キューブサットX線衛星NinjaSatの打ち上げについて~機動的で自由度の高いX線天文観測の実現へ~

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2023-11-10 理化学研究所

理化学研究所(理研)開拓研究本部 高エネルギー宇宙物理研究室の玉川 徹 主任研究員(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)、榎戸極限自然現象理研白眉研究チームの榎戸 輝揚 理研白眉研究チームリーダーらの国際共同研究グループは、米国太平洋時間2023年11月11日午前10時49分(日本時間11月12日午前3時49分)に、キューブサット(CubeSat)[1]X線衛星NinjaSat(ニンジャサット)を、ヴァンデンバーグ宇宙軍基地(米国カリフォルニア州)から、SpaceX Falcon 9ロケット[2]の相乗りミッションTransporter-9(トランスポーター9)[3]により打ち上げます。

NinjaSatは、理研がリトアニアの民間宇宙企業Kongsberg NanoAvionics(ナノアビオニクス)[4]社、三井物産エアロスペース社と開発したキューブサットです。10cm×20cm×30cm(6U)サイズに、人工衛星としての全ての機能が搭載されており、地上からの指令によりX線天体[5]の観測を行います。科学観測装置として、理研が開発した1UサイズのX線検出器2台と、粒子線検出器2台が搭載されています。

NinjaSatは、機動的で運用の自由度が高いことを生かし、ブラックホール連星[6]などがX線で突然明るくなった後に、長期にわたってその天体を占有観測し、X線の時間変動を詳細に追うことを目指します。このような一つの天体に対する長期の占有観測は、多くの研究者が参加し観測時間を分け合う大型のX線衛星では難しく、NinjaSatでは、これまで見過ごされてきた現象を発見することが期待されます。

これまでも米国と中国でX線観測キューブサットが打ち上げられていますが、NinjaSatはそれらと桁違い(10倍以上)のX線検出感度を持ち、観測できる天体数が飛躍的に増加します。それにより、世界初のX線天文台キューブサットとして活躍する予定です。

NinjaSat衛星の軌道上想像図の画像

NinjaSat衛星の軌道上想像図

NinjaSatプロジェクトエンブレムの図

NinjaSatプロジェクトエンブレム

背景

ブラックホールや中性子星など強い重力を持つ特殊な天体と恒星の連星系では、吸い込まれるガスが強い重力によって落ち込む際に高温となり、X線で輝きます。これらはX線星と呼ばれ、日本でも独自のX線天文衛星による観測が進められてきました。これらのX線星は突然明るくなることもあり、国際宇宙ステーション(ISS)に搭載された全天X線監視装置MAXI[7]などが日々モニターを行っており、新しい天体が見つかると世界中の研究者に速報を流しています。

近年は、突然現れる新しい天体の発見や、時間とともに明るさが変化する現象を即座に捉え、長期にわたってその天体をモニタリングするアプローチが「時間領域天文学」と呼ばれ、注目されています。

X線天文学では、これまでは大型の人工衛星を用いた観測が主流でした。しかし、ここ10年ほどの技術革新により、キューブサットと呼ばれる、両手で抱えられる程度の超小型衛星を用いた宇宙観測が現実のものとなってきました。理研では、民間の宇宙企業との協働により、小型で機動的なX線衛星ミッションを実現すべく、2020年よりNinjaSat(ニンジャサット)プロジェクトを進めてきました。

研究手法と成果

NinjaSatは6Uサイズの超小型衛星キューブサットであり、明るいX線天体を柔軟かつ機動的に観測することができます。理研は宇宙航空研究開発機構(JAXA)や大学とともに、2009年からISSに搭載された全天X線監視装置(MAXI)を運用しており、銀河系内の数多くの新しいブラックホール連星を発見してきました。NinjaSatはMAXIが発見したX線天体の追跡観測にも柔軟に対応できるように設計されています。

X線を出す星は明るさが時間とともに激しく変動するものが多く、その変動の時間スケールは1,000分の1秒から数日間にも及びます。MAXIで発見した天体を、NinjaSatを用いて柔軟に長期観測することが可能になれば、そのような変動を詳細に研究することができます。このことは、変動天体に着目したアプローチの時間領域天文学の中で非常に価値があると考えられており、科学的に重要な成果を提供できると期待しています。また、X線の時間変動を可視光観測の変動と比較することで、物質がどのように中性子星やブラックホールに落ち込んでいくのか、その仕組みを詳細に研究できると期待しています。

もう一つの主要な観測対象は、高速自転する中性子星である「さそり座X-1」です。この天体は高速自転に伴い、定常的に重力波を出している可能性があると考えられていますが、正確な回転周期が分かっていません。もし「さそり座X-1」で準周期振動という、天体の回転情報を教えてくれるX線の時間変動を観測できれば、地上の重力波天文台による定常重力波の探索に、重要な情報を提供できると期待しています。

NinjaSatには、二つの展開型ソーラーパネル、側面の両端に二つのガスX線検出器(Gas Multiplier Counter、GMC)、衛星軌道上における背景放射線環境をモニターするために二台の粒子線検出器(Radiation Belt Monitor、RBM)、GMCと同じ方向を向くスタートラッカー(恒星を観測することで視線方向を知るための装置)が搭載されています。また、姿勢を制御するためのモーメンタムホイール(はずみ車)、地上との通信機、フライトコンピューター、リチウムイオンバッテリーなど、人工衛星として必要な機能が全て、コンパクトなサイズの中に実装されています。NinjaSatは高度550kmの極軌道(北極と南極上空を通過する軌道)に投入され、1年間の運用を予定しています。

