2022-05-12 量子科学技術研究開発機構
発表のポイント
・高い設計精度でナノダイヤモンド量子センサの信号を検出可能なガラスチップデバイスを開発しました。
・細胞や組織・線虫など様々な生体試料がデバイス内で分析可能になりました。
・流路チップ・臓器チップなど様々なバイオ分析デバイスへの応用が期待されます。
岡山大学学術研究院自然科学学域の藤原 正澄研究教授、ゾウ ヤジュアン助教、同大学院自然科学研究科の押味佳裕大学院生らのグループは、大阪公立大学の手木芳男客員教授、松原勤准教授、吉里勝利特任教授、中台枝里子教授、仕幸英治教授、量子科学技術研究開発機構(量研)の西村勇姿博士研究員、量研/名古屋大学の湯川博プロジェクトディレクター/特任教授、馬場嘉信所長/教授、京都大学の小松直樹教授、新潟大学の井筒ゆみ教授らのグループと共同で、ナノダイヤモンド量子センサの利用に適したバイオ分析チップデバイスを開発し、細胞や組織切片・線虫など様々な生体試料において、量子センサ信号を設計通りに再現性良く検出することに成功しました。
本研究成果は、2022年5月1日、「Lab on a Chip」にオンライン先行版が掲載されました。
ナノダイヤモンド量子センサは近年最も注目されている超高感度バイオセンシング技術の一つです。本研究によって、量子センサを利用したバイオ分析チップデバイスの仕様を確実に設計・予測した上でデバイスを作製することが可能となりました。マルチウェルプレートや流路チップ・臓器チップなどのチップデバイスで量子センサが利用可能となると期待されます。
発表内容
現状
核酸や蛋白質といった生体分子や細胞の特性を調べるバイオ分析技術では、検体量の節約や操作性・再現性向上の観点からガラス基板上や、それを組み込んだマイクロプレート内で試料分析を行うことが望まれます。このようなバイオ分析デバイス内に、近年急速に開発が進むナノダイヤモンド量子センサ※1を導入して、分子や細胞の僅かな変化を捉えようとする研究が進んできました。しかしながら、量子センサを設計通りに効率よく動作させるためには、ダイヤモンドの電子スピンを駆動するマイクロ波照射回路をガラスチップ上に集積化する設計技術が必要となっていました。
研究成果の内容
本研究では、ミリメートルサイズの照射領域を有しつつ、400 MHz以上の広帯域で効率的なマイクロ波近傍場照射※2が可能な高周波回路構造を数値解析によりモデリングしました。これまでのマイクロ波照射技術では、照射領域・周波数帯域・マイクロ波強度の3要素を同時に実現することが特に困難でしたが、伝送線に意図的な凹みを組み込んだ「ノッチ構造」であれば、これらの要求を満足させることが可能であることを見出しました(図1)。また、マイクロ波への給電経路を詳細に分析し、工学的な視点で経路の再設計を行いました。この構造を用いて実際にガラス基板上の蛍光ナノダイヤモンド量子センサの光検出磁気共鳴信号※3を測定してみると、数値計算による予測値と非常に良い一致が再現性高く得られました。また、細胞(ガン細胞・幹細胞)や組織切片、線虫といった生体試料に適用した場合も、事前に予測された設計通りの磁気共鳴信号が得られました。
図1:ノッチ構造アンテナとデバイス特性
社会的な意義
本研究によって、量子センサを利用したバイオ分析チップデバイスの仕様を確実に設計・予測し、デバイスを作製することが可能となります。近年のバイオ分析チップは、生体試料の分析以外にも、マイクロ流路内に細胞を培養して臓器モデルを構築する「臓器チップ」などの応用が進んでおり、医学・生命科学研究において量子センサをより手軽に利用できるようになると期待されます。
図2:研究のイメージ図
論文情報
論 文 名:
Glass-patternable notch-shaped microwave architecture for on-chip spin detection in biological samples
邦題名「生体試料のチップ上スピン測定に向けたガラス転写可能なノッチ型マイクロ波設計」
掲 載 紙:Lab on a Chip
著 者:Keisuke Oshimi, Yushi Nishimura, Tsutomu Matsubara, Masuaki Tanaka, Eiji Shikoh, Li Zhao, Yajuan Zou, Naoki Komatsu , Yuka Takezawa, Eriko Kage-Nakadai, Yumi Izutsu, Katsutoshi Yoshizato, Saho Morita, Masato Tokunaga, Hiroshi Yukawa, Yoshinobu Baba, Yoshio Teki and Masazumi Fujiwara
D O I:10.1039/D2LC00112H
U R L:https://pubs.rsc.org/en/content/articlepdf/2022/LC/D2LC00112H?page=search
研究資金
- 文部科学省「ナノテクノロジープラットフォーム」(JPMXP09F21OS0055)
- 独立行政法人日本学術振興会「科学研究費助成事業」
- 基盤A・20H00335,研究代表:藤原正澄
- 国際共同研究強化(A)・20KK0317,研究代表:藤原正澄
- 挑戦的研究(萌芽)・19K21935,研究代表:藤原正澄
- 国立研究開発法人日本医療研究開発機構ムーンショット型研究開発事業
(JP21zf0127004,研究代表:村上正晃(北海道大学) - 国立研究開発法人科学技術振興機構未来社会創造事業「共通基盤」領域 本格研究
(JPMJMI21G1,研究代表:飯田琢也(大阪公立大学) - 文部科学省「卓越研究員事業」(大阪市立大学,研究代表:藤原正澄)
- 公益財団法人マツダ財団「マツダ研究助成」(研究代表:藤原正澄)
- 大阪市立大学「戦略的研究・重点研究および若手研究」(研究代表:藤原正澄)
- 文部科学省「光・量子飛躍フラッグシッププログラム」(JPMXS0120330644、研究代表:馬場嘉信)
補足・用語説明
※1ナノダイヤモンド量子センサ:ダイヤモンドナノ粒子中の窒素欠陥中心が有する電子スピン状態を、量子力学の原理に基づいて操作・検出することで、さまざまな物理量(磁気・温度・電気)を超高感度に計測することができるセンサ。
※2マイクロ波近傍場照射:携帯電話のアンテナなどはマイクロ波発信源からの距離が波長に比べて十分大きい遠方場での特性が重要となるが、本研究では波長と同等以下の空間領域が重要となり、これを近傍場と呼ぶ。
※3光検出磁気共鳴:光検出を通して電子スピンとマイクロ波の共鳴を観測する手法。蛍光ナノダイヤモンドの場合、2.87 GHz付近のマイクロ波を照射すると、電子スピン共鳴が生じ、それが蛍光輝度の減少に表れる。