2022-11-03 東京大学
- 発表者
- 伊藤 晋作(東京農業大学バイオサイエンス学科 准教授)
野村 崇人(宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター 准教授)
浅見 忠男 (東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
Salim Al-Babili(King Abdullah University of Science and Technology 教授)
発表のポイント
- 構造の異なる2種類のストリゴラクトン(二環性と四環性)のうち、二環性のものは植物の生育に利する植物ホルモンとしての機能を持つのに対し、四環性のものは逆に生育の妨げとなる根寄生雑草の寄生を促進する機能を持つことが明らかとなりました。
- これまで植物ホルモンと信じられていた四環性ストリゴラクトンは、植物ホルモンとしての機能より根圏のシグナル物質としての機能が主要であることが明らかとなりました。
- 世界の多くの地域で問題となっており、特にアフリカ地域では100億ドルにも及ぶとされるにもかかわらず防除法の確立していない根寄生雑草による被害を減らし、各地の農業生産力の向上に貢献すると期待されます。
発表概要
植物ホルモン(注1)であるストリゴラクトンは、植物の枝分かれを抑制する機能以外にリン栄養を供給することで植物の成長を助けるAM菌(注2)の共生を促進する機能を持っており、農業生産性向上に役立っています。その一方で、この化合物は農作物に寄生する根寄生雑草の種子発芽を誘導し寄生を促進することで生育を阻害する物質としても働いています。
東京大学大学院農学生命科学研究科 浅見忠男教授、東京農業大学生命科学部 伊藤晋作准教授、宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター 野村崇人准教授、サウジアラビアKing Abdullah University of Science and TechnologyのSalim Al-Babili教授らの共同研究チームは、四環性ストリゴラクトン特異的な生合成阻害剤TIS108を開発し、この化合物を処理したイネにおいては四環性ストリゴラクトン量が減少するにもかかわらず、収量に大きな影響をあたえる過剰な枝分かれが誘導されないことに加えてAM菌の共生が可能であることを見出しました。これらの発見はこれまでの常識を覆し、二環性ストリゴラクトンは植物ホルモンとしての機能が、四環性ストリゴラクトンは根圏のシグナル物質としての機能が主要であるという知見をもたらしました。続いて四環性ストリゴラクトン生合成のみを阻害できるこのTIS108処理したイネやTIS108の標的酵素をコードする遺伝子の働きをゲノム編集で抑えたイネでは、期待通りに根寄生雑草被害が大きく低減することも見出しました。
本研究の成果は、世界の多くの地域で甚大な被害を与えている根寄生雑草の防除のための化学的や生物学的な新しい技術開発に大きく役立つものと考えられます。
発表内容
図 四環性ストリゴラクトンは根寄生雑草の発芽に大きな役割を果たしている。Os900は四環性ストリゴラクトン生合成を触媒する酵素である。TIS108はこのOs900の特異的阻害剤であるために四環性ストリゴラクトンの生合成を特異的に抑制する。そのため、TIS108処理した植物やOs900遺伝子のノックアウト体は根寄生雑草へ耐性となる。一方、TIS108は二環性ストリゴラクトンの合成経路を阻害しないため、枝分かれは変化しない。青い線はOs900により触媒される酵素反応であり、TIS108により阻害される。一方黒い点線は他の酵素により触媒される反応でありTIS108の標的酵素ではないために、TIS108を処理した条件でも二環性ストリゴラクトンが生成され、この働きにより欠損変異体のような過剰枝分かれ形態を示さない。写真左の赤い花はソルガムに寄生した根寄生雑草Striga hermonthicaである。写真右はストリゴラクトン欠損変異体が野生型と比較して枝分かれ(分げつ)が多くなることを示している。 (拡大画像)
根寄生雑草は農作物の根に寄生し、作物の栄養を吸い取り生長するため、寄生された作物は生長が抑えられ、収量が激減します。その被害は世界中で報告されており、特にアフリカ地域では100億ドルもの被害が出ていると言われていますが、その防除法は未だ確立されていません。現在ストリゴラクトンを用いた根寄生雑草の被害を低減させる様々な方法が検討されており、期待される一つの方法としてストリゴラクトンを合成できないストリゴラクトン欠損変異体の利用があります。この変異体ではストリゴラクトンを土壌中に分泌できないために根寄生雑草に寄生されなくなります。しかしこれまでに見つかっているイネのストリゴラクトン欠損変異体では枝分かれが過剰となることに加え、植物の生育に有用なAM菌の共生も抑制されてしまうために、収量が低下することが報告されています。そのためストリゴラクトン生合成制御方法を根寄生雑草防除へ利用するには、ストリゴラクトンの植物ホルモンとしての働きやAM菌共生促進物質としての働きに影響しない方法の確立が必要とされていました。
