原子核形状の2次相転移をスパコンシミュレーションで発見

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2018/08/11

大塚 孝治(物理学専攻 名誉教授/東京大学研究科附属原子核科学研究センター 前センター長
/理化学研究所仁科加速器科学研究センター 客員主管研究員)
角田 佑介(原子核科学研究センター 特任研究員)
清水 則孝(原子核科学研究センター 特任准教授)
本間 道雄(会津大学コンピュータ理工学部 教授)

発表のポイント

  • 錫同位体原子核は硬い球、という昔からの常識と、最近の実験データとの間の矛盾が10年以上未解明となっていたが、スパコンでのモンテカルロ殻模型(注1)計算と相転移発生の発見により解決した。
  • 矛盾の起きている錫同位体は柔らかく変形していることを計算で示し(注2)、中性子数が増えると硬い球に変わることを、原子核形状での2次相転移(注3)の最初の例として示した。
  • 本研究成果は、従来の定説を覆して、今後の原子核研究に大きなインパクトを与えるものである。錫の同位体は宇宙での元素合成、ニュートリノ質量測定に関わり、放射性廃棄物の一つでもあるので、今後適切な理解が進むことが期待される。

発表概要

錫の原子核は陽子数が魔法数50であるため(注4)、一番安定な状態では硬い球のようであると考えられてきた。それは超伝導状態と同じで、そのBCS理論(注5)と同様の理論的枠組みで記述されてきた。しかし、今世紀に入り状況は一変した。RIビーム実験(注6)が世界各地で実現し、不安定原子核である軽い錫同位体の電磁的性質が調べられると、既存理論から見て異常なデータが多数、系統的に示された。統一的に説明する理論を目指して多大の努力がなされたが成功せず、理論的な説明の不在が10年以上続き深刻な問題となった。

ポスト「京」重点課題9(注7)に参加している東京大学を中心とするグループは、同グループが推進してきたモンテカルロ殻模型計算による大規模並列計算を、京やオークフォレスト・パックスのような最新で世界最大級のスパコンを用いて行い、この難問を解決した。さらに、異常性の原因は魔法数の破れにあること、異常構造から球形構造への変化が2次量子相転移であることも示した。2次量子相転移であることは質量、すなわち、全エネルギーの変化量のさらに変化量(2階微分)の不連続性から直接結論でき、これは原子核での2次量子相転移の最初の例と考えられる。電磁励起の異常性はこの2次相転移を境に(つまり重い原子核側で)消滅していることになる。

ミクロな系である原子核には見つかっていなかった2次量子相転移の実例が見つかった意義は大きく、今後この観点からの研究が進むであろう。

原子核が従来考えられてきたよりもさらにリッチな構造を持っていること、それは単純な見方では必ずしも理解できないことが、再認識された。錫の原子核が持つ学際的、社会的な関わりも考えると、今後はより高度な理論研究が必要である。

発表内容

錫の原子核は陽子数が魔法数50であるため、一番安定な状態では硬く丸い球として扱えばよい、と長く信じられてきた。この描像は励起エネルギーの性質に基づいており、錫の同位体は全体として、超伝導状態の原子核版として捉えられ、超伝導のBCS理論と同様の理論的枠組みで記述されてきた。このように錫原子核の構造は解決済みとされ、球形原子核の教科書的な例とされてきた。

しかし、今世紀に入り状況は一変した。天然には存在しない不安定原子核をビームにできるRIビーム実験が世界各地で始まり、不安定原子核である軽い錫同位体の電磁的性質が実験の対象になるようになった。それらは最先端の実験であり、簡単にできるものではなかったが、測定が進み、以前からの球形説では説明できない異常なデータが多数の同位体に対して、系統的に示された。その説明を目指して多大な努力が払われたにもかかわらず、理論的な説明が得られないまま10年以上が経過した。

ポスト「京」重点課題9に参加している東京大学を中心とするグループはモンテカルロ殻模型計算による大規模並列計算により、この難問を解決してエネルギーと電磁的性質の両方を理論計算で再現した。さらにその背後にある未知の構造変化を相転移の観点から明らかにした。

