2018/07/05 国立極地研究所 茨城大学
国立極地研究所(所長:中村卓司)の菅沼悠介准教授、茨城大学(学長:三村信男)大学院理工学研究科博士後期課程3年の羽田裕貴氏を中心とする19機関25名からなる研究グループは、千葉県市原市の地層千葉複合セクション(「千葉セクション」および周辺の地層:注1)を対象として、地層に含まれる花粉や海洋微生物化石の分析を行い、千葉複合セクションが堆積した約80万年前から約75万年前までの気候と海洋環境の変化を詳細に調べました。その結果、千葉複合セクションの位置する場所ではこの時期に、寒冷(氷期)→温暖(間氷期)→寒冷(氷期)と激しく気候・海洋環境が変化したこと、この温暖期中で最も暖かかった時期の長さが約1万年間であることが分かりました。また、本研究グループによる千葉複合セクションを用いた先行研究で、これまでで最後の地磁気逆転(注2)が約77万年前に起こったことが分かっていますが、今回の検討では、千葉複合セクションにおいては、地磁気逆転の際、生物の明らかな絶滅現象や気候・海洋環境の特異な変化は見られませんでした。
これらの結果は、今後、地球の気候変動メカニズムの解明に役立つとともに、千葉複合セクションが当時の日本周辺や地球規模の気候・海洋環境変動を研究する上で非常に適した場所であることを示します。すなわち、千葉複合セクションの中心となる「千葉セクション」を地質時代の前期-中期更新世境界(注3)の国際標準模式地(GSSP、注4)として申請するために必要な条件を、高いレベルでクリアしていることを改めて明確に示すことができたと言えます。
この成果は、Quaternary Science Reviews誌オンライン版に掲載されました。
研究の背景
地球の歴史を紐解く、つまり過去の地球環境の変遷を明らかにすることは、自然科学における大きなテーマの一つであるとともに、地球環境変動の将来予測においても非常に重要です。地質時代の前期更新世と中期更新世の境界(約77万年前)は、これまでで最後の地磁気逆転が起こった時期であると同時に、氷期–間氷期サイクル(注5)が4万年周期から10万年周期へ変わったことなど、大気循環、氷床発達、および生物相の変化において大きな変動を経験したタイミングで、地球の気候変動メカニズムを解明するための重要なターゲットとして知られています。とくに、この時代の温暖期(間氷期)は、地球の軌道や自転の傾きなどが現在の間氷期と良く似ているために、地球本来の気候変動リズムと人為起源の地球温暖化の比較に適しており、注目を集めています。
房総半島の中央部、千葉県市原市の地層「千葉セクション」は、この前期-中期更新世境界のGSSPの候補地として知られており(図1、2)、地層の堆積した時期や地磁気逆転の時期が詳しく研究されています。さらに、当時の気候と海洋環境や、地磁気逆転が生物や気候に与える影響を調べるための条件が整っています。
研究の内容
研究グループは、千葉複合セクションにおいて極めて狭い間隔で採取した試料を用いて、陸域の環境変動を復元するために花粉化石種の解析、海洋環境変動を復元するために有孔虫、石灰質ナンノプランクトン、および放散虫などの海洋微生物の化石の群集解析と有孔虫化石の化学的分析をそれぞれ行いました(図3、4、5)。この結果から、千葉複合セクションでは約80万年前から約75万年前にかけて、氷期-間氷期サイクルに対応して陸上の植生が大きく変化したことが分かりました。この変動は、シベリアから中国北部にかけての地層を用いた先行研究と整合的でした(図3)。また、この時の間氷期の中で、最も暖かかった時期の長さが約1万年間であることが明らかとなりました。このことは、現在の間氷期がすでに1万年を経過していることから、本来の気候変動のリズムでは既に氷期に向かって寒冷化が開始するタイミングに至っている可能性を示唆します。一方、海洋微生物の化石から、当時の海洋環境が氷期-間氷期サイクルに併せて大きな水温変化を経験したこと(図4、6)、温暖期にはある種の海洋微生物の数が増えること、氷期から間氷期にかけての温暖化する時期の中には、急激な寒の戻り(寒冷化イベント)があることなどが明らかになりました。なお今回の検討では、地磁気逆転の際に生じた地磁気強度の低下に伴った、気候・海洋環境および陸上の植生の特異な変化や海洋微生物の明らかな絶滅現象は確認されませんでした。
今後の展望
本研究は、「千葉セクション」のGSSP申請書中でも極めて重要な部分を担っています。今回、論文として発表されたことにより、千葉複合セクションが幅広い研究分野において高い価値を持つことが示されました。研究グループはこれからも「千葉セクション」および千葉複合セクションを用いた研究を発展させ、GSSP認定に向けて活動するとともに、地球史の解明や将来予測に関する研究を進めます。
注
注1 千葉複合セクション
千葉複合セクションは、その中心となる「千葉セクション」を含む養老川セクション(35˚17.41’N; 140˚8.48’E)のほかに、養老田淵セクション(35˚17.41’N; 140˚8.49’E)、柳川セクション(35˚17.15’N; 140˚7.88’E)、浦白セクション(35°16.85’N; 140°7.47’E)、小草畑セクション(35˚18.52’N; 140˚11.89’E)からなる(図2)。
注2 地磁気逆転
地球を大きな磁石に見立てたとき、N極とS極の向きが過去に何度も逆転を繰り返してきたことが分かっており、これを地磁気逆転と呼ぶ。これまでで最後に起こった地磁気の逆転は「ブルン-松山境界」(Brunhes-Matuyama境界)と呼ばれ、その年代は海底堆積物の古地磁気記録から約78.1万年前とされていたが、本研究グループではそれが約77.3万年前であったことを、これまでよりも信頼度の高い方法で決定した(Suganuma et al., Geology (2015) 43 (6): 491-494)。
参考
・国立極地研究所ほかプレスリリース「地球最後の磁場逆転は従来説より1万年以上遅かった~千葉県市原市の火山灰層の超微量・高精度分析により判明」2015年5月20日
注3 地質時代と前期-中期更新世境界
地質時代は、地球上の岩石をその形成された年代に基づいて区分したもの。国際地質科学連合や国際層序委員会等によりInternational Chronostratigraphic Chartとして提示されている(参考:日本地質学会ウェブ)。
ただし、時代区分の定義、名称や基準となる年代等に関しては絶えず見直されており、第四紀更新世前期-中期境界の様にまだ合意に至っていない時代もある。更新世は人類の時代である新生代第四紀のはじめの時代である(右表)。
注4 国際標準模式地
正式には、「Global Boundary Stratotype Section and Point (国際標準模式層断面とポイント、GSSP)」。重要な地層境界に対して、模式地となる場所が世界で1か所選ばれる。第四紀更新世前期・中期境界の候補地点は、イタリア南部のモンテルバーノ・イオニコと、ヴァレ・デ・マンケ、千葉県市原市の「千葉セクション」の3か所。千葉セクションが選定されれば、日本初の国際標準模式地となる。
参考
・国立極地研究所ほかプレスリリース「千葉県市原市の地層を地質時代の国際標準として申請 認定されれば地質時代のひとつが『チバニアン』に」2017年6月7日
・国立極地研究所ほかプレスリリース「国際標準模式地の審査状況について ~地層『千葉セクション』 の認定へ向けて~」2017年11月14日
注5 氷期–間氷期サイクル
地球の気候が、寒冷な時期(氷期)と暖かい時期(間氷期)を繰り返してきたこと。過去約80万年間は約10万年周期で氷期と間氷期を繰り返してきたが、それ以前は4万年周期だったことが知られている。
発表論文
掲載誌: Quaternary Science Reviews
タイトル: Paleoclimatic and paleoceanographic records through Marine Isotope Stage 19 at the Chiba composite section, central Japan: A key reference for the Early–Middle Pleistocene Subseries boundary
著者:
菅沼悠介(国立極地研究所/総合研究大学院大学 極域科学専攻)
羽田裕貴(茨城大学大学院理工学研究科)
亀尾浩司(千葉大学理学研究院)
久保田好美(国立科学博物館)
林広樹(島根大学大学院総合理工学研究科)
板木拓也(産業技術総合研究所 地質調査総合センター)
奥田昌明(千葉県立中央博物館)
Martin, J. Head(Department of Earth Sciences, Brock University, Canada)
菅谷真奈美(技研コンサル株式会社)
中里裕臣(農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究部門)
五十嵐厚夫(復建調査設計株式会社)
紫谷築(島根大学大学院総合理工学研究科)
本郷美佐緒(有限会社アルプス調査所)
渡邉正巳(文化財調査コンサルタント株式会社)
里口保文(琵琶湖博物館)
竹下欣宏(信州大学教育学部)
西田尚央(東京学芸大学教育学部)
泉健太郎(千葉大学教育学部)
川村賢二(国立極地研究所/総合研究大学院大学 極域科学専攻)
川又基人(総合研究大学院大学 極域科学専攻)
奥野淳一(国立極地研究所/総合研究大学院大学 極域科学専攻)
吉田剛(千葉県環境研究センター)
荻津達(千葉県環境研究センター)
八武崎寿史(千葉県環境研究センター)
岡田誠(茨城大学理学部)
公開日: 2018年6月1日(オンライン公開)
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0277379117302251
DOI: 10.1016/j.quascirev.2018.04.022
研究サポート
本研究は日本学術振興会および文部科学省の科学研究費補助金(16H04068、15K13581、17H06320、17H06321)の支援を受けて行われました。また、国立極地研究所の共同研究費、プロジェクト研究(KP7、KP301)および国立科学博物館の研究プロジェクト「化学層序」の支援を受けました。
参考
千葉セクション申請チームによるウェブサイト『千葉時代(チバニアン)の解説』
https://chibajidai.jimdofree.com/
図1:(a)夏期における全球(a)および日本周辺(b)の海水温と海流・風系の状態。(c)日本列島の植生(吉岡(1773)を簡略化)。千葉複合セクションの位置する房総半島は、日本列島だけでなく、親潮・黒潮などを通した海洋の変動やジェット気流を介したユーラシア大陸の気候変動に関する情報を地層中に記録している希有な場所であることがわかる。
図2:千葉複合セクション(赤い星印、千葉県市原市)の位置。
図3:千葉複合セクションの花粉化石種の解析から復元した陸域の環境変動。(e)樹木花粉化石のうちコナラ属の割合。(f)樹木花粉化石のうち落葉広葉樹および常緑広葉樹の割合。千葉複合セクションでは約80万年前から約75万年前にかけて、氷期-間氷期サイクルに対応して陸上の植生が亜寒帯針葉樹の多い寒冷な環境から落葉広葉樹の多い温暖な環境へ、そしてまた寒冷な環境へと大きく変化したことがわかる。この変動は、過去の研究で明らかになっていたシベリアのエルギギドギン湖(c)やバイカル湖(d)の湖底堆積物、および中国の黄土高原のレス(黄砂)・古土壌(b)に記録されている陸域の気候変動記録と、細かなパターンも含めて非常に調和的である。また、地磁気逆転がおきた77.3万年前をみると、このデータからは特に顕著な気候の変動は認められない。なお、図の下半部(g、h)には、海洋微化石の同位体データ(図4参照)も並べて示した。
図4:有孔虫、石灰質ナンノプランクトン、および放散虫などの海洋微生物の化石の群集解析と有孔虫化石の化学的分析にもとづく海洋環境変動の復元。当時の海洋環境が基本的には氷期-間氷期サイクルに併せて大きな水温変化を経験したこと、温暖期には放散虫数が示すように生物生産が活発であったことがわかる。一方、間氷期の後半(約77-76万年前)は世界的にみると寒冷化傾向にあったとされるが、千葉セクションではイベント的に温暖な⽔塊が北上したことが分かった。これは当時シベリア高気圧とアリューシャン低気圧が弱化することによって、黒潮が北に張り出していたためと考えられる。また、氷期から間氷期にかけての温暖期の中には、急激な寒の戻り(寒冷化イベント)があること、地磁気逆転がおきた約77.3万年前に、特異な海洋環境の変化や生物種の明らかな絶滅現象などは認められていない。
図5:千葉複合セクションから発見されたいろいろな微化石。世界にある同じ時期の地層との詳しい比較を可能にするため、なるべく多くの種類の微化石の分析ができることがGSSPとしては望ましい。また、有孔虫化石を化学的に分析すると、年代を対比することや当時の水温や塩分を知ることができる。
図6:千葉複合セクションの地層が堆積した時代における日本周辺の環境・気候条件の模式図。(a)間氷期の後半に、シベリア高気圧が弱化して全球的な寒冷化傾向と異なり黒潮が北上することで千葉複合セクションにおける水温が高く維持されていたと考えられる。(b)氷期の気候条件。千葉複合セクションの解析から、間氷期に比べてシベリア高気圧とアリューシャン低気圧が発達し、親潮が現在よりも南に張り出していたと考えられる。
お問い合わせ先
研究内容について
国立極地研究所 地圏研究グループ 准教授 菅沼悠介(すがぬま ゆうすけ)
報道について
国立極地研究所 広報室
茨城大学 広報室