2019-01-28 東京大学,科学技術振興機構
ポイント
- 水素を主要なエネルギー源とする水素社会の実現に向けた、水素イオンの高速伝導を担う、金属酸化物―ポリマー結晶性複合体の開発に成功した。
- 金属酸化物クラスターが創るイオン結晶のナノ細孔に、ポリマーと水分子を閉じ込めることにより、水素イオンの高速伝導を実現した。
- フッ素や硫黄を含まない環境に優しい固体電解質として、燃料電池や水電解などの水素エネルギーシステムへの応用が期待される。
近年、化石燃料に依存しない持続可能な社会の構築、深刻化する地球温暖化問題の解決手段の1つとして、水素をエネルギー源とする水素社会への移行が注目を浴びています。中でも燃料電池は、水素と空気中の酸素との化学反応を利用して電気を取り出すシステムであり、水素利用における最重要技術の1つです。しかし、反応により生成した水素イオン注1)の伝導を担う電解質材料には、性能および環境面で、多くの課題があります。
東京大学 大学院総合文化研究科 内田 さやか 准教授らの研究グループは、新たな電解質材料の構成ブロックとして、金属酸化物クラスター注2)(ポリオキソメタレート;図)とポリマー注3)(ポリアリルアミン;図)に着目しました。これらは、高い水素イオン伝導性を示す可能性があることが知られているものの、単独では、水蒸気や熱への耐性が低いという欠点があります。本研究では、ポリオキソメタレートとカリウムイオン注4)との間に働く静電相互作用注5)により構築されるイオン結晶注6)のナノ細孔注7)に、ポリアリルアミンと水分子を閉じ込めることにより、高い構造安定性と水素イオン伝導性を両立できることを明らかにしました(図)。得られたイオン結晶は、フッ素や硫黄を含まない環境に優しい固体電解質材料として、燃料電池や水電解などの水素エネルギーシステムへの応用が期待されます。
本研究は、東京大学 大学院総合文化研究科 内田 さやか 准教授らのグループを中心として行われ、東京工業大学 大学院総合理工学研究科 野村 淳子 准教授らのグループ、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 植村 卓史 教授・北尾 岳史 助教らのグループとの共同研究の成果です。また、文部科学省 新学術領域研究 配位アシンメトリ(領域代表:塩谷 光彦)の一環として行われました。
本研究成果は、2019年1月25日(日本時間)に「Communications Chemistry」のオンライン版に掲載されました。
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究事業(さきがけ) 研究領域「超空間制御と革新的機能創成」(研究総括:黒田 一幸)研究課題「イオン結晶の階層的構築と吸着・輸送・変換場への応用」の一環として行われました。
<研究背景>
近年、化石燃料に依存しない持続可能な社会の構築、深刻化する地球温暖化問題の解決手段の1つとして、水素をエネルギー源とする水素社会への移行が注目を浴びています。中でも燃料電池は、水素と空気中の酸素の化学反応を利用して電気を取り出すシステムであり、水素利用における最重要技術の1つです。しかし、反応により生成した水素イオンの伝導を担う電解質は、アモルファス材料注8)が多いために組成-構造-性能の相関が不明瞭で性能向上の指針が得られにくく、さらに、フッ素や硫黄など環境に有害な元素を含むためにリサイクルや廃棄処理に問題があるなど、性能面、環境面で多くの課題があります。
<研究内容>
本研究は、新たな電解質材料の構成ブロックとして、金属酸化物クラスター(ポリオキソメタレート)とポリマー(ポリアリルアミン)に着目しました。これらは、高い水素イオン伝導性を示す可能性があることが知られているものの、単独では、水蒸気や熱への耐性が低いという欠点があります。この欠点の解決に加え、組成-構造-性能の相関が明確な材料を合成することを目的とし、水中でポリオキソメタレートのカリウム塩とポリアリルアミンの塩酸塩を混合し、結晶化を試みました。得られた結晶の構造解析の結果、ポリオキソメタレートとカリウムイオンとの間に働く静電相互作用によりイオン結晶が構築され、結晶のナノ細孔には、水素イオンと結合したポリアリルアミンと水分子が含まれることが分かりました。交流インピーダンス注9)法と13C-CPMASNMR分光法注10)により、得られた結晶が、実用化材料に匹敵する高い水素イオン伝導性(10-2Scm-1)を示し、その高い伝導性は、水素イオン、ポリアリルアミンと水分子が細孔中で密な水素結合注11)ネットワークを形成し、さらに、ポリアリルアミンの側鎖が運動していることに由来することが明らかになりました。