図に研究成果の主要な部分を示した。対象となる錫同位体は中性子数が50から88までのもので、今回は偶数のものを取り上げた。一般的な性質は偶数のものの方が見やすいためである。中性子数が50と82が魔法数になっており、この間での系統的な性質の変化、特に従来の説では異常とされるものが主題である。図のパネル(b) に電磁励起強度(専門的にはB(E2))が同位体ごとに示されている。様々な記号で示されているのは実験データであり、赤い実線は今回の成果、青い破線は従来の方法での計算結果の代表的なものである。実験の記号と青い破線は中性子数が66、つまり2つの魔法数の中間より多いところではほぼ一致している。一方、中性子数が66より少ない左半分では大幅にずれており、これが今議論している異常性である。これらの大きな実験値がどのような理論でも説明できなかった。また、左半分の実験データは多くが理研RIビームファクトリー(RIBF)によるものも含むRIビーム実験によるもので、困難度が高い最近のものである。誤差を小さくする努力などが続けられている。

図. 中性子数が50から86に変わるときの錫同位体の性質の変化。中性子数が偶数のもののみが示されている。パネル(a) は結合エネルギーの変化の変化(2階微分)、パネル(b) は電磁励起強度である。パネル(a) での中性子数66あたりでの不連続な変化が2次相転移の証拠であり、その左側では原子核はブヨブヨと変形し、右側で硬く球形になっている。この急激な変化は、パネル(b) での電磁励起強度の2山構造にも表れている。今回のモンテカルロ殻模型計算ではどちらも再現されている。 ※一部追記・修正しました(赤字部分)。

図の実線は、今回発表の成果であり、左側での大きな電磁励起強度も説明できている。左側と右側は同じ枠組みで計算されている。今回の計算の重要な点は、陽子の魔法数50が破れてしまうことを制限なしに取り入れたことである。これは京やオークフォレスト・パックスのような最新で世界最大級のスパコンとモンテカルロ殻模型を組み合わせて初めて可能になったことである。スパコンの進歩だけでは不可能であったことに留意されたい。魔法数の破れは、中性子数60あたりで最大になり、電磁励起強度もそこで最大になる。その後は魔法数の破れは徐々に小さくなるが、中性子数66あたりで状況が急に変化する。そこで相転移が起きているのである。ミクロな系なので、量子相転移であり、この場合は2次量子相転移である。状況を動かすコントロールパラメータは中性子数である。陽子や中性子の間に働いている力は一貫して同じものである。

以上がスパコン計算に関わることである。相転移に関する新たな知見はスパコン計算とは独立にも得られた。図のパネル(a) にあるのは2中性子分離エネルギーの中性子数が2だけ異なる、言わば隣り合った同位体の間の差の実験データである。これは、中性子数をパラメータとして原子核の結合エネルギーを見た時の、2階微分(厳密には差分)に相当する。この量が中性子数66のあたりで不連続に変わっているのが読み取れる。この不連続性は実験データが示す重要な性質であるが、これまで報告された例はない。系のエネルギーの2階微分の不連続性は2次の量子相転移の定義そのものである。計算でもこの量はほぼ再現されているが、実験データ、すなわち、自然が示す性質を発見したとも言える。

図(a)と(b)は全く異なる観測量に関するものでありながら、共通に中性子数66近辺での相転移を示しており、今回の結論を強く証拠づけるものである。この2次量子相転移を境に、左側では従来の説を覆して陽子魔法数50が大幅に壊れており、原子核は少し変形している。逆に右側では従来の説の通りに球形の原子核が超伝導的な状態により形成されている。この状況が図の上方に模式的に示されている。

以上のような包括的で新たな理解が成され、異常性も説明できた成果がこの度の論文で示されている。2次量子相転移の発見は、今後の研究に新たな視点を提供するものである。

錫–124は学際的にはニュートリノ質量測定に関わる二重ベータ崩壊を起こし、錫–126は放射性廃棄物の一つであるので社会的な問題に関わる。今後もこの方向での研究を進める。

本研究は、東京大学理学系研究科の富樫智章特任助教(当時)、角田佑介特任研究員、大塚孝治同研究科名誉教授及び理化学研究所仁科加速器科学研究センター客員主管研究員、清水則孝同研究科特任准教授、本間道雄会津大学コンピュータ理工学部教授のメンバーによって実施された。

