2022-11-14 農研機構,龍谷大学
ポイント
農研機構と龍谷大学は共同で、カキの品種改良では、近親交配が収量性に関わる様々な形質に影響して、収量性低下を招くことを新たに見出しました。本成果は、近親交配が進むことによって、果実重や樹勢1)といった果樹の収量性に関わる重要な形質に悪影響が出ることを、ゲノム2)情報を基に近親交配の程度を推定することで発見したものです。今後は、ゲノム情報を基に近親交配を避けることで、多収性完全甘ガキ3)品種の開発を進めていきます。
概要
通常のカキ(上)と近親交配により衰弱したカキ(下)(いずれも接木後4年目の樹)
日本のカキ産業活性化のため、これまで農研機構では、美味しく、外観が綺麗で、多収性の完全甘ガキを目標に、品種改良を進めてきました。食味や外観の面では改良が進みましたが、現在は収量性の向上が大きな課題となっており、農研機構では、カキの収量性向上を目指して研究を進めています。
カキの収量性に関わる性質や特徴(形質)のうち、果実重は近親交配によって減少することが、これまでに知られていました。しかし、果実重以外の収量性に関わる様々な形質(果実数、樹勢、結実樹齢など)が、近親交配により、どのような影響を受けるかは不明でした。
そこで、龍谷大学と共同で、大量のゲノム情報を高速に解析できるddRAD-seq法4)を実施し、得られた約1万箇所のDNAマーカー5)を利用して、過去に品種改良に用いた交配組合せの近親交配の程度(近交度)を推定しました。その結果、親同士の類縁関係が近い組合せほど、果実重、収量、および樹勢が低下し、結実樹齢も遅延することを見出しました。このことは、近親交配が進むと、収量性の低い個体が増えることを示唆しています。
今後は、ゲノム情報を基に近親交配を避けることで、多収性の完全甘ガキ品種の開発を効率的に進めていきます。
関連情報
予算 : 科研費(18K14463)、運営費交付金
問い合わせ先など
研究推進責任者 :
農研機構果樹茶業研究部門 所長生駒 吉識
研究担当者 :
同 果樹品種育成研究領域 主任研究員尾上 典之
龍谷大学 農学部 植物生命科学科 教授永野 惇
広報担当者 :
農研機構果樹茶業研究部門 研究推進部 研究推進室 果樹連携調整役加藤 秀憲
龍谷大学 農学部 教務課
詳細情報
開発の社会的背景
農研機構では、1938年に国の事業としてカキの品種改良を始めて以来、2021年までに12の完全甘ガキ品種を開発してきました。その結果、既存の完全甘ガキ品種よりも良食味(高糖、多汁など)で、裂果性などの点で外観が改善された品種が誕生しています。しかし、その多くは、主要品種である「富有」並の高い収量性を持つには至っていません。したがって、食味や外観と合わせて、収量性も優れる完全甘ガキ品種が求められています。
研究の経緯
ヒトを含む動植物では、類縁関係が近いもの同士の交配(近親交配)により生じた個体において、環境への適応能が低下することが往々にして認められます(参考文献:CharlesworthとWillis(2009年) The genetics of inbreeding depression. URL:https://doi.org/10.1038/nrg2664)。この現象を近交弱勢と呼びます。作物の品種改良において、近交弱勢は収量に関わる形質に現れやすいことから、世界の育種家たちの注目を集めています。
カキにおける近交弱勢現象として、収量性に関わる様々な形質のうち、果実重が減少することが、これまで知られていました。しかし、これ以外の形質に対して、近親交配がどのような影響を及ぼすかは、分かっていませんでした。収量性に関わる様々な形質について、近親交配との関係を明らかにすることは、多収性品種を開発するための効率的な戦略を立てることに繋がります。
近親交配の程度(近交度)には、親子程度に強いものから、遠縁の親戚間程度に弱いものまで、幅があります。従来、交配組合せの近交度を推定するには、両親の家系図を用いる方法が使われていました。しかし、品種改良の重要な交配親である在来品種をはじめとして、カキでは祖先情報が全く無い、もしくは限られる品種が多いため、近交度を正確に捉えることができませんでした。
そこで、ゲノム情報を基に近交度をより正確に捉えるため、高次倍数体6)のカキにおいても効率的にDNAマーカーの遺伝子型を取得できる、ddRAD-seq法を農研機構と龍谷大学で共同実施しました。大量のDNAマーカー情報を基に、近交度を正確に把握して、近親交配が収量性に及ぼす影響の解明を目指しました。
研究の内容・意義
1. 正確に交配組合せの近交度を推定するためのDNAマーカーの選定
近親交配と収量性に関わる形質との関係を明らかにするにあたっては、できるだけ正確に交配組合せの近交度を推定することが必要です。ゲノム情報を用いてこれを達成するため、まずddRAD-seq法により、品種改良の交配親に用いられることの多い47品種についてDNAマーカーの遺伝子型を網羅的に取得しました。そして、既知の信頼できる近交度の情報を指標にして、正確な推定に適した11,379箇所のDNAマーカーを選びました(図1)。
2. ゲノム情報を用いた交配組合せの近交度の推定
ゲノム上の約1万箇所のDNAマーカー遺伝子型の類似性を利用して、47品種間の計1081組合せについて近交度を推定しました(図1)。このうち特に、在来品種間の組合せは、祖先情報がないため、従来法では、近親交配は全て「ない」とされていましたが、ゲノム情報を用いた方法では、近交度の低いものから高いものまで含まれていました。なかでも、中国品種と日本品種の組合せで、近交度が特に低くなる傾向が示されました(図2)。
3. 収量性に関わる形質への近親交配の影響
過去に実施した97交配組合せについて、交配親である47品種のゲノム情報から推定した近交度と、収量に関わる形質の組合せ平均値との関係を統計解析しました。その結果、交配組合せの近交度が高まるにつれて、初結実時の果実重、収量、樹勢の低下、および結実樹齢の遅延が認められ、近交弱勢によりカキの収量性低下が生じていることが分かりました(図3)。
これまで分かっていた果実重以外にも、樹勢や結実樹齢が近親交配によって悪影響を受けることが明らかとなり、多収性品種育成を目指す際に、近親交配を回避する重要性がより高まりました。近親交配の回避にあたっては、本研究で用いた約1万のDNAマーカーを基に近交度を推定することで、より確実に近親交配を避けられるようになります。
今後の予定・期待
多収性品種を生み出し得る親の組合せを、より多数の候補から選ぶため、今後、農研機構は龍谷大学と共同でゲノム情報の取得を進めます。取得したゲノム情報を基に近親交配を避けて、多収性完全甘ガキ品種の開発を効率的に進めていきます。なお、本研究で推定した47品種間の組合せの近交度は論文公表しており、誰でも利用可能となっています。生産者が望む多収性品種の育成により、カキ産業の活性化が期待されます。
用語の解説
- 1)樹勢
- 樹勢(樹が生長する勢い)は果樹の収量性にとって最も重要な形質の一つであり、収量を増やすには樹勢の強化が不可欠です。樹勢は、非常に強いと栄養成長が盛んになりすぎて収量が減少しますし、弱い場合も収量が減少します。したがって、カキで収量を増やすには、適度に強い樹勢が理想です。このような樹勢は、多収性品種の「富有」で観察されます。
- 2)ゲノム
- 生物を形づくり、生命活動を行うために最低限必要な、染色体の1セットのことを言います。親から子へ受け継がれるひと揃いの遺伝情報でもあります。
- 3)完全甘ガキ
- カキは、樹上で自然脱渋(だつじゅう)する甘ガキと、食べるためには脱渋処理をする必要がある渋ガキに分けられます。このうち甘ガキは、種子の有無にかかわらず自然脱渋する完全甘ガキと、種子が多く入ると自然脱渋する不完全甘ガキに分けられます。「富有」や「次郎」は完全甘ガキです。
- 4)ddRAD-seq 法
- ゲノムの一部を高速かつ再現性良く読むことができる手法です。解析にあたって、事前のゲノム情報が不要なので、イネなどのゲノム情報が整備されているモデル生物だけでなく、ゲノム情報が整備されていないカキのような非モデル生物でも利用できる利点があります。
- 5)DNAマーカー
- カキの品種はゲノム上にそれぞれ異なるDNA配列を持っています。このような配列の違いがゲノム上の何処にあるのかを調べて、目印としたものがDNAマーカーです。
- 6)高次倍数体:
- 2セットを超えてゲノムを持つ生物種を総称して、高次倍数体と呼びます。ヒトやイネをはじめとして多くの動植物はゲノムを2セット持つ二倍体ですが、植物には様々なセット数をもつ高次倍数体があります。例えば、畑作物では、ジャガイモ(四倍体)、サツマイモ(六倍体)、果樹では、キウイ(四、六倍体)、カキ(六倍体)などがあります。高次倍数体は、植物体が大きくなり、環境適応性が上がるといった収量性などに対するメリットが大きいことから、幅広い農作物に認められます。一方で、ゲノム構造が複雑なため、二倍体と比べてゲノム解析に多くの労力と費用が必要です。
発表論文
タイトル: Inbreeding depression in yield-related traits revealed by high-throughput sequencing in hexaploid persimmon breeding populations
著者: Noriyuki Onoue, Atsushi Kono, Akifumi Azuma, Ryusuke Matsuzaki, Atsushi J. Nagano, Akihiko Sato
掲載誌: Euphytica (2022)218:125
URL: https://doi.org/10.1007/s10681-022-03073-1
参考図
図1. ゲノム情報を利用した、交配組合せの近親交配の程度(近交度)の推定
約1万箇所のDNAマーカーを利用して、47品種間の組合せの近交度を推定しました。遺伝子型のパターンが似ている組合せ(=類縁関係が近い品種間の組合せ)は近交度が高く、違いが大きい組合せ(=類縁関係が遠い品種間の組合せ)は低いと推定されます。
図2. 家系図とゲノム情報を用いて推定した、在来品種の組合せの近交度
在来品種は祖先が分からないため、家系図を用いた従来の推定法では、在来品種間の組合せの近交度は正確に分かりません。一方で、ゲノム情報を用いた推定法では、近交度に違いが認められました。特に、日本と中国由来の組合せで、近交度が低くなる傾向が認められました。
図3. 交配組合せの近交度の高まりが、収量に関わる各形質に与える悪影響
交配組合せの近交度が高まるにつれて、初結実時の果実重、収量、樹勢が低下し、また結実樹齢の遅延が認められました。樹勢は、新梢の長さや太さなどを観察して、スコアで判定しています。