イネ害虫の発生調査で、専門家の目を持つAIがウンカ類を自動カウント

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目視では1時間以上の調査時間を3~4分に短縮

2022-01-13 農研機構

ポイント

農研機構は、イネ害虫の発生調査において、調査板の画像からイネウンカ類を自動認識するAIを開発しました。ウンカ類を90%以上の精度で認識・自動カウントすることで、目視では調査板1枚当たり1時間以上かかることもある調査時間を、3~4分に短縮できます。本成果は、害虫の的確な防除や被害発生の予測に役立ちます。

概要

我が国ではコメの安定生産のために、イネウンカ類(トビイロウンカ、セジロウンカ、ヒメトビウンカ)を植物防疫法で「指定有害動物」として定め、その飛来後の発生状況を把握し、多発生による被害が予測される場合は生産者に向けて注意報・警報を発表しています。そのため、国の発生予察事業1)では、水田のイネを対象として全国約3,000地点について、都道府県の病害虫防除所が月2回以上の定期的な調査を行っています。

作物害虫の発生を調査するためには、その害虫を見分けられる熟練した専門家が必要です。イネウンカ類は成虫でも5mm程度のサイズで、水田での発生量調査は、害虫の専門家が調査板の虫を1匹ずつ目視で数えています。農研機構ではこの能力をAIに学習させ、イネウンカ類だけを調査板上のゴミや他の虫から選り分けて、自動で認識することに成功しました。このAIはイネウンカ類3種類を雌雄や幼虫・成虫などに全18分類して、90%以上の精度で見分けることができ、特に急速に増殖して激しい被害を引き起こすトビイロウンカは95%以上の精度で見分けることができます。これまで調査板上のイネウンカ類を専門家が数え上げるには、1枚1時間以上かかることもありましたが、パソコンでこのAIを使い同様に数え上げると、調査板を画像化する作業を含めても3~4分以内に終わります。これによりイネウンカ類の調査が大幅に軽労化・迅速化し、均一な精度で認識することができるため、害虫の的確な防除や被害発生の予測に役立ちます。今後、実証試験を行い全国に普及を図ります。

関連情報

予算 : 運営費交付金

問い合わせ先など

研究推進責任者 :
農研機構 基盤技術研究本部 農業情報研究センター センター長中川路 哲男
同 植物防疫研究部門 所長眞岡 哲夫
同 九州沖縄農業研究センター 所長森田 敏

研究担当者 :
同 九州沖縄農業研究センター 暖地畑作物野菜研究領域 上級研究員高山 智光

害虫の分類について
同 植物防疫研究部門 基盤防除技術研究領域 グループ長真田 幸代、研究員矢代 敏久

AIについて
同 基盤技術研究本部 農業情報研究センター AI研究推進室 ユニット長杉浦 綾
同 基盤技術研究本部 農業情報研究センター データ研究推進室 主任研究員桂樹 哲雄

広報担当者 :
同 基盤技術研究本部 研究推進室 渉外チーム長野口 真己

詳細情報

開発の社会的背景

イネウンカ類は小さなセミのような形をした5mm以下の昆虫で、イネの茎や葉から汁を吸い、大発生して収穫に大きな被害をおよぼしたり、イネのウイルス病を媒介したりします。古くから知られた害虫で、江戸時代の大飢饉の原因ともいわれています。イネの害虫として、ベトナムや中国から飛来するトビイロウンカやセジロウンカ、国内にも分布するヒメトビウンカの3つが知られ、それぞれがイネの枯死、生育抑制、ウイルス病の媒介を引き起こします。

我が国ではコメの安定生産のために、これら3種のイネウンカ類を植物防疫法で「指定有害動物」として定め、その飛来後の発生状況を把握し、多発生による被害が予測される場合は生産者に向けて注意報・警報を発表しています。そのため、国の発生予察事業では、水田のイネを対象として全国約3,000地点について、都道府県の病害虫防除所が月2回以上の定期的な調査を行っています。この調査は、予察灯やトラップなどの定点調査に加え、イネウンカ類の発生消長を把握するために、粘着剤を塗布した調査板をイネの株元に置いて、葉や茎に付いている虫を叩き落し、調査者が目視で確認・計数するという方法で行われます。調査の際は3種のイネウンカ類について、さらに成虫の雌雄や幼虫の生育ステージなどを判別し、全18分類に判別します(表1)。調査者はこれらを判別しながら計数しますが、熟練した専門家でなければイネウンカ類の判別精度が大きく下がるため、調査の現場ではイネウンカ類の判別技術の次世代への継承が大きな問題となっています。

研究の経緯

近年、AI(Artificial Intelligence、人工知能)技術の一つ、深層学習(ディープラーニング)2)が発達し、これを用いた画像分類や物体検出3)では、AIが人間並みの精度を持つようになりました。農研機構ではこのような最新のAI技術を活用し、農研機構独自の知見に立脚した、徹底的なアプリケーション指向の農業AI研究を推進するため農業情報研究センターを設立しました。また、ベトナムや中国から飛来するイネウンカ類に対して、最前線に立つ植物防疫研究部門と九州沖縄農業研究センターには、長年にわたる技術の蓄積がありました。これらのAI研究と技術を融合することにより、イネウンカ類を精度よく自動認識することを目的としました。

