省エネ、省スペース! チタンを活用した超高真空ゲッターポンプを発明~カーボンニュートラルな持続可能社会に大きく貢献!~

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2022-09-06 日本原子力研究開発機構J-PARCセンター

【発表のポイント】

  • 超高真空とは、大気圧より非常に低い圧力の状態です。この超高真空を作り出すことは、あらゆる産業用装置や最先端研究用装置の高度化のために必須な技術です。しかし超高真空を作り出すためには、大きな真空ポンプを用いなければならず、装置の大型化と消費電力の増加が課題でした。
  • 本研究では、J-PARC加速器で真空材料として研究を進めてきた、チタンが持つ気体を吸着・吸収する特性(ゲッター性能)に着目し、チタンを材料とした真空容器自体を真空ポンプとして活用する技術を発明しました。試作チタン製真空容器(=ゲッターポンプ)では、従来の様に真空ポンプを継続的に用いなくても、200日以上超高真空に近い状態の維持に成功しました。さらに電子顕微鏡の真空性能を向上させること等を実証し、社会実装へ大きく前進しました。
  • 発明した技術により、ポンプの設置スペースや駆動電力が大幅に低減可能です。本技術は半導体の製造装置等の産業用装置の省電力化にもつながり、カーボンニュートラルな持続可能社会に大きく貢献します。

図1:従来の真空装置(左)と今回発明した技術を利用した真空装置(右)のイメージ図。通常の真空装置は真空容器に真空ポンプとその電源が接続されるが、今回の技術ではチタン製の真空容器自体が真空ポンプとして機能する。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範 以下「原子力機構」という。)J-PARCセンターの神谷潤一郎研究主幹と原子力基礎工学研究センターの大久保成彰研究主幹は共同で、チタンを材料とした真空容器を電源が不要の超高真空ポンプとして活用する技術を構築しました。また応用例として、電子顕微鏡の真空性能が向上することを実証しました。

超高真空※1と呼ばれる非常に低い圧力の状態にすることは、半導体をクリーンな状態で輸送するためや、材料の表面を分析する電子顕微鏡の分解能を長時間安定に維持するため、さらには加速器のビーム強度を上げるためなど、あらゆる産業用装置や最先端研究用装置の高度化に必要です。しかし、従来の真空ポンプでは超高真空の状態まで圧力を下げるのは容易ではなく、また超高真空の状態を維持するためには、大型の真空ポンプを稼働し続けなくてはいけません。そのためポンプの設置のためのスペースや消費電力に大きな課題がありました。

大強度陽子加速器施設(J-PARC)※2では加速器のビームラインにチタンを使用しており、チタン材料から真空中へ放出される気体を低減するための熱処理や表面研磨などの研究を実施してきました。今回の研究では、チタンが持つ気体を吸着・吸収する性質(ゲッター性能※3)に着目し、チタンで作られた真空容器の表面を改質することで真空容器自体を超高真空ポンプであるゲッターポンプとして活用する技術を発明しました。開発した技術を適用したチタン製真空容器(=ゲッターポンプ)を試作し試験を行ったところ、一度真空にしてしまえば、従来の様に真空ポンプを稼働し続けなくても超高真空に近い状態が200日以上持続できることを実証しました。また試作ゲッターポンプを電子顕微鏡に取り付けると、真空性能が一桁向上することを確認しました。

既存のゲッターポンプは、ゲッター材料の焼結体を真空の中に配置しますが、本発明ではゲッター材料を設置するスペースが不要となります。この技術を用いた真空容器は、電子顕微鏡や加速器のビームラインだけでなく、真空を維持したまま半導体部品を輸送する容器などにも利用が可能です。また真空容器自体がゲッターポンプとして機能するため、従来ポンプに必要である設置スペースや消費電力を大幅に低減することが可能(図1)となり、カーボンニュートラルな持続可能社会に大きく貢献します。

本成果は特許公開(特開2022-027577)されています。

本研究成果は、2022年9月11日から開催される第22回真空に関する国際会議(IVC-22=The 22nd international vacuum congress)で発表します。

【これまでの背景・経緯】

さまざまな材料の表面を拡大して観察するために広く用いられている電子顕微鏡では、電子を発生する電子源と呼ばれる部品の表面に気体が吸着すると安定した分析を行うことが困難になります。また医療や一般産業で利用が拡大している加速器では、ビームラインに残存する気体とビームが衝突するとビームが損失し、高強度のビームを作り出すことが不可能となります。そのため電子顕微鏡の真空容器や加速器のビームラインを超高真空にすることが重要です。

