シリコンチップ上のグラフェン高速発光素子を開発

ad

チップ上光集積素子へ新たな道

2018-03-29 科学技術振興機構(JST),慶應義塾大学,九州大学

ポイント
  • シリコン上に集積可能で高速にオン・オフ可能な光源を実現することはこれまで困難であった。
  • グラフェンを用い、超高速・超小型のシリコン上発光素子を実現。アレー化、大気中動作、光通信実演に成功した。
  • シリコン集積回路技術と融合した高集積光通信用素子の実現が期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、慶應義塾大学 理工学部物理情報工学科の牧 英之 准教授らは、シリコンチップ上で動作する高速なグラフェン発光素子を開発しました。その発光素子を使った光通信を実演するとともに、光のオン/オフを高速に変化(高速変調)できるメカニズムも新たに発見しました。

現在光源として主に用いられている化合物半導体は、シリコンチップ上で高密度に集積することが困難であり、光集積回路の実現を阻む要因の1つとなっています。

本研究グループは、新たな材料系としてナノメートルサイズで制御できる炭素材料であるグラフェンを用いることにより、シリコン上に直接形成可能で超小型の新しい発光素子の開発に成功しました。この発光素子は、黒体放射注1)であるにもかかわらず、応答時間が100ps(100億分の1秒。変調速度で10GHz(ギガヘルツ)相当)という超高速で変調可能であることを実験的に明らかにするとともに、この高速変調性が、量子的な熱輸送により実現していることも発見しました。さらに、この発光素子を用いて、実際に光通信を実演するとともに、化学気相成長(CVD)によるアレー化(多数の素子を配列すること)や大気中での動作が可能であることも示しました。

本発光素子は、シリコン上に集積可能な、高速で超小型の光源として、光インターコネクトやシリコンフォトニクスといった、高集積光技術に応用できると期待されます。

本研究は、九州大学 グローバルイノベーションセンターの吾郷 浩樹 教授と共同で行ったものです。

本研究成果は、2018年3月29日(英国時間)発行の国際科学誌「Nature Communications」に掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域
「素材・デバイス・システム融合による革新的ナノエレクトロニクスの創成」
(研究総括:桜井 貴康 東京大学 教授)

研究課題名
ナノカーボン光・電子量子デバイス開発と量子暗号通信応用

研究代表者
牧 英之(慶應義塾大学 准教授)

研究期間
平成27年10月~平成31年3月

JSTはこの研究領域で、材料・電子デバイス・システム最適化の研究を連携・融合することにより、情報処理エネルギー効率の劇的な向上や新機能の実現を可能にする研究開発を進め、真に実用化しイノベーションにつなげる道筋を示していくことを目指します。

上記研究課題では、ナノカーボンを用いた室温・光通信波長帯の単一光子光源を提案するとともに、電流注入光源、集積光技術との融合、単一光子検出器開発を行い、超小型・超高速・低コストの量子暗号通信技術を構築することを目指します。

<研究の背景と経緯>

従来コンピューターなどに使われている集積回路は、シリコン(ケイ素)を基板として電荷で動作する電子集積回路です。現在、さらなる高集積化・高速化を実現する技術として、装置間、ボード間、チップ間、チップ内など短い距離で高集積に光を伝送する光通信技術「光インターコネクト」や、シリコン上で発光素子や受光器、光変調器といったデバイスを集積する技術「シリコンフォトニクス」が注目されています。

現在、発光素子の多くは母材として化合物半導体を用いており、シリコン上での結晶成長が困難であることから直接形成することが難しく、また、デバイスの作製手順が複雑で高密度化が難しいこと、光の強度変調に光変調器が必要であるといった問題を抱えており、高集積な光技術の実現を阻む要因となっています。そのため、化合物半導体に替わる新たな材料系での発光素子を開発することが、シリコン上で高集積光技術を実現する手段の1つになると考えられます。

光通信では、発光のオン/オフをデジタル信号として情報通信を行うため、発光をオン/オフする速度(変調速度)が重要となります。グラフェンは、炭素原子が六角形の頂点の位置に並んで結合したシート状の物質であり、ナノメートルサイズで制御できる炭素材料として本研究グループは着目してきました。グラフェン発光素子はこれまでも報告がありましたが、極めて低速の変調しか実現しておらず、最高でも100kHz(キロヘルツ)程度の変調速度でした。

<研究の内容>

今回、新たな材料系であるグラフェンを用い、「超小型」で「超高速」な発光素子をシリコンチップ上で実現しました(図1)。

本素子は、電気を流して温めること(通電加熱)による黒体放射発光であるにもかかわらず、最高で10GHz(応答時間100ps:100億分の1秒)もの超高速変調が可能であることを示しました(図2)。これは、従来の金属フィラメントによる黒体放射光源(応答速度は100Hz程度)と比べて、100万倍以上速いものとなります。

