異質倍数体植物における祖先種由来のストレス応答機構

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異質倍数体作物の改良や有用遺伝子の探索に役立つ基盤

2018-03-14 理化学研究所 横浜市立大学 科学技術振興機構(JST)

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター セルロース生産研究チームの高萩 航太郎 大学院生リサーチ・アソシエイト(横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科)、持田 恵一 チームリーダー(横浜市立大学 大学院 客員准教授)らの研究チームは、イネ科草本の異質倍数体種注1)とその祖先二倍体種注2)を用いた生物学的実験と情報学的な解析から、異質倍数体種が示す高温ストレス耐性に関連する、祖先二倍体種から受け継いだゲノム上の特定の遺伝子群の初期ストレス応答を明らかにしました。

植物ゲノムの異質倍数化注3)は、新たな種の誕生に重要な役割を担ってきました。近年の比較ゲノム研究から、地球の歴史において多くの植物種がゲノム倍数化注3)を経験したことが示され、ゲノム倍数化が種の環境適応性の向上に関与したとする仮説が議論されています。異質倍数体種の植物の環境適応メカニズムを理解できれば、植物の環境適応性を向上するための有用遺伝子の同定が可能になると考えられます。それにより、劣悪環境下における作物の生産性を維持・向上するための有用な手段につながると期待できます。しかし、複数のゲノムが混在する倍数体種は遺伝子の構成が複雑であるため、祖先ゲノムの働きと倍数体種が示す有用な形質との関連性の理解はほとんど進んでいませんでした。

今回、研究チームは、植物における異質倍数化がどのようなゲノム機能の変化を起こし、環境適応性の向上につながったのかを解明するため、イネ科草本の異質倍数体種とその祖先二倍体種におけるゲノム・トランスクリプトーム注4)の網羅的な比較解析と、高温ストレスに対する応答や耐性との関連を調査しました。その結果、研究に用いたイネ科草本の異質倍数体種における、祖先二倍体種から受け継いだ遺伝子の発現様式の変化を定量的に示すとともに、その高温ストレス耐性が、祖先二倍体種から受け継いだゲノム上の特定の遺伝子の働きに由来することを示唆する結果を得ました。

本成果は、環境ストレス耐性に関わる有用遺伝子の探索により、植物バイオマス生産性の向上のための基盤的な知見としての活用が期待できます。

本研究は、国際科学雑誌『GigaScience』のオンライン版(3月8日付け)に掲載されました。

本研究はJST 戦略的創造研究推進事業 先端的低炭素化技術開発(ALCA)の一環として行われました。

<背景>

ゲノムの異質倍数化はよく有用種を生み、コムギやワタをはじめ、異なるゲノムを3セット以上持つ多くの異質倍数体種の植物が作物として利用されています。異質倍数化は、同一種内の遺伝子構成を多様化することで雑種強勢を獲得する原因の1つとも考えられています。異質倍数体種は、同じゲノムを2セット持つ二倍体種注2)や3セット以上持つ同質倍数体種注1)に比べ、環境ストレスに強く、大きく育つことがたびたび観察されています。異質倍数体種の環境適応メカニズムを理解することができれば、劣悪環境下における作物の生産性を維持・向上するための有用な手段につながると期待できます。

イネ科草本の異質倍数体種Brachypodium hybridumB.hybridum)は、二倍体種Brachypodium distachyonB.distachyon、ミナトカモジグサ注5))とBrachypodium staceiB.stacei)が自然交雑し、ゲノム倍数化したことで誕生しました(図1)。B.hybridumは、祖先二倍体種に比べて環境ストレス耐性が高く、生息域が広いことが知られています。これら3つの種は進化関係が分かっており、実験室内で栽培できて精密な植物生理学実験も可能なため、異質倍数体種と祖先二倍体種の遺伝子機能と環境適応性の関連を研究するためのよいモデルになります。

<研究手法と成果>

研究チームはまず、異質倍数体種B.hybridumとその祖先二倍体種であるB.distachyonB.staceiの高温ストレス耐性を比較しました。その結果、B.hybridumB.staceiのみが長期間の高温ストレスに対して耐性を示しました(図2)。

次に、異質倍数体種が持つゲノムの倍数化によって重複した遺伝子セット(ホメオログ)を識別するために、祖先二倍体種であるB.distachyonB.staceiのゲノム配列の間で観察される一塩基多型(SNP)注6)をゲノムワイドに収集しました。B.hybridumおよびB.staceiの全ゲノムのDNA配列を解読し、すでに公開されている高精度なB.distachyonゲノムと比較することで、5,720,539ヵ所の多型情報を得ることができました(図3(1))。この多型情報により、B.hybridumのホメオログごとの遺伝子発現を解析することが可能になりました(図3)。

