光でワイル半金属の磁化とカイラリティを反転 ~トポロジカル物質の光制御に道を開く~

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2022-12-20 東京大学

1.発表者

島野 亮   (東京大学低温科学研究センター・大学院理学系研究科物理学専攻 教授)
吉川 尚孝(東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 助教)
小川 和馬(東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻 修士課程)
塚﨑  敦(東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門 教授)
藤原 宏平(東北大学 金属材料研究所 低温物理学研究部門 准教授)

2.発表のポイント

    • トポロジカル物質の一つである磁性ワイル半金属の磁化とカイラリティを光で反転させることに成功した。
    • エネルギー散逸を伴わない電流を生む異常ホール効果の符号を光で制御することを可能にした。
    • トポロジカル物質を用いた新たな光機能デバイスへの応用展開が期待される。

3.発表概要

JST戦略的創造研究推進事業において、東京大学低温科学研究センターの島野亮教授、東京大学大学院理学系研究科の吉川尚孝助教、小川和馬大学院生、東北大学金属材料研究所の塚﨑敦教授、藤原宏平准教授の共同研究グループは、トポロジカル物質注1)の一種である磁性ワイル半金属注2)中の電子が持つカイラリティ注3)と磁化注4)を光によって反転させることに成功しました。
ワイル半金属の中の電子はあたかも質量ゼロの粒子であるワイル粒子注5)のように振る舞い、右巻き・左巻きで特徴付けられるカイラリティと呼ばれる自由度を持ちます。なかでも磁性を示すワイル半金属の中の電子は、外部から磁場を加えなくても内部に生じる擬似的な磁場を感じ、巨大な異常ホール効果注6)を示します。この異常ホール効果によってもたらされる電流はエネルギー散逸のない電流であることから、低消費電力で動作する次世代量子デバイスなど、様々な応用展開が期待されています。
今回発見した光による磁化・カイラリティの反転現象は、この異常ホール効果の符号の反転ももたらします。磁化の反転のために外から磁石などで外部磁場を加える必要がなく、光のみで強磁性ワイル半金属の磁化とカイラリティを制御することが可能になるため、ワイル半金属の性質を光で制御する新たな手法として注目されます。
本研究成果は、2022年12月20日午前10時(英国時間)に英国オンライン科学誌「Communications Physics」のオンライン版で公開されました。

4.発表内容

<研究の背景と経緯>
ワイル半金属は、電子の運動エネルギーがその運動量に比例するという特殊な電子構造を持ち、質量ゼロの相対論的粒子であるワイル粒子としての性質を持ちます。なかでも磁性を示すワイル半金属中の電子は外から磁場を加えなくても、あたかも内部に巨大な擬似的な磁場があるかのように感じ、巨大な異常ホール効果に代表される特異な電気的磁気的性質を示します。このホール電流の向きはワイル粒子が感じる内部擬磁場の向きによって決まり、それはワイル粒子のカイラリティと対応しています。ワイル粒子のカイラリティを人為的に制御することは、ホール効果を始めとして、ワイル半金属の特異な性質を活かした新たな量子機能デバイスへの応用にとって重要なステップになると考えられています。

