2022-05-19 日本原子力研究開発機構,弘前大学
【発表のポイント】
- 東京電力ホールディングス株式会社(以下、「東京電力」)福島第一原子力発電所(以下、「1F」)で今後始まる燃料デブリ取り出し作業※1では、作業員の内部被ばくを未然に防ぐため、吸入した際の内部被ばくの影響が大きいα線を放出する空気中の放射性微粒子(以下、「αエアロゾル※2」)濃度のモニタリングが重要です。
- 燃料デブリが残存する格納容器(PCV)内は極めて高線量率であり、加えて100%に近い高湿度です。高濃度のαエアロゾルを、1F炉内の高湿度環境下でろ紙上に集塵し、半導体検出器で測定する従来のα線用ダストモニタの適用は非常に困難です。
- 原子力機構はこうした現場を想定し、高濃度のαエアロゾルをろ紙を使わずにリアルタイムで測定できるシステム (in-situ alpha air monitor, IAAM)を開発しました(図1)。
- IAAMは高湿度環境でも確実に動作し、1F-PCV内の想定濃度の30倍以上のαエアロゾルの放射能測定が可能であることを実証しました。
- 燃料デブリ取り出し作業等で飛散する可能性のあるαエアロゾルを「その場」でモニタリングできれば作業の安全性が向上します。今後は東京電力と情報交換しつつ改良を進め、1F廃炉現場での活用を目指し、廃炉作業の安全な遂行に貢献していきます。
図1 燃料デブリの取り出し(切断)時には、高濃度のαエアロゾルが発生します。その閉じ込めとモニタリングが安全な廃炉作業のカギであり、IAAMは高湿度・高放射線環境で高濃度のαエアロゾルを測定できます。
【概要】
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 小口正範、以下「原子力機構」)福島研究開発部門 廃炉環境国際共同研究センター(CLADS)の坪田陽一研究員 (本務:核燃料サイクル工学研究所 放射線管理部)らは、国立大学法人 弘前大学 被ばく医療総合研究所と共同で、1F廃炉における燃料デブリ取り出し作業において発生する、α線を放出する放射性微粒子の濃度を「その場」でリアルタイムに測定するためのシステム(in-situ alpha air monitor。以下、「IAAM」)を開発しました。
原子力施設では、粒子をろ紙上に集塵してα線用の半導体検出器で測定する「α線用ダストモニタ※3」が、作業時の内部被ばく防止のモニタリング等に使用されています。α線用ダストモニタは、ろ紙上に集塵されたαエアロゾルの総量を測定するため、空気中の濃度を得るためには、測定値の時間微分(または差分)を計算する必要があります。そのため濃度をリアルタイムに得ることができません。また、燃料デブリの取り出しにより大量の粒子が発生すると、集塵用のろ紙はすぐに目詰まりします。1F原子炉内は高線量率なので、定期的なろ紙の交換も現実的ではありません。したがって、従来の「α線用ダストモニタ」とは異なる、ろ紙を使用しない測定手法が必要です。また高線量率・高湿度環境下では検出器が誤作動・故障しやすいため、そのような環境に対応するための仕組みも必要となります。
そこで研究グループは、ろ紙を使わずに非常に高濃度のαエアロゾル濃度をリアルタイムで測定できるシステム(IAAM)を開発しました(図2)。IAAMは高線量率・高湿度環境で確実に動作します。また、最大3.2×102 Bq/cm3 (1F-PCV内の想定値の30倍以上、管理区域におけるPuの濃度限度の108倍以上)の濃度のαエアロゾルの測定が可能です。燃料デブリ取り出し作業の「その場」で、αエアロゾル濃度のリアルタイム・モニタリングが可能となれば、作業員の内部被ばくの未然防止が容易になり、安全性の大幅向上が期待できます。今後、1F廃炉現場での活用を目指すとともに、廃炉作業の安全な遂行に貢献していきます。
本成果は学術誌「Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A」の2022年5月号(Vol. 1030)に掲載されました(3月9日オンライン公開)。
図2 従来のダストモニタ(図中左)とIAAM(図中右)の比較。IAAMでは流路入口のヒーターで空気を乾燥し、扁平型流路に垂直配置した検出器でα線を計測します。検出器は薄膜シンチレータと多チャンネル光電子増倍管からなり、多チャンネルの信号を個別に数えることで、数え落としを軽減しています。
【研究の背景と目的】
1Fの廃炉作業においては、損傷した炉心からの燃料デブリの取り出しが今後本格化します。その取り出しでは、刃物工具やレーザー等による燃料デブリの切断過程において、PCV内の空気中に微細な切断片(微粒子:エアロゾル)が飛散することが想定されます。1F (2号機)の事故後10年経過時の放射能量を基に計算した、燃料デブリ由来のエアロゾルを吸入した場合の実効線量 (内部被ばくの度合い)の割合をみると、β/γ核種※4 (青色で表示)よりも、α核種※4 (赤色で表示)の寄与が非常に高いことがわかります(図3)。燃料デブリ取り出し作業においては、吸入した場合の実効線量係数※5が大きいαエアロゾルの閉じ込め対策を行うとともに、その生成量や濃度をモニタリングしながら、慎重に作業を行う必要があります。しかしながら、1F-PCV内においてαエアロゾルをモニタリングする手法に関してはこれまで検討が十分ではありませんでした。
