従来の量子力学概念を越えた先に見えた特異な現象「フェルミアーク」

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強く影響しあう多数の電子が重元素化合物内で奏でる特異なハーモニー

2021-02-08 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 物質の主な性質は物質を構成する電子の振舞いにより決まります。電子の振舞いを理解するには量子力学が必要ですが、多数の電子が強く影響しあい発現する高温超伝導やウランなどの重元素化合物が示す革新的性質(図1参照)は従来の量子力学理論によって解析することが難しく物理学の最大の難問の一つとなっています。
  • 今回、強く影響しあう電子同士の振舞いを数学的に表現するため、従来の量子力学概念を大胆に拡張した理論を採用して計算した所、重元素化合物中の電子集団の振る舞いを容易に計算することが可能となりました。
  • また、この理論を適用することで、重元素化合物内で出現する特異な現象を予測できることもわかりました。特に、高温超伝導で現れる謎の「フェルミアーク」と呼ばれる現象が重元素化合物でも出現することを予測しています。
  • 未知の物質の性質を予測することが困難である主な原因は、物質中の互いに強く影響しあう電子集団を精確にかつ効率的に計算する手法の開発の難しさにあります。本成果はその障壁を乗り越える一つの計算法の発見に該当します。

図1 物質の主な性質は電子の振る舞いにより決まります。中でも、強く相互作用しあう電子集団は革新的性質(例:高温超伝導)を示すため、解析手法の開発が求められています。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という)システム計算科学センターの永井佑紀研究副主幹は、マサチューセッツ工科大学(以下MITという)Liang Fu博士らとの共同研究により、重元素化合物1)など多数の電子が強く影響しあって運動する物質の振舞いを解析可能とする、従来とは異なる理論を考案しました。これにより、これまで高温超伝導体2)などで観測されている特異な現象(「フェルミアーク3)」と呼ばれる量子現象)が重元素化合物でも観測されうることを世界で初めて予言することに成功しました。

本研究では、互いに強く影響を及ぼしあう電子集団が特異な性質を示す重元素化合物の電子の振舞いに注目し、他の電子の影響を強く受けながら運動する電子を表現する方法を探索しました。従来、他の電子を背景とみなして解析する場合、従来の量子力学概念を用いてきましたが、永井佑紀研究副主幹とMITのLiang Fu博士らのグループは、重元素化合物の電子が比較的自由に動ける電子と他の電子の影響を強く受ける電子の二つの側面を持つという特徴に注目することで、従来の発想を大きく転換し、従来とは異なる量子力学原理を用いることで、より的確にその運動を捉えられることを世界で初めて発見しました(図2参照)。発見した理論を用いて計算した結果、重元素化合物では見つかっていない特異な現象(「フェルミアーク」と呼ばれる量子現象)を理論的に予言することが可能となりました。本成果に基づき、予言する現象が実際に観測されれば、物質の基本的性質を理解するための大きな手掛かりとなります。

開発した理論を用いて新現象が予測可能となれば、今後、高温超伝導など革新的機能を持つ物質の発見も、その先に期待できると考えられます。本研究成果は、2020年11月24日付で、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。

図2 ウラン等の原子番号の大きい元素を含む重元素化合物(図左)では、多数の電子が互いに強く影響しあって運動しています(図中央:赤マークは相互作用を示す)。その運動は複雑で計算が困難なため、一つの電子に注目し他の電子を背景として扱う計算を行います(図右)。ただし、この近似は強く影響しあう電子集団には適用できません。そこで、量子力学の方程式を一部拡張し、方程式の係数に虚数が現れるのを許すことで(+iCの部分)、その複雑な動きを的確に捉えられることが分かりました。

【研究の背景】

物質の性質の多くは、物質中の電子の振る舞いによって説明されます。電子はミクロの世界を支配する量子力学の法則に従って運動しており、日常の常識から外れた奇妙な振る舞いを見せることがあります。例えば、電気抵抗が突然ゼロとなる「超伝導」はその一例で、電子の動きを量子力学により計算することで、そのような現象を理論的に予言することが可能となります。私たちは、これらの性質を活用することで、リニアモーターカーやMRI技術など、様々な革新的な技術を開発してきました。しかし、これらの物質の超伝導は超低温で発現するため、更なる有用な物質の探索が日夜行われています。そのような背景の下、発見された高温超伝導体は、従来の超伝導体より、100度以上も高い温度で超伝導が発現しますが、電子同士の相互作用が強く、互いに強く影響を及ぼしながら運動するため、従来の計算方法では現象を再現することができません。このような互いに強く影響を及ぼしあう電子集団を有する物質は高温超伝導体だけでなく、ウラン等の重元素を含む重元素化合物も該当します。

