強誘電体二酸化ハフニウムジルコニウム中における不揮発屈折率変調を実証 ~プログラミング可能な光回路への応用に期待~

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2024-05-10 東京大学

発表のポイント

◆ 強誘電体となる二酸化ハフニウムジルコニウム中で自発分極により不揮発的に誘起される屈折率変調現象を初めて観測。
◆ 二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した窒化シリコン光導波路を用いた不揮発光移相器を実証。
◆ 二酸化ハフニウムジルコニウム中の非線形光学効果の解明が進むことで、プログラミング可能なシリコン光回路を用いた通信や生成AI・量子情報処理などのコンピューティング、センシングへの応用が期待。

fig01
二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した窒化シリコン光導波路を用いた不揮発光移相器
(赤線は光導波路に閉じ込められた光)

概要

東京大学大学院工学系研究科電気系工学専攻の竹中充 教授、高城和馬 大学院生(研究当時)、トープラサートポン・カシディット 准教授、高木信一 教授らは、強誘電体(注1)二酸化ハフニウムジルコニウムに外部電界を印加することで生じる不揮発的屈折率変調を世界で初めて観測することに成功しました。また、透過型電子顕微鏡(注2)を用いて、外部電界印加前後の二酸化ハフニウムジルコニウムの結晶相や結晶方位を詳細に分析することで、不揮発的屈折率変調は二酸化ハフニウムジルコニウム中の自発分極の変化が要因であることを解明しました。さらに、窒化シリコン光導波路(注3)上に二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した光移相器(注4)を作製し、電圧印加により不揮発的に光位相を変調することにも成功しました。

今回の成果は、強誘電体二酸化ハフニウムジルコニウム中の非線形光学効果(注5)のさらなる解明につながるものと期待されます。また、二酸化ハフニウムジルコニウムは大規模集積回路向け半導体工場で容易に堆積できることから、今回の成果により二酸化ハフニウムジルコニウムを用いたシリコン光回路の発展が期待されます。さらに、二酸化ハフニウムジルコニウムを用いた不揮発光移相器を多数、シリコン光回路に集積することでプログラミング可能な光回路を実現することができます。プログラミング可能な光回路は、光通信や生成AI・量子情報処理などのコンピューティング、光レーダーなどのセンシングへの応用が期待されていることから、将来のグリーン情報システムの実現に大きく貢献するものと期待されます。

本成果は、2024年5月9日(英国夏時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」のオンライン版にて公開されました。

発表内容

〈研究の背景〉
サイバー空間とフィジカル空間が高度に融合した社会システムであるSociety 5.0の実現のために、光を駆使した情報技術の刷新が求められています。特に、プログラミング可能なシリコン光回路を用いた光通信や生成AIなどのコンピューティング、光センサーの発展がSociety 5.0時代のグリーン情報システムの実現に大きく貢献すると期待されています。

プログラミング可能な光回路を実現するためには、多数の光移相器を回路上に集積することが求められます。特に電源を切っても記憶内容を保持できる不揮発性メモリとして動作することから待機電力をゼロにできる不揮発光移相器が望まれ、強誘電体であるチタン酸バリウムを用いた不揮発光移相器が研究されてきました。しかし、チタン酸バリウムは大規模集積回路向け半導体工場での取り扱いが難しく、大規模シリコン光回路への適用に課題がありました。

このような背景の下、強誘電体となる酸化ハフニウムジルコニウムに注目が集まっています。酸化ハフニウムジルコニウムは2011年に強誘電体となることが報告されて以降、メモリなどの電子デバイス向けの研究が世界中で進められています。一方、酸化ハフニウムジルコニウム中の非線形光学効果などについての研究報告は少なく、その光学特性や光デバイス応用についてはまだ十分に研究が行われていませんでした。高誘電率絶縁材料である酸化ハフニウムはトランジスタのゲート絶縁膜としてすでに実用化されていることから、酸化ハフニウムジルコニウムも大規模集積回路向け半導体工場で容易に取り扱うことができます。このことから、酸化ハフニウムジルコニウムの非線形光学特性を明らかにして、プログラミング可能な光回路への応用可能性を明らかにすることが強く望まれていました。

〈研究の内容〉
本研究では、強誘電体二酸化ハフニウムジルコニウムに外部電界を印加することで不揮発的に生じる屈折率変調を初めて観測することに成功しました。これにより、二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した窒化シリコン光導波路を用いることで、不揮発動作可能な光移相器の動作実証に成功しました。

本研究で実証した不揮発光移相器の断面構造を図1に示します。熱酸化シリコン(Si)基板上に窒化シリコンを堆積して矩形(くけい)状に加工した光導波路上に、加熱処理により強誘電化した二酸化ハフニウムジルコニウム(HfZrO2)層を合計30 nm積層した構造となっています。強誘電化を容易にするため1 nmのアルミナ(Al2O3)を挿入しています。窒化シリコン光導波路の両脇に堆積した電極に電圧を印加することで、二酸化ハフニウムジルコニウムに外部電界を印加することができる構造となっています。作製した素子の断面透過電子顕微鏡写真を図2aに示します。また、透過電子顕微鏡を使って二酸化ハフニウムジルコニウムの結晶相を解析した結果を図2bに示します。二酸化ハフニウムジルコニウム相は強誘電体を示す直方晶が中心となっていることが分かります。

