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2020年以降のマーケット状況や移動通信に求められる要求条件を考慮し、移動通信システムのさらなる高度化として、第5世代移動通信システム(5G)の検討が世界的に進められている。本稿では、複数の5G研究団体や学会などで議論されている5Gのユースケース[1],[3],[5]を踏まえた要求条件および技術について5Gの概要として述べる。
5G要求条件 〜高速・大容量化、超多数端末接続、超低遅延、超高信頼性などを検討
既に複数の5G研究団体、学会、移動通信関係各社で5Gのユースケースや要求条件が検討されており、白書[6]として数多く発表されている。5G関係者の多大なる尽力により、複数の5G研究団体間で、大枠としてほぼ共通のユースケースと要求条件が見いだされるに至っている。一例として、日本の電波産業会(ARIB)の2020 and Beyond Ad Hoc(20B AH)グループにて2014年に発表された白書[1]に記載されているユースケースと要求条件に関する図を引用し、図1と図2に示す。以下に、大枠として世界の共通の認識となっている5Gのユースケースを考慮した要求条件の概要を述べる。
(1)高速・大容量化
現在、LTEの普及が世界的に進み、LTE-Advancedの導入も一部地域で開始されている。これらシステムにより、移動通信システムの高速化、大容量化が図られ、スマートフォンの普及に伴うトラヒックの増加に対しても、当面はユーザーニーズを満たすことができると考えられる。しかしながら2020年代を考えた場合に、ウェアラブルデバイスの本格的な普及や4K/8K動画に代表される動画コンテンツの大容量化、娯楽や宣伝のみならず、セキュリティ、医療、教育も含め、高精細静止画・動画コンテンツのニーズはより一層高まると予想される。これらのユースケースを想定すると、2020年代のトラヒック量は、2010年のトラヒック量から1000倍に増加すると予想されており、5Gシステム容量はこれをサポートすることが大容量化の要求条件となっている。また、これらの大容量コンテンツをユーザーが快適に利用できるようにするために、高速化の要求条件は10Gbps以上の速度を達成することが要求条件となっている。
(2)超多数端末接続
現在、人と人の通信やサーバー上のコンテンツを人が利用する人と物の通信が主要な通信形態であるが、IoT(Internet of Things)やM2M(machine to Machine)通信に代表される、物対物の通信に対する期待が高まっている。電力・ガスなどのメーターに対する通信モジュールの設置は現在、普及段階にあり、農業、畜産業、建築物に対するセンサーの設置に対する要求も高まっている。2020年代には、これらの普及がより一層進むと考えられ、さらに、多種多様なものに通信モジュールを設置することで、ユーザーに対する利便性の向上、セキュリティ向上、コスト削減などの効果が期待できる。特に自動車や電車などの輸送機器に対する移動通信の期待は高く、自動運転含むドライバーのサポートや、娯楽、安全性の向上等のユースケースがよりいっそう重要視される。家電や家屋、オフィスに対する遠隔制御やセキュリティ確保もより普及すると考えられる。また、ウェアラブル端末のような人に対する通信手段も多様化すると考えられる。眼鏡型端末が代表例としてあげられるが、2020年代には触感通信も実用化されると考えられており、触感を利用したサービスの普及も予想される。また、ヘルスケアのために衣類などにセンサーと通信機能をもつデバイスを設置するというようなユースケースも考慮されている。
これらユースケースの多様化を考慮すると、現状と比較して極めて多くの端末が存在すると考えられており、5Gに向けては現状の100倍以上の端末接続をサポートすることが要求されている。
(3)超低遅延、超高信頼性
LTE / LTE-Advanced(図2におけるIMT-Advancedに対応)においても、数十ミリ秒程度の低伝送遅延を実現できているが、2020年代に向けては、触感通信など、ユースケースによってはさらなる低遅延が要求される。さらに、低遅延かつ高信頼性が求められるユースケースも挙げられている。車対車通信による事故回避や、ロボットの遠隔制御等が高信頼性のユースケースとして挙げられている。これらのユースケースを踏まえ、遅延に関してはend-to-endでミリ秒オーダーの低遅延が要求され、特に無線区間においては1ミリ秒以下の伝送遅延が要求される。更に高信頼性に関しては、99.999パーセントの信頼性が求められる。