従来、物質の性質を解析するため電子集団を理論的に取り扱う際、電子を一つだけ取り上げ、他の電子からの影響を背景として取り込むという計算手法が用いられ大きな成果が挙げられてきましたが、上記の物質が有する強く影響を及ぼし合う電子集団が示す現象は再現できないことが知られています。したがって、もし、強く影響を及ぼしあう電子集団を理論的に解析することが可能になれば、高温超伝導のような優れた性質を示す未知の物質探索が可能になると考えられ、新たな計算手法の開発を目指して、世界中の研究機関が研究開発を行ってきました。

【研究の内容・成果】

原子力機構・永井佑紀研究副主幹は、MITのLiang Fu博士らのグループとの共同研究により、重元素化合物における電子集団に着目し、他の電子の影響を強く受け運動する電子の動きを表現する方法を探索しました。これまで、他の電子の影響が弱い場合は、一つの電子に注目し、他の電子を背景とみなして解析することが可能となりますが、その場合は、電子が一個しかない場合と同じ通常の量子力学を用います。しかし、永井佑紀研究副主幹とMITのLiang Fu博士らのグループは、重元素化合物では、一つの電子が比較的自由に動ける側面とそうでない側面という二つの特徴を持つことが解析の鍵になると考え、二面性を持つ電子の振る舞いを同時に扱うには、従来の発想を大きく転換し、通常とは異なる量子力学原理である「非エルミート量子力学」を使えば、より的確にその運動を捉えられることを、世界で初めて発見しました(図1参照)。

通常の量子力学では、方程式に従ってエネルギーを計算すると、必ず実数になる「エルミート性」と呼ばれる性質があり、根本的な原理となっています。しかし、物質の両端に電流を流し続ける場合等、特殊な条件下では、電子のエネルギーを計算すると実数にならず、複素数4)になる場合があり、「非エルミート量子力学」として研究が行われてきました(図1参照)。これは、ちょうど通常の「ユークリッド幾何学」に対して三平方の定理が成り立たないような曲がった空間をも考える「非ユークリッド幾何学」のような拡張と類似し、通常の量子力学では、表現できない様々な特異な現象を予言することが可能となります。本研究では、この「非エルミート量子力学」を用いることで、電流を流し続けるような特殊な条件を考えなくても、電子が他の電子の影響を強く受け、互いに影響し合う様子が記述できることを発見しました。重元素化合物では、自由に動ける電子とそうでない電子が混在しており、後者は同じ方向に進もうとしても、すぐに他の電子に邪魔され元の状態に居続けることが不可能となります。つまり、このような通常の量子力学ではありえない「途中で消えてなくなる電子」という描像を捉えるため、「非エルミート量子力学」を使うと、簡単に且つ正しく現象が解析可能になります。実際、電子のエネルギーをこの理論に基づいて計算したところ、特異な量子現象である「フェルミアーク」が重元素化合物においても観測されることを初めて予言することが可能となりました。「非エルミート量子力学」で計算される電子のエネルギーは複素数になりますが、実験で測定されるエネルギーはあくまで実数で複素数ではありません。従って、得られる複素数のエネルギーとは、その実数部分が実験で観測されるエネルギーに対応する一方、「電子が消える」という効果が虚数部分に効果的に取り込まれていることを意味しており、実際に電子が消えることはありませんが、電子同士が互いの状態を変化させる様子を考える際、「消える」ように見えるということを表現できたことを意味しています。このような場合、電子の運動量とエネルギーの関係についてグラフを描くと、図3のような直線的で尖った奇妙な形が得られることが分かりました。この形は、エネルギーを従来のように実数に限って計算する従来の量子力学の場合は決して得られず、高温超伝導体等の強く電子が相互作用しあう物質でのみ観測される「フェルミアーク」に該当します(図3参照)。今後、本研究成果に基づき重元素化合物でも「フェルミアーク」を観測する実験が行われ、本研究の予言が確認されることが期待されます。