本研究では、この超高速変調のメカニズムの解明を進め、この高速変調性が、グラフェンデバイスにおける量子的な熱輸送によって実現していることを発見しました。この量子的な熱輸送は、通常の熱伝導とは異なり、グラフェンの伝導キャリアのエネルギーがSiO基板の表面極性フォノン注2)に遠隔で受け渡され、さらにそのフォノンが散乱されることなく波として基板表面を伝搬する現象が支配的であるということです。

さらに本研究では、化学気相成長法(CVD法)により、ガス状の分子(メタン)を化学反応させ大面積のグラフェン膜を形成し、グラフェン発光素子を多数並べること(アレー化)に成功しました。また、このグラフェン発光素子の表面に保護膜(キャップ層)を形成し、酸素との反応によるグラフェンの損傷を防ぐことで、発光素子が大気中で動作できることを実証しました。光信号を受信して電気信号に変換する素子(フォトレシーバー)を用いた光通信の実演にも成功しました。

<今後の展開>

今回開発したグラフェン発光素子は、シリコン上に直接形成することが可能であるとともに、非常に小型で高速で動作することから、光インターコネクトやシリコンフォトニクスなど、シリコンを主体とした電子回路技術と融合した集積光デバイス用の光源へ応用することが可能です。特に、高速に直接変調注3)できることから、通常の光インターコネクトやシリコンフォトニクスで必要とされる光変調器を用いることなく、電気信号を光信号に変換することが可能となります。

通常の半導体では、電子が抜けたホールが正電荷を運ぶp型半導体と、電子が負電荷を運ぶn型半導体を接合(p-n接合)しており、光を発生する部分(発光層)がp-n接合内に存在しています。今回のグラフェン発光素子は、p-n接合を必要とせず発光層が露出した横型の素子であることから、光を伝送するシリコン光導波路を発光層と直接接触させることも可能です。これにより、シリコン光導波路と発光素子の間は、接触させるだけで光を入出力できるようになり、極めてコンパクトに発光素子と光導波路を結合することが可能となります。また、グラフェンは、原子オーダーで薄くエッチングしやすい炭素でできているため、微細加工で超小型の素子が容易に作製できます。これにより、光集積デバイスのさらなる高集積化が期待されます。

<参考図>

シリコンチップ上のグラフェン高速発光素子を開発

図1 グラフェン発光素子
左図:グラフェン発光素子の模式図。右図:グラフェン発光素子の発光の様子(赤外カメラ像)。

図2 グラフェン発光素子の高速発光特性

図2 グラフェン発光素子の高速発光特性
左図:1ns(青)と10ns(赤)幅の電圧印加時の発光の時間分解測定結果。
高速な発光応答が観測される。右図:高速変調のメカニズムとなる表面極性フォノンによる熱輸送の模式図。

<用語解説>
注1)黒体放射
温度のみによって決まる熱放射であり、現在は、電球やヒーターとして利用されている。通常は、オン/オフの速度は極めて低速であることから、光通信などには使われていないが、本研究では、極めて高速な黒体放射光源が実現したことにより、光通信に使えることを示した。
注2)フォノン
熱輸送を担っている原子の振動を量子力学的に解釈したもの。ここでは、デバイスの基板表面となるSiOの表面極性フォノンが、グラフェンの伝導キャリアから直接励起されている。
注3)直接変調
光通信における電気信号-光信号変換方法として、光源に対して直接電気信号を入力して光の強度変化を得る方式。他の手法として、外部の光変調器によって光の強度変調を行う「外部変調」がある。
<論文情報>

タイトル
“High-speed and on-chip graphene blackbody emitters for optical communications by remote heat transfer”
(遠隔熱輸送による光通信に向けた高速・シリコンチップ上グラフェン黒体放射発光素子)

著者名
Yusuke Miyoshi, Yusuke Fukazawa, Yuya Amasaka, Robin Reckmann, Tomoya Yokoi, Kazuki Ishida, Kenji Kawahara, Hiroki Ago and Hideyuki Maki

掲載誌
Nature Communications

doi
10.1038/s41467-018-03695-x

<お問い合わせ先>

<研究に関すること>
牧 英之(マキ ヒデユキ)
慶應義塾大学 理工学部物理情報工学科 准教授

<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーション・グループ

<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
慶應義塾 広報室

九州大学 広報室

0403電子応用
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました