大型放射光施設SPring-8でのPhase2キュレーション高知チームによる分析開始について(大東琢治助教ら)
2021-06-17 分子科学研究所
概要
国立研究開発法人海洋研究開発機構超先鋭研究開発部門高知コア研究所の伊藤元雄主任研究員を代表とするPhase2キュレーション高知チーム※1は、6月20日(日)から「大型放射光施設SPring-8※2」で小惑星リュウグウの粒子分析を開始します。
本分析はSPring-8長期課題「はやぶさ2サンプルのX線CTを用いた初期分析:技術開発、分析手法評価と分析:代表・土`山明(立命館大学・教授)」の一環で行われました。
背景
我々が住む地球は形成から現在に至るまで、加熱などによる様々な変成・変質を受けることで過去の物質を失っています。一方、小惑星探査機「はやぶさ2」が目指した小惑星リュウグウは、熱による影響が少なかったと考えられており、約46億年前に太陽系が形成された頃の有機物や含水鉱物を今も残している可能性があります。この太陽系最初期の物質科学的情報を得ることができれば、46億年に渡る太陽系形成史、地球の水の起源や地球生命に至るまでの有機物進化過程などの解明が期待されることから、試料の直接採取が待ち望まれていました。
国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、小惑星探査機「はやぶさ」による小惑星イトカワの往復探査と、微量ながらその表層試料の獲得に成功した知見をもとに、より始原的な炭素質小惑星リュウグウへの科学探査を目指して「はやぶさ2」を開発しました。「はやぶさ2」は、2014年12月3日に打ち上げられ、リュウグウに到着して近接分光観測を行うとともに、惑星表面と地下からの2度の試料採取に成功しました。そして、2020年12月6日に試料を封入したカプセルがオーストラリア・南オーストラリア州のウーメラ砂漠に帰還しました。回収された試料カプセルからは、総量5.4グラム程度の黒い砂状粒子が確認されました。JAXA地球外試料キュレーションセンター(ESCuC)では、1粒子毎の光学観察や重量測定を中心とした粒子の初期記載が行われ、6月17日、JAXAからPhase2キュレーションの2チーム、初期分析の6チームにサンプルが引き渡されました。海洋研究開発機構を中心とした多機関連携型のPhase2キュレーション高知チームは、JAXA ESCuCと密接に連携を取りながら、貴重な小惑星リュウグウ試料の分析に挑みます。
詳細
Phase2キュレーション高知チームは、2015年からJAXAキュレーションチームとともにサンプルリターンで得られた貴重な試料を分析するための機器間共通試料ホルダー、大気非暴露輸送容器の開発と技術の供与等を実施してきました。2017年からは、分野横断・多機関連携による分析技術、機器の整備と高度化を精力的に進めてきました。開発した分析技術や機器を駆使し、「はやぶさ2」試料の分析をJAXAキュレーションと共同で担当します。
6月20日から23日に大型放射光施設SPring-8のBL20XUにて、水や有機物を含むと考えられるリュウグウ試料を分析するために新規開発したX線回折CT※3(XRD-CT)や位相コントラストCT※4など放射光X線を用いた複数のCT法を組みあわせた「統合CT環境」を用い、リュウグウ試料の3次元形状、内部構造、および鉱物分布などの非破壊解析を実施します。また本年秋口には、同施設においてnanoCT分析法を利用し、リュウグウ試料中の有機物分布の高解像度3次元可視化を予定しています。
得られた3次元内部構造データを元に、各研究機関でリュウグウ試料の持つ鉱物学的、そして有機物の化学的情報を効率的に取り出します。JAMSTEC高知コア研究所では微細鉱物組織や超高解像度同位体イメージング分析、国立極地研究所では主要元素組成、鉱物組成分析など、分子科学研究所・極端紫外光研究施設で有機物の分子構造解析、そして東京都立大学で元素組成分析などを連携して行う予定です。
これら分析データを統合することにより、岩石・鉱物と水や有機物が共存する小惑星リュウグウ上での有機物の化学進化、既知の始原的隕石との関連性、地球の水の起源など、宇宙科学における諸問題を紐解くことが期待できます。
用語解説
※1 Phase2キュレーション
JAXA宇宙科学研究所の地球外試料キュレーションセンター(ESCuC)は、「はやぶさ」をはじめとするサンプルリターンミッションによる地球外惑星からの帰還試料の受入れとその管理を主な目的として設立されました。「はやぶさ2」では、ESCuCとJAXAキュレーション専門委員会が選定した連携拠点機関(JAMSTEC高知コア研究所を中心とした多研究機関、岡山大学惑星物質研究所)がPhase2キュレーションを行うための協力体制を作っています。Phase2キュレーションでは、ESCuCと協働でキュレーション活動に資する大気非曝露環境下での試料配分容器、輸送・搬送機器や分析技術などを開発しています。また、それぞれの機関が開発した高度分析技術により「はやぶさ2」試料の詳細な物質科学的記載を進め、小惑星リュウグウから得られる科学成果を最大化することも目的としています。
