電子運動の量子レベルでの観測・制御手法を発明――究極の量子ビット実現へ

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2022-09-30 東京大学

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発表者

長田 有登(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
谷口 建人(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程)
重藤 真人(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程)
野口 篤史(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 准教授)

発表のポイント
  • 電磁場により真空中に浮遊する電子の運動状態をハイブリッド量子系の利用により量子レベルで観測・制御する手法を発明した。
  • 電磁場により真空中に浮遊する電子を高性能な量子ビットとして用いる研究が近年脚光を浴びており、本成果は電子の運動状態の量子レベルでの制御がハイブリッド量子系を用いて実現可能であることを初めて示した。
  • 高速な制御と長いコヒーレンス時間の両方を兼ね備えた新たな量子ビットとしての浮遊電子系の発展に大きく寄与し、近年急速に発展し次世代の社会基盤技術を担うとされる量子コンピュータの開発に貢献することが期待される。
発表概要

東京大学大学院総合文化研究科の長田有登助教、谷口建人大学院生、重藤真人大学院生および野口篤史准教授は、電磁場により真空中に浮遊する電子の運動状態をハイブリッド量子系(注1)の利用により量子レベルで観測・制御する手法を発明しました。電磁場により真空中に浮遊する電子を高速な制御能と長いコヒーレンス時間の両方を兼ね備えた新たな量子ビット(注2)として用いる研究が近年急速に発展しており、本成果は電子の運動状態の量子レベルでの制御が電子と超伝導量子回路(注3)、電子と真空中に捕獲された原子イオン(注4)という二つのハイブリッド量子系でそれぞれ実現可能であることを世界に先駆けて示しました。
本研究成果は、浮遊電子系を用いた高性能な新奇量子ビット開発の発展の重要な基礎を与え、近年急速に発展し次世代の社会基盤技術を担うとされる量子コンピュータの開発にも貢献すると考えられます。
本研究成果は2022年9月29日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Physical Review Research」のオンライン版に掲載されました。

発表内容

近年、物質の量子力学的な性質を利用して既存技術の限界の打破を狙う量子技術が注目を集めるとともに急速な発展を見せています。特にある種の計算タスクに対して有効とされる量子コンピュータや情報理論的安全性を付与できる量子通信、それらを組み合わせた量子ネットワークなどの応用に向けて、超伝導量子回路や真空中に捕獲された原子イオンを筆頭に様々な物理系を利用した量子系の個別制御が試みられてきました。物理系に要求される主要な性質として量子状態を保っていられる時間であるコヒーレンス時間が長いこと、そのコヒーレンス時間より十分短い時間で量子操作、量子測定などの制御が可能であることが挙げられ、その二つを兼ね備えた新奇な物理系として電磁場により真空中に浮遊させた電子の利用が近年脚光を浴びています。これまでに浮遊電子のスピン状態を量子ビットとした量子操作の提案および電子を実際に捕獲したという実験の報告がありますが、高精度な量子操作のために重要な電子の運動状態の冷却と観測を量子レベルで行うのは浮遊電子のみでは困難な課題でした。
東京大学大学院総合文化研究科の長田有登助教、谷口建人大学院生、重藤真人大学院生および野口篤史准教授は、すでに技術がある程度確立された超伝導量子回路および真空中に捕獲された原子イオンと浮遊電子のそれぞれの組み合わせ、すなわちハイブリッド量子系を用いて上記の課題解決を図りました(図1)。浮遊電子は捕獲ポテンシャル(注5)中でマイクロ波領域の周波数で振動するため、マイクロ波領域の極微のアンテナのようにみなすことができます。同じくマイクロ波領域で動作する超伝導量子回路が電子という極微のアンテナとエネルギーを効率的にやり取りすることが可能であることを用いて、電子のアンテナの状態、すなわち運動状態の量子レベルでの観測と制御が可能であることを見出しました。また、原子イオンと電子はクーロン力により互いに引き合います。これはつまり電子の運動が原子イオンの運動にも影響を強く及ぼすことを意味しています。通常原子イオンの振動周波数は電子のものと大きく異なるためエネルギーのやり取りを効率的に行うことができませんが、クーロン力に起因する電子・イオン間の非線形な相互作用により効率的なエネルギーのやり取りが可能になります。これによって、原子イオンを用いた場合にも電子の運動状態の量子レベルでの冷却・制御が可能であることを明らかにしました。

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図1.(a)浮遊電子と超伝導量子回路、(b)浮遊電子と原子イオンのハイブリッド量子系

本成果によって、新奇な量子ビットの候補である浮遊電子は先行研究で示されたような高精度な量子操作の可能性のみならず、残る課題であった運動状態の量子レベルでの冷却と制御、観測の手法についても解決の道筋が示されたことになります。これによってますます浮遊電子系の量子技術応用、とくにエラーに耐性のある量子コンピュータの実現に向けた研究開発が進むことが期待されます。今後は本成果の提案手法による単一電子の運動状態の量子制御も含め、上記ハイブリッド量子系の実証実験など、さらなる浮遊電子系の実験開発に取り組みます。
本研究はJST ERATO巨視的量子機械プロジェクト (課題番号JPMJER1601)、科研費 (課題番号JP19H01821)、稲盛財団InaRISフェローシッププログラムの支援により遂行されました。また、谷口建人大学院生はJST 次世代研究者挑戦的研究プログラム (課題番号 JPMJSP2108)および東京大学Q-stepプログラム、重藤真人大学院生は東京大学WINGS-ABCプログラムの支援を受けています。

発表雑誌

雑誌名:「Physical Review Research」(オンライン版:2022年9月29日掲載)
論文タイトル:Feasibility study on ground-state cooling and single-phonon readout of trapped electrons using hybrid quantum systems
著者:Alto Osada*, Kento Taniguchi, Masato Shigefuji, Atsushi Noguchi*
DOI番号:10.1103/PhysRevResearch.4.033245

用語解説

(注1)ハイブリッド量子系:異なる物理系の組み合わせ。異なる量子系の特長を組み合わせることで、単一の量子系では実現困難な機能を実現することができる。

(注2)量子ビット:量子コンピュータ・量子ネットワークなどの情報単位。量子ビットを担う物理系自体も量子ビットと呼ばれる。

(注3)超伝導量子回路:超伝導体・絶縁体薄膜等を用いて構成される回路。マイクロ波で動作する有力な量子ビットのひとつ。

(注4)真空中に捕獲された原子イオン:光・マイクロ波領域で動作する有力な量子ビットのひとつ。

(注5)捕獲ポテンシャル:荷電粒子を浮遊させておくために電磁場で作るかごのようなもの。

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