次に、異質倍数体種B.hybridumにおける、祖先二倍体種から受け継いだ遺伝子の発現様式が、異質倍数性進化の過程でどれほど変化したのかを明らかにするために、B.hybridumB.distachyonおよびB.staceiの葉と根のトランスクリプトーム解析を行いました。その結果、B.hybridumの遺伝子の23~38%の発現様式が祖先二倍体種の遺伝子の発現様式と異なることが分かりました(図4)。

さらに、発現様式が変化した遺伝子群の中には主要な代謝プロセスやストレス応答などに関連する遺伝子が有意に多く含まれていました。異質倍数体種とその祖先二倍体種における遺伝子の発現様式の変化を網羅的かつ詳細に調べた例はほとんどなく、これらの結果は異質倍数体種の多様な遺伝子発現様式と環境適応性の関連を理解するための有用な情報を提供します。

そして、異質倍数体種B.hybridumが異なる2つのゲノムをどのように制御することで高温耐性を得ているかを調べるために、通常環境下と高温ストレス環境下で育てた植物のトランスクリプトーム解析を行いました。その結果、B.hybridumおよびB.staceiは、高温ストレス初期に遺伝子発現パターンを大きく変化させることで高温に適応し、長期間の高温ストレスにより耐性を獲得していることが示されました(図5)。また、高温ストレス初期における祖先二倍体種間およびB.hybridumのホメオログ間の遺伝子発現量を比較すると、ストレス応答の機能を持つ遺伝子群がB.staceiゲノム側で有意に高く発現していることが分かりました。この結果から、異質倍数体種B.hybridumの高温耐性獲得にはB.staceiゲノム由来の遺伝子群による高温ストレス応答が貢献していることが示唆されました。

<今後の期待>

本研究で用いたミナトカモジグサ種植物は、コムギやオオムギなどの主要穀物が含まれているイネ科のイチゴツナギ亜科に属しており、これらの近縁作物への知見の利用が期待できます。

また、本研究で得られた、異質倍数体種の祖先ゲノム間の多型情報や、祖先ゲノムに由来する高温耐性獲得への関与が示唆される遺伝子群の情報は、他の異質倍数体植物の分子育種や有用遺伝子の探索における基盤情報としても活用でき、植物バイオマスの生産性の向上による二酸化炭素の削減への応用が期待できます。

さらに、植物における異質倍数性進化がどのようなゲノム機能の変化を起こし、環境適応性の向上につながったのかを解明するための新たな知見となることも期待できます。

<参考図>

異質倍数体植物における祖先種由来のストレス応答機構

図1 ミナトカモジグサ種植物の系統関係

イネ科草本の異質倍数体種B.hybridum(2n=30)は、二倍体種B.distachyon(ミナトカモジグサ、2n=10)とB.stacei(2n=20)が自然交雑し、ゲノム倍数化したことで誕生した。

図2 ミナトカモジグサ種植物における高温耐性の違い

図2 ミナトカモジグサ種植物における高温耐性の違い

高温ストレスがミナトカモジグサ種植物に与える影響を示したグラフ。通常環境下(22℃)と高温ストレス環境下(32℃)で15日間育てたB.distachyon(Bd)、B.stacei(Bs)、B.hybridum(Bh)のそれぞれの新鮮重量を測定した。各バーは12個体の平均値±標準偏差を表す。B.distachyonのみが、通常環境下で育てた場合に比べて、高温ストレス環境下で育てた植物の新鮮重量が有意に低下していた。

図3 ミナトカモジグサ種植物のゲノムの比較

図3 ミナトカモジグサ種植物のゲノムの比較

B.hybridum、B.stacei、B.distachyonの3種のゲノムを比較することで検出したDNAの一塩基多型(SNP)の分布をB.distachyonのゲノムを構成する5本の染色体(Bd1~Bd5)上に示した図。5,720,539ヵ所の多型情報を得ることができた。

(1)異質倍数体種であるB.hybridumのゲノムを構成するB.staceiB.distachyonに由来するゲノムの間で検出されたSNPの分布。

(2)B.hybridumゲノムとB.distachyonゲノムの間で検出されたSNPの分布。

(3)DNA配列の一致性に基づいてB.distachyonゲノム上に位置づけたB.hybridumのDNA配列の分布。色が濃いほど位置づけられたDNA配列が多い。

