世界最深の熱水活動の痕跡を発見~世界最深の熱水活動の痕跡を東北日本沖の古く冷たい太平洋プレート上で発見~

ad

2023-06-01 早稲田大学

発表のポイント

  • 従来型の火山活動が無い東北日本沖の水深約5,700 mの海底から、世界で最も深い熱水活動の痕跡を発見した。この熱水活動を引き起こした火山活動として最も有力なのが、試料採取地点付近に存在するプチスポット火山である。
  • 近年続々と報告されつつある世界中のプチスポット火山で熱水活動が起きていると仮定すると、プチスポット火山に伴う熱水活動から排出されるメタンや二酸化炭素は、全球的な炭素循環に影響を与えうる量であると推定される。
  • 今回発見された熱水活動の痕跡は、海底熱水活動が存在しないと考えられていた海域に存在している。そのため、熱水孔付近に暮らす生物にとっては砂漠のような海域において、プチスポット火山が小さなオアシスとして機能している可能性があり、今後は活動中の熱水系の直接観察を目指す。
概要

早稲田大学理工学術院講師の浅見 慶志朗(あざみ けいしろう)、千葉工業大学次世代海洋資源研究センター上席研究員の町田 嗣樹(まちだ しき)、東北大学東北アジア研究センター准教授の平野 直人(ひらの なおと)、東京大学大学院工学系研究科准教授の中村 謙太郎(なかむら けんたろう)・安川 和孝(やすかわ かずたか)、同大大学院工学系研究科教授の加藤 泰浩(かとう やすひろ)、京都大学大学院人間・環境学研究科教授の小木曽 哲(こぎそ てつ)、千葉大学大学院理学研究院教授の中西 正男(なかにし まさお)らの研究チームは、プチスポット火山(注1)から世界で最も深い水深における海底熱水活動(注2)の痕跡を発見しました。
本研究成果は英国Springer Natureのオンライン科学誌「Communications Earth & Environment」に、6月1日10時(ロンドン夏時間)に掲載されました。

世界最深の熱水活動の痕跡を発見~世界最深の熱水活動の痕跡を東北日本沖の古く冷たい太平洋プレート上で発見~

(1)これまでの研究で分かっていたこと

地球上の火山活動は、中央海嶺、島弧海嶺系、ホットスポットのいずれかの場所で発生すると考えられていました。しかし、平野ほかは、2006年にScience誌上にて、新種の火山として東北日本沖で観測されたプチスポットを報告しました。プチスポット火山はプレートの屈曲に起因する火山であり、従来型の火山が存在しないアウターライズ(注3)周辺等で小規模な山体(直径数km)からなる火山群を形成します。現在では、世界中で発見されており、地球内部にある二酸化炭素に富んだマグマを噴出すること、沈み込む直前の海洋プレートの岩石的性質を変化させていることが判明しています。一方で、プチスポット火山の熱水活動はその有無も含めた詳細の一切が分かっていませんでした。熱水活動は地殻から海洋への物質のやりとりや熱水生態系の存続において不可欠な役割を果たします。特に、従来型の火山が存在しない海域で活動するプチスポット火山の熱水活動の発見は、生物地球化学的な観点において非常に重要なテーマとなってきました。

(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと

2018年の、国⽴研究開発法⼈海洋研究開発機構の東北海洋生態系調査研究船「新青丸」による調査航海(KS-18-9航海)において、東北日本沖プチスポット火山のドレッジ調査(底引きによる岩石採取)が行われました(図1)。本研究では、水深約5,700 mに位置するプチスポット火山の近傍から採取された鉄マンガン酸化物試料(図2)に対して詳細な化学分析を実施し、その起源を明らかにしました。さらに、化学分析で得られた化学組成データに対して統計解析手法である独立成分分析(注4)を実施し、試料の形成過程を明らかにしました。また、山体の体積、すなわち熱水生成に使われるマグマの熱量から、世界中のプチスポット火山の熱水系からの熱水流量および熱流量(注5)の推定を試みました。