東京工業大学 大学院総合理工学研究科 野村 淳子 准教授らによる、赤外分光スペクトル測定の結果、上述の水素結合ネットワークの状態が、ポリアリルアミンの分子量に依存することが分かりました。さらに、東京大学 大学院新領域創成科学研究科 植村 卓史 教授・北尾 岳史 助教らによる、結晶1つ分のラマン分光スペクトル測定と示差走査熱量測定の結果、結晶の細孔中に、ポリアリルアミンがバルク注12)ではなく単分子として存在することが分かりました。
以上のように、ポリオキソメタレートが創るイオン結晶の細孔に、ポリアリルアミンを水分子とともに閉じ込めることにより、高い構造安定性と水素イオン伝導性を両立できることを明らかにしました。本研究成果は、単独では不安定なポリオキソメタレートとポリアリルアミンが、固体内で協奏することにより、実現されたといえます。
<今後の予定>
イオン結晶の構成ブロックとして用いたポリオキソメタレートは、ビスマスとタングステンにより構築される金属酸化物クラスターです。従って、フッ素や硫黄を含まない環境に優しい固体電解質として、燃料電池や水電解などの水素エネルギーシステムへの応用が期待されます。
<参考図>
図 イオン結晶の構造
左図は、ポリオキソメタレートとカリウムイオンの配列と相互作用の様子を示す。右図は、細孔中(黄色部分)に存在するポリアリルアミンと水分子の様子を模式的に示す。
<用語解説>
- 注1)水素イオン
- 水素原子が電子1個を失った1価の陽イオン。H+と表し、陽子に等しい。
- 注2)金属酸化物クラスター
- 金属酸化物の分子状のイオン種であり、英語でpolyoxometalate(ポリオキソメタレート)と呼ばれ、一般に負電荷を有する陰イオンである。
- 注3)ポリマー
- 複数のモノマー(単量体)が結合して鎖状になること(重合)によってできた化合物のこと。ポリアリルアミンは、図に示すアリルアミンモノマーが重合した化合物である。
- 注4)カリウムイオン
- カリウム原子が電子1個を失った1価の陽イオン。K+と表す。
- 注5)静電相互作用
- 一般に化学では、正電荷を持つ陽イオンと負電荷を持つ陰イオンとの間に働く引力に基づく相互作用を指す。
- 注6)イオン結晶
- 陽イオンと陰イオンとの静電相互作用により構築される結晶のこと。
- 注7)ナノ細孔
- ナノメートルは10億分の1メートルのこと。細孔は多孔質材料が持つ微細な空孔のこと。従って、ナノ細孔とは、ナノサイズの細孔のことを指す。
- 注8)アモルファス材料
- 原子、イオンや構成ブロックの配列に規則性がなく、結晶のような長距離秩序が無い状態を指す。
- 注9)インピーダンス
- 交流回路における電圧と電流の比のこと。単位は、直流回路の抵抗と同じΩ(オーム)が使われ、数値が大きいほど電流が流れにくく、小さいほど流れやすいことを示す。
- 注10)NMR分光法
- 核磁気共鳴分光法とも呼び、磁場中に置いた試料に電磁波を照射し、試料中の原子核(この場合は炭素の同位体13C)が置かれた環境(分子構造や運動性)に基づいて吸収する電磁波の周波数を記録する方法である。
- 注11)水素結合
- 弱い陽性を帯びた水素(水素イオンに近い状態)と、近傍に位置した窒素や酸素との間に働く引力的な相互作用である。ここでは、伝導を担う水素イオンと、近傍のポリアリルアミンの窒素や水分子の酸素との相互作用を指す。
- 注12)バルク
- 物質の界面や表面と対をなす部分で、ある物質の物性(例えば融点や沸点)といえばバルク部分が持つ性質を指す。ここでは、単分子のポリマーが多数集合した状態を指す。
<論文情報>
タイトル:“Confinement of Poly(allylamine) in Preyssler-Type Polyoxometalate and Potassium Ion Framework for Enhanced Proton Conductivity”
著者名:Tsukasa Iwano, Satoru Miyazawa, Ryota Osuga, Junko N. Kondo, Kayako Honjo, Takashi Kitao, Takashi Uemura, and Sayaka Uchida
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s42004-019-0111-x
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
内田 さやか(ウチダ サヤカ)
東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 准教授
<JST事業に関すること>
中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
<報道担当>
科学技術振興機構 広報課