銅酸化物高温超伝導体に潜む30年来の未解決問題に終止符
2020-08-20 東京大学,東京理科大学,理化学研究所
発表のポイント
- 銅酸化物高温超伝導体の内部に、構造的に平らで電荷分布も均一となる乱れの無い極めて綺麗な結晶面を見出し、そこで発現する高温超伝導電子を初めて観察しました。
- 高温超伝導電子が反強磁性電子と共存する性質を実験的に明らかにしました。
- これまで研究されてきた高温超伝導状態は乱れた結晶面に特化したものである可能性を示唆しており、高温超伝導体の研究分野に新しい展開をもたらしました。
発表概要:
東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻 博士課程3年の國定聡大学院生、同学物性研究所の近藤猛准教授、および東京理科大学大学院基礎工学研究科電子応用工学専攻の磯野隼佑大学院生(当時)、同学基礎工学部電子応用工学科常盤和靖教授の研究グループは、東京大学物性研究所の小濱芳允准教授、東京理科大学理学部第一部応用物理学科の遠山貴巳教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの酒井志朗上級研究員らの協力のもと、銅酸化物高温超伝導体が示す、反強磁性と高温超伝導が共存する性質を解明しました。
高温超伝導は、20世紀後半の物理学における最も重要な発見の一つです。モット絶縁体(注1)である反強磁性銅酸化物に伝導性キャリア(ホールまたは電子)を注入したときに発現する高温超伝導が1986年に発見されて以来、その物理的性質があらゆる角度から研究されてきました。しかし、高温超伝導の発現機構に関する統一した理解がいまだ確立していません。中でも最も基礎的かつ重要な問題が、「モット絶縁体を形成する反強磁性電子と、キャリア注入により形成される高温超伝導電子との関係」です。
本研究では、構造的に平らでかつ電荷分布が均一で綺麗な超伝導結晶面を内部にもつ多層型の銅酸化物高温超伝導体(図1(b)、注2)に着目し、レーザー光電子分光(注3)を用いた電子構造の精密測定、および強い磁場を用いた量子振動(注4)測定を行うことで、反強磁性を乱さずに高温超伝導電子が形成される性質を解明しました。
本成果は、Science 誌(米国東部夏時間8月14日)に掲載、特に重要な論文として紹介されるPERSPECTIVESに選ばれました。
図1. 銅酸化物高温超伝導体の結晶構造として、これまで研究されてきたシンプルな構造を持つ1層型(a)と、本研究で対象とした5層型(b)を示す。銅酸化物高温超伝導体は二枚の電荷供給層によってCuO2面が挟まれている形が基本的な構造となる。この電荷供給層に酸素アニールや元素置換を施すことで、ホールや電子を超伝導層(CuO2面)に供給しCuO2面の電子濃度を変化させると超伝導が発現する。1層型(a)では、電荷供給層にCuO2面が直接接することで電子状態が乱れる。一方、5層型(b)では、電荷供給層とは直接接することなく、また外側のCuO2面によって守られた「綺麗なCuO2面」を内側に有する。本研究では、「綺麗なCuO2面」の超伝導状態を初めて観測することに成功した。
発表内容:
① 研究の背景
液体窒素温度(-196℃)以上の高温においても超伝導が発現する高温超伝導物質が、1986年に銅酸化物で発見されました。この特異的な現象そのものへの驚きと、それを用いた技術革新への期待から、高温超伝導が発現するメカニズムの解明に向けて、実験及び理論の両面から、ありとあらゆる研究がこれまでに行われてきました。しかしながら、高温超伝導のメカニズムについてはいまだ統一した見解が得られておらず、今なお科学者を魅了し悩ませ続けています。
