光学活性アミンの連続フロー合成法を新開発

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2011-11-11 東京大学

小林 修(化学専攻 教授)

発表のポイント

  • キラルアミンは小分子医薬の4割程度に含まれる重要な化合物群であり、今回これらを不斉水素化により効率的に合成を行える不均一系イリジウム触媒を新たに開発した。
  • 本触媒は連続フロー法に適用可能であり、50時間以上の連続運転を達成した。バッチ法に比べてより低い水素圧化で反応を行うことができ、更に不斉源の回収・再使用も可能であった。
  • 本系により、排尿障害の治療薬として用いられている「ハルナール」の医薬原体であるタムスロシンの鍵中間体の連続合成を達成した。

発表概要

キラリティー(注1)を持つアミン類は小分子医薬品の構造中に最も頻繁に現れる重要な化合物群のひとつである。触媒的不斉水素化(注2)による合成が、廃棄物を出さない理想的な合成法であると考えられるが、高圧水素を必要とするなどの問題点から、これを用いた工業的製法はほとんど確立されていなかった。東京大学大学院理学系研究科の小林 修教授らの研究グループは、不斉水素化反応に有効なポリスチレンに固定化した不均一系イリジウム触媒を開発し、キラルリン酸触媒を共触媒として用いる芳香環イミン類の不斉水素化及び脂肪族ケトンの還元的不斉アミノ化反応(注3)に適用した。本触媒は、バッチ法(注4)において、幅広い種類の基質に対して使用可能であった。連続フロー法(注5)では、この触媒を充填したカラムに、基質と水素を流すことによって生成物を連続的に得ることができ、従来のバッチ法よりも低い水素圧(バッチ法の20気圧に対し、3-6気圧)で反応を行うことができた。更に、キラルリン酸を捕捉可能な塩基樹脂を詰めたカラムを連結することで、キラル源の回収・再使用が可能であることを示した。本フロー法は医薬品前駆体の合成にも適用可能であり、実際に排尿障害の治療薬として用いられている「ハルナール」の医薬原体であるタムスロシンの鍵中間体の連続合成を達成した。これらの成果は高効率的なファインケミカルズの連続合成法に新たな手法を提供できると言える。

本研究成果は、アメリカの化学雑誌「Nature Catalysis」のオンライン速報版で日本時間11月11日午前0時に公開されました。

発表内容

<研究背景>
キラリティーを持つアミン(キラルアミン)類は医薬品の構造中によく現れ、小分子医薬の40%程度に含まれていると言われている重要な化合物群である。代表的な合成方法として、対応するイミン類などのプロキラル化合物(注6)の水素化があげられる。この反応は廃棄物を一切生じないため、触媒的に不斉点を導入できれば理想的な方法になる。実験室のレベルでは、不斉触媒を用いた不斉水素化がよく研究されているものの、有用な物質の多い脂肪族基質に対する反応は選択性が十分でなく、高価な貴金属触媒及び高圧の水素(5-50 気圧)を必要としていた。それ故、現行の工業的な製法としては触媒系がほとんど用いられず、依然として当量のキラル源を用いた反応や、ラセミ体の光学分割(注7)を用いる方法などが採用されている。これらの方法は高価なキラル源を大量に必要とし、かつそれらが最終的には廃棄物となってしまう。このような背景から、より実用的かつ脂肪族基質を含む広い範囲の基質に適用可能な不斉水素化触媒システムが求められていた。

近年、連続フロー法によるファインケミカルズの合成に注目が集まっている。従来、医薬品などのファインケミカルの合成にはバッチ法が主に用いられているが、工業生産においては大規模な装置を必要としていた。特に、高圧のガスを用いる反応においてはその安全性が大きな問題となり得る。一方、フロー法は安全性・再現性・生産効率に優れ、また連続的に目的物を供給できるため、必要な量だけ生産できるといったオンデマンド合成を実現できる。2011年に食品医薬品局(FDA)でも今後25年でバッチ法から連続フロー法に替わるべきだと提言されているが、これまで複雑な構造を有するファインケミカルズのフロー法による合成は難しいとされてきた。特に不斉反応を伴う連続フロープロセスは、その触媒の開発の難しさも相まってか適用例は非常に限られていた。

<研究の内容>
本研究では、イミンの不斉水素化に有効な不均一系触媒の開発を行った。報告のあるイリジウム錯体触媒をベースに、ポリスチレン中へのジアミン配位子の固定化を行った(式1)。調製したイリジウム触媒とキラルリン酸触媒を不斉源に用いた協働作用触媒系により、芳香族イミン類の不斉水素化をバッチ法で行ったところ、高いエナンチオ選択性で目的とするキラルアミン類が得られた(式2)。

