2023-01-25 日本原子力研究開発機構
【研究成果のポイント】
- レーザーの強い光で中性子※1を生成する際のレーザー集光強度と中性子数の間の法則を発見
- この法則を用いて、中性子共鳴吸収とよばれる分析を実施、実験試料の元素を同定
- これまで数時間かかった計測を1千万分の1秒に短縮、瞬間分析や時間変化の計測が可能に
- これまで数10メートルの分析ラインが2メートルに、可搬のコンパクトな装置も可能に
概要
大阪大学レーザー科学研究所の余語覚文教授らの研究グループは、強いレーザー光で中性子を生成する実験を行い、レーザーの集光強度と生成される中性子の数に法則性があることを発見しました。生成される中性子の数はレーザーの集光強度の4乗に比例して劇的に増加することが判明しました(図1)。
さらに、中性子数を飛躍的に増加させた結果、高い強度の中性子数(1011中性子)を、1レーザーショットで生成できることを確認しました。このような多量の中性子が生成可能の場合、様々な応用が可能になります。その一例として、中性子共鳴吸収を用いた物質(元素)の非破壊測定を試験しました。レーザー中性子源の前にタンタル、銀、インジウムからなる試料を設置して、中性子を透過させることで、非破壊で元素の種類と量を測定可能なことを実証しました(図2)。典型的な加速器中性子発生装置を用いた場合に数時間から1日の連続照射に相当するデータを、わずか1レーザーショットによる約1千万分の1秒の瞬間的な照射で得ることができました。これは、レーザー中性子の強度が増加したために可能な技術です。
本研究成果は、将来、大学の研究室や工場に、加速器や放射性同位体を必要としない「レーザー中性子源」を設置し、非破壊検査などの様々な応用が可能になることを示しています。本研究成果は、アメリカ物理学会が発行する「Physical Review X」に、1月31日(火)14時(日本時間)に公開(オープンアクセス)されます。
図1 レーザーの集光強度と生成した中性子数の関係。直線はレーザー強度の4乗に比例する。
研究の背景
大強度のレーザーを物質に集光させることで、陽子などの粒子を加速できます。このように加速した陽子を特定の物質に照射すると、核反応が発生して中性子を生成することができます。原子炉や加速器、放射性同位体といった従来の中性子源を必要とせずに中性子生成が可能になります。レーザーの集光強度を上げることで、より高温のプラズマを生成することができ、結果的に中性子の数を増加させることができます。しかし、これまでレーザーの集光強度と発生する中性子数の関係について具体的な関係式は知られていませんでした。このような関係を明確にすることで、レーザーで生成したプラズマの挙動や中性子生成に至るまでの詳細なメカニズムの解明がすすみます。
研究の内容
本研究では、レーザーの集光強度と中性子の発生数の関係も探求するために、大阪大学レーザー科学研究所の大強度レーザーLFEX(エルフェックス)※2を用いて、同じ照射条件でレーザーの集光強度を変えつつ、発生した中性子数を計測しました。レーザーの光を極めて短い時間(1兆分の1秒)に小さい領域(数10ミクロン)に集中させると、物質が電子とイオンに分離したプラズマになります。この高温・高密度であるプラズマから、高エネルギーのイオンなどが発生します。さらに、発生したイオンを中性子生成ターゲットに照射することで、非常に短い時間幅で中性子を発生することができました。その結果、図1に示すようにレーザーの集光強度の4乗に比例して中性子数が劇的に増加することが判明しました。さらに、この現象を説明できる理論モデルを構築しました。
このように、集光高度をあげると1ショットで多数の中性子を生成でき、様々な利用が可能になります。そこで、そのような高輝度中性子パルス(1011中性子)を用いて、飛行時間計測法※3を組み合わせた中性子共鳴吸収による物質の非破壊分析法を試験しました。物質には特定のエネルギーで中性子を吸収する性質(共鳴吸収)があり、このエネルギーは物質の種類に依存します。そのため、この共鳴吸収が起きたエネルギーから物質の種類を同定でき、共鳴の強さから試料中に含まれるその物質の量を知ることができます。レーザー中性子源の長所の一つは、既存の中性子源と比較して中性子パルスの時間幅が短いという点です。パルス幅が短い場合、飛行時間計測法において時間分解能が高くなり、必要な距離を短くできるという利点があります。本研究では、わずか1.8mの位置に検出器を設置しました。中性子の飛行経路上に、タンタル、銀、インジウムの板を設置し、透過してきた中性子のエネルギーを計測した結果、3種類の金属それぞれに対応するエネルギーの中性子吸収が捉えられました。つまり、レーザー中性子源が未知の素材の元素識別とその量を測定可能であることを実証しました。
図2 実験方法の概念図。レーザーで生成した中性子を1.8m離した検出器で測定する。途中に設置された試料の元素の種類に応じて、中性子の吸収が発生する。その吸収(谷)のエネルギーから種類を同定でき、谷の深さから量を評価できる。
本研究成果が社会に与える影響
本研究の発見は、レーザープラズマから中性子生成までのメカニズムの理解に寄与するだけでなく、レーザー中性子の強度を上げるための指針を与えます。将来、レーザー中性子源が研究室や工場などに設定されることになると期待されます。また、レーザー中性子源の特徴である短パルス性を生かして、飛行時間測定装置の長さを1.8m以下にすることが可能であることが示されました。これは、システム全体の小型化につながります。
