2022-04-18 日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター
ポイント
- 磁気制御研究の歴史上未観測だったワイル点に起因した新原理トルクの実証に世界で初めて成功。
- 新原理を用いることにより従来よりも高効率に電気による磁化反転が可能。
- 磁気メモリの大幅な省電力化が期待。
【概要】
北海道大学大学院情報科学研究院の山ノ内路彦准教授らの研究グループと,日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの荒木康史文部科学省卓越研究員,同センターの家田淳一研究主幹は,ワイル点と呼ばれる特殊な電子状態をもつ酸化物の磁石ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)において,電気による磁化反転に応用可能な新原理を実証しました。
電流による磁壁の移動を用いて電気的に磁石(磁化)の方向を反転させる手法は,磁気メモリの情報書き込みへの応用が期待されています。SrRuO3においては,この電気的な磁壁移動を高効率にできることが知られていますが,その原因は長らく不明のままでした。本研究ではこの問題を明らかにするために,電流が磁壁に及ぼす有効磁場(磁場と等価な作用)の温度依存性を詳細に調べました。その結果,有効磁場は温度に対して2つのピークをもつ特異な温度依存性を示すこと,また,有効磁場の大きさは従来機構では説明できないほど大きいことがわかりました。これらの実験結果と理論計算の比較から,この有効磁場の特異な温度依存性と大きさは,これまでの磁気制御研究の歴史上観測されていなかったワイル点に起因した新原理の機構で説明できることを初めて明らかにしました。
この新原理を用いることにより,従来原理よりも高効率に電気による磁化反転が可能になるため,高速かつ低消費電力なメモリとして注目されている磁気メモリなどの省電力化が期待されます。
なお,本研究成果は,日本時間2022年4月16日(土)午前4時公開のScience Advances誌にオンライン掲載されました。
単位電流当たりの有効磁場の温度依存性 (左),単位電界当たりの有効磁場と新原理の理論値の比較 (右)
【背景】
磁石(磁化)の方向を情報の0,1に対応させて記憶する磁気メモリは,高速かつ低消費電力なランダムアクセスメモリとして注目されています(図1)。磁気メモリの動作には,電気的に磁石(磁化)の方向を書き換える電気的磁化反転が不可欠です。電流による磁壁*1の移動を用いた磁化反転は,電気的磁化反転の候補と考えられていますが,一般的な磁石においては,磁壁移動に要する電流が大きく,その省電力化が課題になっていました(図2)。
一方で,酸化物の磁石ルテニウム酸ストロンチウム(SrRuO3)においては,一般的な磁石よりも1~2桁小さな電流で磁壁を移動できることが示されていましたが,その機構は明らかになっていませんでした。本研究では,磁壁移動に必要な電流を低減する手がかりをえるため,SrRuO3における電流による磁壁移動の機構解明を目的としました。
図1. 磁石の方向,磁化と情報(0,1)の対応関係の模式図。
図2. 電流による磁壁移動の模式図。
【研究手法】
電流による磁壁移動の機構を解明する鍵となるのが,電流が磁壁に及ぼす有効磁場の温度依存性です。一般に,磁石の中に生成した磁壁に磁場を作用させると,磁場の向きにそろった磁石の領域が広がるように磁壁が移動します(図3左)。SrRuO3においては,磁壁を通過するように電流を流すと,電流が磁壁に対して磁場と等価な有効磁場として作用して,電流の方向に磁壁が移動します(図3右)。SrRuO3における有効磁場は,ごく狭い温度範囲では従来原理でも説明できましたが,広い温度範囲では従来原理で説明できないほど大きくなる兆候が認められており,その原因は長らく謎となっていました。
そのような中で,ワイル点と呼ばれる特殊な電子状態をもつ磁石では,その電子状態に起因した新原理のトポロジカルホールトルク*2(以下「新原理トルク」という)による有効磁場が磁壁に作用し,高効率に磁壁を移動できることが理論的に示されました。SrRuO3は異常ホール効果*3やその他の測定からワイル点をもつと考えられており,SrRuO3の磁壁にはこのワイル点に起因した新原理トルクが作用する可能性があると研究グループは考えました。このとき,有効磁場の強さは特徴的な温度依存性を示すと予想され,その観測により新原理の実証が可能となります。
