2023-01-26 東京大学
発表のポイント
◆溶液を塗ることで形成可能な有機半導体と無機半導体(酸化物半導体)とを親和的に集積するプロセスを確立し、大気下で世界最高クラスの高速動作を示す相補型発振回路の開発に成功しました。
◆塗って作製できる有機半導体単結晶を温和条件で転写することで、溶媒や熱などによる酸化物半導体の化学的劣化を劇的に抑制しました。
◆本技術は、プラスチック基板上でも適用可能であるため、高性能フレキシブルデバイスの要素技術としても有用です。
発表概要
東京大学大学院新領域創成科学研究科、同マテリアルイノベーション研究センターの共同研究グループは、塗れるp型(注1)有機半導体とn型(注2)無機半導体(酸化物半導体)とをダメージ無く集積化することで、超高速動作する有機無機ハイブリッド相補型発振回路(注3)を開発しました。溶液を塗る技術を基盤としたデバイスは、安価に大量生産することが可能なエレクトロニクスとして期待が持たれます。本研究では、有機材料と無機材料(金属酸化物)との間に内在する化学的性質の壁を打破する集積技術を開発し、発振回路の世界最高クラスの高速動作に成功しました。同時に、フレキシブルなプラスチック基板での素子作製が可能であり、実用化を見据えた塗布型半導体デバイスの飛躍的な発展が期待されます。
本研究成果は、英国科学雑誌「Communications Materials」2023年1月26日版に掲載されました。
発表内容
[研究の背景]
溶液を塗ることで形成可能な半導体は、高真空を必要とする従来の半導体に比べて安価な装置で大面積の形成が可能であるため、IoT用途のRFIDタグ(注4)や多目的センサなど様々な応用が期待されます。”塗れる”半導体の代表として、パイ電子系分子の集合体である有機半導体が盛んに研究されており、p型有機半導体においては電荷移動度(以下、移動度、注5)10 cm2 V-1 s-1の単結晶ウエハーを塗る技術が開発されるなど、実用化に向けた材料および技術の開発を牽引してきました(J. Takeya, et al., Scientific Reports 2019; https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8160.html)。
半導体デバイスの重要な用途として、RFIDタグにも使用されるp型薄膜トランジスタ(TFT)とn型TFTとをペアにした相補型インバータ(注6)などを用いた論理回路がありますが、高速動作と集積化のためp型有機半導体の高性能化が進む一方で、同等技術で組み合わせ可能かつ同等の性能を示すn型有機半導体の欠如が弊害となっています。
[研究の内容と成果]
塗れる半導体としては、有機半導体だけでなく酸化インジウムなどの無機半導体(酸化物半導体)も長く研究されてきました。一般に、酸化物半導体はn型半導体として機能し10 cm2 V-1 s-1前後の移動度を示すため、最先端のp型有機半導体と相補的であると考えられます。しかしながら、塗れる酸化物半導体は、一度形成した後も溶媒やその蒸気、熱などの環境因子によりその特性が大きく変化し得るため、塗れる有機半導体と酸化物半導体により構成される有機無機ハイブリッド相補型集積回路の開発は十分にされてきませんでした。
本研究グループは、塗れる有機半導体を環境因子によるダメージ無く酸化物半導体と集積することで、超高速動作が可能な有機無機ハイブリッド相補型発振回路を開発しました。
集積回路の作製に際し、はじめに酸化物半導体の形成とTFTのパターニングを行いました。酸化物半導体には酸化インジウム-酸化亜鉛(IZO)を採用し、前駆体溶液(注7)を塗った後、大気下での焼結およびフォトリソグラフィー(注8)によりn型TFTとしました。続いて、IZOの封止層兼有機半導体の下地層となる絶縁層を形成した後、C9−DNBDT−NWを積層しました。ここで、C9−DNBDT−NWはいったん超親水性処理ガラス上に塗り単結晶薄膜とし、水を駆動力とした温和な転写手法(J. Takeya et al., Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 2020; https://www.k.u-tokyo.ac.jp/information/category/press/8139.html)を利用することで、IZO TFTの特性に影響を与えることなく積層することが可能です。同様にフォトリソグラフィーを用いてC9−DNBDT−NW TFTを形成することで、目的の有機無機ハイブリッド相補型発振回路を作製しました(図1)。