また、加速器によるこれまでの分析では、数時間にわたる計測時間が必要であるため、数時間の間で平均された情報しか得られなかったのに対し、本手法では約1千万分の1秒の短い時間を計測可能であるため、短い時間で発生する現象や、時間的に変化する様子を計測することができます。例えば、中性子共鳴吸収の信号の構造から、測定対象の温度を評価することができるため、動作中の工業製品の異常な温度上昇を捉えるなど、これまで不可能であった計測が可能となります。特に、本研究成果で計測に成功したインジウムは、青色LEDやパワー半導体といった機器に使用されています。これらの機器の動作中に、インジウムの部分だけを選択的に計測することが可能になります。加えて、電気自動車等に使用される充電池の異常昇温を検知することも可能になります。本研究成果は現代文明に欠かせない様々な機器の性能向上や信頼性の向上に役立つことが期待されます。
特記事項
本研究成果は、2023年1月31日(火)14時(日本時間)に、アメリカ物理学会が発行する学術雑誌で、物理学の専門誌としては最も権威がある「Physical Review X」に掲載されます。
タイトル:“Laser-driven Neutron Generation Realizing Single-Shot Resonance Spectroscopy”
著者名:A. Yogo, Z. Lan, Y. Arikawa, Y. Abe, S. R. Mirfayzi, T. Wei, T. Mori, D. Golovin, T. Hayakawa, N. Iwata, S. Fujioka, M. Nakai, Y. Sentoku, K. Mima, M. Murakami, M. Koizumi, F. Ito, J. Lee, T. Takahashi, K. Hironaka, S. Kar, H. Nishimura, and R. Kodama
本研究は、大阪大学レーザー科学研究所の大出力レーザー「LFEX」を用いた成果であり、大阪大学レーザー科学研究所、量子科学技術研究開発機構、日本原子力研究開発機構、福井工業大学、英国のクイーンズ大学ベルファスト、トカマクエナジー社からなる国際共同研究として実施されました。科学技術振興機構(JST)研究成果最適展開支援プログラムA-STEP「コンパクト中性子源とその産業応用に向けた基盤技術の構築」(2015-2019年度)、JSTさきがけ(JPMJPR15PD)、日本学術振興会・科学研究費補助金(25420911, 26246043, 22H02007, JP22H01239)、大阪大学レーザー科学研究所・共同利用研究、および文部科学省・核セキュリティ強化等推進事業費補助金などの支援のもと実施されました。
用語説明
※1 中性子
中性子は原子核を構成する粒子の一種であり、電子やイオンのような電荷をもたない電気的に中性な粒子です。中性子は金属などに対する透過力が高く、比較的深部まで入り込むことができる一方で、水素、リチウム、ホウ素といった軽元素に対しての相互作用が強く、水や有機物などに感度が高いほか、特定の物質(カドミウムなど)に吸収されやすい特徴を持ちます。X線では得られない透過画像の撮影や、がん治療(ホウ素補足療法)にも利用されています。
※2 LFEX(エルフェックス)
短いパルスで高出力が得られるレーザー装置。一瞬(1兆分の1秒=1ピコ秒)で、世界中の総発電量をも上回る超高強度出力(2千兆ワット=2ペタワット)が得られます。これは、典型的な発電所(100万キロワット)が発生する電力の200万基分に相当します。高出力レーザー装置 「LFEX」は日本の光技術の粋を結集した最先端装置であり、国内企業の技術競争力の向上に大きく寄与するとともに、世界的に高く評価されています。
※3 飛行時間計測法
中性子などの粒子の運動エネルギー(速さ)を計測する手法の1つ。中性子を一定の距離を飛行させて、その到着した時間から速さを計測します。徒競走に例えると、「よーいドン」で様々な速さの中性子がスタートし、一定の速さで走った後、ゴールした時間から速さを算出することになります。しかしながら、実際の中性子源では、まったく同じ時刻にスタートすることはなく、ある程度の時間のずれが生じます。この時間のずれを解消して、より正確に中性子の速さを計測するためには、これまでは長い距離(10~100メートル)を飛行させる必要がありました。また、中性子は電荷を持たず、電荷を持つイオンや電子のように磁場や電場で集束できないため、長い距離を飛行すると中性子数が減少してしまいます。そのため、1つの分析データを得るために、数時間程度の計測時間が必要とされてきました。
【余語教授のコメント】
レーザーで中性子を発生する実験では、中性子の量が予想外に変化したため不思議に思い、様々な実験条件に関してデータを検証したところ、思いがけず新しい法則を発見することができました。また、中性子を使った新しい分析は、事前ではかなり困難であると予想されていたため、初めて測定した学生が、データがノイズではないかと疑って、成功を信じられなかったほどです。新しい成果が創出される際の醍醐味を味わうことができました。
SDGs目標
レーザー中性子に対する国際的な関心は高まりつつあり、国際原子力機関(IAEA)がレーザー中性子の発展と応用に関する技術委員会を開催しました。余語教授はこの委員会に日本代表として参画しています。IAEAより、「レーザー中性子は老朽化インフラの更新(SDG’s目標11)や生産技術の向上(SDG’s目標9、12)に役立つほか、原子炉や加速器といった施設を設置できない発展途上国が中性子源を持つ道をひらく(SDG’s目標10)」と指摘されています。