【今後の展開、及び波及効果】

本成果に基づき、重元素化合物でも「フェルミアーク」(図3参照)が観測され、永井研究員らの予言が的中すれば、これまで解析が困難だった物質の基本的な性質を理解するための大きな手掛かりとなります。また今後、「非エルミート量子力学」を用いた量子シミュレーション5)により、従来手法では存在を予測することさえできなかった重元素化合物が示す特異な性質を計算で詳細に明らかにすることが可能になると考えられます。未だ謎の多い重元素化合物や高温超伝導体等で見られる、強く影響を及ぼし合う電子集団の量子力学的振る舞いについて、コンピュータ上で様々な現象を予測することが可能になれば、これらの現象を利用した新しい機能を持った材料を設計・開発するといったことも近い将来、現実になることが期待されます。

図3 他の電子の影響をうけて運動する電子の運動量とエネルギーの関係を描いたグラフ。水平面方向は運動量、垂直方向はエネルギーを表します。鋭く尖った円弧の一部のような部分が「フェルミアーク」に対応します。

図4 重元素化合物で理論的に予言される「フェルミアーク」。あるエネルギーをもつ電子を測定した場合、どのような運動量をもった電子が観測されるかを色で表してあります。オレンジ~白色の部分の運動量で観測されると予想されます。

【書籍情報】

雑誌名:Physical Review Letters

論文題目:DMFT Reveals the Non-Hermitian Topology and Fermi Arcs in Heavy-Fermion Systems

著者:Yuki Nagai1,2, Yang Qi3,2, Hiroki Isobe2, Vladyslav Kozii4,5,2, and Liang Fu2

所属:1日本原子力研究開発機構、2マサチューセッツ工科大学、3中国復旦大学、4Lawrence Berkeley National Laboratory、5University of California, Berkeley

DOI:10.1103/PhysRevLett.125.227204

【用語説明】

1)重元素化合物
ウラン、プルトニウムなど原子番号の大きい元素を含んだ物質を指します。一般に物質は原子核と電子から構成されますが、電子は負の電気を持ち、互いに反発しあいますが、重元素化合物では多数の電子が互いにより強く反発しあう状態が生じます。また、電子の動き方によっては他の電子の影響をあまり受けずに運動することもあり、こうした二種類の状態が混在するのが重元素化合物の大きな特徴となっています。

2)高温超伝導(体)
ある温度以下になると電気抵抗が0になる超伝導現象が、従来発見されていた物質より、遥かに高い高温でも起こる物質で、銅酸化物高温超伝導体等はこの性質を有し、低温で超伝導を示す金属及び合金のような超伝導体とは異なる性質を示すことが知られています。これらの性質の多くは、電子同士が強く影響しあって運動することから生じると考えられており、その一環として、通常の超伝導現象とは異なるメカニズムで超伝導が起こると考えられています。

3)フェルミアーク
物質中では、電子が原子核や他の電子の影響をうけつつ、様々な方向に、様々な速さで動いています。電子のエネルギーをいろいろな方向と速度(運動量)について計算し、それをグラフに表示すると物質の構造を反映した形となります。通常、そのグラフはなめらかな形で、ある高さで切った断面(等高線)は必ず輪を描くのに対し、図3のようなグラフでは等高線が途中で途切れてしまいます。このような形は、輪の一部の円弧(アーク)になっていることから、「フェルミアーク」と呼ばれ、高温超伝導体などでは、これまで観測されてきましたが、重元素化合物においては未だ観測されていません。

4)複素数のエネルギー
二乗するとマイナスになる数を虚数と呼び、通常の数である実数と、この虚数の和としてあらわされる数を複素数と呼びます。電子のエネルギーは実数で表されますが、他の電子を背景として扱って計算すると複素数となる場合があり、電子が他の電子に散乱される寿命を表すものと解釈されてきました。しかし、重元素化合物の場合、自由に動ける電子と相互作用を強く受け動き難い電子の両方を考えると、この複素数のエネルギーがフェルミアークと呼ばれる自由な電子では決して現れない特異な現象を作り出すことが明らかとなりました。

5)量子シミュレーション
互いに影響しあう多数の電子の振る舞いを、量子力学の法則に基づいて計算する手法。計算量が膨大となるためスーパーコンピュータを用いて計算を行います。

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