高周波/パワーデバイスの2次元電子ガスの可視化に成功 ~最先端マテリアルの画期的な計測技術~

ad

2023-03-22 東京大学

ポイント

  • 半導体界面にナノメートルスケールで蓄積した電子キャリアを可視化することは極めて困難であった。
  • 電子顕微鏡を用いた新しい計測手法により、窒化ガリウム(GaN)系半導体界面の数ナノメートル領域に局在する2次元電子ガス注1)の直接観察に成功した。
  • 本計測技術は、物質界面などの基礎研究や高性能半導体デバイス、量子デバイスなどの最先端マテリアルの研究開発を強力に推進する。

JST 戦略的創造研究推進事業において、東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構の柴田 直哉 機構長・教授、遠山 慧子 大学院生、関 岳人 助教、幾原 雄一 教授らのグループは、ソニーグループ株式会社の冨谷 茂隆 ディスティングイッシュトリサーチャー(Distinguished Researcher)、蟹谷 裕也 統括課長、工藤 喜弘 統括部長と共同で、半導体界面に蓄積された2次元電子ガスの直接観察に成功しました。

GaN系デバイスは高効率の発光ダイオード(LED)やレーザーダイオード(LD)の素材として知られていますが、絶縁破壊強度と飽和電子速度の高さから次世代の通信用高周波デバイスや電力変換用パワーデバイス注2)としても期待されています。特に高電子移動度トランジスタ(HEMT)は、半導体界面に2次元電子ガスと呼ばれる電子が蓄積した層が発生し、この層を電子が高速に移動できることから、高周波動作に優れています。この2次元電子ガスの詳細は半導体デバイスの性能に極めて重要で、実験や理論計算などで予想はされていましたが、それを直接観察して確かめることは長年困難とされてきました。

今回、電子顕微鏡を用いた局所電場観察の新手法により、半導体界面の数ナノメートル領域に蓄積した2次元電子ガスの可視化および定量化に成功しました。これらによって、2次元電子ガスの高度な制御が可能となり、トランジスタのさらなる性能向上が期待できます。

本研究成果は、2次元電子ガスを制御した高性能な高周波/パワーデバイスの創成を可能とするなど、半導体デバイスの界面解析・制御に革新をもたらすとともに、最先端マテリアル・デバイス研究開発を格段に進歩させる画期的な計測技術につながると期待されます。

本研究成果は、2023年3月21日午前1時(日本時間)に英国科学誌「Nature Nanotechnology」のオンライン版で公開されました。

本開発成果は、以下の事業・研究領域によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)
研究領域:「柴田超原子分解能電子顕微鏡」(JPMJER2202)
研究総括:柴田 直哉(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 機構長・教授)
研究期間:2022年10月~2028年3月
JSTはこのプロジェクトで、極低温から高温までの温度領域において原子スケールの構造および電磁場分布を同時に観察することを実現し、物質・生命機能の起源を直接「観る」ことができる、従来の原子分解能電子顕微鏡を超えた「超」原子分解能電子顕微鏡とも呼ぶべき新たな計測手法を構築します。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研究領域:「原子・分子の自在配列と特性・機能」
(研究総括:西原 寛  東京理科大学 研究推進機構 教授)
研究課題名:「超低電子ドーズSTEM法の開発と実空間原子・分子配列構造解析」
(JPMJPR21AA)
研究者:関 岳人(東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構 助教)
研究期間:2021年10月~2025年3月
JSTはこの領域で、原子や分子を自在に結合、配列、集合する手法を駆使して、次元性、階層性、均一・不均一性、等方・異方性、対称・非対称性、複雑性などの観点からユニークな構造をつくり出し、その構造がもたらす新しい化学的、物理的、生物学的ならびに力学的に新奇な特性や機能を引き出すことによって、基礎科学のイノベーションを起こすとともに、社会インフラや生活を豊かにする革新的な物質科学のパラダイムを構築することを目的とします。上記研究課題では、超低電子ドーズ条件で原子・分子配列を超高分解能で直接観察できる走査透過型電子顕微鏡法(STEM)を開発し、従来では観察が不可能であった電子線照射損傷を受けやすい材料の局所原子・分子配列の解析を可能にします。さらに開発した手法を自在配列材料へと応用します。機能発現の場となる原子・分子の局所配列構造を直接観察し、材料機能との相関性を解明することで、配列指針の構築を目指します。

