清浄な架橋カーボンナノチューブに量子欠陥を導入~通信波長帯量子光源の高性能化へ新手法~

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2022-05-20 理化学研究所,東京大学

理化学研究所(理研)光量子工学研究センター量子オプトエレクトロニクス研究チームの小澤大知基礎科学特別研究員、加藤雄一郎チームリーダー(開拓研究本部加藤ナノ量子フォトニクス研究室主任研究員)、開拓研究本部加藤ナノ量子フォトニクス研究室の大塚慶吾訪問研究員(研究当時)、東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻の丸山茂夫教授らの国際共同研究グループは、合成直後の清浄な表面を持つ架橋カーボンナノチューブ[1]に量子欠陥[2]と呼ばれる発光体を導入する手法を開発しました。

本研究成果は、カーボンナノチューブを用いた量子光源の高性能化につながると期待できます。特にカーボンナノチューブ単一光子源[3]は、室温で動作する通信波長帯の光子源であるため、小型化や長距離伝送に向いていることから、量子通信への応用が注目されています。

カーボンナノチューブに有機分子をまばらに結合させることで、量子欠陥を導入できます。カーボンナノチューブをシリコン基板の溝に架橋すると、一般的な溶液分散のカーボンナノチューブと比較して発光効率が数倍高くなるため、量子欠陥を導入できれば高性能な量子光源になると期待されてきました。しかし、既存の量子欠陥の導入手法は溶液中でのみ可能でした。

今回、国際共同研究グループは有機分子の蒸気を用いて反応させることで、架橋したまま量子欠陥を導入することに成功しました。また、2,000本以上のカーボンナノチューブについて、反応前後の発光スペクトルを比較したところ、チューブ直径に依存した反応性や発光特性を示すことが明らかになりました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Nature Communications』(5月20日付:日本時間5月20日)に掲載されました。

量子欠陥を導入したカーボンナノチューブの走査電子顕微鏡像(左)と模式図

背景

単層カーボンナノチューブ(以下、カーボンナノチューブ)は、炭素原子が六角形の格子状に並んだ原子一層の膜(グラフェン)を直径1~3ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)程度の筒状に丸めた構造を持つ物質です(図1a)。その炭素原子の並び方(幾何構造)は、チューブの直径とカイラル角と呼ばれる角度で特徴付けられ、(n,m)という二つの整数の組み合わせで特定できます(図1b)。

単層カーボンナノチューブの模式図の画像

図1 単層カーボンナノチューブの模式図

(a)単層カーボンナノチューブは、炭素原子が六角形の格子状に並んだ原子一層の膜(グラフェン)を筒状に丸めた構造をしている。その直径は1~3nm程度である。
(b)(a)のカーボンナノチューブの円周一巻きに相当するベクトル(赤い矢印)をグラフェン上に描くと、グラフェンの基本格子ベクトルa1、a2の重ね合わせで表現できる。このときに現れる二つの係数n、mを用いて、カーボンナノチューブの幾何構造を定義する。図中のθをカイラル角と呼ぶ。


カーボンナノチューブの量子欠陥と呼ばれる発光体は、光通信に使われている近赤外光領域(波長1,200~1,600nm)で発光すること、また室温で単一光子を発生することから、ナノフォトニクス[4]や量子情報処理技術[5]への応用を念頭に置いた研究が進められています。合成直後の清浄なカーボンナノチューブをシリコン(Si)基板の溝に架橋したまま利用できれば、一般に用いられる溶液分散のカーボンナノチューブと比較して数倍の発光効率を示すため、高性能な量子光源が得られると期待できます。しかし、量子欠陥を導入する既存の反応は溶液中でしか適用できないため、これまで架橋カーボンナノチューブに対して用いることができませんでした。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、溶液プロセスを一切介さない方法として、有機分子の蒸気を用いた反応に着目し、気相化学反応による架橋カーボンナノチューブへの量子欠陥導入を実証することを試みました。

まず、Si基板の幅約0.5~3.0マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)の溝にカーボンナノチューブを多数合成して架橋させます。そのSi基板と有機分子のヨードベンゼンをガラスセルに封入し、ヨードベンゼンの蒸気をカーボンナノチューブに吸着させます。そして紫外線を照射すると、光化学反応が始まり、架橋カーボンナノチューブにヨードベンゼンがまばらに結合した量子欠陥が導入されます。