本研究は、文部科学省HPCI戦略プログラム分野5「物質と宇宙の起源と構造」、文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」および計算基礎科学連携拠(JICFuS)の元で実施したものである。また、本研究成果は、理化学研究所のスーパーコンピュータ「京」(課題番号:hp150224, hp160211, hp170230)および、最先端共同HPC基盤施設のスーパーコンピュータであるオークフォレスト・パックスを利用してHPCIシステム利用研究課題(課題番号:hp170182)によって得られたものである。

発表雑誌

雑誌名         :Physical Review Letters (オンライン版:8月10日掲載)論文タイトル:Novel shape evolution in Sn isotopes from magic numbers 50 to 82著者            :Tomoaki Togashi, Yusuke Tsunoda, Takaharu Otsuka*, Noritaka
Shimizu, Michio HonmaDOI番号       :10.1103/PhysRevLett.121.062501論文URL       :https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.121.062501
用語解説
注1

モンテカルロ殻模型とは、原子核の中の多数の陽子と中性子から成る多体系の量子構造を解明する方法の一つ。他の分野でCI (Configuration Interaction)計算と呼ばれる方法と原子核物理での殻模型計算は本質的には同じである。モンテカルロ殻模型は殻模型計算に含まれるが、通常の方法では扱えない非常に大きな系も扱える。東京大学を中心に発展してきた。

注2

原子核は形を持つ。それは球や楕円体である。球を基準として楕円体などになるのを変形という。原子核を液滴のようなものと考えれば、表面張力で球になると考えられるが、実際には変形している原子核の方が多い。変形にはがっちりした堅いものと、ぶよぶよした柔らかいものがある。錫の原子核はどれも球形であると従来は考えられてきた。

注3

相転移とは、もともとは水と氷の間での変化のようにマクロな系での変化を指していた。この場合には、温度のわずかの変化に応じて、氷から水へ急激に変化する。原子核のようなミクロな系では概念を変更する必要があり、あるパラメータ(コントロールパラメータ、現在の場合には同位体の中性子数)の少しの変化によって、急激に性質(オーダーパラメータ)が変わる場合を指し、量子相転移と呼ばれる。現在の場合には、それは結合エネルギーや電磁励起強度である。1次と2次があり、前者でオーダーパラメータの変化量(コントロールパラメータの変化に応じた微分に相当)そのものが急に変わるのに対し、後者では変化量の変化量(2階微分に相当)が不連続に変わるのが指標である。

注4

原子中の電子に似て、原子核にも魔法数があり、メイヤーとイェンゼンが提唱してノーベル賞にもつながった。陽子数や中性子数がそれになると一般には原子核は堅い球形になる。しかし、魔法数の効果が他の効果に負けることがあり、魔法数の破れという。今回の主な成果はそれが軽い錫の同位体で起きていることを初めて実証した点にもある。

注5

BCS理論とは、超伝導状態の量子力学的でミクロな構造を記述する理論である。元々は、互いに逆方向に動く2個の電子の対が凝縮した状態として、通常の意味での超伝導現象を扱うものであった。よく似た現象が原子核の中の陽子同士、或いは、中性子同士で起こり得るので、その拡張版が原子核の構造論へも応用されてきた。

注6

RIビーム実験とは、天然には存在しない原子核を人工的に発生させて、ビームとして実験に用いることを指す。20世紀末から世界各地で本格的に始まり、方法は幾つかあるものの、どれも最先端の加速器を用いて原子核物理学実験の最前線を成す。我が国の理研RIBFもその一つである。

注7

ポスト「京」重点課題9とは、2020年頃から始まるスーパーコンピュータ・ポスト「京」運用に向けて、素粒子・原子核・宇宙物理分野の研究のための精密計算およびシミュレーションコードの開発を目的としたプロジェクト。スーパーコンピュータを用いた大規模計算により、素粒子から宇宙まで桁違いのスケールにまたがる現象の研究を行っており、大型実験・観測データと組み合わせて物質創成史の解明を目指している。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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