太陽放射線被ばく警報システム(WASAVIES)の開発に成功

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ICAOグローバル宇宙天気センターの一員としてデータ提供開始

2019-11-07

国立研究開発法人情報通信研究機構
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所
国立大学法人広島大学
独立行政法人国立高等専門学校機構茨城工業高等専門学校
国立大学法人名古屋大学

  • 太陽フレアに伴う放射線被ばく線量の増加をリアルタイムに推定できるシステムを開発
  • 地球上のあらゆる場所の地表面から高度100kmまでの宇宙放射線被ばく線量推定が可能
  • 世界中の航空機乗務員等の宇宙放射線被ばく管理、運航管理に必須の情報としてICAOへ提供

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT、理事長:徳田英幸)、国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長: 児玉敏雄)、大学共同利用機関法人情報・システム研究機構国立極地研究所(所長:中村卓司)を中心とする研究グループは、太陽フレア(*1)発生時に飛来する太陽放射線(*2)の突発的な増加を地上と人工衛星の観測装置を用いてリアルタイムに検出し、太陽フレア発生直後から太陽放射線による被ばく線量を推定する、太陽放射線被ばく警報システムWASAVIES(ワサビーズ)の開発に成功しました。

本技術の開発により、太陽フレアに伴う放射線被ばく線量を地球上の高度100kmまでのあらゆる場所でリアルタイムに推定できるようになりました。これにより、航空機乗務員等の被ばく線量をリアルタイムに監視し、必要に応じて航路を変更するなど、航空機の運航管理に利用される宇宙天気情報の一つとして、宇宙放射線被ばくに関する情報提供ができるようになりました。

2019年11月7日(木)から、NICTはアジアで唯一、国際民間航空機関(ICAO)のグローバル宇宙天気センターの一員として通信・衛星測位・放射線被ばくに関する情報を提供していくこととなりました。本技術は、その運用に不可欠な情報として活用されていく予定です。

図1:成田-ニューヨーク線の航路に沿った被ばく線量の例

背景

近年、様々な分野で宇宙天気情報のニーズが高まりつつあります。特に航空業界では、2011年から民間航空機の運航に際して宇宙天気情報の利用が義務化され、国際民間航空機関(ICAO)を中心にその準備が進められてきました。NICTは日本の宇宙天気予報機関として、アジアで唯一ICAOグローバル宇宙天気センターの一員として認証されました。2019年11月7日(木)にサービスの提供を開始します。

ICAOでは、主に太陽活動を原因とする無線通信障害、測位誤差の増大と並んで、宇宙放射線(*2)による被ばく線量の増加を懸念しており、宇宙天気情報として宇宙放射線被ばくに関する情報を提供することが決められています。また、航空機乗務員の宇宙放射線による被ばくは、職業被ばくとして認定されているため、民間航空会社では、乗務員の放射線被ばく管理を行うことが必要とされています。(ただし、地上への被ばくの影響はほとんどないことが確認されています。)

このような背景から、研究グループでは、宇宙放射線による被ばくに関する情報提供を目指し、太陽放射線被ばく警報システムの開発を進めてきました。

宇宙から飛来する放射線は、太陽系外から定常的に飛来している銀河宇宙線(*2)と、太陽フレア発生時に突発的に太陽から飛来する太陽放射線に大別されます。銀河宇宙線による被ばく線量は、短期間ではほとんど変化しないため比較的容易に推定することができ、そのためのシステムは既に実用化され、一部の民間航空会社などで乗務員の宇宙放射線被ばく管理に利用されてきました。

一方で、太陽放射線は、平均年1回程度発生する大規模太陽フレアに伴って突発的に増加し、数時間程度で減少するため、太陽フレアの発生予測が困難である現状では、被ばく線量をリアルタイムに推定することは困難でした。

今回の成果

今回の研究では、太陽放射線の突発的な増加をリアルタイムに検出し、それをトリガとして大気圏内の任意地点における太陽放射線による被ばく線量を、太陽フレア発生直後からリアルタイムに推定する太陽放射線被ばく警報システムWASAVIES(ワサビーズ)を開発しました。

