生体認証とバイタルサインの同時計測によって、「なりすまし」や患者の取り違えを防止
2020-01-21 東京大学,株式会社ジャパンディスプレイ,科学技術振興機構
ポイント
- 生体認証に用いられる静脈や指紋の撮像、また、バイタルサインの1つである脈波を1枚のシート型イメージセンサーで同時計測することに世界で初めて成功しました。
- シート型イメージセンサーでは、有機光検出器と低温ポリシリコン薄膜トランジスタを集積し、高解像度かつ高速読み出しを可能にしました。
- シート型イメージセンサーは、薄型で曲がるため、ウェアラブル機器への組み込みが容易になり、ユーザーの生体認証と同時に健康状態を計測・紐づけることが可能になります。この結果、「なりすまし」や患者の取り違え防止などが可能になることが期待されます。
国立大学法人 東京大学(総長:五神真) 大学院工学系研究科 横田 知之 准教授、染谷 隆夫 教授らは、株式会社ジャパンディスプレイと共同で高空間解像度と高速読み出しを両立するシート型イメージセンサーの開発に成功しました。このシート型イメージセンサーは、厚さが15マイクロメートルと非常に薄く、軽量で、曲げることができます。高感度な有機光検出器注1)と高移動度の低温ポリシリコン薄膜トランジスタ注2)とを集積化することで、高解像度と高速読み出しを両立しています。その結果、高解像度が必要な生体認証向けの指紋や静脈の撮像と高速読み出しが必要な脈波注3)の分布計測を1つのイメージセンサーで計測できるようになりました。シート型イメージセンサーをウェアラブル機器に応用することによって、生体認証とバイタルサインの計測を同時に行うことができるため、「なりすまし」や患者の取り違えを防止することが可能になるとともに機器の小型化に貢献します。
本研究成果は、2020年1月20日(英国時間)に英国科学誌「Nature Electronics」のオンライン版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
JST 未来社会創造事業 探索加速型(本格研究ACCEL型)
研究開発課題:「スーパーバイオイメージャーの開発(JPMJMI17F1)」
研究代表者:染谷 隆夫(東京大学 大学院工学系研究科 教授)
プログラムマネージャー:松葉 頼重(科学技術振興機構)
研究期間:2017年7月~2022年3月
<研究内容>
日本社会の超高齢化が急速に進む中、高騰する医療費を抑制しつつ、いかにしてQuality of Life(QoL)を高めるかが喫緊の課題となっています。この困難な課題の解決に向けて、ウェアラブルデバイスのような新技術による生体情報の取得とその活用への期待が高まっています。特に、患者や家族が自分の健康に責任をもつセルフケアや在宅医療は、超高齢化社会の課題解決の糸口の1つであると考えられています。実際に、本格的なセルフケア時代の到来に備えて、健康状態を常時モニタリングできるウェアラブルセンサーや通信機能付きの家庭用血圧計などが次々に市場に投入されています。
一方で、ウェアラブルセンサーによる生体情報を活用した、新しい保険制度やインセンティブのある制度を設計する際に、在宅で測定したデータが患者本人のものかどうかをどのように確認するかが重要な課題とされています。また、将来、多くのウェアラブル機器が病院や福祉施設で利用されるようになると、患者の取り違えのリスクを低減する必要があります。そのため、ユーザーの生体認証と同時にバイタルサインを計測することが急務の課題となっています。
我々は、高分子基板上に、高解像度撮像ができ、かつ、脈波を検知するための高速読み出し可能なシート型イメージセンサーを作製することに成功しました。このイメージセンサーは、生体認証に用いられる指紋や静脈を高解像度で撮像することができます。さらに、同じイメージセンサーを使って、バイタルサインの1つである脈波やその分布を計測することができます。
これまでにもシート型イメージセンサーの報告はありますが、高解像度撮像と高速読み出しの両立は実現できておらず、1枚のシート型イメージセンサーで、静的な生体認証データと動的なバイタルサインを計測することはできませんでした。その理由は、高感度な光検出器と高速のスイッチング素子注4)を相互にダメージを与えずに高分子基板上に集積することができなかったからです。