研究の内容・意義

1.この研究で開発したAIは、調査板のイネウンカ類3種類を雌雄や幼虫・成虫などに全18分類して90%以上の精度で認識します。特に、激しい被害を引き起こすトビイロウンカは95%以上の精度で認識できます(表2)。人間が一般の画像を分類する際のエラー率は5.1%と言われていますので、ほぼ人間と同等の精度を持つと考えられます。

2.このAIを用いて、調査板の画像中のイネウンカ類だけを自動的に認識し分類し、それぞれの分類ごとの数を出力します。さらに画像中のイネウンカ類を名称の入ったタグ付きの枠で囲った画像ファイルも出力します(図1)。

3.イネウンカ類の調査板を専門家が目視で調査し計数する場合、付着した虫が少ない場合で5~10分、図1のように多い場合は1時間以上の時間がかかります。しかしGPU4)搭載パソコンを用いると、調査板の画像化に約2~3分、AIでの認識と分類および計数に1分費やしたとしても、付着した虫の多少にかかわらず、3~4分以内に処理が終わります。

4.このようなAIを作るためには、質の高い学習データを用意する必要があります。そのために試験ほ場(熊本県合志市)の水田で発生したイネウンカ類を、実際の調査と同様にイネから調査板に叩き落として、他の昆虫類やゴミなどと共に粘着させました。イネウンカ類は成虫でも5mm以下、若い幼虫で1mm程度の大きさしかないため、この調査板をフラットベッドスキャナを使って高解像度でスキャンすることで高精細画像化しました。さらに、画像中の虫体の位置と18分類した種類をマーキングするアノテーション作業(学習データを作成する作業)を、害虫の研究者が画像だけではなく元の調査板も精査しながらイネウンカ類の判別を行いました。目視で判別の難しい幼虫の場合、顕微鏡やPCR法を用いて詳細な観察を行い判別しました。

5.2019年と2020年にわたり試験ほ場(同上)で収集した調査板を画像化し、約16,000枚の画像中の虫のアノテーション作業を約300時間かけて行い、学習データを蓄積しました。この学習データを、農研機構AI研究用スーパーコンピュータ「紫峰」の複数のGPUを利用して、深層学習を利用した物体検出AIプログラム(YOLO)で、のべ約120時間学習させてこのAIを開発しました。

今後の予定・期待

イネウンカ類の発生調査は、その被害予測のために、各都道府県の公的機関によって県内全域で月2回以上行なわれており、この調査板の調査と計数には膨大な人手と時間が費やされています。今回開発したAIは、このような公的機関による調査労力を軽減し、調査が迅速になり、認識精度の均一化ができるため、害虫の的確な防除や被害発生の予測に役立ちます。今後、実証試験を行い細かな改良を図り完成度を上げ、全国に普及させます。

また、他の害虫でもイネウンカ類の調査板に類似した粘着シートを用いて捕虫や調査を行っているものがありますが、そのような害虫も同様にしてAIで認識することができるように研究を進めています。

用語の解説
1)発生予察事業
発生予察事業は植物防疫法により定められている事業で、病害虫のまん延を防止するために、その発生動向等を調査し、さらにその情報を農業者等に提供して適切な防除を促しています。発生予察事業に必要なデータは、各県に設置された病害虫防除所が県内各地に設置した予察灯や水田等を調査し収集しています。
2)深層学習(ディープラーニング)
神経細胞(ニューロン)を模した人工ニューロンの集合体のプログラムです。その中でも脳の視覚野の神経回路を模した深層畳み込みニューラルネットワークの発展により、2012年以降コンピューターによる画像認識性能が飛躍的に向上したことが、現在の第三次人工知能ブームを導いたと言われています。
3)画像分類や物体検出
1枚の画像に対して、何が写っているかで分類するのが「画像分類(Image Classification)」。さらに、何がどこに写っているかまで判定するのが「物体検出(Object Detection)」です。
4)GPU
3Dコンピューターグラフィックの表示には、大量の並列処理能力が求められます。このような並列処理を専門に行う演算装置がGPU(Graphics Processing Unit)です。この並列処理能力をニューラルネットワークの計算に用いることで、CPUのみで行うよりも飛躍的に計算速度を向上させる(数十倍)ことができます。
発表論文
  • 高山智光、矢代敏久、真田幸代、桂樹哲雄、杉浦綾(2021)粘着板に捕獲したイネウンカ類の自動計数に向けた画像認識技術による検出精度の向上、農業情報研究、30: 174
  • Yashiro & Sanada-Morimura (2021) A rapid multiplex PCR assay for species identification of Asian rice planthoppers (Hemiptera: Delphacidae) and its application to early-instar nymphs in paddy fields. PLoS ONE, 16(4): e0250471.
参考図

イネ害虫の発生調査で、専門家の目を持つAIがウンカ類を自動カウント

1204農業及び蚕糸
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