ゲルマニウム水素化物をキャリアとする新しい化学的水素貯蔵技術の開発~省エネ・安全な手法で、水素社会の実現へ~

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2023-01-23 東京大学

○発表者:
砂田 祐輔(東京大学 生産技術研究所 教授)
小林 由尚(東京大学 大学院工学系研究科応用化学専攻 博士課程)

○発表のポイント:
◆毒性のないゲルマニウム水素化物を水素キャリアとして用い、ベースメタルである鉄化合物を触媒とした、水素発生・貯蔵法を開発しました。
◆常温程度の温和な条件での水素発生・貯蔵を実現し、既存の化学的水素貯蔵技術が抱える、エネルギー・安全性の課題を克服しました。
◆新しい水素運搬法として応用展開が進むことで、クリーンな次世代エネルギーである水素を高度に活用できる社会の実現に貢献すると期待されます。

○発表概要:
東京大学 生産技術研究所の砂田 祐輔 教授、小林 由尚 大学院生らの研究グループは、ゲルマニウム水素化物を水素キャリアとして活用し、鉄触媒により作動する温和な条件下で水素の発生・貯蔵が可能な化学的水素貯蔵技術(注1)を開発しました。
水素は、化学工業における基幹原料としてのみならず、次世代を支えるクリーンエネルギーの有力な候補としても重要な資源です。水素を高度活用できる次世代型社会の構築には、燃料電池等の水素エネルギーを活用する技術に加え、大量の水素を省エネルギー条件下で、安全・安価かつ高効率的に発生・貯蔵・運搬できる技術の開発が重要です。そのため近年、金属水素化物(注2)や錯体水素化物(注3)、液体有機水素キャリア(注4)を活用する化学的水素貯蔵技術が注目を集めています。しかし、現行の手法は、作動条件として高温・高圧を必要としたり、貴金属化合物を触媒として必要としたりするなど、エネルギー・安全性・コストなどの観点から課題が残されています。
今回、ゲルマニウム水素化物を水素キャリアとして用い、鉄化合物を触媒として活用することで、常温下での水素発生と、常温程度・1気圧の水素圧下で水素貯蔵が可能な、省エネルギー条件下で作動する化学的水素貯蔵技術の開発に成功しました。さらに触媒反応中に関与する複数の鉄化合物を単離し構造決定を行うことで、詳細な反応機構の解明も行いました。本手法は、貴金属フリーで作動し、従来を凌駕する温和な条件下で水素発生・貯蔵が可能な手法であり、省エネルギーな新しい水素運搬法としての応用展開が期待されます。
本研究成果は、2023年1月20日に英国のRoyal Society of Chemistry社が出版する総合化学雑誌である「Chemical Science」に掲載されました。