今回開発に成功したシート型イメージセンサーは、高効率の有機半導体を感光層にした光検出器と低温ポリシリコン薄膜トランジスタのアクティブマトリックス注5)を用いた高速の読み出し回路を高密度に集積して作製されています(図1)。解像度は、指紋認証に必要とされる508ドット/インチ(dpi)を達成しており、有機光検出器は、静脈認証などに用いられる波長850ナノメートルの近赤外光に高い感度(外部量子効率50パーセント以上)をもつバルクヘテロ構造注6)の有機膜を感光層にしています。高分子基材の厚さは10マイクロメートル、シート型イメージセンサーの総厚は15マイクロメートルと、薄型、軽量、フレキシブルであるため、機器への組み込みや曲面への貼り付けが容易です(図1)。光検出器と薄膜トランジスタを相互に損傷なく集積するプロセス技術を開発することによって、高解像度撮像と高速読み出しを両立したシート型イメージセンサーの実現が可能となりました。
このシート型イメージセンサーを用いて撮像した静脈や指紋の画像を評価した結果、一般的なCMOSイメージャーを用いた画像と比較して、静脈部分のコントラスト差は5パーセント以下であり、ほぼ同等の性能を有することを確認しました(図2)。また、多点の高速読み出しによって、脈波の分布も計測できるようになりました。
新型のシート型イメージセンサーは、軽量、薄型で、曲げることができるため、ウェアラブル機器に組み込むことが容易です。ユーザーの生体認証を行いながら、同時に健康状態を測定することが可能となるため、将来、セルフケアにおける「なりすまし」の防止や病院における患者の取り違え防止などが可能になると期待されます。
本研究成果は、東京大学 大学院工学系研究科、株式会社ジャパンディスプレイの共同研究によるものです。
<参考図>
図1 開発したシート型イメージセンサーのデバイス写真
フレキシブル基板上に作製しているために、曲げることが可能である。
- ビア…トランジスタのソース・ドレイン電極と信号線、もしくは画素電極を電気的に接続するための穴。
- 画素電極…有機膜と電気的に接続する電極。
- 光保護層…トランジスタにあたる光を遮る層。
- FPC…センサーが形成された基板とアナログ・フロント・エンドが搭載された基板を接続するための基板(Flexible printed circuits)。
- アナログ・フロント・エンド…センサーの信号を読み取るための半導体チップ。
図2
開発したシート型イメージセンサーで撮像した静脈(左)、指紋(右)と脈波(下)。画像は、個人保護のために一部に加工を施している。
<用語解説>
- 注1)有機光検出器
- 有機材料を用いた光検出器。光の強度によって、流れる電気の量が変化する。
- 注2)低温ポリシリコン薄膜トランジスタ
- 多結晶のシリコンを用いて作られた電子のスイッチ。
- 注3)脈波
- 心臓の拍動に応じて伝わる末梢血管の圧変化や容積変化を測定したもの。
- 注4)スイッチング素子
- 電気を用いてオンオフを切り替えることのできるデバイス。
- 注5)アクティブマトリックス
- ディスプレイやセンサーの駆動方式の一種。各セルにアクティブ素子(薄膜トランジスター)を集積させることによって、低消費電力化や高精度化が実現できる。
- 注6)バルクヘテロ構造
- ドナー材料と、アクセプター材料の2種類の半導体材料を混合した構造。
<論文タイトル>
- “A conformable imager for biometric authentication and vital sign measurement”
- 著者:Tomoyuki Yokota, Takashi Nakamura, Hirofumi Kato, Marina Mochizuki, Masahiro Tada, Makoto Uchida, Sunghoon Lee, Mari Koizumi, Wakako Yukita, Akio Takimoto, Takao Someya
- DOI:10.1038/s41928-019-0354-7
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
横田 知之(ヨコタ トモユキ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 准教授
染谷 隆夫(ソメヤ タカオ)
東京大学 大学院工学系研究科 電気系工学専攻 教授
瀧本 昭雄(タキモト アキオ)
株式会社ジャパンディスプレイ R&D本部 シニアフェロー
<JST事業に関すること>
寺下 大地(テラシタ ダイチ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部
<報道担当>
東京大学 大学院工学系研究科 広報室
株式会社ジャパンディスプレイ 広報部
科学技術振興機構 広報課