その他、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金基盤研究(S)「原子スケール局所磁場直接観察手法の開発と磁性材料界面研究への応用(研究代表者:柴田 直哉)」、新学術領域研究(機能コアの材料科学:領域代表 松永 克志)「界面機能コア解析(研究代表者:柴田 直哉)」による助成を受けて行われました。また、本研究は東京大学 大学院工学系研究科 附属総合研究機構「次世代電子顕微鏡法社会連携講座」、東京大学・日本電子産学連携室、文部科学省 先端マテリアルリサーチインフラ事業(東京大学 微細構造解析部門)の支援を受けて実施されました。

<研究の背景と経緯>
半導体デバイスの高度化、高性能化は、持続発展可能な社会やSociety 5.0の実現に向けて極めて重要です。微細加工技術や薄膜技術の進展に伴い、ナノメートルスケールで構造を制御したデバイスが開発されるようになり、現在ではナノメートル以下の超微細構造を制御したデバイスの研究開発が進められています。一方、このような超微細構造制御によるデバイス開発では、その構造形成の成否や特性発現メカニズムの解明を可能にする新たな計測技術の確立が期待されています。

原子レベルの空間分解能でデバイス構造を直接観察できる走査透過電子顕微鏡(STEM:Scanning Transmission Electron Microscopy)注3)は、先端半導体デバイス開発における強力な計測手法として広く実用化されています。STEM法では、半導体デバイスの微細構造や組成を原子レベルで観察・分析することができます。

しかし、実際のデバイスは微細構造に伴って形成される不均一な電磁場や電荷キャリアによって動作するため、デバイス特性の真の理解には構造・組成だけでなく、電磁場分布や電荷キャリアを直接的に観察できる技術の確立が望まれていました。特に、GaNを利用したHEMTなどの次世代高周波/パワーデバイスでは、半導体ヘテロ接合に誘起された高移動度の2次元電子ガスをチャネル注4)として利用するため、その可視化技術と定量化技術の開発が極めて重要です。

<研究の内容>
今回本研究グループは、原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS(マーズ):Magnetic-field-free Atomic Resolution STEM)注5)に、独自に開発した傾斜スキャンシステム注6)および超高感度・高速分割型検出器を搭載し、窒化ガリウム/窒化アルミニウムインジウム(GaN/AlInN)ヘテロ界面注7)に蓄積した2次元電子ガスの直接観察に挑戦しました。観察には、柴田教授らが開発した原子レベルの電磁場観察手法である原子分解能微分位相コントラスト(DPC)法注8)を用いました。

図1に今回観察したGaN/AlInNヘテロ界面の模式図を示します。この界面は格子整合注9)しており原子レベルで平坦な界面ですが、GaNとAlInNの自発分極注10)の大きさの違いによって、界面にはプラスの固定電荷が発生します。この固定電荷によって大きな内部電場が発生し、ヘテロ界面のGaN側に高濃度の2次元電子ガスが誘起されます。

よって、マイナスの2次元電子ガスの濃度は界面に発生するプラスの固定電荷によって制御することができます。AlInN層の組成を調整して界面に歪(ひず)みを持たせることで圧電分極注11)を加えてさらに固定電荷を増やし、2次元電子ガス濃度を高めることも可能です。

今回の実験では、格子整合した歪みのわずかな界面(Lattice Match(LM)-界面)と、AlInN層の組成を変化させて歪ませることで圧電分極を加えた界面(Pseudomorphic注12)(PM)-界面)の2種類のヘテロ界面の観察を行いました。PM-界面では圧電分極の電場によりLM-界面に比べて高濃度の2次元電子ガス生成が期待でき、トランジスタのオン状態の抵抗を下げることで高周波特性が向上する、電力損失を低くできるなど、デバイス性能に有利な構造です。

