溶液中ナノ粒子を3次元観察できるデータ処理手法~X線レーザーを用いた生体内に近い環境での構造観察に期待~

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2022-07-15 理化学研究所,北海道大学,高輝度光科学研究センター

理化学研究所(理研)計算科学研究センター計算構造生物学研究チームの中野美紀研究員、宮下治上級研究員、タマ・フロハンスチームリーダー、北海道大学電子科学研究所の西野吉則教授、鈴木明大准教授、高輝度光科学研究センターの城地保昌主幹研究員(理研放射光科学研究センタービームライン制御解析チームチームリーダー)らの共同研究グループは、一連のデータ処理プログラムを開発し、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」を用いて、溶液中のナノメートル(nm、10億分の1メートル)サイズの粒子(ナノ粒子)の3次元観察を実証しました。

生体分子の構造を知ることは、生命活動を理解する上で重要です。XFELは生体分子の自然な構造を捉える新しい技術として注目されていますが、生体分子の不安定さや計測信号の弱さなどの技術的困難があります。

今回、共同研究グループは、XFELによる溶液中の微小試料の3次元観察の実証を目指し、約50nmサイズの金ナノ粒子の構造解析に取り組みました。金ナノ粒子は、生体内に近い環境の再現を目指して独自開発した試料ホルダー(MLEA[3])を用いて、常温常圧の溶液中に保持しました。金ナノ粒子にXFELビームを照射し得られた2次元パターンから、試料にビームが当たったパターンの選別、3次元強度分布の推定、試料以外からのノイズの除去といった一連のデータ処理により、金ナノ粒子の3次元構造を復元することに成功しました。この理論・実験の両面からの成果は、XFELによる溶液中の微小試料の3次元分析につながり、自然な環境での生体分子の3次元観察のための重要な基礎データを提供します。

本研究は、科学雑誌『Optica』への掲載に先立ち、7月11日付でオンライン公開されました。

溶液中ナノ粒子を3次元観察できるデータ処理手法~X線レーザーを用いた生体内に近い環境での構造観察に期待~

金ナノ粒子のXFEL測定データからの3次元構造復元プロセス

背景

ナノメートル(nm、10億分の1メートル)サイズの粒子(ナノ粒子)は、たとえ同じ物質でも、それよりも大きい粒子にはない特性を持ちます。そのため近年、さまざまな分野でその性質を利用したナノテクノロジーの応用研究が進んでいます。生体内で働くタンパク質などの分子もナノ粒子です。生体分子の構造を知ることは分子の性質や体内での分子の働きを知るために重要で、薬や病気の治療法の開発などにもつながります。

ナノ粒子の構造の観察には、電子顕微鏡やX線回折などが用いられます。これらの手法では、十分な強度の信号を得る、あるいは測定に伴う試料の損傷を軽減するために、試料の結晶化[4]や凍結などの操作が必要です。このような特殊な環境下での構造は、実際に試料が働く環境と構造が異なる可能性があります。特に、生体内での分子の働きを知るためには、結晶化されていない個々の分子の構造を、自然に近い常温常圧の溶液環境下で観察する必要があります。

それを可能にする技術として期待されているのがX線自由電子レーザー(XFEL)です。XFELはX線領域の波長(0.1~1nm、可視光の波長の1,000分の1)を持つレーザー光です。XFELを用いれば、結晶化されていないナノ粒子の構造も観察できます。さらに、独自に開発した試料ホルダーMLEAを用いることで、常温常圧の溶液中で、試料を保持して測定することができます。この技術を用いれば、生体内に近い環境での分子構造の観察も可能になると期待されます。

しかし、ナノ粒子に的確にXFELビームを照射することは困難で、測定データの中にはビームが試料に当たっていないものも多く含まれます。さらに、結晶化されていないナノ粒子から得られる信号は非常に弱く、溶媒などから発生するノイズと区別することも困難です。そこで本研究では、必要な測定データの選別と、ノイズを除去する解析プログラムの開発を目指しました。

研究手法と成果

共同研究グループは、XFEL施設「SACLA」において、独自に開発した試料ホルダーMLEAを用いて、常温常圧下の溶液中の金ナノ粒子(図1)の単粒子解析[5]を行いました。金属ナノ粒子は生体分子に比べて強い信号が得られることから、XFELとMLEAを組み合わせた単粒子解析の基礎データの取得に適しています。

実験に使用した金ナノ粒子の走査電子顕微鏡画像の図

図1 実験に使用した金ナノ粒子の走査電子顕微鏡画像

金ナノ粒子は双三角錐の上下を水平に切り取った構造を持ち、正三角形の1辺は約50nmである。


溶液中の試料にXFELビームを照射して取得した多数の2次元パターン(XFEL回折パターン[6])の中には、XFELビームが試料に当たっていないものも多く含まれます。試料にビームが当たった(ヒットした)パターンを選別するために、統計学的な手法を用いて各測定パターンを数値的に特徴付けました。その結果、特徴のある周期的なトゲ状のスパイクを持ったパターンをヒットパターン、ほぼ等方的な特徴のないパターンをビームがヒットしていないノイズパターンと判定しました(図2a)。