太陽放射線による被ばく線量を推定するシステムは世界中で開発されていますが、これらのシステムは地上か人工衛星のどちらかの観測データのみを用いたシステムです。一方で、本研究グループが開発したWASAVIESは、ほかのシステムと異なり、地上での太陽放射線量の増加を検出した直後に人工衛星の観測データも用いて被ばく線量を評価することで、地表から高度100kmまでの地上のあらゆる場所で、高い精度での被ばく線量推定が可能になりました。

このシステムは、異なる分野の研究者がそれぞれ開発したモデルを一つに統合することで、太陽から放出された太陽放射線が地上に到来する間に起こる様々な過程を精度良く再現することができるようになり、太陽放射線による被ばく線量の増加をリアルタイムに推定することが可能になりました。

WASAVIESにより、航空機乗務員の太陽放射線による被ばく線量をリアルタイムに監視することができるようになり、宇宙放射線による被ばく線量が高い航路を避けたり、運航高度を下げたりするなど、世界中の民間航空機の運航に必須の情報として利用されることが期待されます。図1、2にWASAVIESの表示例を示します。

本研究は、宇宙天気、太陽物理、超高層大気、原子核物理、放射線防護など様々な分野の研究者が連携して達成した異分野融合研究の成功例といえます。

WASAVIESにより発信される情報は、以下のホームページから閲覧することができます。
https://wasavies.nict.go.jp/

図2:WASAVIESにより推定された過去の大規模太陽フレア時の航空機高度における宇宙・太陽放射線による被ばく線量分布
白い線は被ばく線量を特に詳細に推定する航空路を表す。

今後の展望

今後は、今回開発した太陽放射線被ばく警報システムWASAVIESを、被ばく線量のリアルタイム推定だけでなく、現在試行的に行っている予測についても実用に耐え得る精度に向上させていきます。さらに、本システムを宇宙空間まで拡張することで、今後盛んになると期待される有人月・惑星探査などでの宇宙飛行士の被ばく管理や、大規模太陽フレア発生時の宇宙飛行士の退避判断などにも利用できるシステムを目指します。

NICTは、今後とも宇宙天気に関する最新の知見をICAOに提供することで、より安心・安全な航空運用に資するよう努力していきます。

太陽放射線被ばく警報システム(WASAVIES)の詳細

WASAVIES(WArning System for AVIation Exposure to Solar energetic particles)は、航空機高度における宇宙放射線被ばく線量をリアルタイムで推定し、急激な被ばく線量の上昇が検知された場合は、警報を発信するシステムです(図3参照)。このシステムは、主に以下の3つの数値シミュレーションから構成されています。

①太陽から放出された太陽放射線が、地球近傍まで伝搬してくる様子を再現するシミュレーション(NICTが開発)

②地球近傍に到来した太陽放射線が、地球磁気圏内を地球大気上層部まで伝搬してくる様子を再現するシミュレーション(国立極地研究所及び茨城工業高等専門学校が開発)

③太陽放射線が地球大気内で起こす核反応を再現し、被ばく線量を計算するシミュレーション(日本原子力研究開発機構が開発)

図3:WASAVIES概念図

これらの数値シミュレーションを統合することで、太陽放射線による航空機高度での被ばく線量を計算することができるようになります。さらに、これらのシステムをリアルタイムに動作させるため、地上の中性子モニター(*3)と米国の気象衛星GOES(*4)で観測される太陽放射線の突発的な増加をリアルタイムに検出するアルゴリズムを、広島大学が中心に開発しました。過去の大規模太陽フレア時に発生した太陽放射線現象のデータを用いたシステムの性能評価は、名古屋大学を中心に行われました。性能評価の結果、太陽放射線現象が発生していない場合は±10%、太陽放射線現象が発生している場合でも±数10%程度の精度で被ばく線量を推定できることが分かりました。

このシステムは、地球上のあらゆる場所で、地表面から上空高度100kmまでの範囲での宇宙放射線による被ばく線量の計算ができます。さらに、特定の航空路に沿った被ばく線量を計算することもできます(図1参照)。

なお、本研究の一部は、文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「太陽地球圏環境予測:我々が生きる宇宙の理解とその変動に対応する社会基盤の形成」(領域代表者:草野完也、名古屋大学宇宙地球環境研究所長)の一環として、JP15H05813、JP15H05815、JP16H01180の助成を受けて行われました。

WASAVIESホームページ(https://wasavies.nict.go.jp/)では、WASAVIES推定された現在の被ばく線量や、WASAVIESについての詳細を見ることができます。

用語解説

*1 太陽フレア
太陽表面で発生する爆発現象で、ほとんどの場合は太陽黒点周辺で起こる。規模の大きな太陽フレアが発生すると、電波や可視光、紫外線、X線などの電磁波だけでなく、放射線被ばくの原因となる太陽放射線が放出されることがある。太陽フレアの発生頻度は、約11年の周期で変動する太陽活動の大小に大きく依存するが、放射線被ばくの原因となるような大規模な太陽フレアは、平均すると年1回程度の頻度で発生する。

GOES衛星による太陽X線の観測値
2017年9月10日(UT)の太陽フレアに伴い、僅かな被ばく線量の増加が起こった。

*2 宇宙放射線
宇宙から飛来する放射線は、太陽系外から定常的に飛来している銀河宇宙線と、太陽フレア発生時に突発的に太陽から飛来する太陽放射線(太陽高エネルギー粒子、太陽宇宙線とも呼ばれる)に大別される。銀河宇宙線量は、約11年周期で変動する太陽活動に連動して変化するため、数日という短い時間スケールではほとんど変化しない。一方で、太陽放射線は、大規模太陽フレアに伴って突発的に増加し、数時間の時間スケールで減少する。太陽放射線は、極端な場合には銀河宇宙線量の100~1000倍にも達することもある。
銀河宇宙線も太陽放射線も主成分は水素の原子核(陽子)であり、これらが地球大気に飛び込むと、大気を構成する様々な原子、分子と核反応を起こし、中性子やガンマ線、ミューオンなどを発生させる。これらを二次宇宙線と呼び、この二次宇宙線が航空機などの被ばく線量の増加を引き起こす。ただし、地上への影響はほとんどない。

*3 中性子モニター
宇宙・太陽放射線が、地球大気中で核反応を起こした結果発生した中性子を地上で検出する装置。多数の中性子モニターが世界中で稼働しており、これらのデータはインターネット上でリアルタイムに公開されている。

*4 人工衛星GOES
米国が静止衛星軌道に打ち上げた気象衛星(GOES: Geostationary Operational Environmental Satellite)。突発的な太陽放射線の増加を検知するため、様々な放射線検出器を搭載しており、それらのデータはインターネット上でリアルタイムに公開されている。

各機関の役割分担

・情報通信研究機構: 太陽放射線到来シミュレーションの開発、情報公開のためのホームページの開発と運用
・日本原子力研究開発機構: 大気中での核反応シミュレーションの開発、全シミュレーションの統合システムの開発
・国立極地研究所: 磁気圏内での伝搬シミュレーションの開発
・広島大学: リアルタイムイベント検出アルゴリズムの開発
・茨城工業高等専門学校: 磁気圏内での伝搬シミュレーションの改良
・名古屋大学: 過去データを利用したシステム性能の評価

論文情報

論文1
タイトル: Real-Time and Automatic Analysis Program for WASAVIES: Warning System for Aviation Exposure to Solar Energetic Particles
掲載誌: Space Weather, 16, 924-935 (2018)
URL: https://doi.org/10.1029/2018SW001873
著者: 佐藤達彦(1)、片岡龍峰(2,3)、塩田大幸(4,5)、久保勇樹(4)、石井守(4)、保田浩志(6)、三宅晶子(7)、Park In Chun(5)、三好由純(5)
所属: 1日本原子力研究開発機構、2国立極地研究所、3総合研究大学院大学、4情報通信研究機構、5名古屋大学、6広島大学、7茨城工業高等専門学校

論文2
論文名: Radiation Dose Nowcast for the Ground Level Enhancement on 10-11 September 2017
掲載誌: Space Weather, 16, 917-923 (2018)
URL: https://doi.org/10.1029/2018SW001874
著者: 片岡龍峰(1,2)、佐藤達彦(3)、三宅晶子(4)、塩田大幸(5,6)、久保勇樹(5)
所属: 1国立極地研究所、2総合研究大学院大学、3日本原子力研究開発機構、4茨城工業高等専門学校、
5情報通信研究機構、6名古屋大学

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