ストリゴラクトンはカロテノイド由来の分子であり、D環と呼ばれるラクトンがエノールエーテル構造を介して三環性ラクトン(ABC環)と結合した四環性ストリゴラクトンと、βイオノンを基本とした骨格と結合した二環性ストリゴラクトンに分類されています。多くの植物は四環性ストリゴラクトンと二環性ストリゴラクトンのどちらも合成していることから、植物における働きに違いがあると予想されていましたが、どちらのストリゴラクトンもストリゴラクトン欠損変異体に与えると過剰な枝分かれが回復してしまうことに加え、どちらかのストリゴラクトン量を人為的に操作する手段がなかったため、四環性ストリゴラクトンと二環性ストリゴラクトンの働きの違いを追究することはできませんでした。
今回、共同研究チームは、これまでに同チームで見出してきたストリゴラクトン生合成阻害剤であるTIS108の標的酵素の解析をおこなったところ、TIS108は四環性ストリゴラクトンを合成する酵素(Os900)の活性を阻害し、イネの四環性ストリゴラクトン量を特異的に減少させる四環性ストリゴラクトン生合成阻害剤であることを見出しました。一方、二環性ストリゴラクトン量への影響は小さいことも確認できました。この結果と符号するように、TIS108を与えたイネではストリゴラクトン欠損変異体で示される枝分かれの増加がほとんど観察されないこと、加えて根寄生雑草による寄生に対して耐性を示すことを見出しました。
さらに、Os900の機能欠損イネをゲノム編集により作出したところ、TIS108を与えたイネと同様に四環性ストリゴラクトンが合成されなくなり、根寄生雑草の発芽を抑制しましたが、枝分かれにはほとんど変化がなかったことから、四環性ストリゴラクトンは枝分かれ制御ではなく、根寄生雑草の寄生制御物質として働いていることを明らかにしました。この結果は、四環性ストリゴラクトン特異的な生合成阻害技術は、ストリゴラクトンの植物ホルモンとしての形態を制御する機能には影響を与えずに、根寄生雑草を防除できる方法となりうることを示しています。また阻害剤で処理したイネやゲノム編集イネでは、植物へのリン供給に効果的なAM菌の共生も正常に保たれていました。以上の発見は、四環性ストリゴラクトン特異的生合成制御技術が根寄生雑草防除のための優れた技術となる可能性を示しています。
また、TIS108はイネだけでなく根寄生雑草被害の大きなトマトやソルガムでも根寄生雑草の発芽を抑制する効果があり、より高活性な四環性ストリゴラクトン生合成阻害剤を開発することで他の作物における根寄生雑草防除に応用することも可能になります。
本研究成果は、作物や収量やバイオマスを増加させたりすることによる農業生産の向上や低炭素社会の実現のための新技術開発のための有用な基礎研究基盤となるものです。また、世界の多くの地域で甚大な被害を与えている根寄生雑草の新しい防除法の開発にも大きく役立つものと期待できます。
本研究は独立行政法人科学技術振興機構(JST)のCREST「二酸化炭素資源化を目指した植物の物質生産力強化と生産物活用のための基盤技術の創出」ならびに科学研究補助金基盤S(18H05266)と旭硝子財団の研究費を受けて行われました。
発表雑誌
- 雑誌名
- Science Advances
- 論文タイトル
- Canonical Strigolactones Are Not the Major Determinant of Tillering but Important Rhizospheric Signals in Rice
- 著者
- Shinsaku Ito, Justine Braguy, Jian You Wang, Akiyoshi Yoda, Valentina Fiorilli, Ikuo Takahashi, Muhammad Jamil, Abrar Felemban, Sho Miyazaki, Teresa Mazzarella, Akihisa Shinozawa, Aparna Balakrishna, Lamis Berqdar, Chakravarty Rajan, Shawkat Ali, Imran Haider, Yasuyuki Sasaki, Shunsuke Yajima, Kohki Akiyama, Luisa Lanfranco, Matias Zurbriggen, Takahito Nomura*, Tadao Asami* and Salim Al-Babili* (*責任著者)
問い合わせ先
東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 生物制御化学研究室 教授
浅見 忠男(あさみ ただお)
東京農業大学 生命科学部バイオサイエンス学科 機能性分子解析学研究室
准教授 伊藤 晋作(いとう しんさく)
宇都宮大学バイオサイエンス教育研究センター
准教授 野村 崇人(のむら たかひと)
用語解説
注1 植物ホルモン
植物により生産され、低濃度で植物の生長・分化などの生理過程を調節する物質。
注2 AM菌
植物と共生することでリン栄養を植物に供給する、作物生産に有用な菌である。ストリゴラクトンはAM菌と植物の共生を促進するため、ストリゴラクトンを生産しない植物は生産性が低下すると考えられていた。