図 1:調査海域および試料採取地点
試料採取地点の地図は海底からの音響反射強度を示す。プチスポット火山は比高が低いため、音響反射から溶岩が分布する領域(黒色部)を特定することが出来る。赤い点はドレッジ調査の始点 (on bottom) と終点 (off bottom)を示す。

図 2:試料写真および元素組成マップ
採取された試料の中で典型的な特徴を持つ2試料(D05-21 および D05-21)の切断面の写真および元素組成マップ。 白黒の元素組成マップは、白い領域ほど対象の元素の濃度が高いことを意味する。 高い Si 濃度に代表される砕屑物が周囲をマンガン酸化物に固められている様子が観察できる(D05-20) 。 試料の外縁には海水起源の鉄マンガン酸化物の特徴である柱状構造が確認できる場合がある(D05-21 青枠内)。

(3)今回の研究で得られた結果および知見

化学組成および鉱物組成を分析した結果、KS-18-9航海において採取された鉄マンガン酸化物は、熱水活動の中でも特に低温の熱水の活動(注6)によって形成した事が判明しました。試料採取地点における唯一の火山であるプチスポット火山以外に、このような熱水活動を起こしうる火山はありません。鉄マンガン酸化物の鉛同位体比は、プチスポット火山の溶岩ではなく、現代の海水の鉛同位体比と一致しました。これはプチスポット火山の溶岩から鉛がほとんど溶出していないことを示唆します。また、本研究の試料のユウロピウムおよびモリブデンの濃度は、従来型の火山における熱水性鉄マンガン酸化物よりも低い傾向を示しました。ユウロピウムおよびモリブデンは、一定以上の温度で水-岩石反応が起きると岩石から熱水へ活発に溶出します(それぞれ約200℃および約310℃)。以上から、プチスポット火山における熱水活動による海洋地殻の熱水変質(熱水による岩石の変質)の度合いは、従来型の火山と比べて弱い事がわかりました。

元素組成マップ(岩石試料表面における元素の分布)のデータに対する独立成分分析の結果(図3)から、試料が熱水起源のマンガン酸化物および熱水変質した砕屑物、熱水起源の鉄酸化物、海水起源の鉄マンガン酸化物から構成されていることがわかりました。熱水変質した砕屑物は熱水起源のマンガン酸化物によって周囲を固められており、熱水起源の鉄酸化物は熱水起源のマンガン酸化物に貫入するように分布しています。

図 3:独立成分分析の結果
スコア値は各 IC(独⽴成分)の寄与率を示し、負荷量は各 IC のスコア値が増加するにつれて元素濃度がどのように変動するかを示している。 IC1 は正のスコア値を示す領域(暖色)に熱水起源のマンガン酸化物、負のスコア値を示す領域(寒色)に熱水変質した砕屑物が存在する事を意味する。 IC2 は正のスコア値を示す領域(暖色)に熱水起源の鉄酸化物が存在する事を意味する。 IC3 は正のスコア値を示す領域(暖色)に海水起源の鉄マンガン酸化物が存在する事を意味する。


一方、海水起源の鉄マンガン酸化物は、岩石試料の片側の縁にのみ分布していました。また、セリウム濃度を用いた成長速度の推定から、試料が1.9–7.6万年かけて形成したと考えられます。以上から、試料の形成過程、すなわち熱水活動の推移は以下のように推定されます(図4)。

① 深海の堆積物中を上昇してきた熱水が海底面付近で砕屑物を変質させつつ、マンガン酸化物を沈殿させ、熱水の流出を妨げるキャップ層を形成した。
② 熱水の性質が変化し、鉄酸化物を沈殿させる熱水が流れ込むことで、マンガン酸化物の下部に鉄酸化物を沈殿させた。
③ 熱水活動は数万年程度で終了し、その後海水への露出面に海水起源の鉄マンガン酸化物が成長した。

