小型水中無人探査機(ROV)による南極湖沼の湖底連続撮影

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南極の湖底および海氷下の生物分布状況を調査

2018/05/22 国立大学法人 東京海洋大学
大学共同利用機関法人情報・システム研究所, 国立極地研究所

1. 概要

東京海洋大学(学長 竹内俊郎)の後藤慎平、国立極地研究所(所長 中村卓司)の田邊優貴子らのチームは、第59次南極地域観測隊(隊長 土井浩一郎)の公開利用研究として実施した南極大陸の湖沼調査において、小型無人探査機(ROV)に搭載したステレオ視カメラによる湖底の連続撮影に世界で初めて成功した。

今回の調査では、南極の特殊環境でも安定的に動作する小型のROV(写真1)を新たに開発し、これまでは定量的な情報が得られていなかった、南極湖沼(スカルブスネス・長池、図1)に棲息するコケボウズ(写真2)の分布状況の調査を実施した。

さらに、氷と海底の狭い隙間に侵入可能という小型ROVの特徴を活用し、ダイバーでは調査が困難な海氷下の海底のステレオ視撮影を実施した。宗谷海岸沿岸は概ね1年を通して厚い氷に覆われており、海氷下の潜水調査は、安全性の面からほとんど行われていない。

2. 手法

これまでの調査では、南極の湖底に棲息するコケボウズが特異な三次元構造を形成していることや、コケボウズが深度によって大きさや形状が異なる事はダイバーの目視調査によって知られていたが、深度によるサイズ・形状・密度といった定量的な情報が不足していた。そこで、深度別の定量的な分布状況を可視情報として提供するハビタット・マッピングのためのROVを新たに開発した。

南極での野外調査では、ヘリコプターなどの輸送手段が利用できない場所へは、少人数かつ人力で観測機器を運搬することが求められるため、本ROVでは小型・軽量化を図った。通常、ROVはROV本体と操縦装置、これらを結ぶケーブルの3つのパートで構成される。今回新たに開発したROVは、全長約60cm、全幅約40cm、全高約40cm、機体空中重量約10kg、最大可能潜航深度160mであり、陸上(または船上)から有線にて操縦する。本ROVでは、人力での輸送を考慮し、使用する部品や素材を見直すことで、各パートの重量を10kg以下に抑えている。

ROV本体はアルミ製の耐圧容器とフレームで構成し,重量増となりがちなフランジ部などの一部には樹脂を採用した。南極の低温環境でも安定的な動作を確保するため、搭載する機器には宇宙産業用の部品を採用した。ROVへの電力供給と信号を通信するアンビリカル・ケーブルには、細径かつ高張力・中性浮力ケーブル(海水において中性)を岡野電線(株)と共に新たに開発した。ケーブルは直径約10mm、空中重量は1kg/10m以下、低温環境下かつ露岩での被覆の損傷を軽減するため、外部シースにウレタン素材を採用した。一方で、小型・軽量化を図るため、民生品も多く採用し、深度計・方位計には東京海洋大学がカシオ計算機(株)と共同開発した民生品ベースのものを採用した。民生品を使用する事で複雑な専用設計を必要とせず、南極と言う特殊環境でのトラブルにも迅速に対処可能な設計とした。

3. 成果

今回新たに開発した小型ROVを用いて、南極大陸宗谷海岸沿岸の湖沼、および、スカルブスネス・オーセン湾での調査を実施した。湖沼調査においては、スカルブスネスの長池、仏池、くわい池で調査実施した。これら3か所の湖沼では、コケボウズの生息が確認されていたが、仏池、くわい池では詳細な潜水調査が行われておらず、形状や大きさなどの情報が不足していた。さらに、スカルブスネス周辺の海洋においても詳細な調査が実施されていなかったため、これらの湖沼と海洋においてROVによる潜航調査を実施した。

湖沼調査においては、湖沼ごとに異なるコケボウズの形状や分布状況の撮影、および長池での湖底ステレオ視連続撮影に成功し、水深10m付近でコケボウズの形状やサイズが大きく変化する様子が確認された。オーセン湾での海洋調査においては、海氷下に非常に多くの生物が広範囲に生息していることが確認された。

4. 今後の展望

今回撮影されたステレオ視画像から湖底の三次元画像を作成し、湖底の等深線図と重ね合わせる事で、コケボウズの深度ごとの分布状況を可視情報化する予定である。今後、他の湖沼において同様の調査を実施する事で、南極湖沼の変遷や生物加入の歴史を解く情報が得られると考えられる。また、今回の調査手法は生物学的分野だけでなく地学的分野や氷河研究などにも応用が可能であると考えられることから、今後の南極調査において幅広い分野の研究の成果創出に寄与することが期待される。

小型ROVの開発は、極地研からの受託研究として東京海洋大学で実施された。また、南極での調査は、第59次南極地域観測隊の公開利用研究「3次元観測水中無人探査機を用いた南極湖沼のハビタット・マッピング」として行われた。これらの開発や調査の実施にあたっては、JSPS科研費16H05885「環境変動下における極域湖沼生態系の生物多様性とその遷移・応答機構の解明」(研究代表者:田邊優貴子)の支援を受けた。

図1:宗谷海岸沿岸の概略図

図2:スカルブスネス・きざはし浜周辺の概略図

写真1:新たに開発した南極湖沼調査用小型ROV

写真2:南極湖沼(スカルブスネス・長池)に棲息する特異な三次元構造を有する生物群集(コケボウズ)

写真3:スカルブスネス・くわい池に棲息するコケボウズ。長池と比べて小型であることが分かる。

写真4:スカルブスネス・仏池に棲息するコケボウズ。他の湖沼と比べてコケボウズ上部の形状が異なり、表面も不均質である。

写真5:スカルブスネス・長池の水深10m付近におけるコケボウズの分布状況。図中の点線から奥側では大型のコケボウズがほとんど確認できない。

写真6:小型ROVにより撮影された長池のコケボウズのステレオ視画像

写真7:スカルブスネス・オーセン湾の海底(水深10m付近)の様子。
(上)広範囲に亘って、ホタテやウニの仲間が非常に多く生息している様子がうかがえる。
(下)海氷から分離されたアイスアルジー(写真上部)が層状に広がっているのが見て取れる。

 

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