海洋深層大循環に激変の兆しを検出 ~低密度化により南極大陸縁辺の沈めぬ冷水が大量に中深層へ~

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2022-05-24 東京海洋大学,北海道大学,国立極地研究所

  • 海鷹丸によってオーストラリア南方の南極海で2010年度以降の連続的な観測に成功。
  • 長期的な低塩、低密度化により、南極底層水のもととなる冷却された海水が海底まで沈めず、中深層に広がりつつある。
  • 今後の海鷹丸の南極海観測の継続と拡大に期待。

東京海洋大学の嶋田啓資特任助教らの研究グループは、オーストラリア南方の南極海の中深層で水温が下がり、溶存酸素濃度(注1)が高くなる傾向が広がっていることを見いだしました。これまで、主に氷河・氷床の融解促進により南極海の広い領域で塩分(注2)が低くなっており、それにより海水の密度(注3)は低下し、南極底層水の生成量は少なくなっていると考えられていました。南極海で低温な水の沈み込みが弱くなることで全球を巡る深層大循環(注4)が弱まり、南極海の底層を中心に高温化していることが指摘されていました。今回見いだされた中深層の低温化、高酸素濃度化は低密度化によって底層に沈み込めなくなった低温・高酸素濃度の海水が、より浅い中深層に大量に広がっていることを示しており、深層大循環変貌の実態をさらに包括的に捉えたものと言えます。こうした海の変化の実態は、南極地域観測事業の一環として東京海洋大学の練習船「海鷹丸」(図1)により2010年度以降継続して観測した結果を、過去の観測データと併せて解析することで判明しました。今後も南極海の低塩分化、沈み込みの浅化が継続すると、深層大循環の変化に伴い熱や炭素などの輸送が大きく変わり大規模な気候変動をもたらすことが危惧されるため、引き続き海鷹丸の観測を維持し変化の動態を注視していく必要があります。

なお、本研究は東京海洋大学、北海道大学、国立極地研究所、上海海洋大学の共同で実施されました。本研究成果は、日本時間2022年5月19日にCommunications Earth & Environment誌に掲載されました。

海洋深層大循環に激変の兆しを検出 ~低密度化により南極大陸縁辺の沈めぬ冷水が大量に中深層へ~

図1:南極海で観測を行う海鷹丸

背景

南極底層水は、南極大陸の沿岸で沈み込む大洋で最も重い水であり、全球を巡る深層大循環の中で最も深い層に位置します。深層大循環は、南極底層水の沈み込みを起点としており、地球規模の熱や物質の輸送に大きな影響を与えています。近年、南極海では低塩分化が広まっており、それにより南極底層水は低塩分化、低密度化していることが知られていました。そして、南極海の底層を中心に広く観測される高温化は、冷たい底層水の沈み込みが弱くなっていることの現れだと考えられていました。つまり深層大循環が担っている地球規模の熱や物質の輸送が、弱まっていることが危惧されていました。

研究手法

当該研究グループは、南極地域観測事業の一環として東京海洋大学の海鷹丸により2010年以降の夏に東経110度の近傍で極めて高い精度で繰り返し観測を実施してきました。今回、この海鷹丸の観測結果を、これまでに世界各国により1990年代から概ね10年毎に実施されてきた海洋観測データと併せて解析し、表層から深海の全深度帯にわたる海水の指標となる要素(水温、塩分、そして溶存酸素濃度)の時間的な変化傾向を調べました。

研究成果

底層の高温化、低酸素濃度化が確実であることが示されただけではなく、低温・高酸素濃度な南極底層水のもととなる海水の沈み込みが弱くなり、4000m以深の底層ではなく1000mから4000mといった中深層に広がっていることがわかりました。今回の研究で更に重要なのは、中深層の低温、高酸素濃度化の傾向が南極海からオーストラリア南方の海域まで広がっていることが示された点です。底層に広がる高温・低酸素濃度化と、中深層に広がる低温・高酸素濃度化は、長期的な低塩分化によって南極底層水のもととなる海水が低密度化し、底層にまで達することができなくなった影響が南極海を超えて広がりつつあることを示しています。

