水を超高速で通すにもかかわらず塩を通さないフッ素ナノチューブを開発~次世代超高効率水処理膜の実現に向けて~

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2022-05-13 東京大学

1.発表者

伊藤 喜光(東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 准教授/JST さきがけ研究員)
佐藤 浩平(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程学生、現所属:東京工業大学 生命理工学院 助教)
相田 卓三(理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長/東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))

2.発表のポイント
◆内壁がテフロン(注1)表面のようにフッ素で密に覆われたナノチューブを超分子重合(注2)で開発した。
◆このナノチューブは塩を通さないが、これまでの目標であったアクアポリン(注3)の4500倍の速度で水を通した。
◆海水を高速で真水に変える次世代水処理膜の開発に貢献する。

3.発表概要

持続可能な社会を実現する上で海水の淡水化は必要不可欠な課題であり、これまでさまざまな水処理膜が開発されている。しかし、地球規模の飲料水不足を解決するには、現在用いられている水処理膜の能力を破格に高める必要がある。

今回、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の伊藤喜光准教授、佐藤浩平大学院生(研究当時)、相田卓三卓越教授(本務:理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)らの研究グループは、テフロン表面のように内壁がフッ素で密に覆われた内径0.9ナノメートル(注4)のナノチューブ(フッ素化ナノチューブ)を超分子重合により開発した。このナノチューブは塩を通さないが、これまでの目標であったアクアポリンの4500倍の速度で水を透過した。一般に高い水透過能と高い塩除去能を同時に満たすことは極めて難しいが、ここでは、密なフッ素表面が水分子の結合を切断し同時に塩化物イオン(注5)の侵入を阻止するために、これまでにない圧倒的なスピードでの塩水の脱塩が実現された。この成果は、地球規模の飲料水不足に対応するための超高速水処理膜の開発につながると期待される。

本研究成果は、2022年5月12日(米国東部夏時間)に米国科学誌「Science」のオンライン版に掲載された。

4.発表内容

持続可能な社会を実現する上で海水の淡水化は必要不可欠な課題であり、これまでさまざまな水処理膜が開発されている。海水を高速に淡水化する技術の開発は2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)の6番目の項目として取り上げられている。しかし、地球規模の飲料水不足を解決するには、現在用いられている水処理膜の能力を破格に高める必要がある。

水処理膜の能力をあげるための基礎研究においては、これまで「アクアポリン」が注目されてきた。アクアポリンは、水一分子がやっと透過するような内径0.3ナノメートルの小さな穴を有し、高い水透過能と高い塩除去能を併せもっている。これまで、アクアポリンの構造と性能に触発され、カーボンナノチューブ(注6)などアクアポリンを模倣したさまざまなナノチューブが報告されているが、アクアポリンの性能を大きく超えるものは報告されていない。

今回、本研究グループは、内側にフッ素原子が密に結合した大環状化合物を、超分子重合と呼ばれる手法で一列に重ねることで、内壁がテフロンのように密にフッ素で覆われたフッ素化ナノチューブを得た。このナノチューブの水透過能と塩除去能を評価したところ、アクアポリンの4500倍の水透過能をもちながらも塩を通さないことが明らかになった。

開発したフッ素化ナノチューブ(図上)は、これまで開発されてきた水透過ナノチューブよりもはるかに大きな0.9ナノメートルという内径をもっており、たとえばNaClが容易に通り抜けてしまうように思えるが、そうはならない。フッ素化ナノチューブの内壁が負に帯電しているために、同じく負に帯電した塩化物イオンの侵入を許さないからである。また、フッ素化ナノチューブの内表面は、水分子の間に働く結合(水素結合、注7)を崩壊させる機能を有する。一般に数分子のかたまりとして存在している水が、ナノチューブ内部に取り込まれるとバラバラになり、その結果、水とチューブ内壁の間の摩擦が低減し、超高速な水透過が実現される。

これまで、水透過ナノチューブを開発するための指針は常にアクアポリンに基づいていた。しかし、本研究の動機は、それとは全く異なり、「水をはじくテフロンのような内壁をもつナノチューブをつくったら、水はどのような透過挙動を示すだろうか」という好奇心から派生したものである。もし今回のフッ素化ナノチューブが同一方向に密に並んだ膜をつくることができたなら、既存の水処理膜はもとより、アクアポリンを敷き詰めた仮想膜、カーボンナノチューブを敷き詰めた仮想膜と比較しても圧倒的に高い水処理能が期待される(図下)。本研究は超高速水処理膜の設計指針を提供している。

本研究は、科研費「基盤研究B(課題番号:21H01903)」、JSTさきがけ「未来材料(課題番号:JPMJPR21Q1)」、「基盤研究S(課題番号:18H05260)」の支援により実施された。

5.発表雑誌

雑誌名:「Science」(オンライン版:5月12日)
論文タイトル:Ultrafast water permeation through nanochannels with a densely fluorous interior surface.
著者:Yoshimitsu Itoh,* Shuo Chen, Ryota Hirahara, Takeshi Konda, Tsubasa Aoki, Takumi Ueda, Ichio Shimada, James J. Cannon, Cheng Shao, Junichiro Shiomi, Kazuhito V. Tabata, Hiroyuki Noji, Kohei Sato,* and Takuzo Aida*
DOI番号:10.1126/science.abd0966

6.研究グループの構成

伊藤  喜光(東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 准教授/ JST さきがけ 研究員)
陳    碩(東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程1年)
平原  良太(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 修士課程学生)
誉田  剛士(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 修士課程学生)
青木   翼(東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程3年)
上田  卓見(東京大学 大学院薬学系研究科 薬科学専攻 准教授)
嶋田  一夫(研究当時:東京大学 大学院薬学系研究科 薬科学専攻 教授、現所属:理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー)
James J. Cannon(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 特任助教、現所属:九州大学 機械工学部門 准教授)
Cheng Shao(東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 特任研究員)
塩見 淳一郎(東京大学 大学院工学系研究科 機械工学専攻 教授)
田端  和仁(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 准教授)
野地  博行(東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 教授)
佐藤  浩平(研究当時:東京大学 大学院工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程学生、現所属:東京工業大学 生命理工学院 助教)
相田  卓三(理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長/東京大学卓越教授(国際高等研究所東京カレッジ))

7.用語解説

(注1)テフロン:
フッ素原子が多数含まれるフッ素樹脂であるポリテトラフルオロエチレンの一種。表面にはフッ素原子が密に覆われた構造をもち、高い安定性や高い撥水性などの特徴があることからフライパンのコーティングなどに利用されている。デュポンの登録商標。

(注2)超分子重合:
従来の重合反応では、原料となる小分子が強く不可逆的な結合によって連結し、鎖を形成する。一旦できた鎖は簡単には切断できない。一方、超分子重合では、弱い引力相互作用により原料となる小分子が互いに「接着」することで鎖が生成する。生成した鎖は容易に切断、再構築できる。

(注3)アクアポリン:
細胞の水取り込みに関係する細胞膜に存在するタンパク質で、内径〜0.3 ナノメートルの穴を水分子をのみが選択的に透過し、イオンや他の物質は透過させない性質をもつ。1991年にピーター・アグレらによって発見された。

(注4)ナノメートル:
1ナノメートルは1,000,000,000分の1メートル。

(注5)塩化物イオン:
塩を構成する二つのイオンのうちの一つ(Cl)で、負の電荷をもつ。もう一方のイオンは正の電荷をもつナトリウムイオン(Na+)。

(注6)カーボンナノチューブ:
炭素の六員環のネットワークで作られるシート(グラフェン)が管状になったもの。0.4〜50 ナノメートルまでのさまざまな内径をもつものが存在する。1991年に飯島澄男によって発見された。

(注7)水素結合:
酸素や窒素のような電気的に負に帯電した原子が、電気的に弱く正に帯電した水素によって静電的に繋がった結合。

.添付資料
水を超高速で通すにもかかわらず塩を通さないフッ素ナノチューブを開発~次世代超高効率水処理膜の実現に向けて~
図:超高速水透過と脱塩を両立するフッ素化ナノチューブ

0505化学装置及び設備
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