ただし、これら低遅延、高信頼性の実現を常にどこでも実現することは、技術的には可能であっても、ネットワーク構築費用的には非現実的であり、特定のユースケースでのみ実現可能とする等の考慮が必要とされている。
(4)省電力化、低コスト化
省電力化の要求はあらゆる産業や社会に於いて重要視されており、ICT産業に於いても例外ではない。ICT産業の発展に伴い、ICT産業のしめる電力消費の割合は増加傾向にあり、無視できない状況である。更に通信事業者のシステム運用のコスト低減のためにも、省電力化は非常に重要な要求条件となっている。
低コスト化については、過去あらゆる世代の移動通信システムで定性的な要求条件として考慮されており、5Gに向けても重視する必要がある。特に、トラヒックの延びが顕著な現状において、通信事業者の収入増加は逆に鈍化傾向にあり、5Gに向けてはより一層の低コスト化が求められる。
現段階で、省電力化および低コスト化に関する要求条件として、その定義の仕方とともに具体的な要求条件の数値が世界的に明確になってはいないが、省電力化および低コスト化は5Gの重要な要求条件として考慮されている。
5G無線技術 〜高周波数帯の利用や超多素子アンテナ技術が有力候補に
多くの5G研究団体にて、5Gに向けた無線およびネットワーク技術の検討が精力的に進められており、要素技術の候補が数多く挙げられている。本稿では技術の詳細に関する説明は省略するが、世界的に着目されている無線伝送技術の複数の方向性の内、最も興味を持たれている高周波数帯の活用と、超多素子アンテナ技術について概要を述べる。
(1)高周波数帯の活用
前述の高速大容量化の要求条件を満たすには、無線アクセス技術の進歩だけでは達成は困難であり、さらなる小セル化とともに周波数の拡張も必須である。特に、10Gbpsの伝送速度を達成するには、数百MHz以上の周波数帯域幅が必要である。その一方で、これまで移動通信向けに利用されてきた数百MHzから3GHz程度の周波数帯は、移動通信はじめ多くの無線システムで既に利用されており、これらの周波数帯での追加周波数割当は世界的に困難な状況である。ましてや、数百MHz以上の周波数帯域幅をこの周波数帯で新たに5G向けに割り当てることはほぼ不可能といえる。そこで5Gでは、これまで移動通信に用いられていなかった準ミリ波からミリ波までも考慮した高周波数帯の利用と、それを可能とするための技術への期待が高まっている。具体的には、最大100GHzまでを対象とした検討が進められている。
高周波数帯は、空間伝搬に伴う減衰が大きく、かつ、直進性が高いため、セル半径は小さくなり、建物、樹木、人等による遮蔽の影響が大きくなる傾向があることから、移動通信での利用に対しては今まで不適切とされてきた。5Gの要素技術としては、これらのマイナスの要素を克服できるものが必要である。着目されている技術の一つとしては、後述する、多数のアンテナ素子を用いた無線伝送方法に大きな期待が集まっている。
5Gの高周波数帯を利用するための技術開発に向けては、高周波数帯の移動通信環境での無線伝搬特性を明らかにする必要があり、更にそれをシミュレーション評価に用いるための高周波数帯の伝搬モデルを開発する必要がある。現在、多くの企業、大学、研究プロジェクトで、その測定、解析およびモデル開発が進められている。
(2)超多素子アンテナ技術
多数のアンテナ素子を用いることで、ビームフォーミングと呼ばれる技術により電波の送信を鋭いビーム状にして送信することが可能となる。これにより、無線伝搬減衰の大きい高周波数帯でも、その減衰量を補償して、数百メートルの距離までサービスエリアを確保することができる。現在、移動機に対する無線伝搬経路が空間に複数存在することを利用し、経路毎の異なる複数のビームを生成して複数のデータ系列を同時に多重伝送して高速化を図ることができるsingle-user MIMO(SU-MIMO)と呼ばれる技術や、その空間多重数を複数の移動機に対して適用して大容量化を図るMulti-user MIMO(MU-MIMO)と呼ばれる技術が既にLTE/LTE-Advancedで適用されている。5Gに向けては、超多素子アンテナをより積極的に使用することで、その多重数を増やし、更なる高速・大容量化を図ることを目指している。この技術は一般にMassive-MIMOと呼ばれている。
