可視光で水から水素を生成する粉末光触媒の変換効率向上の条件を明確化

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定量的な測定と理論解析により細粒化やドーピングの効果を予測

2021-12-07 産業技術総合研究所

ポイント

  • 粉末酸硫化物光触媒における光励起キャリア寿命などの物性データの抽出に成功
  • 物性データとシミュレーションを組み合わせ、変換効率10%を達成する条件を明確化
  • 粉末光触媒の大幅な性能改善への貢献に期待

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)ゼロエミッション国際共同研究センター 人工光合成研究チーム 関 和彦 上級主任研究員、Nandal Vikas 産総研特別研究員、物質計測標準研究部門 ナノ材料構造分析研究グループ 松﨑 弘幸 研究グループ長、東海林 良太 産総研特別研究員は、人工光合成化学プロセス技術研究組合(ARPChem)、徳島大学 古部 昭広 教授、京都大学 触媒・電池元素戦略拠点 山下 晃一 特任教授、金子 正徳 研究員、信州大学 先鋭材料研究所 堂免 一成 特別特任教授(東京大学特別教授 兼務)、久富 隆史 准教授、Lihua Lin博士研究員と共同で、可視光で水を水素と酸素に分解する酸硫化物光触媒の一つであるY2Ti2O5S2について、太陽エネルギーから水分解反応エネルギーへの変換効率(以下「変換効率」)が実用化の目安となる10%を超えるために必要な条件を明確化した。まず、過渡吸収分光法によりY2Ti2O5S2に励起光を当て、1ピコ秒(1兆分の1秒)から1マイクロ秒(100万分の1秒)までの6桁にわたる時間幅で光励起キャリア濃度の時間変化の測定を行い、粉末形状での光励起キャリアの寿命(以下「キャリア寿命」)などの物性データを取得した。次に、取得した物性データに基づいたシミュレーション解析を行い、変換効率と粉末粒子径との関係を求め、粒子径を1マイクロメートルよりも小さくすることによって、変換効率が10%を超える可能性があることがわかった。さらに、キャリア寿命を延ばすドーピングの効果を仮定したシミュレーション解析からは、電子濃度を現状の100分の1にすることによっても変換効率が10%を超える可能性があることがわかった。

本研究で得られた成果は、酸硫化物光触媒のさらなる高効率化のための定量的な指針となる。また、本研究で適用された物性データの抽出方法とシミュレーション解析を他の粉末光触媒へ適用することにより、水から水素をさらに効率よく取り出す新規物質の開発が期待できる。

なお、この成果の詳細は、2021年12月7日(英国時間) に英国の電子総合科学誌「Nature Communications」にオンライン掲載された。

概要図

(左)酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2の光照射1ピコ秒経過時点での光励起キャリア濃度を基準とした光励起キャリア濃度の時間変化および(右)それに基づく性能予測。写真は、今回測定に用いた粉末状のY2Ti2O5S2である。

開発の社会的背景

光触媒を用いて水を水素と酸素に分解する反応は、太陽エネルギーを利用した水素生成を可能とすることから、世界中で研究開発が進められている。特に、粉末状の光触媒は、塗布によって低コストで大面積の光触媒シートを作成できることから、太陽エネルギーによる大規模な水素製造を可能にする。また、太陽放射においてエネルギー強度が大きい可視光領域の波長650ナノメートル(1千万分の6.5メートル)以下の太陽エネルギーを水分解反応エネルギーとして利用することを目指した技術開発が活発に行われている。

2019年に、堂免 一成 信州大学特別特任教授らによって、波長650ナノメートル以下の太陽光を吸収し、水を水素と酸素に分解する粉末酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2が開発された。この触媒は、20時間にわたって水を水素と酸素に2:1の体積比で持続的に分解し、理論上では変換効率10%以上が期待できる。しかし、現状の変換効率は1%以下であり、さらなる光触媒の改良の必要があるが、その指針が明らかではなかった。

研究の経緯

光触媒は、光のエネルギーにより光触媒内部で光励起キャリアを生成させ、これを利用して光触媒表面で特定の反応を起こす。水を分解し水素を生成する反応を高効率で起こすためには、光照射で生成した光励起キャリアが光触媒内部で再結合して消失することなく、水と接触する光触媒表面に到達する必要がある(図1)。しかし、Y2Ti2O5S2の場合、光触媒内部ではもともと電子が正孔に対して過剰に存在するため、光励起キャリアのうち正孔は過剰な電子と再結合して反応前に失われやすく、現状の変換効率は1%以下である。

産総研は、光触媒の高性能化を目的として、レーザー分光測定と測定データの理論解析を行ってきた。これまでの実績を踏まえ、粉末酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2に対し、光励起キャリア濃度の時間変化に関する過渡吸収分光測定とこの測定データの理論解析から、再結合で失われる光励起キャリアの割合を定量化し、変換効率向上の指針を得るために研究を行った。

なお、本研究は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「二酸化炭素原料化基幹化学品製造プロセス技術開発(人工光合成プロジェクト)」の支援を受けた。

図1

図1 光触媒による水の分解反応の模式図

研究の内容

まず、光励起キャリアの再結合過程を詳細に追跡するために、1ピコ秒から1マイクロ秒までの6桁にわたる時間幅で、過渡吸収分光法による光励起キャリア濃度の時間変化をさまざまな励起光密度で測定した。図2に代表的な励起光密度での測定結果を示す。

次に、このような光励起キャリア濃度の時間変化に対して、数値解析(図2黒実線)を行い、再結合速度定数や電子濃度などの物性データを決定した。得られた物性データから、キャリア寿命を約6ナノ秒と推定した。ここで、表面に到達できる光励起キャリアの割合は粒子径に依存すると考えると、粒子径が大きい場合、光触媒内部で生成した光励起キャリアはキャリア寿命までに消失し、水と接触する光触媒表面に到達できない。また、光触媒表面に到達した光励起キャリアが全て水分解反応に寄与すると仮定すれば、内部量子効率の上限は光触媒表面に到達した光励起キャリアの割合となる。そこで、光触媒内部で生成した光励起キャリアのうち、キャリア寿命までに表面に到達する割合を計算したところ、粒子径を現状の10マイクロメートルから1マイクロメートルへと小さくすることにより、内部量子効率は56.5%に向上することが明らかになった(図3(a))。これにより、内部量子効率と変換効率の関係から、実用化の目安となる変換効率10%を大きく超える可能性を見いだした。

また、ドーピングにより電子濃度を変化させ、キャリア寿命を延ばすことができる。この効果を考慮したシミュレーションを行い、電子濃度を現状の約100分の1に下げることによっても内部量子効率は50%以上に向上し、変換効率が10%を超えると推定した(図3(b))。

これまで、粉末光触媒に対する過渡吸収分光測定を用いた物性データの決定は、ピコ秒やマイクロ秒の時間領域で個別に行われてきた。今回、初めて両方の時間領域にわたる測定データに対して、理論解析を行うことにより、精度よく物性データを定めることができた。このことにより、高精度な性能予測に成功した。

図2

図2 過渡吸収分光法による光励起キャリア濃度の時間変化

図3

図3 (a) 光触媒表面に到達した光励起キャリアが全て水分解反応に寄与すると仮定した場合の内部量子効率の粒子径依存性と(b) 内部量子効率の電子濃度依存性。現状の電子濃度は、5.2×1017 cm-3

今後の予定

酸硫化物光触媒Y2Ti2O5S2の試料に対して粒子径やドーピング量の改善を行う。本研究と同様の解析を繰り返すことで、材料物性と変換効率との相関に対する定量的な知見を得る予定である。これらの知見を触媒開発に反映させて、変換効率10%以上の実現に貢献する。また、本研究で適用された物性データの抽出方法とシミュレーション解析を他の粉末光触媒に適用し、水から水素をさらに効率よく取り出す新規物質の開発を推進する。

論文情報

掲載誌:Nature Communications
論文タイトル:Unveiling charge dynamics of visible light absorbing oxysulfide for efficient overall water splitting
著者:Vikas Nandal, Ryota Shoji, Hiroyuki Matsuzaki, Akihiro Furube, Lihua Lin, Takashi Hisatomi, Masanori Kaneko, Koichi Yamashita, Kazunari Domen, and Kazuhiko Seki
DOI:10.1038/s41467-021-27199-3

用語の説明
◆太陽エネルギーから水分解反応エネルギーへの変換効率
太陽から光触媒に照射されたエネルギーのうち、水から水素を生成する反応に利用された割合。
◆過渡吸収分光法
励起光パルスを用いて試料内部に電子や正孔などを生成させた後で、遅れて検出光を照射し、検出光強度の時間変化を測定することにより、生成した電子や正孔の濃度の時間変化を検出する方法。
◆光励起キャリア
光触媒が光を吸収すると電子および正孔が対で生成する。この対で生成した電子および正孔を光励起キャリアと呼ぶ。
◆光励起キャリアの寿命
光励起キャリアが生成されてから再結合により消失するまでの時間。Y2Ti2O5S2については、太陽光利用時では、再結合速度定数と電子濃度の積を用いて推定することができる。
◆ドーピング
純粋な半導体に少量の不純物を加え、電流に寄与する荷電粒子の濃度(ここでは電子濃度)を変化させること。
◆再結合速度定数
半導体中の電子と正孔が再び結合して消滅する反応の速度に関する比例係数。
◆内部量子効率
光触媒に吸収された光子のうち、反応に利用された割合。光触媒に吸収された光子は光励起キャリアに変換されることから、光触媒内部で生成後に表面に到達した光励起キャリアは全て水分解反応に寄与すると仮定すれば、表面に到達した光励起キャリアの割合から内部量子効率が計算できる。
◆内部量子効率と変換効率の関係
太陽光の波長ごとの放射照度(分光放射照度、単位はワット毎平方メートル毎ナノメートル:W m−2 nm−1)と内部量子効率から変換効率を計算した結果を下図に示す。太陽から光触媒に照射されたエネルギーは、灰色で示された放射照度から計算することができる。照射されたエネルギーのうち、水から水素を生成する反応に利用された割合が変換効率であるが、変換効率を計算する際に、光触媒が吸収できる波長以下の照射光は全て吸収されると仮定した。この仮定の下で、水から水素を生成する反応に利用されたエネルギーの割合を内部量子効率から計算した。図の赤実線と紫実線は、それぞれ内部量子効率が100%と47.8%の場合における、光触媒が吸収できる最長波長と変換効率の関係を示している。内部量子効率が低いと、光触媒が吸収できる最長波長が同じでも変換効率は低くなる。Y2Ti2O5S2は650ナノメートル以下の波長の光を吸収する(青破線)。内部量子効率が100%の場合、赤実線と青破線の交点から変換効率は20.9%となる。一方、内部量子効率が47.8%の場合、紫実線と青破線の交点から変換効率は10%となる。粒子径が1マイクロメートルの場合に対応する内部量子効率が56.5%の場合には、変換効率は10%を超える。

内部量子効率と変換効率の関係説明図

太陽光の分光放射照度(灰色)および光触媒が吸収できる最長波長と変換効率の関係。赤実線と紫実線は、それぞれ内部量子効率が100%と47.8%の場合の計算結果。

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