図3 1F (2号機)の放射能インベントリを基に計算した、吸入した場合の実効線量の割合。α核種 (赤色で表示)の割合が大きいので、閉じ込めとモニタリングが重要です。
例えば、カメラに関しては近年耐放射線性に優れたものが開発されていますが、燃料デブリの切断時にαエアロゾルが大量に発生した場合は映像が不鮮明となることが予想され、画像によるαエアロゾル量の推定も困難です。1F-PCVの排気装置に設置する排気モニタでエアロゾルを測定する方法も考えられますが、切断現場「その場」でのリアルタイム測定と異なり、検出までのタイムラグが発生するため、異常な濃度上昇を確認した時には、多量のαエアロゾルが「すでに」発生している可能性があり、現場作業者の内部被ばくにつながりかねません。
そこで研究グループは、1F-PCV内の燃料デブリ切断箇所近傍でαエアロゾルをモニタリングするための4つの要求事項(及びその理由)を、以下のように整理したうえで、それら満たす測定装置を設計・試作し、性能評価を行いました。
①「高湿度環境での確実な動作」:(注水により、1F-PCV内は100%に近い高湿度環境であり、水分によってα線が遮へいされるため)
②「ろ紙を使わないαエアロゾル測定」:(ろ紙上に集塵したαエアロゾルの総量ではなく空気中放射性物質濃度をリアルタイムで測る必要があるため)
③「高濃度のαエアロゾル測定」:(燃料デブリ切断作業中は高濃度のαエアロゾルの発生が想定されるため)
④「αエアロゾルの選択的測定」:(高線量環境かつ、高濃度のβ/γエアロゾルも共存する1F-PCV内でも、αエアロゾルのみを測定する必要があるため)
【研究内容と成果】
上述の要求事項を満足するIAAMを設計・試作しました(図1及び2)。要求事項に対応する仕組みと、その効果の検証結果を以下にまとめます。
①測定対象の空気を流路入口のヒーターで乾燥させることで、湿度90%以上の空気を導入しても検出器部を乾燥状態に保持することに成功し、湿度による検出器の誤作動や故障を抑制しました。また、エアロゾル自体の乾燥も同時に行うため、水滴の吸い込みや水分によるα線の遮へいの懸念を除外出来ます。
②流路幅がα線の飛程より十分短い「扁平型」の流路を採用し、流路に対してα線検出器を垂直配置することで、ろ紙を使わない「その場」測定が可能になりました。弘前大学が所有する「放射性エアロゾル製造システム」(欧州にて特許登録)を用いて装置性能を評価した結果、上述「扁平型」流路を用いた測定システムは、空気中の αエアロゾル濃度 (評価検証ではRn濃度として測定)のリアルタイム測定が可能であることが実証されました(図4)。また、流路を縦に配置し、加熱による煙突効果を用いることで、機械式ポンプを使わずに測定対象の空気を導入出来るので、測定システムの機械的故障の可能性を低減できます。
図4 IAAMを用いたαエアロゾルの測定結果。IAAMの測定値はRn濃度(αエアロゾル濃度)にリアルタイムかつスムーズに追従しています。
③薄膜シンチレータ※6と多チャンネル光電子増倍管※7を組み合わせ、信号を全チャンネル個別に測定することで、信号の数え落としや検出器不感状態の影響を軽減しました。本手法により、最大3.2×102 Bq/cm3 (1F-PCV内の想定値の30倍以上、国内法令のPuの濃度限度の108倍以上)の測定が可能であることを確認しました(図5)。
図5 高強度のα線源を用いた応答試験によるIAAMのαエアロゾル検出性能の評価。1F-PCV内の想定値の30倍以上の高濃度αエアロゾルを測定できます。
④薄膜シンチレータの厚さを、α線のみに感度を有する厚さに設定し、さらに信号処理時の「しきい値」をα線の選択的測定に最適化しました。その結果、100 mSv/hの高γ線環境においても、γ線の影響なしにα線(αエアロゾル)のみを選択的に測定出来ることを実証しました。
【研究の意義と今後の予定】
今回開発したIAAMは、1F-PCV内の燃料デブリ切断作業箇所近傍でもαエアロゾル濃度の「その場」モニタリングが可能です。また、測定可能濃度の上限値は1F-PCV内で想定されるものよりも十分に高く、想定を超える高濃度αエアロゾルが発生した場合でも、燃料デブリ切断箇所近傍のαエアロゾル濃度の継続的モニタリングが可能です。これにより、現場作業者の内部被ばくの低減だけでなく、周辺住民等への迅速な情報提供も可能となります。また、燃料デブリの本格的取り出しに先立ち、PCV内部の詳細な調査や、試験的取り出しがまさに始まろうとしております。これらの作業ではPCVの開口部付近で作業が行われ、回収した燃料デブリをグローブボックス※8等で取り扱うことが想定されています。それらの作業においてもαエアロゾル発生の可能性があるため、「その場」モニタリングが有効です。