図4:本研究によって明らかになった熱水活動の推移

本研究では、プチスポット火山の熱水の温度を5℃から50℃と仮定し、先行研究により明らかになっているプチスポット火山1つ当たりの平均的なマグマ量(山体の体積)とマグマ温度から、プチスポット火山が生成可能な熱水の流量およびその熱量を推定しました。その結果、全世界のプチスポット火山で本研究と同様の熱水活動が起きていた場合、熱水流量と熱流量はそれぞれ2.9–48×1011 kg/yrおよび1.8×109 Wと見積もられました。これは現在の全地球の火山の大部分を占める中央海嶺型の火山と比べ、それぞれ数%および~0.1%に相当します。プチスポット火山のように有機物を含む堆積物の上で熱水活動が起きると、堆積物の関与が無い中央海嶺と比べて最大で100倍メタンに富むことが知られています。また、マグマに含まれる揮発性成分が熱水の組成に影響を与える事が知られており、中央海嶺の10–100倍の二酸化炭素に富むプチスポット火山のマグマは、二酸化炭素に富んだ熱水を生成すると考えられます。以上から、プチスポット火山の熱水が中央海嶺の10倍メタンと二酸化炭素に富むと仮定すると、全世界のプチスポット火山から排出されるメタンと二酸化炭素の量は中央海嶺の数10%以上となり、全休的な炭素循環に影響を与える可能性があります。

(4)研究の波及効果や社会的影響

本研究は、プチスポット火山の熱水活動が水深5,719–5,707 mで起きていたことを明らかにしました。これは、カリブ海の水深4,960 mで発見された、これまでの熱水活動の最深記録を大きく更新するものです。プチスポット火山は、本研究で対象としたものよりもさらに深い水深でも発見されているため、本研究は世界最深の熱水系を示すと共に、さらに深い水深における熱水活動の存在をも示唆しています。

本研究から、プチスポット火山の熱水が鉄とマンガンを含むだけでなく、メタン等に富む事が示唆されました。これらの物質は熱水生態系の一次生産者である化学合成菌のエネルギー源であり、プチスポット火山の熱水系は化学合成菌にとって居住可能な環境であると言えます。プチスポット火山は、従来型の火山が存在しない古く冷たいプレート上に存在する唯一の熱水活動域です。そのため、熱水性生物(熱水噴出孔付近で暮らす生物)にとっては不毛な砂漠と考えられていたアウターライズ付近の深海平原において、プチスポット火山は熱水性生物が生存可能な小さなオアシスとして機能している可能性があります。実際に、海洋表層を浮遊する熱水性生物の幼体が黒潮に乗れば、最寄りの熱水系である小笠原諸島からプチスポット火山が存在する東北日本沖まで移動可能であり、プチスポット火山が熱水性生物の生息域拡大に貢献している可能性もあります。また、温室効果ガスである二酸化炭素やメタンに富む可能性のあるプチスポット火山の熱水活動の実態を明らかにすることで、地球の気候を支配する炭素循環への理解が深まると期待されます。

(5)今後の課題

本研究によって、プチスポット火山が熱水生態系や炭素循環を理解する上で非常に重要であることが示唆されました。一方で、本研究ではプチスポット火山における熱水活動の証拠が示されると同時に、既に熱水活動が終了している事も示唆されました。さらに、現在活動中の熱水活動は未発見のままであり、実際に噴出する熱水の化学組成や熱水生態系の有無は確認されていません。そのため、今後は熱水生成実験等を通じてプチスポット火山の熱水の性質をより詳しく調査すると共に、プチスポット火山の活動域で活動中の熱水活動の兆候をとらえ、有人潜水調査船「しんかい6500」を用いた直接観測を目指します。

(6)研究者のコメント

プチスポット火山の熱水活動は、古く冷たい海洋プレート上に存在する世界最深の熱水系であるだけでなく、熱水がマグマから大量の二酸化炭素を供給されつつ堆積物とも相互作用するという、他に類を見ない特異な熱水活動である可能性が示唆されました。そのため、これからの研究でどの様な事が明らかになるのか、今からワクワクしています。

(7)用語解説

注1:プチスポット火山
プチスポット火山は2006年に報告された新しいタイプの火山で、プレートの屈曲部に存在する弱線に沿って上部マントルからマグマが上昇することで形成する単成火山(一度の噴火活動で形成する火山)です。本研究の調査海域である東北日本沖には、プレート屈曲構造の代表例であるアウターライズが存在し、100を超えるプチスポット火山が発見されています。

注2:海底熱水活動
主にマグマなどの熱源によって熱せられた熱水が、海底から噴出する現象を指します。熱水は周囲の岩石や堆積物から様々な物質を溶かし込み、熱水噴出孔の周辺では海水によって冷やされた熱水から硫化物や酸化物などが沈殿します。

注3:アウターライズ
沈み込む直前の海洋プレートが凸状に変形した結果できた地形を指します。さらに、海溝側から見てアウターライズの奥側では、海洋プレートが凹状に変形しています。これらの海洋プレート屈曲部にプチスポット火山が形成します。本研究の調査海域は、アウターライズの凸部に位置します。

注4:独立成分分析
複数の独立した信号源からの信号が混合した観測データのみから、原信号を復元するための多変量統計解析手法です。本研究のように地球化学データに対して適用した場合、試料の構成物や変質プロセスなどの情報を抽出することが出来ます。

注5:熱水流量および熱流量
熱水流量は単位時間あたりに熱水系から海洋へと放出される熱水の質量や体積を指します(本研究では質量)。一方で、熱流量は単位時間あたりに熱水によって地殻から海洋へと放出される熱量(熱水が持っている熱エネルギー)を指します。

注6:低温熱水
一般的に噴出時の温度が150℃未満の熱水を指します。温度の幅は広く、100℃を超える場合もあれば、周囲の海水よりも数℃しか温度が変わらない場合もあります。黒色の高温熱水と異なり、低温熱水は無色から白色の見た目をしています。

(8)論文情報

雑誌名:Communications Earth & Environment
論文名:Hydrothermal ferromanganese oxides around a petit-spot volcano on old and cold oceanic crust
執筆者名(所属機関名):浅見 慶志朗1、2、町田 嗣樹2、平野 直人3*、中村 謙太郎4、5、2、安川 和孝4、5、小木曽 哲6、中西 正男7、加藤 泰浩5、2(1. 早稲田大学 創造理工学部環境資源工学科、2. 千葉工業大学 次世代海洋資源研究センター、3. 東北大学 東北アジア研究センター、4. 東京大学 大学院工学系研究科 附属エネルギー・資源フロンティアセンター、5. 東京大学 大学院工学系研究科 システム創成学専攻、6. 京都大学 大学院人間・環境学研究科 7. 千葉大学 大学院理学研究院 地球科学研究部門) *責任著者
掲載日時(現地時間):2023年6月1日(木)10:00(BST)
掲載日時(日本時間):2023年6月1日(木)18:00(JST)
掲載URL:https://doi.org/10.1038/s43247-023-00832-3
DOI:10.1038/s43247-023-00832-3

(9)研究助成(外部資金による助成を受けた研究実施の場合)
  • 研究費名:科研費(特別研究員奨励費)
    研究課題名:鉄マンガンクラスト層序学の確立―環境変動からプレート運動まで―
    研究代表者名:浅見 慶志朗(東京大学)
  • 研究費名:科研費(基盤研究C)
    研究課題名:海底岩石から直接読み解く沈み込むプレートの変動履歴
    研究代表者名:平野 直人(東北大学)
  • 研究費名:科研費(基盤研究A)
    研究課題名:海溝近傍での海洋プレート変形に伴う水・熱の流動過程とその沈み込み帯への影響の解明
    研究代表者名:山野 誠(東京大学)
  • 研究費名:科研費(基盤研究S)
    研究課題名:地球環境変動・資源生成の真に革新的な統合理論の創成
    研究代表者名:加藤 泰浩(東京大学)
1702地球物理及び地球化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました