PETで撮像できるポジトロン放出核種セシウム-127トレーサの開発に世界で初めて成功
2020-10-15 量子科学技術研究開発機構,東北大学,日本原子力研究開発機構
【発表のポイント】
- ヨウ化ナトリウムにヘリウムイオンビームを照射し、ポジトロン放出核種セシウム-127(Cs-127)を製造。
- セシウムイオンを選択的に捕集するグラフト重合材を用いて、Cs-127トレーサを精製。
- 生きた動物体内におけるセシウムの動きをPETとCs-127トレーサで可視化することに成功。
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構(理事長 平野俊夫)量子ビーム科学部門高崎量子応用研究所プロジェクト「RIイメージング研究」の鈴井伸郎主幹研究員と河地有木プロジェクトリーダー、プロジェクト「環境資源材料研究」の瀬古典明プロジェクトリーダーらは、国立大学法人東北大学(総長 大野英男)サイクロトロン・ラジオアイソトープセンターの渡部浩司教授ら、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄)福島研究開発部門廃炉環境国際共同研究センターの柴田卓弥研究副主幹と共同で、ポジトロン放出核種セシウム-127(Cs-127)トレーサを開発することで、生きた動物体内に取り込まれたセシウムの動きを可視化することに成功しました。
東京電力福島第一原子力発電所事故後、環境中に放出されたCs-134やCs-137といった放射性セシウム1)への関心が高まりました。特に体内に取り込まれたこれらセシウムの動きを追跡することは、誤って摂取したり、吸い込んだりした場合の内部被ばくの影響を理解することに役立ちます。そこで私たちは、がん検診に用いられるポジトロン断層法(PET)2)により、体内に取込んだセシウムの動きをトレースするためのポジトロン放出核種Cs-127の製造と精製方法の開発に取り組みました。Cs-127はセシウムの同位体で、体内でCs-134やCs-137と同じ動きをします。このCs-127は、サイクロトロン3)で加速した高エネルギーのヘリウムイオンビームをヨウ化ナトリウム試料に照射することで製造します。この照射試料内に生成したCs-127の量はごく僅かで、トレーサとして用いるためにはその2億倍の量のナトリウムイオン等を除去する必要がありました。そこで、量子技術で作製したセシウムイオンを選択的に捕集するグラフト重合材4)を利用し、Cs-127を分離精製する技術を開発しました5)。得られたCs-127トレーサを生きたラットに投与してPETで撮像したところ、取り込まれたセシウムが体内の様々な臓器へ分布する様子を世界で初めて可視化することに成功しました(図1)。
私たちの開発したCs-127トレーサを用いることで、環境中に放出された放射性セシウムによる内部被ばく線量の評価研究に役立つと考えています。また、植物研究にも利用することで、作物のセシウム輸送メカニズムの解明研究への貢献が期待できます。なお、この成果はネイチャー出版グループが発行する世界最大の学術誌「サイエンティフィック・リポーツ」に、2020年10月15日(木)18:00(日本時間)に掲載されます。本研究は文部科学省科学研究費による補助を受けて実施されたものです。
【補足説明】
(背景)
東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、環境中に放出されたCs-134やCs-137といった放射性セシウムに対する関心が高まりました。特に放射性セシウムが畜産物や農作物などを介して体内に吸収され、臓器に移行し、体外に排出されるまでの動きを詳細に説明する、セシウム元素の生体内動態モデルについて、多くの研究がなされてきましたが、摂取直後の体内動態については、詳細な知見はありませんでした。体内に取り込まれたこれら放射性セシウムの動きを可視化できれば、誤って摂取したり、吸い込んだりした場合の内部被ばくの影響を理解することに役立ちます。また、生体からのセシウム排出のメカニズムを解明し、放射性セシウムの体外除染剤等の開発にも役立つのではないかと考えました。
(ポジトロン放出核種セシウム-127トレーサの開発)
以上の様な背景から、我々は一般的ながん検診に用いられるPETで撮像可能なポジトロン放出核種Cs-127の製造に取り組みました。まず、サイクロトロンで高速に加速したヘリウムイオン(α粒子)ビームをヨウ素に照射することで生じる「127I(α, 4n)127Cs」という核反応を利用しました。加速エネルギー が55 MeV、電流値が0.5 µAのヘリウムイオンビームを、125 mg(0.8 mmol)のヨウ化ナトリウム試料に2時間照射することで、放射能量80 MBqのCs-127が生成できました。このCs-127をモル数に換算すると4.3 pmolであり、極めて少ない量となります。Cs-127をトレーサとして用いる為には、このごく微量なCs-127の周辺に存在する2億倍の量のヨウ素イオンとナトリウムイオンを除去する必要がありました。ヨウ素イオンについては、陰イオン交換カラムで簡単に除去できましたが、ナトリウムイオンはセシウムイオンと性質が似ているため、除去することが困難でした。そこで、我々は、セシウムを選択的に捕集するリンモリブデン酸アンモニウムを放射線グラフト重合で布に固定した材料に着目し、このセシウム捕集材を用いてナトリウムイオンの除去を行い、Cs-127トレーサを精製しました。
(PET撮像)
得られたCs-127トレーサを生きたラットの尾静脈内に投与し、PETで撮像したところ、生体内のセシウムの動きを1時間ごと4時間まで撮像することに成功しました。X線CT画像と重ね合わせた結果、Cs-127トレーサは血流を通して腎臓、小腸、唾液腺、心臓などの臓器に集積した後、徐々に各臓器の外に移動していました(図1)。
(今後の展開)
これまで体内の放射性セシウムはフォールボディカウンタを用いて計測されてきましたが、摂取直後からリアルタイムに体内のセシウムの分布を見ることはできませんでした。今回開発した技術を用いることにより、各臓器内のセシウムの量が摂取後からリアルタイムに観測できます。放射性セシウムの各臓器への移行率を非破壊的に計算できるようになり、内部被ばく線量の評価研究に役立つと考えています。また、これまで我々が実施してきた植物ポジトロンイメージング装置6)を用いた研究にも利用することで、作物のセシウム輸送メカニズムを解明し、農作物への放射性セシウムの低減技術の開発を目指します。
(本研究の各担当)
Cs-127製造技術の開発:量子科学技術研究開発機構
Cs-127トレーサ精製技術の開発:日本原子力研究開発機構、量子科学技術研究開発機構
Cs-127トレーサの濃縮分離技術:日本原子力研究開発機構
セシウム捕集材の開発:量子科学技術研究開発機構
PET撮像実験:東北大学、量子科学技術研究開発機構
研究の統括:量子科学技術研究開発機構
【用語解説】
1)セシウム、放射性セシウム、ポジトロン放出核種セシウム
セシウムは天然に存在するアルカリ金属の一つで、ナトリウムやカリウムと同族の元素です。原子力発電所の事故以降、注目されたCs-134(半減期:2.07年)やCs-137(半減期:30.1年)といった放射性セシウムは、原子炉内の核分裂で生じる放射性同位元素です。また、ポジトロン放出核種セシウムCs-127(半減期:6.25時間)も放射性セシウムですが、サイクロトロンを用いた核反応により製造でき、放出されるポジトロンをたよりにPETで撮像できます。このCs-127を用いて、天然に存在するセシウムの体内の詳細な動きが明らかになれば、意図せず取り込まれた放射性セシウムの動きを容易に推定できるようになり、この影響を調べることができます。
2)PET(Positron Emission Tomography)
ポジトロン断層法の略称。体内の元素の動きを生きたままの状態で体外から見ることができる技術の一種です。特定の放射性同位元素から放出される陽電子(Positron)の体内分布を画像化します。最も良く用いられるのはがん検診で、これはポジトロンを放出するフッ素-18(F-18)で標識したフルオロデオキシグルコース(F-18 FDG)ががん細胞に取り込まれる性質を利用しています。
3)サイクロトロン
イオンを電磁気の力で光の速さに近くなるまで加速する装置です。サイクロトロンから発生させた高速のイオンビームを物質に照射することで、核反応が起こり、ポジトロンを放出する放射性同位元素が生成されます。
4)放射線グラフト重合
ビニール袋などに使われているポリエチレンなどのプラスチック素材に放射線を照射した後、素材の性質を維持した状態で、接ぎ木のように新たな機能を導入し、プラスチックの特性を改良する技術です。
5)セシウム捕集カラムによるCs-127の精製
放射線グラフト重合によりセシウムを選択的に捕集する機能を導入した材料をカラムに充填し(図2)、この捕集カラムに大量のナトリウムイオンと微量のCs-127を含む溶液を流します。捕集カラムによる精製の様子を平面型のポジトロンイメージング装置で観察したところ、この時点で、ほぼ全てのCs127がカラムに濃縮されました(図3上)。その後、1 mMの硫酸アンモニウムを流すことで、55%の収率でCs-127を溶出しました(図3下)。
6)植物ポジトロンイメージング装置
PETと計測の原理は同じですが、植物を撮像するために特化したイメージング装置です。温度と湿度を制御した人工気象器の中でポジトロン放出核種の動きを画像化できるので、植物の生理機能の解析に適しています。
【論文情報】
鈴井 伸郎a, 柴田 卓弥b, 尹 永根a, 船木 善仁c, 栗田 圭輔a, 保科 宏行a, 山口 充孝a, 藤巻 秀a, 瀬古 典明a, 渡部浩司c, 河地 有木a, “Non-invasive imaging of radiocesium dynamics in a living animal using a positron-emitting 127Cs tracer”, Scientific Reports(2020).
(a量子科学技術研究開発機構, b日本原子力研究開発機構, c東北大学)