図2にLM-界面とPM-界面の電場像を示します。どちらの像も界面のGaN層側に数ナノメートル程度の幅で左向きの電場(水色部分)が観察されました。このコントラストが界面に2次元電子ガスが生成していることを示しています。電場の変化をより分かりやすくするために界面に垂直な方向の電場成分の電場強度を界面からの距離に対してプロットしたグラフを図3の左に示します。LM-界面、PM-界面共に、界面のGaN側にマイナスの電場(左向きの電場)が発生していることが分かります。

また、LM-界面に比べてPM-界面の方が大きな電場強度を示しており、より2次元電子ガスが多く蓄積していることを示唆しています。ポアソン方程式を用いたシミュレーションによりこの界面の電場分布を理論計算した結果を図3の右に示します。実験、理論とも良い一致を示しており、2次元電子ガスの生成に伴う電場変化が実験的に計測できていることが分かります。

図4に、電磁気学の基礎方程式であるマックスウェル方程式を用いて図3のプロファイルを電荷密度に変換したプロファイルを示します。LM-界面、PM-界面共にGaN側にマイナスの電荷が蓄積していることが分かります。これが2次元電子ガスです。さらにAlInNには逆にプラスの電荷が生成していることが分かりました。これはおそらく2次元電子ガスに電子を与えることでできたAlInN層のイオン(イオン化ドナー)に対応していると考えられます。

また、実験で得られた電場プロファイルから、解析モデルを用いて各種パラメータを抽出し、2次元電子ガスのシートチャージ密度注13)を見積もりました。その結果、これまでのホール測定注14)から見積もられたシートチャージ密度と良い一致を示しました。これは、単に2次元電子ガスを可視化しているだけではなく、局所領域から定量的なシートチャージ密度の情報をも抽出できることを示しています。

本手法は、界面の局所構造と2次元電子ガスの生成を1対1で対応できる全く新しい計測手法であり、デバイス界面の解析に応用することで、電子移動度やスイッチング特性のさらなる向上など、デバイス特性の高性能化に資することが期待できます。

 

<本研究の意義および今後の展開>
現在、電子顕微鏡は物理、化学、材料科学、生命科学などの先端的基礎研究分野や、電子情報工学、半導体デバイス、医療、創エネ・省エネなどの多様な産業分野において広く活用されています。特に先端半導体分野では、構造解析や故障解析に日夜活用されており、重要な計測技術と認識されています。

今回の研究により、ヘテロ界面の構造や組成の情報だけでなく、そこに蓄積した電荷の実空間観察が可能になったことは、デバイス特性を真に理解し、的確に界面制御を行うための極めて重要なブレークスルーです。本手法は、最先端の半導体デバイスおよびマテリアル開発における革新的計測手法となることが期待されます。

fig1

図1:今回観察したGaN/AlInNヘテロ界面の模式図およびバンド構造の模式図。横軸は界面からの距離。界面の電荷で伝導帯が曲がりフェルミ準位(EF)を下回ると2次元電子ガスが蓄積する。また、GaN側には左向きの電場が発生する。

fig2

図2:GaN/AlInNヘテロ界面の電場観察結果。左がLM-界面、右がPM-界面の観察結果を示す。カラーコントラストは凡例に示すように電場ベクトルの方向を示す。界面には赤いコントラスト(右向き電場)が観察されるが、これは主にGaNとAlInNの平均内部電位の差に起因するコントラストである。一方、界面のGaN側に薄い水色のコントラスト(左向き電場)が観察されている。これが2次元電子ガスの生成に起因するコントラストである。

fig3

図3:GaN/AlInN界面に垂直な方向の電場成分のラインプロファイル。左が実験、右がポアソン方程式を用いたシミュレーションによる計算結果を示す。LM-界面に比べてPM-界面の方が大きな電場強度を示しており、より2次元電子ガスが蓄積していることを示唆している。本実験結果は、この界面の電荷分布を理想的に予測したシミュレーションとも良い一致を示している。

fig4

図4:GaN/AlInN界面の電荷密度のラインプロファイル。左は実験結果を示す。界面のGaN層側にマイナスの電荷が蓄積しており、LM-界面に比べてPM-界面の方にマイナス電荷が多く蓄積している。また、AlInN層にはプラスの電荷が蓄積している。右はポアソン方程式を用いたシミュレーションによって得られた電荷密度の理論計算結果。実験と良い一致を示している。

