小惑星リュウグウの活発な地質活動の歴史が明らかに

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2023-03-22 国立極地研究所,海洋研究開発機構,神奈川大学,高輝度光科学研究センター,分子科学研究所,大阪大学,名古屋大学

国立極地研究所の山口亮准教授を中心とする研究グループは、小惑星探査機「はやぶさ2」が地球に持ち帰った粒子の組織や組成を詳しく調べ、C型(Cは炭素質であることを示す)小惑星リュウグウの形成過程を詳細に明らかにしました。C型小惑星は、原始太陽から遠い場所で形成され、地球に水を供給するなど、太陽近くの惑星の形成過程に重要な役割を果たした天体です。

本研究グループは、小惑星リュウグウの粒子が、「CI型炭素質コンドライト」に分類される隕石に似ている一方で、ナトリウムに富む物質が存在するなど重要な違いがあることを明らかにしました。これは、C型小惑星の破片が落下後、地球環境にさらされて変化したことを意味します。

また、リュウグウ粒子の詳細な組織観察から、親天体(リュウグウの元になった天体)が生まれた直後、何回も水の関与した地質活動(水質変成)があったこと、また、天体の衝突による破砕と混合を受けていたことも明らかにしました。これは、C型小惑星が形成直後、活発な地質活動を経験し、その後、衝突と集合を繰り返しながら太陽に近づいていったことを示しています。

今後さらに研究を進めることで、太陽系誕生当時のC型小惑星の位置付け、また、地球の水などの揮発性元素の起源に関する研究が進展することが期待されます。

小惑星リュウグウの活発な地質活動の歴史が明らかに

図1:(上)本研究で着目した4つの粒子の1つであるリュウグウ粒子A0037の研磨片の走査電子顕微鏡像、(下)化学組成像。赤:粘土鉱物(含水層状ケイ酸塩鉱物)、緑:炭酸塩鉱物、青:磁鉄鉱、黄:硫化鉱物。

研究の背景

2020年12月6日に、探査機「はやぶさ2」は、C型小惑星リュウグウの表面で回収した粒子を地球に持ち帰りました。得られた試料の総重量は約5.4gで、1ミリメートルを超える大きさの粒子も多数ありました。このサンプルリターンミッションは、C型小惑星の形成過程を解明する上で、大変貴重な機会になりました。

これまで、C型小惑星の試料は、地球上において炭素質コンドライト(注1)に分類される隕石として回収されていますが、水や空気のある地球表面の環境下では急速に風化や汚染が進むため、形成当時に持っていた記録の一部が失われています。そのため、これまでの隕石のみの研究では、C型小惑星の形成過程を読み解くのに非常に大きな制約がありました。

研究の成果

本研究グループ(Phase-2キュレーション高知チーム、注2、文献1)は、リュウグウの粒子を、地球での風化や汚染の影響を最小限に抑えたうえで、様々な先端的分析手法で研究しました。

まず、本研究で着目した4つの粒子(図1)が、炭素質コンドライトの一種であるCI型炭素質コンドライト(CI型はイヴナ型とも言われる。以下、CI型隕石)に似ていること、また、地球上でもよく見られる粘土鉱物(含水層状ケイ酸塩鉱物)や炭酸塩鉱物を多く含み、それらの鉱物の形成には水が大きく関与していたことを明らかにしました。この結果は、本研究グループによるこれまでの同位体学研究(文献2)やほかのグループの研究成果と調和的です。他方、小惑星リュウグウの粒子には、CI型隕石に特徴的に見られる石膏などの鉱物は見つからず、CI型隕石には見つかっていないナトリウムに富む層やある種のリン酸塩鉱物などの鉱物が複数発見されました。このような違いは、地球上での風化の有無のために生じた可能性があります。

次に、詳細な組織観察から、小惑星リュウグウの親天体は、図2に示すとおり、複数回の液体の水の関与した地質活動(水質変成)や、天体の衝突による破砕と混合(角レキ化)を経験していることを明らかにしました。鉱物の化学組成やその組み合わせから、水質変成は、およそ0℃から150℃の間の比較的低温な環境で起こったことがわかりました。年代データと比較(文献3)をしたところ、これらの地質活動は、太陽系誕生後、およそ200万年以内という短い期間に起こったことが判明しました。このことは、C型小惑星は、誕生直後、太陽から遠い低温な場所において、水質変成や天体衝突などの地質活動が活発であったことを示します。その後、天体破壊と再集合を経験しながら太陽の近くまで移動してきたと考えられます。

図2:小惑星リュウグウの形成過程

3つ目に、研究グループは、リュウグウ粒子の粘土鉱物の一部に、ナトリウムが非常に多く含まれる部分(Na2Oにして36重量%)を発見しました(図3)。電子顕微鏡や大型放射光施設SPring-8(注3)のBL20XUを用いたCT(コンピューター断層撮影)などの手法を用いてより詳細に分析した結果、水酸化ナトリウム(NaOH)である可能性が高いことを示しました。水酸化ナトリウムは、理論的考察からC型小惑星に水質変成を起こした水に含まれる成分の一つであると予想されていましたが、これまでに隕石で見つかったことはありませんでした。

水酸化ナトリウムは空気中の水分を吸収して潮解してしまうため、地上に落下した後長い間空気に触れている隕石中から見つけることは期待できません。今回分析した試料が小惑星から直接持ち帰った粒子であったこと、加えて、本研究グループが独自に開発した技術により、地球の空気との接触を最小限に抑えたことで、初めて発見されたものです。

図3:リュウグウ粒子に見つかったナトリウムに富む部分

今後の展望

国立極地研究所では、約17,000個もの南極隕石のキュレーション(管理、分析、配分)を行っています。このコレクションの中には、ほぼすべての隕石種が含まれ、リュウグウ試料に似た隕石も見つかっています(例えば「Yamato 980115」、図4)。南極隕石は、初期太陽系の様々な場所を起源としています。それに対し、リュウグウ試料は一つの小惑星から採取されましたが、本研究でも明らかになったように、揮発性元素など隕石から失われた貴重な情報をたくさん持っています。今後、リュウグウ試料の分析を進め、多様な南極隕石と比較研究することで、太陽系誕生当時に数多く存在したとされるC型小惑星の形成史を詳細に明らかにすると同時に、小惑星の多様性や分布状況の解明による初期太陽系の全体像の研究、また、隕石のみの研究では難しかった地球の水などの揮発性元素の起源に関する研究が進展することが期待されます。

図4:Yamato 980115隕石(採集時の重量:772グラム)。国立極地研究所の南極隕石の中で、リュウグウ試料に最も似ていると考えられる。(黒い立方体の一辺は1cm)。

発表論文

掲載誌:Nature Astronomy
タイトル:Insight into multistep geological evolution of C-type asteroids from Ryugu particles

著者:
山口 亮(国立極地研究所 先端研究推進系 地圏研究グループ)
富岡 尚敬(海洋研究開発機構 高知コア研究所)
伊藤 元雄(海洋研究開発機構 高知コア研究所)
白井 直樹(東京都立大学大学院理学研究科化学専攻/神奈川大学理学部化学科)
木村 眞(国立極地研究所 先端研究推進系 地圏研究グループ)
Richard C. Greenwood(オープン大学(英国))
Ming-Chang Liu(カリフォルニア大学 ロサンゼルス校 宇宙地球惑星学科(米国))
Kaitlyn A. McCain(カリフォルニア大学 ロサンゼルス校 宇宙地球惑星学科(米国))
Nozomi Matsuda(カリフォルニア大学 ロサンゼルス校 宇宙地球惑星学科(米国))
上椙 真之(高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室)
今栄 直也(国立極地研究所 先端研究推進系 地圏研究グループ)
大東 琢治(分子科学研究所 極端紫外光研究施設)
上杉 健太朗(高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室)
中藤 亜衣子(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
与賀田 佳澄(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
湯澤 勇人(分子科学研究所 技術推進部)
兒玉 優(マリン・ワーク・ジャパン)
平原 佳織(大阪大学大学院工学研究科 機械工学専攻)
櫻井 郁也(名古屋大学シンクロトロン光研究センター)
岡田 育夫(名古屋大学シンクロトロン光研究センター)
唐牛 譲(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
中澤 暁(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
岡田 達明(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
佐伯 孝尚(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
田中智(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
照井 冬人(神奈川工科大学 機械工学科)
吉川 真(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
宮崎 明子(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
西村 征洋(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
矢田 達(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
安部正真(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
臼井 寛裕(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
渡邊 誠一郎(名古屋大学大学院 環境学研究科)
津田 雄一(宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所)
DOI:10.1038/s41550-023-01925-x
URL:https://www.nature.com/articles/s41550-023-01925-x
論文公開日:2023年3月21日(日本時間)

注1:炭素質コンドライト
最も始原的な(形成時からあまり変化していない)隕石であり、現在およそ3,000個が見つかっている。割合としては、世界中でこれまで見つかった隕石の約4%が炭素質コンドライトである。国立極地研究所では、南極で採集されたおよそ200個の炭素質コンドライトを保有している。
http://yamato.nipr.ac.jp/

注2:Phase-2キュレーション
JAXA宇宙科学研究所の地球外試料キュレーションセンター(ESCuC)は、「はやぶさ」をはじめとするサンプルリターンミッションによる地球外惑星からの帰還試料の受入れと管理を主な目的として設立された。「はやぶさ2」では、ESCuCとJAXAキュレーション専門委員会が選定した連携拠点機関(JAMSTEC高知コア研究所を中心とした連携研究機関、岡山大学惑星物質研究所)がPhase-2キュレーションを行うための協力体制を敷いている。Phase-2キュレーションでは、ESCuCと協働でキュレーション活動に資する大気非曝露環境下での試料配分容器、輸送・搬送機器や分析技術を開発している。また、それぞれの機関が開発した高度分析技術により「はやぶさ2」試料の詳細な物質科学的記載を進め、小惑星リュウグウから得られる科学成果を最大化することも目的としている。
Phase-2キュレーション高知チームは、以下の研究機関から構成される。
1. 国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門 高知コア研究所
2. 公益財団法人高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 散乱・イメージング推進室
3. 大学共同利用機関法人情報・システム研究機構 国立極地研究所
4. 大学共同利用機関法人自然科学研究機構 分子科学研究所 極端紫外光研究施設
5. 神奈川大学
6. カリフォルニア大学 ロサンゼルス校 宇宙地球惑星学科(米国)
7. オープン大学(英国)
8. 国立大学法人大阪大学 大学院工学研究科 機械工学専攻
9. 国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学 シンクロトロン光研究センター

注3:大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者選定等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

文献

文献1:
Ito, M., Tomioka, N., Uesugi, M. et al. A pristine record of outer Solar System materials from asteroid Ryugu’s returned sample. Nat Astron 6, 1163–1171 (2022). https://doi.org/10.1038/s41550-022-01745-5
宇宙航空研究開発機構ほかプレスリリース「小惑星探査機「はやぶさ2」Phase-2キュレーション研究成果のオンラインジャーナル「Nature Astronomy」論文掲載について」2022年8月16日、https://www.nature.com/articles/s41550-022-01745-5
※Phase-2キュレーション高知チームによる最初の総合的な成果論文。

文献2:
Greenwood, R.C., Franchi, I.A., Findlay, R. et al. Oxygen isotope evidence from Ryugu samples for early water delivery to Earth by CI chondrites. Nat Astron 7, 29-38 (2023). https://doi.org/10.1038/s41550-022-01824-7
海洋研究開発機構 高知コア研究所、国立極地研究所 ウェブサイト記事「小惑星が生命の星・地球を創り出した リュウグウ試料の分析により、地球がどのようにして水を得たのかが明らかに」2022年12月22日掲載。https://www.nipr.ac.jp/info/notice/20221222.html
※リュウグウの粒子が、地球に水をもたらした可能性のある、水を多く含む珍しいCI型炭素質コンドライトと非常に近い酸素同位体組成を持つことを明らかにした。この研究は、本研究の結果と調和的である。

文献3:
Liu, MC., McCain, K.A., Matsuda, N. et al. Incorporation of 16O-rich anhydrous silicates in the protolith of highly hydrated asteroid Ryugu. Nat Astron 6, 1172–1177 (2022). https://doi.org/10.1038/s41550-022-01762-4
McCain, K.A./Matsuda, N., Liu, MC., et al. Early fluid activity on Ryugu inferred by isotopic analyses of carbonates and magnetite. Nat Astron (2023) https://doi.org/10.1038/s41550-022-01863-0
※リュウグウの粒子から水質変成を受けていない親天体の破片を発見した。また、リュウグウ粒子などに含まれる炭酸塩鉱物(図1)を年代測定した結果、太陽系誕生から180万年後に水質変成が起こったことが明らかとなった。

お問い合わせ先

(研究成果について)
国立極地研究所 先端研究推進系 地圏研究グループ 准教授 山口 亮(やまぐち・あきら)

(報道について)
国立極地研究所 広報室
自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
東海国立大学機構 名古屋大学広報室

(SPring-8/SACLAに関すること)
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

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