量子欠陥の導入は、反応の前後で同一カーボンナノチューブの発光スペクトルを比較することで確認できます。図2に示すように、反応前は発光強度のピークがE11の一つであるのに対して、反応後には低エネルギー側に二つの新しいピークE11、E11-*をそれぞれ観測しました。この二つのピークが量子欠陥からの発光を示しています。また、反応によりE11ピークの強度が減少することも観測しました。

同一カーボンナノチューブにおける反応前後の発光スペクトルの図

図2 同一カーボンナノチューブにおける反応前後の発光スペクトル

反応前はE11ピークのみだったが、反応後は量子欠陥に由来するE11、E11-*ピークをそれぞれ観測した。


反応後もカーボンナノチューブがSi基板の溝に架橋された構造を維持しているか確かめるために、走査電子顕微鏡[6]像(図3a)と発光イメージ(図3b)を撮影しました。これらの実験結果から、溝の端から端までカーボンナノチューブが架橋されていることが分かりました。

反応後の架橋カーボンナノチューブの走査電子顕微鏡像と発光イメージの図

図3 反応後の架橋カーボンナノチューブの走査電子顕微鏡像と発光イメージ

(a)反応後の架橋カーボンナノチューブの走査電子顕微鏡像。黒く見える部分がSi基盤の溝で、白い糸のように見えるのがカーボンナノチューブで、矢印で指した位置に架橋されている。スケールバーの長さは1μm。
(b)E11ピークの強度をプロットした発光イメージ。スケールバーの長さは1μm。点線は溝の両端を示す。


ただし、カーボンナノチューブの物性は幾何構造によって大きく異なるため、その幾何構造を決定し、さまざまなカーボンナノチューブと比較することが重要です。そこで、独自に開発した全自動顕微分光装置[7]を用いて、Si基板上に合成したカーボンナノチューブの位置・幾何構造・長さを1,000本単位でデータベース化し、所望のカーボンナノチューブを測定対象としました(カイラリティ・オン・デマンド測定)。合計2,000本以上のカーボンナノチューブについて、反応前後での発光スペクトルを調べた結果、カーボンナノチューブの直径が小さいほど反応による発光強度の減少割合が大きくなることが分かりました。

さらに、チューブ直径と発光強度の減少割合とを関連付ける物理モデルを構築し、導入された欠陥の密度を定量的に求めることに成功しました。ここではカーボンナノチューブの光励起による励起子(電子-正孔対)生成から、拡散、再結合までの過程をシミュレーションすることで発光強度を見積もりました。反応前後の発光強度の減少割合について、実験結果とシミュレーションとで比較して欠陥密度を見積もったところ、カーボンナノチューブの長さ1μmあたり1~2個の欠陥が導入されることが分かりました(図4)。また、チューブ直径が小さいほど反応性が高く、同じ反応条件ではより高密度に欠陥が導入されることが明らかになりました。

欠陥密度のチューブ直径依存性の図

図4 欠陥密度のチューブ直径依存性

2,000本以上の異なるカーボンナノチューブに対して反応前後の発光スペクトルを解析し、直径ごとの欠陥密度を見積もった。カーボンナノチューブの長さ1μmあたり1~2個の欠陥が導入され、導入された欠陥はチューブ直径が小さいほど高密度であることが分かった。

今後の期待

本研究では、気相化学反応法を用いて架橋カーボンナノチューブに量子欠陥を導入できることを実証しました。架橋カーボンナノチューブへの気相化学反応が可能になったことで、反応分子数の精密なコントロールが実現し、単一分子レベルで量子欠陥を導入できる技術への道が開けました。

本手法は、カーボンナノチューブの長さ1μmあたり1~2個という、非常に低密度の欠陥が導入できる点で重要です。今後さらに反応条件を最適化し、カーボンナノチューブ1本に対して量子欠陥が1個だけ存在する構造が作製できれば、単一光子源としての性能向上につながると期待できます。

補足説明

1.カーボンナノチューブ
炭素原子だけからなるチューブ状ナノ物質。単層カーボンナノチューブと、単層カーボンナノチューブが入れ子になった多層カーボンナノチューブがある。本研究では単層カーボンナノチューブのみを用いた。

2.量子欠陥
結晶から意図的に原子を取り除いたり、原子あるいは分子を加えることで作られる発光体。ここではカーボンナノチューブとベンゼン分子が結合した形の量子欠陥を作製した。

3.単一光子源
光子を一つずつ発生する光源。量子通信に利用される。カーボンナノチューブは単一光子源として、光通信に用いられている波長帯であること、室温動作すること、シリコン基板上で合成可能なことなど応用上のメリットが多く、注目されている。

4.ナノフォトニクス
ナノスケールの光デバイス。波長より短い長さスケールであるため、従来の光学とは異なる技術を利用する必要がある。カーボンナノチューブの直径は1~3nmであり、波長の1,000分の1程度の大きさであるため、ナノスケールの光源としての応用が考えられている。

5.量子情報処理技術
量子計算や量子通信など、量子状態を用いた情報処理技術。古典コンピューターと比較して飛躍的な性能向上が期待されており、量子超越性として話題になっている。解読不可能なことが物理法則で保証される量子暗号など、単一光子の量子状態を用いた通信の研究も進められている。

6.走査電子顕微鏡
光を使う代わりに電子を使って試料周辺を走査し、反射像を撮影する顕微鏡。分解能が光学顕微鏡の約100倍高く、数nmの構造まで観察できる。

7.全自動顕微分光装置
理研研究チームが独自開発した装置。自動ステージにより試料表面を10mm×10mm以上の範囲にわたって常に焦点を合わせた状態で走査できるほか、励起レーザーの波長・強度・偏光を自動制御してフォトルミネッセンス分光や励起分光、光伝導度分光、電界発光分光などを測定できる。自動測定により数千本のカーボンナノチューブが評価できるため、合成段階で完全に制御することが難しいナノ物質であっても、原子レベルで正確な構造を特定して利用することが可能になる。

国際共同研究グループ

理化学研究所
光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム
基礎科学特別研究員 小澤 大知(こざわ だいち)
チームリーダー 加藤 雄一郎(かとう ゆういちろう)
(開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室 主任研究員)
開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室
特別研究員(研究当時) 石井 晃博(いしい あきひろ)
訪問研究員(研究当時) 大塚 慶吾(おおつか けいご)

東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻
准教授(研究当時) 項 栄(しゃん ろん)
助教(研究当時) 井ノ上 泰輝(いのうえ たいき)
教授 丸山 茂夫(まるやま しげお)

メリーランド大学 生化学科
博士研究員 シャオジャン・ウー(Xiaojian Wu)
大学院生 ジェイコブ・フォートナー(Jacob Fortner)
教授 ユーファン・ワン(YuHuang Wang)

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金基盤研究(B)「単層カーボンナノチューブにおける励起子エンジニアリング(研究代表者:加藤雄一郎)」、同若手研究「顕微分光を利用した単一カーボンナノチューブにおける発光中心形成の精密制御(研究代表者:小澤大知)」、同若手研究「単層カーボンナノチューブ単一界面における熱伝導の計測(研究代表者:大塚慶吾)」、同挑戦的研究(開拓)「単層カーボンナノチューブの原子スケール精密成長機構の解明(研究代表者:丸山茂夫)」、同基盤研究(A)「一次元ヘテロナノチューブの革新的デバイスへの展開(研究代表者:丸山茂夫)」、戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)「カーボンナノチューブとシリコンフォトニクスの融合による室温動作単一光子発生モジュールの研究開発(研究代表者:加藤雄一郎)」、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「単層CNTに基づく一次元ヘテロナノ構造の制御合成と物性・機能設計(研究代表者:丸山茂夫)」による支援を受けて行われました。

原論文情報

Daichi Kozawa, Xiaojian Wu, Akihiro Ishii, Jacob Fortner, Keigo Otsuka, Rong Xiang, Taiki Inoue, Shigeo Maruyama, YuHuang Wang, Yuichiro K. Kato, “Formation of Organic Color Centers in Air-Suspended Carbon Nanotubes Using Vapor-Phase Reaction”, Nature Communications, 10.1038/s41467-022-30508-z

発表者

理化学研究所
光量子工学研究センター 量子オプトエレクトロニクス研究チーム
基礎科学特別研究員 小澤 大知(こざわ だいち)
チームリーダー 加藤 雄一郎(かとう ゆういちろう)
(開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室 主任研究員)
開拓研究本部 加藤ナノ量子フォトニクス研究室
訪問研究員(研究当時) 大塚 慶吾(おおつか けいご)

東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻
教授 丸山 茂夫(まるやま しげお)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
東京大学 大学院工学系研究科 広報室

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