そこで,本研究では,SrRuO3中に磁壁を形成するデバイスを作製し,電流によって磁壁移動に必要な磁場がどのように変化をするかを調べることにより,電流が磁壁に及ぼす有効磁場を求めました。そして,その有効磁場の温度依存性を広い温度範囲で詳細に調べました。
図3. 磁場(左)と電流(右)による磁壁の移動の模式図。
図4. トポロジカルホールトルクによる有効磁場と異常ホール効果の模式図。
【研究成果】
先行研究と同じ温度範囲においては,先行研究と同様に温度の低下とともに有効磁場は増加しますが,その温度範囲よりも低温になると,2つのピークをもつ特異な温度依存性を示すことがわかりました(図5赤線)。また,有効磁場の大きさは従来原理に基づく計算値よりも大きいことから(図5黒点線),SrRuO3における有効磁場は従来原理では説明できないことを明らかにしました。さらに,ワイル点に起因した新原理トルクの理論値と実験結果を比較したところ,この有効磁場の特異な温度依存性と大きさは,新原理トルクでよく説明できることがわかりました(図6)。これらのことから,SrRuO3での電流による磁壁移動は,ワイル点に起因した新原理トルクが主要因であることが明らかになりました。この新原理トルクによる有効磁場は,これまでに理論的には示されていましたが,実験的には検証されておらず,本研究で初めてその有効磁場を観測することに成功しました。
図5. 単位電流当たりに誘起される有効磁場の温度依存性を記録したグラフ。
図6. 単位電界当たりに誘起される有効磁場の実験値と新原理の理論値の比較。
【今後への期待】
本研究から,SrRuO3において電流が磁壁に及ぼす有効磁場の主要因は,ワイル点に起因した新原理トルクであることがわかりました。このとき単位電流あたりに発生する有効磁場は,一般的な磁石において従来機構により誘起される単位電流当たりの有効磁場よりも1~2桁大きいため,この新原理トルクを用いることで,電流での高効率な磁壁の移動が可能になることが期待されます。
また,SrRuO3と同様に近年ワイル点をもつ磁石は比較的多く見つかっているため,このような磁石を磁気メモリに適用することにより,磁気メモリの大幅な省電力化につながることが期待されます。
【謝辞】
本研究の一部は科研費(20H02598,20H02174,19H05622),スピントロニクス学術研究基盤と連携ネットワーク拠点,卓越研究員事業の支援を受けて行われました。
【付記】
各研究機関の役割は,北海道大学が実験研究の実施と論文執筆の総括を行い,日本原子力研究開発機構が理論研究と論文執筆に協力をしました。
論文情報
論文名 Observation of topological Hall torque exerted on a domain wall in the ferromagnetic oxide SrRuO3(強磁性酸化物SrRuO3において磁壁に作用するトポロジカルホールトルクの観測)
著者名 山ノ内路彦1,荒木康史2,酒井貴樹1,植村哲也1,太田裕道3,家田淳一2(1北海道大学大学院情報科学研究院,2国立研究開発法人日本原子力研究開発機構先端基礎研究センター,3北海道大学電子科学研究所)
雑誌名 Science Advances(アメリカ科学振興協会のオープンアクセスジャーナル)
DOI 10.1126/sciadv.abl6192
公表日 日本時間2022年4月16日(土)午前4時(米国東部時間2022年4月15日(金)午後2時)(オンライン公開)
【用語解説】
*1 磁壁
磁石(磁化)の方向が揃った領域のことを磁区と呼びます。磁壁は異なる磁石の方向を持った磁区と磁区の遷移領域です。この磁壁を移動させることにより,磁石の方向を反転させることができます。
*2 トポロジカルホールトルク
ワイル点のような特殊な電子状態がある際に,磁壁中で電流の方向が図4のように曲げられ,その曲げられた電流によって磁壁に作用するトルクのこと。このトルクは,磁壁を移動させる有効磁場として磁壁に作用します。
*3 異常ホール効果
膜面垂直方向に磁化している磁石に,膜面内方向の電流を流すと,膜面内で電流の方向が曲げられる効果。一般的な磁石においては,異常ホール効果は磁化にほぼ比例します。しかし,ワイル点のような特殊な電子状態をもつ磁石においては,その電子状態の影響によって異常ホール効果の増強や抑制が起こるため,異常ホール効果は磁化に比例せず,特異な温度依存性を示します。