柔軟なセラミックスを創り出すことに成功~異種材料接合などへの応用可能性~

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2022-02-07 東京大学

1.発表者
吉田 英弘(東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 教授/
同研究科 次世代ジルコニア創出社会連携講座 特任教授)
増田 紘士(東京大学 大学院工学系研究科 マテリアル工学専攻 助教)

2.発表のポイント
◆セラミックスに通電処理を施すことで、硬度を維持しながら弾性率(注1)が低下して柔軟になる性質を発見
◆これまで制御困難とされてきた材料の弾性特性を通電処理によって変化させることに成功
◆セラミックスと金属の異種材料接合における耐久性向上などさまざまな応用例に期待

3.発表概要
東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻の吉田英弘教授(兼:同研究科次世代ジルコニア創出社会連携講座特任教授)、増田紘士助教らのグループは、物質・材料研究機構および名古屋大学との共同研究を行い、イットリア安定化ジルコニア(注2)セラミックスに通電処理を施すことで、硬度を維持しながら弾性率が低下して材料が柔軟になる性質を発見しました。イットリア安定化ジルコニアに代表されるエンジニアリングセラミックスは、優れた硬度・耐熱性・耐食性などを活かして先端構造材料として利用されていますが、金属などとの異種材料接合を行った際、温度変化に曝されると熱膨張率の違いから生じるひずみに耐え切れず破壊に至る問題点がありました。通電処理によってこれまで制御困難とされてきた材料の弾性率を変化させることができれば、大きなひずみに耐えられる新しいセラミックスを実現できる可能性があります。
本研究成果は、JST CREST「ナノ力学(課題番号:JPMJCR1996)」の支援により実施された内容であり、2022年2月4日にElsevier社の科学誌「Acta Materialia」の速報版にて掲載されました。

4.発表内容
<研究の背景>
セラミックスとは金属以外の無機材料の総称で、陶磁器やガラスのような身の回りの道具、半導体などの電子機器部品、耐火物・切削工具のような産業用部品などさまざまな分野で用いられています。特に、硬度・耐熱性・耐食性に優れるエンジニアリングセラミックスは、航空宇宙・深海・発電プラントなどの過酷環境における構造材料として活躍しています。一方、金属や高分子(注3)とは異なり、セラミックスは塑性変形(注4)をほとんど起こしません。そのため、外力を加えた際に亀裂の周囲に発生する応力集中を緩和できず破壊を起こしてしまう脆い性質をもっています。この脆い性質のためにセラミックス製大型部品の信頼性を保証することは難しく、過酷環境に直接曝される小型部品(コーティングなど)のみをセラミックス製とし、これを金属などの異種材料部品と接合することで用いられる場合があります。しかし、異種材料同士の接合部が温度変化に曝されると、熱膨張率の違いによって生じるひずみに耐え切れずセラミックスが破壊することがあります。セラミックスを耐熱部材として利用するためには、このような熱破壊に対する耐久性を高めることが重要です。

<研究内容>
近年、セラミックスに電気を流すと焼結や超塑性変形が高速化する現象が世界的な注目を集めています。これらの研究を通じて、通電環境下ではセラミックス中に高濃度の点欠陥(注5)が導入され、これらの欠陥を媒介した原子拡散が促進されることが予想されてきました。本研究では、通電によって導入される点欠陥を利用した新しい材料機能を発現させることを目的として、緻密質なイットリア安定化ジルコニア試料に対して炉内温度600°C、電流密度400 mA/mm2で10分間の通電処理を施した後、音速測定(注6)とナノインデンテーション測定(注7)によって材料の力学特性を評価しました。その結果、試料にゆっくりと力を加えた場合には弾性率が最大で30%程度低下し、材料が柔軟になる一方、硬度は維持されることを発見しました(図1)。音速測定から得られた高速度域での弾性率は通電処理前後で変化しなかったのに対して、ナノインデンテーション測定から得られた低速度域での弾性率は通電処理によって大きく低下し、この傾向は荷重負荷・除荷速度を低下させるほど顕著になりました。速度に応じて物性が変化するメカニズムは熱活性化過程と呼ばれ、通電処理によって材料中に形成した点欠陥が活性化エネルギー(注8)を乗り越えつつ可逆的に運動することでこのような性質が現れたと考えられます。このように、ゆっくりと力を加えた際に材料が柔軟になる性質は主に高分子で見られる粘弾性変形(注9)に近い挙動で、硬度を維持しつつ高分子のような柔軟な性質がセラミックスに付与できたことは画期的な成果です。

<社会的意義・今後の予定>
これまで材料の弾性率を制御することは困難だとされてきましたが、これが実現できればセラミックス部品の信頼性向上につながるさまざまな応用が可能となります。例えば、セラミックスの弾性率を低下させることで金属などとの異種材料接合時に熱破壊への耐久性を高めることができるため、セラミックス部品の信頼性が向上することが期待されます。
本研究は、JST CREST「ナノ力学(課題番号:JPMJCR1996)」の支援により実施されました。

5.発表雑誌
雑誌名:「Acta Materialia」(速報版:2月4日)
論文タイトル:Anelasticity induced by AC flash processing of cubic zirconia
著者:Hiroshi Masuda*, Koji Morita, Tomoharu Tokunaga, Takahisa Yamamoto, Hidehiro Yoshida
DOI番号:10.1016/j.actamat.2022.117704
URL:https://doi.org/10.1016/j.actamat.2022.117704

6.用語解説
(注1)弾性率:
変形に対する抵抗力の大きさを表す物性値で、弾性変形領域における応力とひずみの間の比例定数として求まる。弾性率が高いほど一定のひずみを与えるために必要な応力は大きくなる。

(注2)イットリア安定化ジルコニア:
酸化ジルコニウム(ZrO2)に酸化イットリウム(Y2O3)を添加し、正方晶もしくは立方晶構造を安定化させたセラミックス材料。硬度、靭性、耐熱性、耐食性、イオン伝導性などをバランス良く兼ね備えており、最も広く利用されているエンジニアリングセラミックスのひとつ。

(注3)高分子:
分子量の大きい有機化合物を指す。代表的な高分子材料にはプラスチック・ゴムなどが挙げられる。

(注4)塑性変形:
応力を除去してもひずみが回復しない非可逆的な変形を指し、主に金属や高分子材料で生じる。

(注5)点欠陥:
セラミックスなどの結晶格子は原子が周期的に並んだ構造をもつが、結晶中には周期構造の乱れを生む格子欠陥が含まれる。そのうち0次元の格子欠陥を点欠陥と呼び、格子点から原子が抜けた「空孔」や格子点以外の箇所に原子が存在する「格子間原子」などが挙げられる。

(注6)音速測定:
材料中の音速が密度と弾性率によって決まる性質を利用することで、音速から材料の弾性率を逆算することができる。本研究では、板状試料に対して超音波パルスを発振し、試料両端で多重反射を起こす時間間隔を計測することで音速を測定した。

(注7)ナノインデンテーション測定:
硬さ測定の一種で、ダイヤモンドなどの硬質圧子を材料表面に押し込み、そのときの荷重と深さの関係から硬さや弾性率などの力学特性を評価する手法。

(注8)活性化エネルギー:
ある反応が進行するために物質が基底状態から遷移状態へ励起するのに必要なエネルギー。ここでは点欠陥が隣接サイトへ移動する際のエネルギー障壁を指す。

(注9)粘弾性変形:
時間依存性をもつ可逆的な変形様式を指し、特に高分子材料で顕著に見られる。

7.添付資料

図1(a)通電処理中の試料外観、(b)接触弾性率の荷重速度依存性。通電処理前の試料では弾性率は荷重速度によらず一定かつ音速測定によって得られる値とほぼ一致したのに対して、通電処理後の試料は弾性率が音速測定によって得られる値より低下し、その傾向は荷重速度を低下させることでさらに顕著であった。

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0501セラミックス及び無機化学製品
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