単粒子解析実験では、XFELビームが粒子に当たるときの粒子の方向を制御することは困難で、ビーム強度もその都度変動します。そこで、スライスマッチング法[7]という計算アルゴリズムを開発し、各ヒットパターンから捉えた試料の向きとビーム強度を推定しながら、3次元での強度分布を組み立てました(図2b)。この3次元強度分布にはノイズも含まれるため、ノイズパターンをランダムに組み合わせた3次元ノイズ分布を除去することで、試料由来の3次元強度分布を推定しました(図2c)。

2次元パターンの分類と3次元強度分布の推定の図

図2 2次元パターンの分類と3次元強度分布の推定

(a)XFELで測定した2次元パターンを統計学的な手法を用いて分類。特徴的な周期的スパイクを持つものをヒットパターン、スパイクなどの特徴がなくほぼ等方的なものをノイズパターンに分類した。
(b)ビーム強度と試料照射方向を推定して、ヒットパターンから3次元強度分布を構築。
(c)ヒットパターンを用いて組み立てられた3次元強度分布から、ノイズパターンをランダムに組み合わせた3次元ノイズ分布を差し引いて、試料の3次元強度分布を推定する。


次に、データ解析により、推定した3次元強度分布から実空間での粒子の3次元構造の復元を試みました。その結果、ノイズを除去することで、復元された金ナノ粒子から丸みが取れ、各面の平坦性も再現されました(図3a)。復元された粒子構造の解像度は、フーリエシェル相関(FSC)[8]=0.5の指標で約5nmでした。XFEL測定データから復元された粒子の3次元構造は、走査電子顕微鏡[9]で撮影された画像とよく一致しています(図3b、c)。走査電子顕微鏡では、ナノ粒子の方向を指定して観察することが難しいのですが、XFELによる測定では、溶液中でランダムな方向を向いているナノ粒子の3次元構造を復元することに成功しました。

金ナノ粒子の3次元構造の復元の図

図3 金ナノ粒子の3次元構造の復元

(a)XFEL測定データから復元された金ナノ粒子の3次元構造の外観。上段が三角形の正面図、下段が粒子の下面図。ノイズを差し引くことで金ナノ粒子の丸みが取れ、各面が平坦になった。
(b)復元された粒子の3次元構造。
(c)走査電子顕微鏡によって撮影された粒子画像。

今後の期待

本研究は、「SACLA」のXFELビームを用いて、溶液中の単粒子の3次元構造解析を行った最初の実例です。ヒットパターンを用いてノイズを含む粒子の3次元強度分布を組み立て、非ヒットノイズパターンから推定した3次元ノイズ分布を差し引くことで、粒子の3次元構造を高い精度で復元することができました。

本成果は溶液環境下での触媒金属ナノ粒子の変化など、MLEAを用いたXFEL単粒子解析にも応用できます。

常温常圧の溶液中という自然に近い条件で、生体分子の3次元構造を観察することは、XFELを用いた単粒子解析の大きな目標の一つです。本成果は、その予備実験として重要な一歩と位置付けられます。ただし、生体分子から得られる信号は金属ナノ粒子に比べ小さく、構造の不均一性も大きいことから、データの取得と解析の双方でさらなる手法の改善が必要となります。

補足説明

1.X線自由電子レーザー(XFEL)
X線領域のレーザー。半導体や気体を発振媒体とする従来のレーザーと違い、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。XFELはX-ray Free-Electron Laserの略。

2.SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本のXFEL施設。大型放射光施設SPring-8に隣接し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取って「SACLA」と命名された。

3.MLEA
XFELを用いた単粒子解析用の試料ホルダーとして、北海道大学で開発された。MLEAはMicro-Liquid Enclosure Arrayの略。

4.結晶化
原子や分子などが一定の間隔とパターンで、空間的に規則正しく配列した固体を結晶と呼ぶ。結晶にX線を照射すると、その規則性に応じた特定の方向にX線が強く反射される。結晶化は、気体や液体などから結晶状態の固体を析出させること。

5.単粒子解析
結晶化されていない個々の分子やナノ粒子などの試料をさまざまな方向から撮影した2次元画像から、試料の3次元構造を復元する手法。クライオ電子顕微鏡では粒子の2次元透過像から、XFELでは2次元回折パターンから3次元構造を復元する。

6.XFEL回折パターン
XFELビームが試料に回折(散乱)されて作られるパターン。通常のX線は位相がそろっていないため、回折パターンを得るためには試料を結晶化する必要がある。しかしXFELビームは位相がそろっているため、結晶化されていない粒子でも斑点状の回折パターンが得られる。

7.スライスマッチング法
XFEL単粒子解析のために計算構造生物学研究チームが開発した計算アルゴリズム。各ヒットパターンから捉えた試料の向きとビーム強度を反復的に推定し、3次元強度分布を組み立てる。

8.フーリエシェル相関(FSC)
単粒子解析により得られた試料の3次元構造の信頼度を空間周波数ごとに表す指標。FSCはFourier Shell Correlationの略。

9.走査電子顕微鏡
光の代わりに電子線を使って試料の微小な表面形状を観察する顕微鏡。分解能が光学顕微鏡の約100倍高く、数nmの構造まで観察できる。

共同研究グループ

理化学研究所
計算科学研究センター 計算構造生物学研究チーム
研究員 中野 美紀(ナカノ・ミキ)
上級研究員 宮下 治(ミヤシタ・オサム)
チームリーダーTama Florence(タマ・フロハンス)
(名古屋大学大学院理学研究科教授、名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所教授)
放射光科学研究センター
センター長 石川 哲也(イシカワ・テツヤ)
放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋 牧名(ヤバシ・マキナ)
(高輝度光科学研究センター 主席研究員)
生物系ビームライン基盤グループ 生命系放射光利用システム開発チーム
客員研究員 別所 義隆(ベッショ・ヨシタカ)
(台湾中央研究院 生物化學研究所 客座教授(研究当時))

北海道大学 電子科学研究所
教授 西野 吉則(ニシノ・ヨシノリ)
准教授 鈴木 明大(スズキ・アキヒロ)
学術研究員 新井 田雅学(ニイダ・ヨシヤ)
博士研究員 楊 影(ヤン・イン)
教授・所長 居城 邦治(イジロ・クニハル)
准教授 三友 秀之(ミトモ・ヒデユキ)

高輝度光科学研究センター
主幹研究員 城地 保昌(ジョウチ・ヤスマサ)
(理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門 制御情報・データ創出基盤グループ ビームライン制御解析チーム チームリーダー)
主幹研究員 湯本 博勝(ユモト・ヒロカツ)
(理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム 客員研究員)
主幹研究員 小山 貴久(コヤマ・タカヒサ)
(理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム 客員研究員)
主席研究員 登野 健介(トノ・ケンスケ)
(理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム 客員研究員)
主席研究員 大橋 治彦(オオハシ・ハルヒコ)
(理化学研究所 放射光科学研究センター 利用システム開発研究部門 SACLAビームライン基盤グループ ビームライン開発チーム 客員研究員)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「X線レーザー回折による生細胞ダイナミクス(研究代表者:西野吉則)」、同基盤研究(C)「非天然官能基ポスト標識技術による微小マイクロ結晶構造解析法の開発と応用(研究代表者:別所義隆)」「X線レーザー回折による機能構造モデリング法の開拓(研究代表者:城地保昌)」「Database of Molecular Shapes and Diffraction Patterns for X-ray Free Electron Laser Data Analysis(研究代表者:タマ・フロハンス)」、同若手研究(A)「X線レーザーとナノ構造形成技術を駆使した高速電子密度マッピング(研究代表者:鈴木明大)」、同若手研究「XFEL単粒子回折画像処理と三次元生体分子構造の復元(研究代表者:中野美紀)」、同新学術領域研究(研究領域提案型)「高感度動的結晶構造解析のための超低バックグラウンド試料セル(研究代表者:鈴木明大)」「分子シミュレーションによるタンパク質化学反応ダイナミクスの解明(研究代表者:宮下治)」「散漫X線散乱による動的構造解析に向けた高感度計測システムの実現(研究代表者:鈴木明大)」、計算科学振興財団研究教育拠点(COE)形成推進事業「ハイパフォーマンスコンピューティングによる構造生物学の革新(研究代表者:タマ・フロハンス)」、新エネルギー・産業技術総合開発機構燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業「プラットフォーム材料の解析及び解析技術の高度化の技術支援」、科学技術振興機構科学技術イノベーション創出基盤構築事業「X線自由電子レーザー施設重点戦略課題推進事業」、人と知と物質で未来を創るクロスオーバーアライアンス、物質・デバイス領域共同研究拠点の支援を受けて行われました。

原論文情報

Miki Nakano, Osamu Miyashita, Yasumasa Joti, Akihiro Suzuki, Hideyuki Mitomo, Yoshiya Niida, Ying Yang, Hirokatsu Yumoto, Takahisa Koyama, Kensuke Tono, Haruhiko Ohashi, Makina Yabashi, Tetsuya Ishikawa, Yoshitaka Bessho, Kuniharu Ijiro, Yoshinori Nishino, Florence Tama, “Three-dimensional structure determination of gold nanotriangles in solution using X-ray free-electron laser single-particle analysis”, Optica, 10.1364/OPTICA.457352

発表者

理化学研究所
計算科学研究センター 計算構造生物学研究チーム
研究員 中野 美紀(ナカノ・ミキ)
上級研究員 宮下 治(ミヤシタ・オサム)
チームリーダー Tama Florence(タマ・フロハンス)
(名古屋大学 大学院理学研究科 教授、名古屋大学 トランスフォーマティブ生命分子研究所 教授)

北海道大学 電子科学研究所
教授 西野 吉則(ニシノ・ヨシノリ)
准教授 鈴木 明大(スズキ・アキヒロ)

高輝度光科学研究センター
主幹研究員 城地 保昌(ジョウチ・ヤスマサ)
(理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門 制御情報・データ創出基盤グループ ビームライン制御解析チーム チームリーダー)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
北海道大学 社会共創部広報課 広報・渉外担当
高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課

2004放射線利用
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