ビームの形成は現状は水平方向のみを対象として運用されているが、現在の3GPPの標準化作業では垂直および水平の双方を考慮したビーム形成を前提とした議論が進められており、5Gに向けての超多素子アンテナにおいても、垂直及び水平方向のビーム形成を前提として検討されると考えられる。
前述の通り、5Gでは準ミリ波およびミリ波の利用が期待されているが、超多素子アンテナは高周波数帯との親和性が良い。具体的には、ビームフォーミング技術を利用するアンテナ構成では、アンテナにおける素子のサイズおよび素子の配置間隔は波長に比例する。これにより、高周波数帯用のアンテナでは、アンテナ素子は小さくなり、配置間隔も狭くなる。つまり、広周波数多様のアンテナでは、アンテナ素子を密に配置することができる。結果的に、それほどアンテナのサイズを大きくせずに、実装できるアンテナ素子数を増やすことができ、さらなるビームフォーミングゲインを得ることができる。
5Gの無線技術としては、上記の他にも、ユースケースに応じた新たな信号波形技術、超低遅延を実現するための無線フレーム構成やネットワーク構成、既存もしくは現在標準化中の技術からのさらなる拡張技術等、多くの技術が提案されている。参考として、ARIB 20B AHの白書に記載されている、5Gの無線要素技術の全体像を図3に示す。
5Gモバイルネットワーク技術 〜ネットワークのソフトウェア化を中心に検討
5Gのモバイルネットワークの実現に向けて、無線だけではなく有線も含めたネットワーク全体のアーキクチャにおける技術開発の重要性も各国で指摘され検討が進んでいる。
我が国では、5GMFのネットワーク委員会がそのミッションを担い、特に、エンドツーエンドのアプリケーションの品質を考慮し、無線部分の遅延削減や帯域の増強の長所を活かすための有線技術の議論が必要な点、また、無線同様に有線部分でも極めて高いリソース制御の柔軟性が求められることなどが要件として定義されている。
この要件を満たすため、5Gモバイルネットワークアーキテクチャにおいて、我が国が焦点を絞って研究開発をするべき分野として、(1)ネットワークソフトウェア化(Network Softwarization)(2)モバイルフロントホール・バックホール技術(MFH & MBH)(3)モバイルエッジコンピューティング(MEC)の活用技術、そして、(4)制御管理技術(Management and Orchestration)の4つのエリアに注力するべく戦略が立てられている。
このうち特にネットワークソフトウェア化は、従来のSDNやNFVを超える広い範囲のソフトウェア化を提唱する意味が込められており、ネットワーク仮想化でよく言われているスライス(ネットワーク・計算能力・ストレージなどのリソースを面で割当てた単位)を(1)水平方向に拡張しNFVでいわれるMECをさらにUEやクラウドまで拡張しソフトウェア化するスライスの水平拡張、(2)垂直方向にもSDNで言われる制御プレーンだけではなくデータプレーンのプログラム性も含む垂直拡張、そして、(3)同時に全ての技術要素をソフトウェアだけで構成するのではなくアプリケーションに応じてソフトウェア・ハードウェアの構成を柔軟に選択する制御などの概念が含まれている。
◇ ◇ ◇
世界的に5Gに関する研究の機運が高まり、国内外で多くの5G研究団体が発足し、精力的に研究が進められている。本稿では、世界的に共通の方向性と言えるユースケースや要求条件および主要な技術の方向性について述べた。国内では、ARIB 2020 and Beyond Ad Hocでの無線関係の検討を経て、現在、第5世代モバイル推進フォーラムにて精力的に検討が進められている。
参考文献
[1] http://www.arib.or.jp/english/20bah-wp-100.pdf
[2] http://www.3gpp.org/news-events/3gpp-news/1674-timeline_5g
[3] https://www.ngmn.org/fileadmin/ngmn/content/images/news/ngmn_news/NGMN_5G_White_Paper_V1_0.pdf
[4] http://www.itu.int/en/ITU-T/focusgroups/imt-2020/Pages/default.aspx
[5] http://www.ttc.or.jp/files/1014/2959/5266/TTC_FMN-adhocWP_1.0_20150427.pdf
[6] https://5gmf.jp/whitepaper/