完成したNinjaSat衛星の図
完成したNinjaSat衛星

NinjaSatはリトアニアのNanoAvionics社において2023年3月に完成し、詳細な機能確認試験を経て、米国カリフォルニア州に輸送されました。2023年11月11日午前10時49分(米国太平洋時間)に、SpaceXのFalcon 9ロケットによるTransporter-9ミッションとして打ち上げられます。ロケットから衛星が切り離された直後から、電源オン、太陽電池パネルの展開、通信機器の確認など、一連の作業が行われます。その後は2ヶ月間の衛星コミッショニング(調整・試運転)を経たのち、搭載観測機器の性能評価を実施し、2024年1月より本格的な科学観測を開始する予定です。

NinjaSatに搭載されるX線検出器と放射線帯モニターの図
NinjaSatに搭載されるX線検出器(左)と放射線帯モニター(右)

今後の期待

今回、理研として初めてキューブサットを用いた宇宙観測に挑戦します。このような試みは、世界的に見ても新しく、これほど感度の良いX線検出器を搭載した例は他にありません。また、NinjaSatは運用の自由度が高いという利点を生かして、研究者だけではなく、市民や学生に向けた公開宇宙天文台のような活用ができるかも検討しています。

キューブサットのような超小型衛星による天文台の実現は、これまでの大規模な望遠鏡の観測とは違うアプローチであり、大型望遠鏡では難しい挑戦的で先鋭的な観測が実施できることが特徴です。今後は世界中で、超小型衛星を用いた宇宙観測が活発になると期待されます。

キューブサットを天文学だけでなく、宇宙における基礎科学研究(例えば生物医科学、物性、化学実験など)に応用する試みも、世界中で提唱されています。国際共同研究グループはNinjaSatプロジェクトで得た経験を、将来的に、宇宙における基礎科学研究ミッションのプラットフォームを構築するために活用したいと考えています。今回の打ち上げは、費用対効果の高い宇宙実験の可能性を探る第一歩となります。

関連情報
補足説明

1.キューブサット(CubeSat)
10cm×10cm×10cmを1つのユニット(1U)とした、超小型衛星の規格の一つ。ここ10年ほど、世界的に宇宙の商業利用が進んだことで、キューブサット規格の地球観測衛星や通信衛星などが、安価に大量に打ち上げられている。

2.SpaceX Falcon 9ロケット
米国の民間宇宙企業SpaceXが提供する、宇宙輸送ロケット。打ち上げ後にロケットの1段目は地球に帰還し再利用されるなど、工夫を凝らすことで、1回当たりの打ち上げコストが大幅に低減した。現在、週に1~2回のペースでロケットの打ち上げが行われている。

3.相乗りミッションTransporter-9(トランスポーター9)
SpaceXが提供する、小型衛星の相乗り(複数の衛星をまとめて一つのロケットで打ち上げる)専用ミッション。これまでTransporter-1から8まで、8回のミッションが実施されている。1回当たり、50~100機の小型衛星が宇宙に放出されることで、1機当たりの衛星打ち上げ価格が低く抑えられることが特徴である。

4.Kongsberg NanoAvionics(ナノアビオニクス)
リトアニアの宇宙スタートアップ企業。独自に開発し標準化した小型衛星バス(衛星の機能を実現するための姿勢制御、電力制御、通信などの機器類とそれらを格納するための衛星筐体を指す)を持ち、それをカスタマイズすることで、地球観測、通信などの民間企業からの衛星需要に対応している。

5.X線天体
X線を出して輝く天体の総称。特にブラックホールや中性子星を伴う天体の一部は、X線で明るく輝くことが知られている。物質はその温度に対応した波長の電磁波を放出しているが、X線は1,000万度もの高温に熱せられた物質から放出される。

6.ブラックホール連星
ブラックホールや中性子星は、質量の大きな星が一生の最後に起こす超新星爆発により形成され、非常に小さく重い(重力が強い)ことが特徴の天体である。これらの天体が通常の恒星とペアになり、お互いの周りを回る連星系では、重力により星からガスが剥され、ブラックホールや中性子星に落ち込む。その際に、ガスは高温に熱せられX線を発する。物質の落ち方によっては、突然明るく輝くものが存在し、NinjaSatの主な観測対象の一つとなる。

7.全天X線監視装置MAXI
理研が宇宙航空研究開発機構(JAXA)や大学と協力し、2009年より国際宇宙ステーション(ISS)で運用している天文観測装置。X線を観測するピンホールカメラとなっており、ISSが地球を周回する90分の間に、全天のX線天体を観測することができる。MAXIが観測したX線天体の明るさの変動データは、世界中の天文学者に無償で提供されており、X線天文学の基礎データとして用いられている。

国際共同研究グループ

NinjaSatチーム
理化学研究所 開拓研究本部
玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)
(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)
榎戸極限自然現象理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 榎戸 輝揚(エノト・テルアキ)

上記の以外の参加者
理化学研究所
北口 貴雄、加藤 陽、三原 建弘、谷口 絢太郎

千葉大学
岩切 渉

東京理科大学
武田 朋志、吉田 勇登(研究当時)、大田 尚享、林 昇輝(研究当時)、渡部 蒼汰、重城 新大、青山 有未来、内山 慶祐、周 圓輝

芝浦工業大学
佐藤 宏樹(研究当時)

東京都立大学
沼澤 正樹

彰化師範大
Chin-Ping Hu

広島大学
高橋 弘充

大阪大学
小高 裕和

宇宙航空研究開発機構(JAXA)
丹波 翼

発表者

理化学研究所
開拓研究本部 玉川高エネルギー宇宙物理研究室
主任研究員 玉川 徹(タマガワ・トオル)
(仁科加速器科学研究センター 宇宙放射線研究室 室長)
榎戸極限自然現象理研白眉研究チーム
理研白眉研究チームリーダー 榎戸 輝揚(エノト・テルアキ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当

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