(4)B.staceiゲノムとB.distachyonゲノムの間で検出されたSNPの分布。

(5)DNA配列の一致性に基づいてB.distachyonゲノム上に位置づけたB.staceiのDNA配列の分布。色が濃いほど位置づけられたDNA配列が多い。

(6)B.distachyon染色体上の遺伝子の密度。

図4 異質倍数化による遺伝子の発現様式の変化

図4 異質倍数化による遺伝子の発現様式の変化

異質倍数化による遺伝子の発現様式の変化の例を示した。ある遺伝子の発現量を比べたとき、祖先二倍体種間の遺伝子発現量には差はないが、異質倍数体種内の重複した遺伝子セット(同祖遺伝子)間の現量に差があれば、発現様式が変化したと考えられる。同祖遺伝子AおよびBはそれぞれ、祖先二倍体種AおよびBに由来する遺伝子を表す。このような発現様式の変化が、B.hybridumの葉で発現している遺伝子の23~38%、根で発現している遺伝子の26~35%で観察された。

図5 高温ストレス環境下におけるミナトカモジグサ種植物のトランスクリプ

図5 高温ストレス環境下におけるミナトカモジグサ種植物のトランスクリプトーム

通常環境下(22℃)と高温ストレス環境下(32℃)で、3日間および15日間育てたときのB.distachyon(Bd)、B.stacei(Bs)、B.hybridum(Bh)の葉の遺伝子発現の様子を比較した。また、B.hybridumのゲノムを構成するB.distachyonゲノム上の遺伝子(BhBd)とB.staceiゲノム上の遺伝子(BhBs)の遺伝子発現の様子を比較した。赤いほど遺伝子発現の様式が類似しており、青いほど遺伝子発現の様式が異なっていることを表わす。

黄色の線で囲んだ部分を見ると、高温耐性のあるB.hybridumおよびB.staceiは、高温ストレス3日目に遺伝子発現を大きく変化させたが、15日目には通常環境下で育った植物と類似した遺伝子発現になっていた。一方、高温耐性のないB.distachyonは、高温ストレス3日目では通常環境と類似した遺伝子発現を示したが、15日目に通常環境と比べ遺伝子発現の様子が大きく変化した。

<用語解説>
注1)異質倍数体種、同質倍数体種
生存に必要な染色体セット(ゲノム)を3つ以上持つ生物種を倍数体種という。同じゲノムのみを持つ同質倍数体種と異なるゲノムを持つ異質倍数体種が存在する。
注2)祖先二倍体種、二倍体種
二倍体種は、生存に必要な染色体セット(ゲノム)を両親から1セットずつ受け継ぎ、合わせて2セット持つ生物種のこと。祖先二倍体種は、交雑によって異質倍数体種の成立に関わったゲノム構成が二倍体である祖先種。B.hybridumにとっては、B.distachyonとB.staceiが祖先二倍体種にあたる。
注3)異質倍数化、ゲノム倍数化
ゲノム倍数化は、生存に必要な染色体セット(ゲノム)の数が多くなる現象のこと。異質倍数化は、祖先二倍体種の交雑によって生じた雑種で起きるゲノム倍数化。
注4)トランスクリプトーム
細胞内の全ての転写物を指す言葉。
注5)ミナトカモジグサ
コムギやオオムギなどのムギ類に近縁なモデル草本植物。
注6)一塩基多型(SNP)
個体間でのゲノム構成の違いのうち、集団における頻度が1%以上のものを遺伝子多型と呼ぶ。代表的なものとして1塩基(チミン:T、グアニン:G、シトシン:C、アデニン:A)の違いによる一塩基多型がある。SNPはSingle Nucleotide Polymorphismの略。
<論文情報>

タイトル
Homoeolog-specific activation of genes for heat acclimation in the allopolyploid grass Brachypodium hybridum

著者名
Kotaro Takahagi, Komaki Inoue, Minami Shimizu, Yukiko Uehara-Yamaguchi, Yoshihiko Onda and Keiichi Mochida

doi
10.1093/gigascience/giy020

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

持田 恵一(モチダ ケイイチ) チームリーダー

高萩 航太郎(タカハギ コウタロウ) 大学院生リサーチ・アソシエイト
理化学研究所 環境資源科学研究センター セルロース生産研究チーム

<JST事業に関すること>

江森 正憲(エモリ マサノリ)
科学技術振興機構 環境エネルギー研究開発推進部 ALCAグループ

<報道担当>

理化学研究所 広報室 報道担当

横浜市立大学 研究企画・産学連携推進課

科学技術振興機構 広報課

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