福島の森林樹木の放射性セシウム汚染は今後どうなるか?新開発の計算モデルで汚染メカニズムを解明し将来予測を可能に

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2022-01-06 日本原子力研究開発機構

【発表のポイント】

  • 東京電力ホールディングス株式会社(以下、「東京電力」)福島第一原子力発電所(以下、「1F」)事故による放射性セシウムで汚染された森林の木材利用を再開するには、樹木の木部1)の汚染が今後どうなるのかを明らかにする必要があります。しかし、木部の汚染のメカニズムが分かっていないため、将来予測ができていません。
  • 従来モデルで考慮されていないプロセスを厳密に計算し、森林内の放射性物質の動きと濃度を詳細に予測する計算モデル「SOLVEG-R」2)を開発しました。そして、樹木に付着した放射性セシウムが葉や樹皮から吸収され、樹木内を循環して木部の汚染を引き起こすメカニズムを解明し、木部の濃度は今後1年に3%の割合で減少すると予測しました。
  • 「SOLVEG-R」は、林床の落葉層の放射性セシウムの動きや樹木の成長も考慮でき、除染作業や森林再生による木部の濃度の低減効果の評価にも活用が期待できます。

福島の森林樹木の放射性セシウム汚染は今後どうなるか?新開発の計算モデルで汚染メカニズムを解明し将来予測を可能に

図1 新開発した「SOLVEG-R」でのモデル計算による、東京電力1F事故後の森林樹木の放射性セシウムの動き。吸収経路ごとの割合は、事故後50年間の累計予測から算定。

【概要】

国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:児玉敏雄)原子力基礎工学研究センターの太田雅和研究副主幹らの研究グループは、放射性物質の動きを詳細に予測する計算モデル「SOLVEG-R」により、1F事故による放射性セシウムで汚染された森林について樹木の木部の汚染のメカニズムを明らかにするとともに、観測データがない森林における木部の濃度の変動予測を可能にしました。

1F事故で汚染された福島県内の森林では、きのこ原木、薪の出荷制限3)が続いています。出荷制限の解除に向けては、樹木の木部の放射性セシウム濃度の将来変動の把握が必要です。

これまでに、各国の研究機関で、森林樹木の放射性セシウム濃度を予測する計算モデルが開発されてきました。しかし、そのほとんどが、森林内の物質の動きを決定するプロセスを計算することなく、評価対象とした森林での放射性セシウムの濃度変動の観測結果を用いて計算モデルのパラメータを調整して、予測を行うものでした。そのため、福島県内の森林への適用は観測結果が存在する地点に限られ、1F事故後の木部の汚染メカニズムや、木部の濃度が今後どう変わるのかは依然として不明でした。

本研究では、気象条件と土壌状態に応じて森林内の水循環や植物成長といった、物質の動きを決定するプロセスを詳細に計算することで、放射性セシウムの観測の有無に依存することなく様々な森林の放射性セシウムの動きを予測できる計算モデル「SOLVEG-R」を開発しました。そして、「SOLVEG-R」を用いた解析から、福島県内の常緑樹林(スギ)と落葉樹林(コナラ)について、1F事故後の木部の汚染メカニズムを明らかにし、事故後50年にわたる木部の放射性セシウム濃度を予測しました。

解析の結果、1F事故時に樹木に付着した放射性セシウムが、葉(スギ)や樹皮(コナラ)から吸収され、樹木内を循環しながら一部が木部へ蓄積したことで、木部の汚染が引き起こされたことがわかりました(図1)。また、汚染源となった葉や樹皮表面の放射性セシウムは、降雨による洗浄や落葉により数年以内に樹木から除去されたため、木部の濃度は2020年(スギ)あるいは2017年(コナラ)から低下しはじめました。濃度の低下は、樹木の成長による希釈効果が働くため、放射性壊変(年間2%)よりも速い年間3%で進むと予測されました。ただし、モデル計算値と実測値に差があることや、測定データが事故後6年間に限られているため、今後も現地調査を継続してモデルの計算結果の検証を進める必要があります。

「SOLVEG-R」は、実測データによるチューニングなしに森林内の放射性セシウムの動きを計算できるので、今回の評価地点以外の森林についても木部の濃度低下を予測できます。また、林床の落葉層の放射性セシウムの動きや樹木の成長も考慮するので、落葉層の除去といった除染作業や、伐採と再造林といった森林施業による樹木汚染の低減効果の評価へも活用できます。

本研究成果は令和3年11月25日にElsevier社の雑誌「Science of the Total Environment」にオンライン掲載され、「SOLVEG-R」は令和4年1月6日より無償公開します。

【研究の背景】

福島県は林業が盛んで、スギなどの針葉樹から生産される建材や、コナラなどの広葉樹から生産されるきのこ原木や薪は重要な林産物です。1F事故で汚染された森林では、これらのきのこ原木、薪の出荷制限が続いています。制限の解除に向けては、森林樹木の木部の放射性セシウム濃度の将来変動の把握が必要です。

木部の汚染に影響する過程として、チェルノブイリ原子力発電所事故後の研究から、次のような森林内の放射性セシウムの動きが挙げられています。

①森林に降下した放射性セシウムは、一部が樹木に付着し、葉や樹皮表面から樹木に吸収される。

②葉や樹皮に付着した放射性セシウムは、降雨による洗浄や、落葉・落枝により林床の落葉層へ移動した後、落葉・落枝の分解と降雨による抽出で土壌へと移動する。

③土壌への放射性セシウムの移動・蓄積にともない、根からの吸収が増加する。

④放射性セシウムは、樹木内を循環しながら一部が木部に蓄積する。

⑤放射性壊変4)による減衰の他に、樹木(木部)の成長により、木部の放射性セシウム濃度が低下(濃度希釈)する。

森林樹木の木部の放射性セシウム濃度を予測するために、各国の研究機関において、上記の過程を予測する計算モデルが開発されてきました。しかし、そのほとんどが森林や樹木内の物質の動きを決定するプロセスを計算することなく、評価対象とした森林での放射性セシウムの濃度変動の観測結果を用いて計算モデル内のパラメータを調整して、予測を行うものでした。そのため、計算モデルの適用は観測結果が存在する地点に限られていました。

また、多くの計算モデルは、チェルノブイリ事故の影響を受けた地域を対象としており、森林土壌として砂質な土壌を、樹種としてヨーロッパアカマツ(常緑樹)を考慮します。一方、森林内の放射性セシウムの動きは、土壌特性や構成樹種によって異なるため、火山灰起源の粘土質な土壌を有する福島県の森林や、1F事故時に葉がなかったコナラなどの落葉樹林には、計算モデルを適用できませんでした。

このように、福島県内の森林に広く適用できる計算モデルはなく、1F事故後の樹木の汚染メカニズムや、将来にわたる汚染状況の変化は明らかにされていませんでした。

【研究の成果】

本研究では、森林内の放射性セシウムの動きを詳細に予測する新たな計算モデル「SOLVEG-R」を開発しました。そして、福島県内2地点の森林について、1F事故後の樹木汚染のメカニズムを明らかにするとともに、事故後50年間にわたる汚染状況の変化を予測しました。

開発した計算モデル「SOLVEG-R」の特徴は、以下のとおりです。

  • 樹木を含む森林内の放射性セシウムの動きを図2のようにモデル化し、気象データを入力値として陸面の水循環と植物成長を計算するモデルに組み込んでいる。これにより、気象データのあるすべての森林について、水循環で駆動される放射性セシウムの動き(前項②、③)や樹木成長の影響(前項⑤)を計算でき、放射性セシウムの濃度変動の観測に依存することなく、様々な森林に適用できる。
  • 樹木の地上部を部位ごとに多数に分割し、各部位について放射性セシウムの大気沈着や降雨洗浄、内部への吸収などを設定できるようにした。これにより、1F事故時に葉があった常緑樹と葉がなかった落葉樹ともに、樹木の部位間の放射性セシウムの動きを計算できる。
  • 土壌中の放射性セシウムには、粘土との相互作用を考慮できるモデルを導入した。これにより、火山灰起源の粘土質な土壌が分布する福島県の森林にも適用できる。

図2 「SOLVEG-R」が考慮する放射性セシウムの動き。落葉樹は事故時に葉(図中*)がないものとして模擬。

この計算モデルを、福島県内のスギ人工林(1F事故時の放射性セシウム137Cs大気沈着量68 kBq/m2)とコナラ天然林(同510 kBq/m2)に適用しました。その結果、図3に示すように1F事故時に放射性セシウムが直接付着した葉、枝、幹樹皮だけでなく、幹の内部に位置する木部でも事故直後から放射性セシウム量が増加しました。そして、およそ10年にわたり増加が継続しました。この結果は観測をおおむね再現しています。これは、図4に示す放射性セシウムの樹木内の移動量から、事故時に樹木表面に付着した放射性セシウムが葉(スギ)や枝樹皮・幹樹皮(コナラ)から速やかに吸収され、樹木内で異なる部位間を循環し続ける間に一部が木部へと蓄積し続けたためとわかりました(例:スギでは、葉から枝樹皮→枝樹皮から幹樹皮→幹樹皮から幹木部へと移動)。これより、1F事故時に樹木に付着した放射性セシウムが、事故以降続いている木部汚染の引き金となったことが判明しました。

図3 1F事故から9年間の樹木の部位別の放射性セシウム量の計算値(線)と観測値(四角)。

図4 1F事故から9年間の樹木内の放射性セシウム移動量の計算値(年間値)。

このモデル計算を50年間継続し、将来にわたる汚染状況の変化を予測しました。木部汚染の引き金となった、葉や樹皮表面に付着した放射性セシウムは、降雨による洗浄や落葉により、数年以内に樹木から除去されました(図3の細線)。その結果、図5に示すように、コナラでは2017年から濃度が低下しはじめました。放射性セシウムの吸収が主に葉で起きたスギでは、葉と枝を経由して放射性セシウムが樹木内を移動したため、木部への蓄積にやや遅れが生じ、2020年から濃度が低下しはじめました。これらの濃度の低下は、木部に蓄積した放射性セシウムの放射性壊変(1年におよそ2%)のみでなく、樹木(木部)成長によっても進行し(濃度希釈、1年におよそ1%)、その結果、放射性壊変による減衰よりも速く濃度が低下することがわかりました(1年におよそ3%)。この減少傾向が将来にわたって続くと仮定した場合、今回対象としたコナラ林(放射性セシウム大気沈着量510 kBq/m2)においては、事故から68年後(2079年)に木部の濃度が出荷制限値(きのこ原木、50 Bq/kg)未満に下がると予測されました。ただし、モデル計算値と実測値に差があることや、検証用の測定データが事故後6年間に限られていることから(図3、図5)、今後も現地調査を継続してモデルによる予測結果の検証を進める必要があります。

さらに、福島の森林特有の知見も見いだされました。チェルノブイリ事故では、樹木表面の放射性セシウムの除去にともない、事故から数十年以内に根からの吸収が木部汚染の主要因になりました。これは、降水が少なく、落葉の分解が遅いチェルノブイリの森林では、分厚く堆積した落葉層に放射性セシウムが長期間滞留し、落葉層内の樹木の根がこれを吸収したためでした。一方、今回対象とした森林では、図4に示すように根からの吸収は低く保たれ、50年間の樹木全体の吸収量の1%に満たないものでした。これは、福島県の森林が以下のような特徴を持つためと考えられます。

  • 降水が多く、落葉の分解が早いため、林床の落葉層に蓄積した放射性セシウムは速やかに土壌へ移動した。
  • 火山灰由来の粘土質な土壌が放射性セシウムを固定するため、土壌中では放射性セシウムは、根が吸収できない状態で存在している。

以上より、福島県の森林では根からの放射性セシウムの吸収は少なく、今後木部の濃度増加は起こらないと考えられます。

図5 1F事故から50年間の幹木部の放射性セシウム濃度の計算値(黄線)と観測値(四角)。濃度低下が放射性壊変のみで進行すると仮定した場合の計算値も図示(赤破線)。コナラ林には、広葉樹に定められるきのこ原木と薪の出荷制限値も示す。

【今後の展望】

開発した「SOLVEG-R」は、観測データを用いたチューニングに頼らない汎用的な計算モデルです。そのため、今回の評価地点以外にも福島県内の様々な地点の森林に適用することで、沈着量が異なる地域について、将来における木材の出荷制限の解除のタイミングの目安を試算することができます。また、樹木汚染の事後解析のみでなく、今後想定されうる森林管理の事前評価にも活用できます。例えば、「SOLVEG-R」は落葉層の放射性セシウムの動きを考慮しているので、落葉層を取り除く除染を実施した場合、木部の放射性セシウム濃度がどの程度低減するのか評価できます。樹木の成長も考慮するので、森林再生(伐採と植樹)後の木部の放射性セシウム濃度の長期予測も可能です。今後は、こういった福島県の森林・林業再生に向けた取り組みに対して、「SOLVEG-R」の活用が期待されます。

【論文情報】

タイトル:Contamination processes of tree components in Japanese forest ecosystems affected by the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant accident 137Cs fallout

雑誌名:Science of the Total Environment

URL:https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2021.151587

著者:太田雅和、小嵐淳

所属:日本原子力研究開発機構

【コード公開情報】

本研究で開発した「SOLVEG-R」の計算コードは、原子力機構のコンピュータプログラムなどの検索システム「PRODAS」(https://prodas.jaea.go.jp)を通して入手することができます。

【用語説明】

1) 木部
本研究では、幹の内部の木化した部分を指します(下図)。

2) 「SOLVEG-R」(atmosphere-SOiL-VEGetation model with Radionuclide migration)
陸面(地面付近の大気、植生および土壌)における放射性核種の動きを詳細に再現する計算モデルです。入力した気象データに基づき、陸面における熱、水、二酸化炭素の循環を大気中および土壌中の過程と植物の活動を考慮して計算し、それにより駆動される放射性核種の動きを再現します。 放射性セシウムのほかに、陸面環境中で複雑に動く放射性ヨウ素、放射性炭素およびトリチウムの動きも計算できます。 また、二酸化炭素の循環を計算するので、森林による大気中の二酸化炭素の固定量の推定などへも活用できます。

3) 出荷制限(値)
1F事故の影響を受けた福島県内の森林では、コナラなどの広葉樹から生産されるきのこ原木については50 Bq/kg、薪については40 Bq/kg(ともに乾重量当たりの放射性セシウム濃度)が当面の出荷制限値に設定されています。

参考(林野庁):https://www.rinya.maff.go.jp/j/kaihatu/jyosen/attach/pdf/houshasei_panfu-11.pdf

令和2年度版:https://www.rinya.maff.go.jp/j/kaihatu/jyosen/attach/pdf/210415_4-9.pdf

4) 放射性壊変
放射性核種が放射線を放出したり、核分裂して別の核種に変わる現象のことです。半減期と呼ばれる時間が経過すると、原子の数は元の半分に減少します。放射性セシウム(137Cs)の半減期は30.1年です。

2005放射線防護
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