式1:不均一系イリジウム触媒

式2:不斉水素化反応によるキラルアミン類の合成

本不均一系イリジウム触媒においては、ポリスチレンの基本骨格と配位子との距離を十分に離す為のスペーサー部位を導入することが、高い選択性を得るための鍵であることが分かった。脂肪族基質に関しては、対応するケトン類の還元的アミノ化による検討を行った。この反応では、イミンの調製を必要としないためより簡便な合成法である。同様の触媒系を用いたところ、高いエナンチオ選択性で種々の脂肪族キラルアミン類の合成を行うことができた(式2)。特に、排尿障害の治療薬として用いられている「ハルナール」の医薬原体であるタムスロシンの鍵中間体の合成にも成功した。

次に、本触媒を連続フロー法に適用した。芳香族イミン類の不斉水素化について、水素ガスと基質のイミンとキラルリン酸触媒のトルエン溶液を、不均一系イリジウム触媒を詰めたカラムに対して流通させることで、目的とするキラルアミンが得られた。興味深いことに、バッチ法に比べ低圧の水素(6気圧)で反応を行うことができ、エナンチオ選択性の若干の向上も見られた。本触媒系は50時間以上の連続運転にも耐え、連続的に有用化合物を合成することができた。本反応系のキラルリン酸触媒は溶液として送液しているが、触媒カラムに塩基樹脂を詰めたカラムを連結することでこれを捕捉し、反応後この樹脂を酸で処理することで回収することができた。回収されたキラルリン酸は活性、選択性を損なうことなく再利用が可能であった。  連続フロー法のバッチ法に対する優位性は、ケトン類の還元的不斉アミノ化反応においても見られ、実際に前出のタムスロシン前駆体を高い収率と選択性をもって連続合成に成功した(図1)。この系においては、3気圧程度の低圧で反応を行うことができ、30時間以上の連続運転が可能であった。

図1:連続フロー法による医薬品前駆体合成の例

<今後の展開>
本研究では、不斉水素化反応によるキラルアミン類の連続合成を可能にする、不均一系イリジウム触媒とこれを用いたフロー法の開発を行った。従来のバッチ法に比べ低圧の水素圧下で反応を行えるなど、不均一系触媒を用いた連続フロー法がより安全性や効率に優れている方法であることを示せた。これらの知見により、キラル化合物をはじめとする高付加価値化合物の工業生産法に革新をもたらすと考えられる。本研究を元に、他の種類のキラルアミン含有医薬品の効率的連続合成への展開も可能になると考えられる。

発表雑誌

雑誌名
Nature Catalysis

論文タイトル
Development of Heterogeneous Catalyst Systems for the Continuous Synthesis of Chiral Amines via Asymmetric Hydrogenation

著者
Tomohiro Yasukawa, Ryusuke Masuda and Shū Kobayashi *

DOI番号
10.1038/s41929-019-0371-y

用語解説
注1 キラリティー

分子が自身の鏡像と重ね合わせられない場合、これをキラル分子といい、この性質をキラリティーと呼ぶ。キラル分子は光学活性を持ち、鏡像の関係にある分子を光学異性体と呼ぶ。

注2 触媒的不斉水素化

わずかなキラル源を用いて理論上無限のキラル分子を合成する手法を触媒的不斉反応と呼ぶ。水素化反応は、炭素-炭素、炭素-酸素、炭素-窒素などの多重結合に対してそれぞれの原子に水素を付加する反応であり、この過程でキラル分子を生じる反応を不斉水素化反応と呼ぶ。不斉水素化反応に有効な触媒の開発に関する研究に関して、野依良治らが2001年にノーベル化学賞を受賞している。

注3 還元的不斉アミノ化反応

還元剤を用いてキラルアミンを合成する方法。本研究では、ケトンとアミンを縮合させた中間体を水素で還元することによりアミンを合成している。

注4 バッチ法

反応に用いる出発原料等をフラスコや反応釜に一度に入れて反応させ、反応後にまとめて排出させる反応方法。

注5 連続フロー法

反応に用いる原料の溶液をポンプを使って送液し、反応カラムに送り込む装置。原料としては溶液のみでなく、水素ガス等の気体も用いることができる。反応カラムは筒状をしており、触媒を充填しておくことによって目的の反応が促進される。連続フロー法では、片方の口から溶液を入れもう片方の口から排液される為、連続的に目的物を得ることが可能、また欲しい時に欲しい量だけ合成を行うことが可能である。

注6 プロキラル化合物

それ自体はキラリティーを持たないが、適当な付加反応や置換反応を受けることによって、一段階でキラリティーを持つ化合物に変換可能な化合物のこと。

注7 ラセミ体の光学分割

あるキラル分子の光学異性体が1:1で含まれる混合物をラセミ体と呼び、これをそれぞれのキラル分子に分離する操作を光学分割と呼ぶ。別のキラル分子を分割剤として作用させ塩を組ませ立体異性体へと変換してから分離する方法が主である。理論上最大でも50%の収率でしか目的キラル分子を得ることができない。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

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