図1 塗れる半導体を用いた有機無機ハイブリッド相補型発振回路の製作コンセプト。
相補型回路の例として、本研究では発振回路の一つであるリングオシレータ(注9)を作製しました。フォトリソグラフィーによりミクロンオーダーの解像度でTFTパターニングを行うことで、本5段相補型リングオシレータは、大気下において77 kHzの周波数で動作することに成功しました(図2a、2b)。一般に、この動作速度は駆動電圧に依存するため、駆動電圧を考慮すると、このC9−DNBDT−NW/IZO相補型回路は、塗れる半導体による最高クラスの高速動作を示すことが明らかとなりました。さらに、本素子はフレキシブルなプラスチック基板上に作製することが可能であるため(図2c)、多彩な応用展開が期待されます。
図2 (a)相補型5段リングオシレータの回路図と光学顕微鏡像。(b)駆動電圧10 Vにおける発振波形。(c)フィルムデバイスのイメージ。
[今後の展望]
今後、各半導体の成膜やTFTのパターニング等の技術改善により、高解像度化や高集積化を図ることで、さらなる高速化や実用性が見込まれます。これに伴い、塗布型半導体デバイスの社会実装への発展が期待できます。
発表雑誌
雑誌名:「Communications Materials」
論文タイトル:High-speed hybrid complementary ring oscillators based on solution-processed organic and amorphous metal oxide semiconductors
著者:Xiaozhu Wei, Shohei Kumagai, Tatsuyuki Makita, Kotaro Tsuzuku, Akifumi Yamamura, Mari Sasaki, Shun Watanabe, Jun Takeya
DOI番号:10.1038/s43246-023-00331-0
アブストラクトURL:https://www.nature.com/articles/s43246-023-00331-0
発表者
韋 瀟竹(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 博士課程:研究当時)
熊谷 翔平(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 特任助教)
渡邉 峻一郎(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)
竹谷 純一(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 教授/マテリアルイノベーション研究センター(MIRC)特任教授 兼務)
用語解説
(注1)p型半導体
半導体の中で電子が抜けることで生じる、正電荷を帯びた粒子(正孔、またはホールとも言う)が移動することで電気を流す半導体のこと。
(注2)n型半導体
負電荷を帯びた電子(エレクトロン)が移動することで電気を流す半導体のこと。
(注3)相補型回路、発振回路
相補型回路とは、p型とn型のトランジスタ対を構成要素とする電子回路やデバイスのことで、シリコンデバイスのCMOSに当たる。
発振回路とは、直流電圧を基に持続的に交流を作るための電気回路のことで、集積回路の動作タイミングを取るための周期的な信号の発生などに用いられる。
(注4)RFIDタグ
電波を用いた無線通信により、個別識別コード情報(ID)をやり取りするタグ。Suicaなどの交通カードもRFIDタグに含まれる。
(注5)移動度
電場により電荷が移動する際の、移動しやすさを表す量であり、値が大きいほど伝導しやすいことを意味する。
(注6)インバータ
p型TFTとn型TFTとを一つずつ直列に接続することで構成され、論理回路の中で “0”と”1″の信号レベルを反転させる働きをする。NOTゲートとも呼ばれる。
(注7)前駆体溶液
基板への塗布と焼結により酸化物薄膜を得るための、目的の金属イオンを含む溶液。IZOの場合、例えば硝酸インジウムと硝酸亜鉛を水やアルコールに溶かすことで調製できる。
(注8)フォトリソグラフィー
感光性の物質(フォトレジスト)を薄くコーティングし、その表面にパターンを露光することで、露光部と非露光部のパターンを作製する技術。
(注9)リングオシレータ
奇数個のインバータを環状に直列接続した発振回路。信号周期を論理ゲートの個数で割ることで、相補型回路の動作速度の指標が得られる。
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