真空装置では、真空容器の壁や真空内の機器の表面に吸着した気体が、常に真空中に放出されています。そのため装置を超高真空にするには、排気速度※4が大きな真空ポンプで、真空容器内の気体を排気し続ける必要があり、真空ポンプの大型化やそれに伴う消費電力の増加といった課題があります。例えば超高真空装置で広く利用されているターボ分子ポンプは、数百ワットの電力を常に消費します。さらに大型の真空ポンプを設置しても、真空容器と真空ポンプの間の配管内を、真空容器側へ逆流する気体が必ずあるため、効率よく超高真空が得られないという問題があります。

J-PARCは加速器のビームラインに、低放射化材料※5であるチタンを使用しています。J-PARCではこれまで、ビームラインの真空性能を高めるため、熱処理や表面研磨によって、チタン表面から真空中へ放出される気体を低減する研究を継続してきました。今回の研究では、チタンがもつ気体を吸着・吸収する性質(ゲッター性能)に着目し、チタンで作られた真空容器の表面を改質することで真空容器の壁にゲッター性能を持たせて、容器自体を気体溜め込み式真空ポンプ※6として機能させる技術の開発に取り組みました。

【今回の成果】

通常、チタンの表面は酸化チタン膜(以下、酸化膜)に覆われているためゲッター性能はありません(図2A)。本研究ではチタン製の真空容器の表面を覆う酸化膜をスパッタリングと呼ばれる表面加工方法で除去しました(図2B)。その結果、チタンを露出させるので気体の吸着・吸収が可能となり、真空容器自体を気体溜め込み式真空ポンプとして機能させることに成功しました。しかし、これだけでは真空容器を大気開放すると再度酸化膜が表面を覆ってしまい、ゲッター性能が失われてしまいます。そこで、チタン製真空容器の表面の酸化膜をスパッタリングで除去した後にゲッター性能をもつ金属(ゲッター材料と呼ぶ)をチタンの上にコーティングして保護するという、一連の表面改質手法を発明しました(図2B、C)。これにより真空容器を大気開放しても、真空下で約200℃で1日程度加熱してから常温に戻すという簡単な処理(活性化と呼ぶ)で真空容器が再度ゲッター性能を持つことが可能となりました。

図2:通常、チタンの表面は酸化膜に覆われているのでゲッター性能はない(A図)。まず①酸化膜を除去してゲッター性能を持たせた(B図)。しかし、これだけでは大気にさらすとまた酸化膜が表面を覆ってしまう。そこで、②チタンを保護するためのコーティングを実施した(C図)。この一連の表面改質により、大気開放を繰り返してもゲッター性能をもつことが可能となる。


これまでゲッター材料をコーティングする技術はありましたが、ステンレス鋼や銅などゲッター性能を持たない材料の真空容器表面にコーティングするものでした。この場合、大気開放と活性化を繰り返すとコーティング層に多くの気体分子が取り込まれるため、ゲッター性能が低下してしまいます。そのため一度活性化をした後はほとんど大気開放をしない装置にのみ、利用が限定されていました。今回の技術はゲッター性能を持つチタンを母材として活用することで、繰り返しの大気開放に対する性能などを高めたものです。図3は表面改質したチタン製真空容器を試作して、大気開放と活性化を繰り返した際の到達圧力を示します。従来の真空容器よりも低い圧力(=良い真空)が達成できているうえ、大気開放と活性化を繰り返しても真空性能が劣化しないことが確認できました。このことは、チタンを活用した今回の技術の有効性を示唆しています。引き続き、原理究明にむけた分析を進めています。

図3:従来のステンレス製真空容器の到達圧力(青色の棒)と表面改質したチタン製真空容器の試作品の到達圧力(赤色の棒)。試作品では従来の真空容器よりも低い到達圧力(=良い真空)を得ることができた。また、ゲッター性能を持たない材料の真空容器表面にコーティングする従来技術では、大気開放と活性化を繰り返すと到達圧力が悪化することが予想される(黒色の点線)が、試作品では低い到達圧力を維持した。


発明した表面改質をほどこしたチタン製真空容器(=ゲッターポンプ)を試作し、従来のターボ分子ポンプで排気して真空にした状態で加熱してゲッター性能を持たせました。その後ターボ分子ポンプとチタン製真空容器の間の仕切弁を閉じて、真空容器を孤立状態にしても、10-6 パスカル台という超高真空に近い状態が200日以上にわたり維持できました(図4)。従来の真空容器を孤立状態にすると、真空容器表面から真空中へ放出される気体の影響で数分から数時間で10-3 パスカルまで圧力が上がってしまうことから、この結果は試作した真空容器自体が気体溜め込み式真空ポンプとしてうまく機能していることを示しています。また容器を孤立状態にしてもよい真空が長期間維持できるというこの性能は、半導体などの試料をクリーンな状態で輸送できることにつながります。

図4:従来の真空容器を真空ポンプで排気せずに孤立状態にしたとき(青色の線)と表面改質したチタン製真空容器の試作品を孤立状態にしたとき(赤色の線)の圧力の時間推移。試作品では200日以上経過しても超高真空に近い圧力を維持した。

図5:表面改質したチタン製真空容器の試作品を透過型電子顕微鏡へ実装した写真(左)。試作品は、仕切弁を介して電子顕微鏡に取り付けた。試料交換時に圧力が上昇しても仕切弁を開けて試作品とつなげると、測定が可能な圧力に速やかに到達することができた(右)。


さらに開発した技術の実証試験として、電子顕微鏡に試作チタン製真空容器を取り付けて、圧力の改善を検証しました(図5の左)。その結果、従来の真空ポンプだけでは10-5 パスカル台であった電子顕微鏡内の圧力が、試作チタン製真空容器を取り付けることで10-6 パスカル台へと10分の1に改善することができました。また電子顕微鏡では、通常は分析対象の試料を交換した際には圧力が上がり、測定が開始できる圧力にもどるまでの待ち時間が10分程度発生してしまいますが、試作チタン製真空容器を接続した状態では、その待ち時間をほとんど無くすことが可能になりました(図5の右)。待機時間の減少は、多くの試料を連続して分析する場合には、結果を得るまでの時間を大幅に短縮できるため大きな利点といえます。電子顕微鏡という広く利用される観察装置の性能改善を実証したことで、開発した技術が社会実装へ向けて一歩前進したといえます。

【今後の展望】

今回は試作品を電子顕微鏡にもともとあった配管に取り付けましたが、開発した表面改質技術を本体の真空容器そのものに適用することで圧力をより下げることができ、試料の交換から測定までの時間のさらなる短縮や長時間の高分解能測定が可能となることが期待されます。本技術では真空容器を真空排気しながら加熱して常温に戻すと気体溜め込み式真空ポンプとして機能するため、電力が必要なのは加熱の間だけです。そのため、J-PARC加速器のビームラインに適用することで、加速器運転の省電力化に貢献できます。また既存の真空ポンプの台数を減らし、真空ポンプの保守を省力化することでユーザーの研究開発の効率化にもつながります。さらに本技術は電源なしで真空を維持したまま半導体部品等を輸送する容器への利用や半導体の製造装置の小型化・省電力化にもつながり、カーボンニュートラルな持続可能社会に大きく貢献するものと考えられます。また、真空により断熱性を高めている複層ガラスや魔法びんなど、より身近な製品の性能を向上できる可能性を持っています。

【各研究者の役割】

神谷潤一郎:研究の発案と総括、各種実験
大久保成彰:電子顕微鏡への実装実験

【助成金の情報】

本研究の一部は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(C) (18K11925)によって行われました。

【用語の説明】

※1超高真空
真空とは大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態のことで、日本産業規格(JIS=Japan Industrial Standard)では圧力領域により低真空、中真空、超高真空、極高真空というように区分しています。超高真空は大気圧の1千億分の1(10-6 パスカル)未満という、非常に低い圧力の真空として定義されています。なおパスカルは圧力の大きさを表す単位です。

※2大強度陽子加速器施設(J-PARC)
大強度陽子加速器施設J-PARC(ジェイパーク)は日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構が茨城県東海村で共同運営している先端大型研究施設で、素粒子・原子核物理、物質科学、生命科学などの幅広い分野に関連する世界最先端の研究が行われています。

※3ゲッター性能/ゲッター材料
気体を材料表面に吸着もしくは材料内部に吸収する能力をゲッター性能と呼びます。ゲッター性能を持つ材料をゲッター材料と呼び、チタン、ジルコニウム、バナジウムなどの金属やそれらの合金が有名です。

※4排気速度
真空ポンプの性能として、真空容器内の圧力を下げるスピードを表す値です。通常は体積/時間の単位(ℓ/sやm3/sなど)で表されます。

※5低放射化材料
もともとは放射能がない物質に高エネルギーのビームが当たると、物質中の原子核が放射能を持つ放射性同位体になり、これを放射化と呼びます。低放射化材料とは放射化した後、放射能が速く減衰する(=半減期が短い)材料です。J-PARC加速器では、ビームラインなどに低放射化材料であるチタンを使用しています。

※6気体溜め込み式真空ポンプ
真空容器から真空ポンプの中に入ってくる気体を、真空ポンプ内部の材料に吸収するという排気方法をとる真空ポンプのことです。ゲッター性能を利用したゲッターポンプは、気体溜め込み式真空ポンプの一種です。

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