fig02
図1:二酸化ハフニウムジルコニウムを窒化シリコン光導波路に堆積した不揮発光移相器の断面構造

fig03
図2:作製した不揮発光移相器の(a)断面透過電子顕微鏡像および(b)結晶相解析結果

二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した窒化シリコン光導波路に電圧を印加した際の屈折率変化および光損失について測定した結果を図3a、bに示します。印加電圧を0 Vから210 Vに増やしながら屈折率変化を測定すると、二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した素子においては、印加電圧が100 Vを越えると、大きな屈折率変化が生じることが分かりました(図3aの緑点)。その後、印加電圧を0 Vに戻しても、屈折率変化が維持される不揮発的動作が得られました。一方、常誘電体である酸化ハフニウムを堆積した素子においては、このような不揮発的屈折率変化は見られませんでした(図3a実線)。このことから、観測された不揮発的屈折率変化は強誘電体二酸化ハフニウムジルコニウムにより生じていることが明らかになりました。印加電圧に伴う光損失は生じず、屈折率が変化した結果として理想的な光位相変調が得られていることが分かりました。光損失を伴わないことから、不揮発的屈折率変化は自由キャリアなどの効果ではなく、二酸化ハフニウムジルコニウム中での非線形光学効果により生じていることが示唆される結果となりました。

fig04
図3:二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した窒化シリコン光導波路に電圧を印加した際の(a)屈折率変化および(b)光損失測定結果

図4は、窒化シリコン導波路上部に堆積した二酸化ハフニウムジルコニウム層の結晶粒分布および電界印加方向における結晶方位分布を透過電子顕微鏡像から分析した結果です。ここでは、二酸化ハフニウムジルコニウムの分極軸を(001)方位と表しています。電圧印加前後で比較すると、電圧印加後は、電界に平行な方向に分極軸がより多く分布していることが分かります。このことから、電界印加により結晶軸が回転し、二酸化ハフニウムジルコニウムの強誘電性に起因する自発分極が電界と同じ方向により多く整列することが分かりました。この結果として、自発分極に起因した二次電気光学効果や二酸化ハフニウムジルコニウム中の複屈折により、不揮発的に二酸化ハフニウムジルコニウムの屈折率が変化することを解明しました。

fig05
図4:(a)電圧印加前および(b)電圧印加後における導波路上部の二酸化ハフニウムジルコニウム層の結晶粒分布および電界印加方向における結晶方位分布

図5に不揮発的屈折率変化を多値メモリとして動作させた場合の保持時間を評価した結果を示します。印加する電圧を120 Vおよび160 Vとすることで、誘起する屈折率変化を調整できることから、多値動作も可能であることが分かります。印加電圧を0 Vにした後、屈折率変化量の経時変化を測定したところ、104秒以上の保持時間が得られることが分かりました。経時変化はほとんど観測されていないことから、より長い保持時間が得られることが期待でき、多値メモリとして十分に機能することが分かりました。

fig06
図5:多値メモリとしての保持時間を評価した結果

〈今後の展望〉
今回、窒化シリコン光導波路上に強誘電体二酸化ハフニウムジルコニウムを堆積した素子を用いることで、二酸化ハフニウムジルコニウム中の強誘電性に起因した屈折変化が電界印加により生じることを初めて実験的に示すことに成功しました。これにより光回路中で動作する不揮発光移相器を実証しました。電圧をかけることで、二酸化ハフニウムジルコニウム中の光の性質を変えられたことを意味します。今回の成果により、強誘電体二酸化ハフニウムジルコニウム中の非線形光学効果の研究が加速し、種々の光デバイスへの応用が進むものと期待されます。二酸化ハフニウムジルコニウムは既存の半導体工場で取り扱い可能であることから、プログラミング可能な大規模光回路の実現を通じて、光通信や生成AI・量子コンピューター、光センサーの発展が見込まれ、将来のグリーン情報システムの実現に大きく貢献するものと期待されます。

発表者・研究者等情報

東京大学大学院工学系研究科
竹中 充 教授
高城 和馬 研究当時:修士課程
トープラサートポン・カシディット 准教授
高木 信一 教授

論文情報

雑誌名:Nature communications
題 名:Nonvolatile optical phase shift in ferroelectric hafnium zirconium oxide
著者名:Kazuma Taki, Naoki Sekine, Kouhei Watanabe, Yuto Miyatake, Tomohiro Akazawa,Hiroya Sakumoto, Kasidit Toprasertpong, Shinichi Takagi, and Mitsuru Takenaka*
DOI10.1038/s41467-024-47893-2
URLhttps://www.nature.com/articles/s41467-024-47893-2

研究助成

本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 CREST(課題番号:JPMJCR2004)、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(課題番号:JPNP16007)およびJST未来社会創造事業(課題番号:JPMJMI20A1)の支援により実施されました。

用語解説

(注1)強誘電体
外部からの電界がない状態でも、内部に自発分極がある誘電体。

(注2)透過型電子顕微鏡
試料に電子線を照射し、透過した電子の干渉像を拡大して、試料の結晶構造などを観察する装置。

(注3)窒化シリコン光導波路
誘電体である窒化シリコンを矩形(くけい)状に加工して光を窒化シリコン中に閉じ込めることができる、配線に相当する光の伝送路。

(注4)光移相器
電気信号により光信号の位相を制御するための素子。

(注5)非線形光学効果
物質中の分極が、電界の強さに比例しないことで生じる光学現象。電界に比例した屈折率変化(ポッケル効果)や電界の2乗に比例した屈折率変化(カー効果)の起源となる。

プレスリリース本文:PDFファイル
Nature communications:https://www.nature.com/articles/s41467-024-47893-2

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