<用語解説>
注1)2次元電子ガス
半導体中で局所領域に2次元状に電子が分布する状態。移動度が高い自由電子が極めて薄い層内に広がっており、高電子移動度トランジスタ(HEMT)などに用いられる。

注2)パワーデバイス
パワーデバイス、パワー半導体は、高電圧や大電流を扱うデバイス、半導体。高電圧、大電流などの電力変換や制御、モーター駆動などの動力発生に使われる。

注3)走査透過電子顕微鏡(STEM)
細く収束させた電子線を試料上で走査し、試料により透過散乱された電子線の強度で、試料中の構造を直接観察する装置。現在、原子の直接観察も可能である。電子顕微鏡は、光学顕微鏡の線源(可視光)による原理的分解能(およそ1マイクロメートル)の限界を、電子の波としての性質を利用して突破した観察装置であり、量子力学の恩恵を最も直接的な形で応用展開した観察技術。

注4)チャネル
トランジスタにおいてオンオフに対応して電流経路となる領域。

注5)原子分解能磁場フリー電子顕微鏡(MARS)
2019年に本研究チームが開発した磁場フリーの環境で計測可能な電子顕微鏡。詳細は以下のプレスリリースを参照。

88年の常識を覆す画期的な電子顕微鏡を開発(2019年5月24日)
https://www.jst.go.jp/pr/announce/20190524/index.html

注6)傾斜スキャンシステム
通常のSTEMでは、電子プローブ(試料に照射される細い電子線)を光軸に対して常に平行に入射して観察するが、電子プローブを意図的に複数の方向に傾けてスキャンし、DPC像を平均化する新しいスキャン方法。

注7)ヘテロ界面
異なる材料同士の接合における接合面。通常は格子整合系または格子定数が近い材料系になる。

注8)微分位相コントラスト(DPC)法
試料の内部に電磁場が存在する場合、試料に入射した電子線が力を受けてわずかにその軌道を変化する。この変化を分割型検出器で検出して、試料上の各点での電磁場を計測する手法。その分解能は基本的に電子プローブの大きさで決まるため、原理的に原子分解能での電磁場観察が可能な手法である。

注9)格子整合
2つの材料の格子定数がほぼ同じ状態。

注10)自発分極
外部から電場をかけなくても自発的に起こる正負の電荷のペアから成る電気双極子。

注11)圧電分極
物質に圧力を加えると、圧力に比例した分極(表面電荷)が現れる現象。ここでは、格子歪みの圧力による分極(表面電荷)の効果を指す。

注12)Pseudomorphic
疑似的な格子整合状態。ここでは、歪みによる圧電分極を持った格子整合状態。

注13)シートチャージ密度
一様の厚さの薄い膜状に拡がる電荷の密度。トランジスタのチャネルのシート抵抗や電子移動度に関係し、デバイス性能を示す指標の1つ。

注14)ホール測定
電流が流れている物体に対し、電流に垂直な磁場をかけると、電流と磁場の両方に直交する起電力(電位差)が生じるホール効果によって発生する電圧を測定。

<論文タイトル>
“Real-space observation of a two-dimensional electron gas at semiconductor heterointerfaces”
(半導体ヘテロ界面の二次元電子ガスの実空間観察)
著者:Satoko Toyama, Takehito Seki, Yuya Kanitani, Yoshihiro Kudo, Sigetaka Tomiya, Yuichi Ikuhara and Naoya Shibata
DOI: 10.1038/s41565-023-01349-8

Nature Nanotechnology:https://www.nature.com/articles/s41565-023-01349-8

ad

0505化学装置及び設備
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました