3 月に施設が 完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取って SACLA と命名された。諸外国で稼働中あるいは建設中の XFEL 施設と比べて数 分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、0.1 ナノメートル以下と いう世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
*3 プラズマ
空間内に正の電荷をもつイオンと負の電荷をもつ電子が混在している状態。 気体、液体、固体に次ぐ第 4 の状態とも呼ばれる。
*4 励起原子
原子に光や電子などの粒子を衝突させると,原子はエネルギーを受け取り励 起状態に移る。このようにしてできたエネルギーを持った原子を励起原子と 呼ぶ。
*5 クラスター 原子・分子が複数個集まって生成した集合体のことをクラスターと呼ぶ。不活 性な原子でも弱い分子間力(ファンデルワールス力)により数個から数万個を 超えるサイズのクラスターを生成することができ、気体でも個体でもないそ の中間にある状態
*6 内殻軌道 原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子核に近い電子軌道を 内殻軌道と呼び、内殻軌道に収容されている電子を内殻電子と呼ぶ。
*7 原子間クーロン緩和 励起された原子・イオンの近くに他の原子集団が存在すると励起原子・イオン の脱励起に伴って他の原子集団の電子緩和がおきることが多々ある。この緩 和過程は原子間クーロン過程と呼ばれ、原子間のエネルギー移動・電子移動を 司る重要な機構の一つである。
【論文情報】
雑誌名:Physical Review X 8, 031034 (2018)
論文タイトル:Following the birth of a nanoplasma produced by an ultrabrief hard-x-ray laser in xenon clusters
著者名 :Yoshiaki Kumagai, Hironobu Fukuzawa, Koji Motomura, Denys Iablonskyi, Kiyonobu Nagaya, Shin-ichi Wada, Yuta Ito, Tsukasa Takanashi, Yuta Sakakibara, Daehyun You, Toshiyuki Nishiyama, Kazuki Asa, Yuhiro Sato, Takayuki Umemoto, Kango Kariyazono, Edwin Kukk, Kuno Kooser, Christophe Nicolas, Catalin Miron, Theodor Asavei, Liviu Neagu, Markus Schöffler, Gregor Kastirke, Xiao-jing Liu, Shigeki Owada, Tetsuo Katayama, Tadashi Togashi, Kensuke Tono, Makina Yabashi, Nikolay V.Golubev, Kirill Gokhberg, Lorenz S. Cederbaum, Alexander I. Kuleff, and Kiyoshi Ueda
DOI 番号: 10.1103/PhysRevX.8.031034
ad

1701物理及び化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました