ブタジエンのバイオ生産に初成功 ~バイオマス資源由来原料から合成ゴムなどの原料を直接生産~

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2021-04-13 理化学研究所,横浜ゴム株式会社,日本ゼオン株式会社

理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター細胞生産研究チームの森裕太郎研究員(科技ハブ産連本部バトンゾーン研究推進プログラムバイオモノマー生産研究チーム※研究員)、野田修平研究員、白井智量副チームリーダー(同副チームリーダー)、近藤昭彦チームリーダーの研究チームは、大腸菌を菌体触媒とすることで、重要な工業原料である1,3-ブタジエン[1](ブタジエン)をバイオマス資源[2]由来の原料から発酵法[3]により直接生産することに初めて成功しました。

本研究成果は、持続可能な循環型社会[4]の実現に大きく貢献すると期待できます。

ブタジエンは、合成ゴムやエンジニアリングプラスチックなどの主原料であり、その世界市場規模は年間1200万トンを超えます。現在、ブタジエンは化石資源から化学合成によって生産されていますが、低炭素社会実現の観点から、バイオマス資源を原料とするバイオ生産が求められていました。

今回、研究チームは、芳香族化合物分解菌[5]が保有する「ムコン酸[6]生産経路」と「ムコン酸からのブタジエン生成酵素」を組み合わせ、大腸菌内にブタジエン合成経路を構築しました。フェルラ酸脱炭酸酵素(FDC)[7]を改変することで新しいブタジエン生成酵素を開発し、ブタジエン生産能を改変前の1,000倍以上に引き上げることに成功しました。そして、このFDC改変体を用いることで、バイオマス資源の構成成分であるグルコース[8]から直接ブタジエンを培養液1Lあたり40mg合成することに成功しました。さらに、培養条件を最適化することで、そのブタジエン生産量は50倍以上向上しました。

本研究は、科学雑誌『Nature Communications』オンライン版(4月13日付)に掲載されます。

背景

1,3-ブタジエン(ブタジエン)は、最も単純な構造を持つ炭素数4の共役ジエン[1]です。ブタジエンは、自動車のタイヤとして多用されるスチレン・ブタジエンゴム(SBR)やポリブタジエンゴム(BR)などの合成ゴム、および家電製品に広く用いられるエンジニアリングプラスチックであるアクリロニトリル・ブタジエン・スチレン(ABS)樹脂などの主原料であり、その世界市場規模は年間1200万トンを超える非常に重要な工業原料です。

ブタジエンの構造は単純であるにもかかわらず、その生産は化石資源を原料に用いた化学合成に依存しているのが現状です。しかし、低炭素社会実現の観点から、バイオマス資源を原料とするバイオプロセスにおけるブタジエン生産の実現が求められていました。

近年、ブタジエンの材料となる前駆体化合物[9]を、バイオマス資源を原料としたバイオプロセスにより生成し、蒸留・精製した後に化学合成によってブタジエンに変換する取り組みが報告されていますが、この製法では発酵・精製・合成の3工程が必要です。そのため、バイオマス資源から1工程でブタジエンを生産する方法の開発が望まれていました。しかし、自然界でブタジエンを生合成する代謝反応経路はまだに見つかっておらず、ブタジエンのバイオ生産はこれまで達成されていませんでした。

研究手法と成果

研究チームは、芳香族化合物分解菌が保有する「ムコン酸生産経路」と「ムコン酸からブタジエンを生産する酵素」を新たに開発し組み合わせることで、ブタジエン生産のための新しい合成経路の構築を試みました(図1)。

新しい1,3-ブタジエン合成経路の図

図1 新しい1,3-ブタジエン合成経路

ムコン酸生産経路とブタジエン生成酵素を組み合わせることで、大腸菌代謝経路内に構築した新しい1,3-ブタジエン合成経路を示している。通常、3-デヒドロシキミ酸は、芳香族アミノ酸を生合成するまでの中間化合物として、細胞内代謝経路内に存在している。緑字で示したムコン酸生産経路中の遺伝子と青字で示したブタジエン生成酵素は、全て外来微生物由来の遺伝子である。


まず、ブタジエン生成酵素として、フェルラ酸脱炭酸酵素(FDC)を選択しました。FDCは、桂皮酸などの不飽和カルボン酸を末端アルケンに変換する酵素です。ムコン酸は不飽和カルボン酸が2分子結合した構造を持つため、FDCによって2回反応させることができれば、ブタジエンの生成が可能になります。クロコウジカビ(Aspergillus niger)由来のFDC(AnFDC)を用いてムコン酸の変換を試みたところ、ブタジエンの生成が確認され、AnFDCがブタジエン生成酵素として働くことが明らかになりました。ただし、その生成能力は非常に低いものでした。

酵素の反応場は、基質を捕まえやすくするために基質に合わせた構造をしています。ムコン酸に対するFDCの反応性を向上させるために、AnFDCの反応場をムコン酸に合わせ、改変することにしました。AnFDCの反応場をコンピュータシミュレーションソフト上で観察したところ、AnFDC本来の基質である桂皮酸のカルボキシル基はAnFDCの親水性アミノ酸残基[10]に、桂皮酸の芳香環はAnFDCの疎水性アミノ酸残基[11]に、それぞれ捕捉されていました(図2左)。そこで、ジカルボン酸であるムコン酸を効率的に捕捉させるため、桂皮酸の芳香環が相互作用していた疎水性アミノ酸残基を親水性アミノ酸残基に改変することで、ムコン酸のカルボキシル基がAnFDCと相互作用を行えるようにしました(図2右)。その結果、AnFDC改変体では、ブタジエン生成能力が劇的に向上し、改変前と比べて1,000倍以上に引き上げることに成功しました。

さらに、この酵素デザインをブタジエン生成能力がAnFDCより高い出芽酵母(Saccharomyces cerevisiae)由来のFDC(ScFDC)に適用することで、ブタジエン生成能力がAnFDC改変体よりも約2倍高いScFDC改変体の開発にも成功しました。

ブタジエン生成酵素のための酵素デザインの図

図2 ブタジエン生成酵素のための酵素デザイン

今回、ムコン酸に対するFDCの反応性を高めるために行った酵素デザインを示している。

左:FDCと本来の基質である桂皮酸が相互作用している状態におけるFDC反応場の様子。反応場では、親水性アミノ酸残基が桂皮酸のカルボキシル基と、疎水性アミノ酸残基が疎水性の芳香環とそれぞれ相互作用している。

右:酵素デザインを行った後のFDC改変体の反応場の様子。ムコン酸は両端がカルボキシル基であるため、それに合わせて疎水性アミノ酸残基を親水性のアミノ酸残基に置換することで、新たに相互作用できるように改変した。


次に、ムコン酸生産経路とブタジエン生成酵素であるScFDC改変体を組み合わせ、モデル微生物である大腸菌の代謝経路中に新しいブタジエン合成経路を構築しました。ムコン酸生産経路の入り口までの経路を強化する代謝デザインが施された大腸菌において、Bacillus thuringiensis由来の3-デヒドロシキミ酸脱水酵素(AroZ)、Klebsiella pneumoniae由来のプロトカテク酸脱炭酸酵素(AroY)、Pseudomonas putida DOT-T1E由来のカテコール酸化的開裂酵素(CatA)、大腸菌由来のプレニル基転移酵素(UbiX)およびScFDC改変体の五つの酵素を共発現させることにより、バイオマス資源の主構成成分であるグルコースから、培養液1Lあたり40mgのブタジエンを直接的に生産することに成功しました(図1)。

ScFDC変異体は、UbiXによって生合成される補酵素[12]であるプレニルフラビンモノヌクレオチド(prFMN)を保有しています。このprFMNを持つ酵素は酸素分子によって機能を失ってしまい、一方で、CatAによってムコン酸を生産する反応には酸素分子が必要です。そのため、ブタジエンの生産量を向上させるには、培養液中の酸素条件のバランスを取る必要があります。そこで、1Lのジャーファーメンター[13]を用い、ブタジエン生産に最適化した大腸菌株の流加培養[14]を行いました。培養液中の溶存酸素濃度とpHを最適化することで、グルコースから培養液1Lあたり2.1g、最適化前の50倍以上のブタジエンを生産することに成功しました。

今後の期待

本研究では、既存のムコン酸生産経路と新たに開発したブタジエン生産酵素を組み合わせることで、大腸菌を菌体触媒に用いて、バイオマス資源から有用化成品原料である1,3-ブタジエンを生産することに成功しました。日本の年間生産量100万トン以上というブタジエンの合成プロセスの一部をバイオプロセスに置き換えることができれば、低炭素社会実現への貢献が期待できます。

また、これまで自然界では生合成が確認されておらず、化石資源からの化学合成でしか作られていない、例えばペットボトルの原料となるテレフタル酸やジェット燃料の原料となるイソブテンなどの有用化合物がまだ多く存在しています。本研究でも取り組んだ酵素の改変によって、そのような有用化合物が直接バイオマス資源から作ることが可能になれば、持続可能な循環型社会の実現に大きく貢献すると期待できます。

さらに今回の研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[15]」のうち「13.気候変動に具体的な対策を」と「15.陸の豊かさも守ろう」に大きく貢献する成果です。

補足説明

1.1,3-ブタジエン、共役ジエン
1,3-ブタジエンは、示性式CH2=CH-CH=CH2で表される不飽和炭化水素。異性体として1,2-ブタジエン(CH2=C=CH-CH3)が存在するが、通常ブタジエンという場合には、1,3-ブタジエンを意味する。共役ジエンとは、二つの二重結合が一つの単結合によってつながっている炭化水素を指す。

2.バイオマス資源
再生可能な生物由来の有機性資源で、化石資源を除いたもの。バイオマスは有機物であるため、燃焼させた場合には二酸化炭素が発生する。しかし、この二酸化炭素に含まれる炭素は、そのバイオマスが成長過程で、光合成により大気中から吸収した二酸化炭素に由来している。そのため、バイオマス資源の利用は全体として見れば、大気中の二酸化炭素量は増加しないといえる。

3.発酵法
微生物を培養する培地に、生育のために必要な原料を入れて、微生物の増殖とともに目的とする化合物を生産する方法。本研究では、炭素源としてバイオマス資源の構成成分であるグルコースを利用している。

4.持続可能な循環型社会
有限である資源を効率的に利用し、それと同時に再生産を行って、持続可能な形で循環させながら利用していく社会のこと。バイオマス資源を由来とする原料から、日常で使用する化成品を生産できるようになれば、最終的にそれらバイオ化成品が廃棄されて燃やされ、二酸化炭素となったとしても、その二酸化炭素から光合成の働きによりバイオマス資源を再び獲得できる。

5.芳香族化合物分解菌
生物や環境への毒性を示す芳香族化合物を分解し、炭素源として使用可能な微生物。

6.ムコン酸
示性式 (HOOC)CH=CH-CH=CH(COOH)で表される不飽和ジカルボン酸。trans,trans-ムコン酸、cis,trans-ムコン酸、cis,cis-ムコン酸と呼ばれる3種類の異性体が存在し、本研究ではcis,cis-ムコン酸を用いている。

7.フェルラ酸脱炭酸酵素(FDC)
示性式R-CH=CH-COOHで示される不飽和カルボン酸の脱炭酸反応を触媒することで、R-CH=CH2で示される末端アルケンを生成する酵素。本研究では、ブタジエン生成酵素として用いている。FDCはferulic acid decarboxylaseの略。

8.グルコース
糖の一種であり、動物や植物が活動するためのエネルギーとなる物質の一つ。穀物系バイオマスの主構成成分であり、木質系バイオマスの40~50%を占める構成成分。植物などに含まれる葉緑体において、太陽光からのエネルギーを使った光合成によって、水と二酸化炭素から作られる。

9.前駆体化合物
ある化合物について、その物質が生成する前の段階の化合物。ブタジエンの疎水性前駆体化合物としては、エタノール、ブタノール、ブタンジオールや、テトラヒドロフランなどが挙げられる。

10.親水性アミノ酸残基
タンパク質を構成する親水性アミノ酸のうち、ペプチド結合以外のアミノ酸構造。親水性アミノ酸残基は酸性アミノ酸残基、塩基性アミノ酸残基、中性・ドナー性アミノ酸残基などに分類される。FDCの反応場においては、本来の基質である桂皮酸のカルボキシル基と親水性アミノ酸残基が相互作用することで、タンパク質-基質複合体を形成し、FDCによる反応が開始する。

11.疎水性アミノ酸残基
タンパク質を構成する疎水性アミノ酸のうち、ペプチド結合以外のアミノ酸構造。FDCの反応場においては、本来の基質である桂皮酸のカルボキシル基と親水性アミノ酸残基が相互作用している。FDCの反応場においては、本来の基質である桂皮酸の芳香環は、その周りを取り巻く疎水性アミノ酸残基によって、エネルギー的に安定化している。

12.補酵素
生体内において原子団の運搬を行い、酵素反応においては、原子団の受け渡しを行う際に機能する低分子量の有機化合物。FDCは、プレニルフラビンモノヌクレオチドを補酵素として保有し、FDCの触媒する脱炭酸反応もこの補酵素を通じて行われる。

13.ジャーファーメンター
微生物を大量に培養するための装置。培養温度や、通気量、溶存酸素濃度、pH、撹拌速度など、微生物の培養において重要となる、さまざまなパラメーターを制御できる。

14.流加培養
微生物をジャーファーメンターで培養する際に、ある特定の基質(栄養源、培地成分)は供給するが、培養液は抜き取らない培養法。微生物の生育につれて培地中の栄養分は使用されて減少していくため、それを適宜添加することによって、微生物の増殖を促進し、目的化合物の生産量を向上させることができる。

15.持続可能な開発目標(SDGs)
持続可能な開発目標(SDGs)とは、2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標である。持続可能な世界を実現するための17のゴールから構成され、地球上の誰ひとりとして取り残さないことを誓っている。SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる。(外務省のホームページから一部改変して転載)

研究支援

本研究は、横浜ゴム株式会社、日本ゼオン株式会社による支援を受けて行われました。

※バイオモノマー生産研究チームは、理研と企業が一体となる研究チームを作り社会的課題の解決につながる研究成果の実用化に取り組む「産業界との融合的連携研究制度」によって設置されました。

原論文情報

Yutaro Mori, Shuhei Noda, Tomokazu Shirai, Akihiko Kondo, “Direct 1,3-butadiene biosynthesis in Escherichia coli via a tailored ferulic acid decarboxylase mutant”, Nature communications, 10.1038/s41467-021-22504-6

発表者

理化学研究所
環境資源科学研究センター 細胞生産研究チーム
研究員 森 裕太郎(もり ゆうたろう)
(科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラムバイオモノマー生産研究チーム 研究員)
研究員 野田 修平(のだ しゅうへい)
副チームリーダー 白井 智量(しらい ともかず)
(科技ハブ産連本部 バトンゾーン研究推進プログラム バイオモノマー生産研究チーム 副チームリーダー)
チームリーダー 近藤 昭彦(こんどう あきひこ)

報道担当

理化学研究所 広報室 報道担当
横浜ゴム株式会社 経営企画部 広報室(担当:池田)
日本ゼオン株式会社 広報室

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