(参考)キュレーション体制図
※2 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。SPring-8による電子の加速エネルギー(8GeV:80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用など幅広い分野で利用されています。
※3 X線回折CT(XRD-CT)
CTはComputed Tomographyの略で、被写体の多方向からの投影像から3次元情報を数値演算で再構成する手法です。従来のCTでは、試料内に含まれる複数の異なる鉱物を同定する事は難しく、DET法と呼ばれる元素ごとにエネルギーの吸収が異なる特性を利用し、限定的な鉱物の同定法を「はやぶさ」試料の分析に使用していました。「はやぶさ2」試料分析では、X線回折法(X-Ray Diffraction: XRD)とCTとを組みあわせ、試料中の構成鉱物が未知であったとしても、多くの鉱物種とそれらの空間位置を高い解像度で同定する放射光XRD-CT分析法を利用します。例えば、試料中の水を含む鉱物と含まない鉱物の空間的な位置を厳密に区別することができます。
※4 位相コントラストCT
有機物や水、気体など、岩石鉱物と比べて非常にX線の吸収が弱い物質が岩石物質に含まれていると、コントラストがとても弱いためにそれらを区別することができません。位相コントラストCTはX線の吸収の低い物質のCT画像中のコントラストを、最大1,000倍程度まで高めることができる手法です。この手法を使えば、岩石物質中の水、有機物、空気を区別し、試料中のどこに存在するかを調べる事ができます。
お問い合わせ先
(本分析について)
国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門
高知コア研究所 同位体地球化学研究グループ
主任研究員 伊藤 元雄(いとう もとお)
主任研究員 富岡 尚敬(とみおか なおたか)
立命館大学 総合科学技術研究機構 教授 土`山 明 (つちやま あきら)
公益財団法人高輝度光科学研究センター
放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室
主幹研究員 上椙 真之 (うえすぎ まさゆき)
主席研究員 上杉 健太朗(うえすぎ けんたろう)
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立極地研究所
准教授 山口 亮 (やまぐち あきら)
助教 今榮 直也 (いまえ なおや)
特任教授 木村 眞 (きむら まこと)
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所 極端紫外光研究施設
助教 大東 琢治 (おおひがし たくじ)
技術職員 湯澤 勇人 (ゆざわ はやと)
東京都立大学大学院 理学研究科 化学専攻
助教 白井 直樹 (しらい なおき)
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 シンクロトロン光研究センター
特任准教授 櫻井 郁也 (さくらい いくや)
アドバイザー 岡田 育夫 (おかだ いくお)
国立大学法人 大阪大学 大学院工学研究科 機械工学専攻
准教授 平原 佳織 (ひらはら かおり)
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 宇宙地球惑星学科
学術研究員 Ming-Chang Liu (ミン チェン リウ)
オープン大学
主任研究員 Richard Greenwood (リチャード グリーンウッド)
(SPring-8/SACLAに関する事)
(財)高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
(報道担当)
国立研究開発法人 海洋研究開発機構 海洋科学技術戦略部 広報課
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所 広報室
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 広報担当
東京都公立大学法人 東京都立大学管理部企画広報課広報係
名古屋大学管理部総務課広報室
大阪大学 工学研究科 総務課 評価・広報係
関連研究員
助教
大東 琢治(OHIGASHI, Takuji)