中でも特に重要な未解決問題が、反強磁性電子と高温超伝導電子の関係です。それを映し出すものが、固体内を伝導する電子の運動量とエネルギーの関係をプロットした際に描かれる模様(フェルミ面(注5))です。銅酸化物高温超伝導体の超伝導は、モット絶縁体である反強磁性銅酸化物にキャリアを注入することで発現します。その際に「反強磁性を乱さずに超伝導電子を形成できるのか」、はたまた「超伝導電子の形成には反強磁性を乱すことを前提とするのか」、の2択で大きな論争がありました。それらを特徴付けるのが、「小さなフェルミ面」および「大きなフェルミ面」(図2)です。しかし、これまでの研究では、一部が消失したアーク状のフェルミ面のみが観測されており、「小さなフェルミ面」か「大きなフェルミ面」のどちらかを決定できずにいました。
図2. 銅酸化物高温超伝導体は、キャリアを注入されていない状態では反強磁性モット絶縁体であり、CuO2面にある一定量以上のキャリアを注入することで超伝導体となる。本研究では、少量のキャリアを注入し超伝導化させた「綺麗なCuO2面」の電子状態を観測した。反強磁性状態の電子は、磁性の最小単位であるスピンが、アップとダウンの向きで交互に周期的な配列を組む(c)。これまで観察されてきた「乱れたCuO2面」では、欠陥や不均一性の影響でスピンの周期的配列が難しく、キャリアの量を増やして行った際、超伝導が発現する前にまず反強磁性状態が壊れるため(a)、反強磁性状態(反強磁性電子)と超伝導状態(高温超伝導電子)は共存していなかった。両者が共存するか否かは、最大のエネルギーを持つ電子の運動量をプロットし描かれる模様(フェルミ面)を観察すれば判別できる。壊れた反強磁性状態を背後に波として物質内を伝導する電子は、様々な運動量を持ち得るためフェルミ面が大きくなる(b)。対照的に、綺麗に配列した反強磁性電子を背後に伝導する電子の波は変調を受け、持ち得る運動量が限定されるため、フェルミ面は小さくなる(d)。本研究では、「綺麗なCuO2面」の観察から、「小さなフェルミ面」を同定し、反強磁性電子と高温超伝導電子が共存できることを実証した。
高温超伝導のメカニズムを解明する上では、実験と理論とでの良い一致が要求されますが、その構築の際に理論で想定する、平らでかつ電荷分布が均一となる「綺麗な超伝導面」を現実世界に見出せずにきたことが、足かせとなっていました。
② 研究内容と成果
銅酸化物高温超伝導体の超伝導は、電荷供給層から超伝導面(CuO2面: 注6)へキャリアが注入されることで発現します。これまでの研究では、CuO2面が1枚または2枚ある構造的にシンプルな物質が主な対象でした(図1(a))。これらは合成し易い利点がある一方、電荷供給層が超伝導面に直接接する影響から、構造的に歪みが生じ、またキャリア注入に伴うランダムな元素置換により電荷分布が不均一となる、「乱れた超伝導面」が形成されることが指摘されていました。それを解消するため本研究グループは、CuO2面を5枚持つ多層型銅酸化物高温超伝導体に着目しました(図1(b))。この物質は、電荷供給層に隣接しない内側に配置されたCuO2面を有します。この内側のCuO2面は、構造的に平らになると同時に、電荷供給層がもたらす空間的に不均一なキャリア注入や欠陥の影響から外側のCuO2面によって保護されているため、理想に近い極めて「綺麗な超伝導面」として機能することが期待されます。本研究グループは、精密なレーザー光電子分光測定および強い磁場を用いた量子振動測定から、外側のCuO2面に比べ内側のCuO2面では伝導電子の散乱が抑制され寿命がより長く、確かに「綺麗な超伝導面」が形成されていることを見出しました。また、その「綺麗な超伝導面」において、30年もの間予想されつつも観察されずにいた「小さなフェルミ面」を初めて観察することに成功しました(図3)。「小さなフェルミ面」は反強磁性状態を反映しており、また同時に我々はこの「小さなフェルミ面」に超伝導電子の存在を確認しています。