○発表内容:
水素は、様々な化成品合成における基幹原料のひとつであるのに加え、持続可能な社会の実現にむけたクリーンな次世代エネルギーとしても注目を集める重要な資源です。例えば、燃料電池などに代表される、水素エネルギーを活用する技術の開発については、世界的に活発な研究が行われています。水素を次世代エネルギーとして高度活用できる社会の構築には、水素エネルギーの活用技術の開発に加えて、水素を安価・安全・省エネルギーで高効率的に発生・貯蔵・運搬できる技術の開発が必要です。そのため近年、金属水素化物や錯体水素化物を水素キャリアとする効率的な水素発生法が開発されていますが、水素発生後の残渣からの水素キャリアの再生に高エネルギーが必要という課題があります。一方、メチルシクロヘキサン(MCH)などの液体有機水素キャリアを用いた手法が、安全かつ貯蔵・運搬性に優れた手法として注目を集めていますが、作動に高エネルギーが必要とされるのに加え、貴金属触媒が必要であるという課題があります。
東京大学 生産技術研究所の砂田 祐輔 教授、小林 由尚 大学院生らの研究グループは、14族元素水素化物(注5)の水素キャリアとしての活用に注目し、ゲルマニウム水素化物を水素キャリアとして用い、独自に開発した鉄化合物を触媒として活用することで、常温下で定量的に水素発生が可能であり、1気圧の水素圧下・0℃の条件下で逆反応である水素貯蔵も可能な、省エネルギー条件下で作動する化学的水素貯蔵技術を開発しました。
当研究グループは、これまでに、ケイ素やゲルマニウム、スズなどの14族元素化合物を活用した触媒反応の開発を行ってきました。今回、14族元素水素化物の水素キャリアとしての活用に注目した研究を行いました。本研究ではまず、水素キャリアとしてゲルマニウム水素化物の一種であるPh2GeH2(Ph = C6H5)を使った水素発生反応を、貴金属フリーで達成すべく触媒開発を行いました。その結果、N―ヘテロ環カルベン(注6)の一種であるiPrIMMeの共存下、鉄化合物として[Fe(mesityl)2]2 (mesityl = 2,4,6-Me3-C6H2)を触媒として活用することで、常温下においてPh2GeH2からの水素ガス発生が可能となることを見いだしました。また、本反応では定量的に水素ガス発生が進行しており、反応後には水素キャリアであるPh2GeH2は、環状化合物である(GePh2)5に定量的に変換されていることが明らかにされました(図1)。さらに他のゲルマニウム水素化物や、ケイ素もしくはスズ水素化物からの水素発生も、同様の鉄触媒により温和な条件下で可能です。
次に、(GePh2)5に対する水素付加反応の開発を行ったところ、水素発生時と同様に[Fe(mesityl)2]2 / iPrIMMeを触媒として用いることで、1気圧の水素圧下、0℃で水素付加が進行し、Ph2GeH2が再生することを見いだしました(図1)。さらに、他の反応経路として、(GePh2)5に対しPhICl2を作用させPh2GeCl2へと変換した後、LiAlH4と反応させることでもPh2GeH2の再生が可能です。
さらに、[Fe(mesityl)2]2と各種反応剤との反応を詳細に検討することで、図2に示すような機構でPh2GeH2からの触媒的な水素発生が進行していることを明らかにしました。本反応ではまず、[Fe(mesityl)2]2が4当量のiPrIMMeと反応し、単核鉄錯体trans-(iPrIMMe)2Fe(mesityl)2(鉄錯体1)を与えます。その後、Ph2GeH2との段階的な反応が進行し、図3に分子構造を示した中間生成物2、3、4を経由しながら水素発生反応が進行します。
本研究によって、適切な鉄触媒を活用し、14族元素水素化物を水素キャリアとして用いることで、常温程度の温和な条件下で作動する省エネルギーな水素発生・貯蔵・運搬法の開発が可能であることが明らかになりました。ゲルマニウム化合物やケイ素化合物の多くは生体および環境に対して低毒性であることから、安全性も高い手法です。今後は、より多量の水素を発生・貯蔵可能な水素キャリアの開発や、より低コストな水素キャリアの開発を行う予定です。
本研究は、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)、日本学術振興会科学研究費助成事業の基盤研究(B)(課題番号:20H02751)の支援を受けて行われました。

○発表雑誌:
雑誌名     :「Chemical Science」(1月20日)
論文タイトル  :Germanium Hydrides as an Efficient Hydrogen-Storage Material Operated by an Iron Catalyst
著者      :Yoshinao Kobayashi, Yusuke Sunada*
DOI 番号    :10.1039/d2sc06011f

○問い合わせ先:
東京大学 生産技術研究所
教授 砂田 祐輔(すなだ ゆうすけ)

○用語解説:
(注1)化学的水素貯蔵技術
水素を化学結合を介して貯蔵する技術。本研究では、水素を「ゲルマニウム―水素結合」として貯蔵している。

(注2)金属水素化物
金属元素と水素の二元化合物。例えば、水素化リチウム(LiH)、水素化ナトリウム(NaH)、水素化カルシウム(CaH2)などがある。

(注3)錯体水素化物
M(M’Hn)で表される水素化物。ここでMは主にリチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)などのアルカリもしくはアルカリ土類元素を示し、M’は遷移金属やホウ素(B)、窒素(N)などの元素を示す。錯体水素化物の例としては水素化ホウ素ナトリウム(NaBH4)、 水素化アルミニウムリチウム(LiAlH4)などが挙げられる。

(注4)液体有機水素キャリア
化学反応によって水素を発生・貯蔵できる液体状の有機化合物。LOHC(Liquid Organic Hydrogen Carrierの略称)とも示される。

(注5)14族元素水素化物
ケイ素、ゲルマニウム、スズなどの14族元素上に水素原子を持つ化合物。本研究では、ゲルマニウム上に2つの水素原子と、2つのフェニル基(Ph基;C6H5基)をもつ、Ph2GeH2を水素キャリアとして活用している。

(注6)N―ヘテロ環カルベン
炭素周りに6電子しか価電子を持たない二価化学種をカルベンといい、隣接する2つの窒素原子に挟まれた環状カルベン種を総称してN―ヘテロ環カルベン(NHC;N-heterocyclic carbene)という。均一系触媒開発において配位子としてしばしば活用される。

○添付資料:

図1 鉄触媒で作動しゲルマニウム水素化物を水素キャリアとする水素発生・貯蔵法。

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図2 Ph2GeH2からの水素発生における推定反応機構。

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図3  (a) 中間生成物の鉄錯体2の分子構造、(b) 中間生成物の鉄錯体3の分子構造、(c) 中間生成物の鉄錯体4の分子構造。

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