図2:底層に広がる高温化・低酸素濃度化傾向と、中深層に広がる低温化・高酸素濃度化傾向。南オーストラリア海盆における(a) 水温(赤)、塩分(青)、(b)AOU(緑、注5)、そして密度(オレンジ)の10年あたりの変化。縦軸には深度をとっている。深底層で高温化、AOUの増加(低酸素濃度化)の傾向が強く、中深層で低温化、AOUの低下(高酸素濃度化)傾向が強い。

図3:弱まる南極底層水の沈み込みと広がりと強まる中深層への沈み込みと広がり。黄色の面は1028.19 kg/m3の等密度面である。南極大陸に隣接するオーストラリア-南極海盆からオーストラリアの南に位置する南オーストラリア海盆に抜ける底層の流れは、南極底層水の沈み込みの弱まりに伴って弱まっている(灰色✕印)。それに対して、黄色の面以浅の中深層では、南極底層水のもととなる海水の沈み込みの増加に伴って、海盆間の流れは強まっている(赤矢印)。

今後への期待

今回の結果は、従来から危惧されていた深層大循環の変化は、弱化だけに留まらず経路にも及んでいることを示しています。このことは、深層大循環に付随する地球規模の熱や物質の輸送についても同様であり、これまでに想定されていない変化が生じていることが予想されます。今後もこの変化傾向が継続するのか、南極海の現場での観測網を維持、拡大して、引き続き注視していく必要があります。

発表論文

掲載誌:Communications Earth & Environment
タイトル:Shoaling of abyssal ventilation in the Eastern Indian Sector of the Southern Ocean

著者:
嶋田 啓資(東京海洋大学 船舶・海洋オペレーションセンター)
北出 裕二郎(東京海洋大学 海洋環境科学部門)
青木 茂(北海道大学 低温科学研究所)
溝端 浩平(東京海洋大学 海洋環境科学部門)
程 霊巧(上海海洋大学 海洋科学学院/極地研究センター)
高橋 邦夫(国立極地研究所/総合研究大学院大学)
真壁 竜介(東京海洋大学 海洋環境科学部門/国立極地研究所/総合研究大学院大学)
神田 穣太(東京海洋大学 海洋環境科学部門/国立極地研究所)
小達 恒夫(国立極地研究所/総合研究大学院大学)

URL:https://www.nature.com/articles/s43247-022-00445-2
DOI:https://doi.org/10.1038/s43247-022-00445-2
論文出版日:2022年5月19日

注1:溶存酸素濃度
海水の中に溶けている酸素の量のこと。海水1kgの中に溶けている物質量(μmol/kg3)で定義する。海面で大気から供給されるため、沈み込んでからあまり時間が経っていない海水ほど高い値をとる。

注2:塩分
海水の中に含まれる塩の量のこと。海水1㎏のなかに溶けている量のグラム数で定義する。

注3:密度
海水の単位体積当たりの質量のこと。1m3の海水の質量(kg)で定義する。

注4:深層大循環
深さ数千メートルに及ぶ全球規模の海洋循環であり、海水の水温、塩分の違いが決める密度差によって駆動する。なお、海洋には海面で高密度化した水が沈み込むことで形成される様々な循環があり、高密度化の度合いにより沈む層が変わる。最も深く沈む水が南極底層水であり、比較的浅く沈む水として中層水(北太平洋中層水、南極中層水等)等が挙げられる。

注5:AOU
見かけ上(Apparent)の酸素(Oxygen)消費量(Utilization)のこと。海水中で消費した酸素量を示す尺度で、飽和量と実測値の差で定義される。単位は溶存酸素濃度と同様に(μmol/kg3)であり、溶存酸素濃度と逆の変動をする。

研究サポート

本研究の観測は、南極地域観測事業の基本観測(海洋物理・化学)として、文部科学省からの委託により実施されました。また、本研究はJSPS科研費(JP15H01726、JP21H04918、JP21H03587)の助成を受けました。

お問い合わせ先

(研究内容について)
東京海洋大学 船舶・海洋オペレーションセンター 特任助教 嶋田啓資

(報道について)
東京海洋大学総務部総務課広報室
北海道大学社会共創部広報課
国立極地研究所広報室

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