本研究グループは、これまで測定原理や手法の実証を中心に研究を進めてきました。今後は、東京電力と情報交換しつつ、本システムにさらなる改良を加え、1Fの実環境における測定(実装)を目指します。また、日本国内においては、今後、核燃料施設の廃止措置も本格化します。核燃料物質が付着した機器の解体においても、1F燃料デブリ切断作業同様、αエアロゾルが飛散しますが、当該作業は遠隔操作の機械ではなく、人手で行われます。IAAMの高濃度αエアロゾルのリアルタイム測定能力は、そのような1F以外の廃止措置現場の安全性向上にも多大な貢献が期待出来るので、そのような現場への適用も見据えて研究開発を進めて参ります。
【論文情報】
雑誌名:Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section A: Accelerators, Spectrometers, Detectors and Associated Equipment
論文題名:“Development of an in-situ continuous air monitor for the measurement of highly radioactive alpha-emitting particulates (α-aerosols) under high humidity environment”(高湿度環境下における高放射能α線放出粒子(αエアロゾル)測定のための「その場」空気モニタの開発)
著者名:Youichi Tsubota1,2, Fumiya Honda1, Shinji Tokonami3, Yuki Tamakuma3, Takahiro Nakagawa1, Atsushi Ikeda-Ohno2
所属:1日本原子力研究開発機構・核燃料サイクル工学研究所・放射線管理部、2日本原子力研究開発機構・廃炉環境国際共同研究センター、3弘前大学被ばく医療総合研究所
DOI:https://doi.org/10.1016/j.nima.2022.166475
【各研究者の役割】
坪田 陽一(原子力機構):研究計画立案、概念設計、性能実証手法の選定、性能実証試験、データ解析、論文作成(原案)
本田 文弥(原子力機構):性能実証試験
床次 眞司(弘前大学):試験環境の提供、データ解析の助言
玉熊 佑紀(弘前大学):性能実証試験
中川 貴博(原子力機構):プロジェクト管理
池田 篤史(原子力機構):プロジェクト監督、論文作成 (内容確認及び編集)
【用語解説】
※1 燃料デブリ取り出し作業
福島第一原子力発電所事故では核燃料や金属材料、コンクリートなどが高温で溶融・反応した後に冷えて固まり、燃料デブリを形成しました。現在はロボットアーム等を用いた「試験的取り出し」が検討されていますが、将来的な燃料デブリの本格的取り出しでは機械切断装置やレーザー切断装置など様々な工法の適用が検討されています。
※2 αエアロゾル
ここでは、溶け落ちた核燃料物質や燃料デブリを切断するときに発生するα線を放出する空気中の放射性微粒子を意味します。αエアロゾルは、β線やγ線を放出するエアロゾルよりも人体吸入時の内部被ばく影響が大きいため、万が一PCV外に漏れ出るとすると、作業員や周辺住民の内部被ばくにつながりかねません。
※3 α線用ダストモニタ
作業環境の空気中放射性物質濃度を計測する装置のことをダストモニタといい、その中でもα線の測定に特化したものを指します。一般的にはろ紙上に粒子を集塵し、集塵された粒子から出る放射線を放射線検出器で測定する構造となっています。
※4 核種(α核種・β核種・γ核種)
放射線を出す原子のことを放射性同位体といい、放射性核種とも呼ばれます。α線を出すものはα核種、β線を出すものはβ核種、γ線を出すものはγ核種と呼ばれます。
※5 実効線量係数
1ベクレルの放射性物質を体内に摂取した時に何シーベルトの内部被ばくに相当するかを表す係数のことです。内部被ばくの計算値は「預託」実効線量といって、その時に摂取した放射能から受ける一生分(大人は50年、子どもは70歳になるまでの年数)の総線量として計算されます。
※6 薄膜シンチレータ
放射線によって発光(シンチレーション光)する蛍光物質をシンチレータといいます。シンチレーション光を電気信号に変換して、入射放射線数、エネルギーを計測します。シンチレータはα線、β線、γ線、場合により中性子線に感度を有しますが、これを薄膜化し、放射線の種類ごとの透過性の違いを利用してα線のみに感度を有するようにしたものです。
※7 多チャンネル光電子増倍管
シンチレーション光を電気信号に変換する装置のうち、内部的に電気信号(電子)を増幅する機能を有するものを光電子増倍管といいます。これを平面的に多数配置(多チャンネル化)したものです。
※8 グローブボックス
放射性物質等を目視しながら密閉空間において取り扱うための箱をグローブボックスといいます。一般的にはステンレス製の箱にアクリルや強化ガラス製の透明パネルが取り付けられており、パネルにはゴム製のグローブが取り付けられています。グローブ越しに内部の対象物や機器の操作が可能です。