<研究の内容>
今回、島野教授らのグループは、磁性ワイル半金属の中でもCo原子がカゴメ格子上に配列したCo3Sn2S2という物質に着目しました。この物質は多くのトポロジカル物質の中でも特に大きな異常ホール効果を示すことで知られています。研究グループはこのCo3Sn2S2の薄膜試料に円偏光の光パルスを照射すると、ワイル粒子の磁化とカイラリティが同時に反転することを世界で初めて発見しました(図1)。
本研究では、円偏光のレーザー光パルスを照射した際に異常ホール効果の符号が反転する様子を、テラヘルツ光注7)を用いたファラデー効果注8)という現象を利用して観測することに成功しました。強磁性ワイル半金属の異常ホール効果の符号はワイル粒子のカイラリティに対応しているため、異常ホール効果の符号の反転はワイル粒子のカイラリティの反転を意味します(図2)。カイラリティの符号反転は円偏光のヘリシティ(右回り、左回り)を交互に切り換えることで何度でも繰り返すことが可能であり(図2)、さらに一度反転が起きた後は円偏光の光を切ってもその状態が持続するという、不揮発的な反転現象であることを明らかにしました。
図3には、Co3Sn2S2の磁化がどのように変化しているかを、近赤外レーザー光を用いた磁気光学顕微鏡注9)で観測した結果が示されています。照射する光の強度がある値以上になると、円偏光の光パルスが照射されている箇所の磁化が反転する様子が見られました。円偏光の光強度を上げていくと、光がより強いビームの中心付近では磁化の向き(上向き、下向き)が空間的にランダムに分布し、使用した顕微鏡の分解能では観測できない程度の小さな領域の集合となり、平均して磁化を持たないように見える状態になります(図3(a)や(b)のカラープロット中の白色の領域)。一方、光ビームの縁ではほどよい光強度が実現していて、磁化が反転する様子が観測されました(図3(a))。
この状態で、照射する円偏光の光の照射スポットを左右に掃引することで、あたかもペンでなぞるように磁化の反転領域を光で書き込めることがわかります(図3(b))。光によって書き込まれる磁化の向きは、照射する円偏光のヘリシティによって決まり、直線偏光の光パルスを用いた場合は、単に磁化の向きがランダムになることもわかりました。より詳細にそのメカニズムを調べた結果、この磁化反転現象は、磁性体が持つ磁気円二色性注10)という性質に起因していることがわかりました。磁気円二色性があると、上向き・下向きのそれぞれの磁化を持つ領域(磁気ドメイン)で、光の吸収量に差が生じます。円偏光パルスが照射されると一方の磁気ドメインの磁化のみが選択的に温められ、その後光パルスが通り過ぎると温まった領域が冷えていきますが、その際に上向き、下向きにそれぞれ50%の確率で磁化するという過程を複数回繰り返すことで、最終的に一方向に磁化が揃うプロセスが生じていることが明らかになりました。

<今後の展開>
今回実証された光による磁化及びカイラリティの反転は、磁性ワイル半金属に普遍的に現れる磁気円二色性に基づくものであり、この原理は他の磁性ワイル半金属にも同様に適用できると考えられます。従来の制御方法とは異なり外部磁場を必要とせず、光で直接、磁化、カイラリティを制御することが可能であり、ホール電流の向きを操作する、光の情報をワイル半金属中に不揮発に書き込むといったことが可能となるため、ワイル半金属の性質を利用した新たな光機能デバイスへの応用展開が期待されます。
尚、本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)「トポロジカル材料科学に基づく革新的機能を有する材料・デバイスの創出」研究領域(研究総括:上田正仁)における研究課題「トポロジカル非線形光学の新展開」課題番号:JPMJCR19T3 (研究代表者:島野亮)、及び研究課題「トポロジカル機能界面の創出」課題番号:JPMJCR18T2(研究代表者:塚﨑敦)の一環として行われました。

図1:今回実証した光によるワイル粒子のカイライリティ反転の概念図。カゴメ格子を有する強磁性ワイル半金属Co3Sn2S2に円偏光の光を照射することで、強磁性の磁化とワイル粒子のカイラリティ(右巻き:ピンク、左巻き:緑)を繰り返し自在に反転することに成功した。


図2:異常ホール効果の符号が右回り・左回りの円偏光によって不揮発に反転していることを示す結果。(a)右回り円偏光、左回り円偏光を繰り返し照射した際の異常ホール伝導度の時間変化。円偏光のヘリシティを変えることで異常ホール伝導度の符号が繰り返し反転している。(b)ワイル粒子のカイラリティ反転の概念図。ワイル半金属には特殊な電子状態(黄色)に由来して右巻き(C = +1)と左巻き(C = -1)のカイラリティを持つワイル粒子が存在する。右回り・左回りの円偏光によりワイル粒子のカイラリティが反転する。

図3:円偏光照射により磁化が変化する様子を示す磁気光学顕微画像。(a)初期状態として均一な下向き磁化状態(磁化=-1)を準備し、右回り円偏光を様々な強度(図中の数字、 mJ cm-2単位)で照射した後の磁化状態を表す。0.48 mJ cm-2以上でビーム照射位置の磁化が上向き(磁化=+1)に反転する様子が観測された。さらに強い光を照射すると、ビームの中心では磁化の向きがランダム(磁化=0)になり、ビームの端で磁化反転が起こる様子が見られた。(b) 左回り円偏光、右回り円偏光、直線偏光の光を右から左へ掃引(点線矢印)しながら照射した後の磁化の顕微鏡画像。初期状態として均一な上向き磁化状態(磁化=+1)を準備した。広い領域の磁化を自由に書き換えることができる。

<参考動画>光によるカイラリティ/磁化反転の様子

 

5.発表雑誌

雑誌名
「Communications Physics」(オンライン:12月20日)
論文タイトル
Non-volatile chirality switching by all-optical magnetization reversal in ferromagnetic Weyl semimetal Co3Sn2S2
(全光学磁化反転による強磁性ワイル半金属Co3Sn2S2の不揮発的カイラリティスイッチング)
著者
Naotaka Yoshikawa, Kazuma Ogawa,Yoshua Hirai, Kohei Fujiwara, Junya Ikeda, Atsushi Tsukazaki, & Ryo Shimano
DOI番号
10.1038/s42005-022-01106-8
アブストラクトURL
https://www.nature.com/articles/s42005-022-01106-8

用語解説

注1)トポロジカル物質
物質中の電子状態が非自明な幾何学的特徴(トポロジー)を持つ物質群。注2)ワイル半金属
電子の運動量に対する状態を記述するバンド構造において、運動量の三次元方向に線形のエネルギー分散を示し、バンドの交差点(ワイル点)が対となって現れるトポロジカル物質の一種。注3)カイラリティ
物質中に現れるワイル粒子を特徴づける二値の量子数。例えば、スピンと運動量の相対関係を表し、平行の場合を右巻き、反平行の場合を左巻きと呼ぶ。

注4)磁化
単位体積当たりの磁気双極子モーメント。磁性体のN極とS極の方向と磁力の強さを表す量。

注5)ワイル粒子
1929年にドイツの理論物理学者ヘルマン・ワイルによって提唱された、相対論的電子を記述する方程式において質量をゼロとしたときに得られるフェルミ粒子。

注6)異常ホール効果
電気伝導を示す物質に電流を流しながら磁場を印加すると電流・磁場と垂直に起電力が生じる効果をホール効果と呼ぶ。物質が磁化を持つときに、外部から磁場を印加しなくても生じるホール効果を異常ホール効果と呼ぶ。

注7)テラヘルツ光
周波数が1 THz近辺の電磁波。エレクトロクスとフォトニクスの中間の周波数に相当する。近年その応用が急速に進んでいる。

注8)ファラデー効果
直線偏光の光が磁化を持つ物質中を透過すると光の偏光面が回転する現象。多くの磁性体において可視光や近赤外光の領域で観測されるが、周波数がより低いテラヘルツ光に対しても観測される場合がある。テラヘルツ光に対するファラデー効果は、電気伝導を担う伝導電子の性質を反映し、直流の電気伝導現象であるホール効果と同じ起源になることが多い。この性質を利用すると、テラヘルツ光を用いて光学的にホール効果を測定することが可能になる。

注9)磁気光学顕微鏡
光の偏光面が磁性体を透過するときに回転する現象(上述、ファラデー効果)や反射するときに回転する現象(磁気光学カー効果)を総称して磁気光学効果と呼ぶ。磁気光学顕微鏡は、この磁気光学効果の顕微鏡像を撮影することで、物質の磁化の空間情報を可視化する装置である。可視光や近赤外光を用いると、多くの場合、上述のテラヘルツ光とは異なり磁化の情報が得られる。

注10)磁気円二色性
磁性体などの物質の吸収係数が右回りの円偏光と左回りの円偏光で異なる性質。

問い合わせ先

<研究に関すること>
東京大学 低温科学研究センター研究開発部門/大学院理学系研究科 物理学専攻
教授 島野 亮(しまの りょう)東京大学 大学院理学系研究科 物理学専攻
助教 吉川 尚孝(よしかわ なおたか)<報道に関すること>
東京大学低温科学研究センター 事務室広報担当
東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
科学技術振興機構 広報課

<JSTの事業に関すること>
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
嶋林 ゆう子(しまばやし ゆうこ)

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