図3. 本研究によって、「綺麗なCuO2面」では反強磁性状態を保持したまま超伝導が発現できることが明らかとなった。その実証のため我々は、レーザー光電子分光(b)と量子振動測定(e)によってフェルミ面を詳細に観察した。本研究の対象である5層型の銅酸化物高温超伝導体は、電荷供給層に直接接する「乱れたCuO2面」と内側に守られた「綺麗なCuO2面」を共に有する(図1b参照)。それに対応して、様々な銅酸化物高温超伝導体でこれまでも観察されてきたアーク状のフェルミ面(「大きなフェルミ面」; a,d)だけでなく、「小さなフェルミ面」(c,f) が初めて観察された。「小さなフェルミ面」は大小2枚が観察されたが(b)、それは、「綺麗なCuO2面」が結晶の中心に位置する面と中心から外れた面の2種類あることに由来する(図1b参照)。それら大小2枚の「小さなフェルミ面」は、量子振動測定からも観察された(e)。
本結果は、反強磁性を乱さずに超伝導電子を形成できることを示しており、30年来の大きな論争に終止符を打つこととなりました。
③ 社会的意義・今後の予定など
本研究により、理論上でのみ存在していた「綺麗な超伝導面」を現実世界に見出し、銅酸化物高温超伝導体の発見以降30年以上もの間未解決問題となっていた「小さなフェルミ面vs大きなフェルミ面」の論争に終止符が打たれました。
本結果は、今後、高温超伝導のメカニズムを解明する上で多大な波及効果をもたらすものと考えられます。特に、これまで認知されてきた電子相図(注7)が、結晶面の歪みと不均一な電荷分布を伴う「乱れた超伝導面」に特化したものである可能性が出てきたため、今後、「綺麗な超伝導面」を舞台とする銅酸化物高温超伝導体の「真の」電子相図を解明する必要があり、高温超伝導体の研究分野に新たな扉が開かれたと言えます。
なお、本研究は、日本学術振興会の科学研究費(課題番号 JP19K03722, JP18H01165, JP16H06345, JP19H01829, JP19H02683 JP19H02594, JP18H01163, JP19H00651, JP19H05825)文部科学省の光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP 課題番号 JPMXS0118068681)の助成を受けて実施されました。
発表雑誌:
雑誌名:「Science」(オンライン版米国東部夏時間8月14日掲載)
論文タイトル:Observation of small Fermi pockets protected by clean CuO2 sheets of a high-Tc superconductor
著者:So Kunisada, Shunsuke Isono, Yoshimitsu Kohama, Shiro Sakai, Cedric Bareille, Shunsuke Sakuragi, Ryo Noguchi, Kifu Kurokawa, Kenta Kuroda, Yukiaki Ishida, Shintaro Adachi, Ryotaro Sekine, Timur K. Kim, Cephise Cacho, Shik Shin, Takami Tohyama, Kazuyasu Tokiwa, Takeshi Kondo
DOI:10.1126/science.aay7311
用語解説:
- (注1)モット絶縁体:
- 通常の絶縁体では、電子が波として固体内に広がりつつも、正味の電荷の流れはキャンセルし合い、電流が流れません。通常の絶縁体とは異なり、電子同士のクーロン反発が大きすぎて、電子が原子間を伝搬できず(つまり電子を波として定義できず)に各イオンに束縛され、その結果電流を流さない絶縁体をモット絶縁体と呼びます。
- (注2)多層型銅酸化物高温超伝導体:
- 1986年にベドノルツとミューラーがLa-Ba-Cu-O系物質において高い超伝導転移を発見したのを発端に、短期間の内に次々と高い超伝導を示す銅酸化物の類似物質が発見されました。それらを銅酸化物高温超伝導体と呼びます。その中でも、単位結晶構造内に3層以上の超伝導層(CuO2面)を持つ物質群を多層型銅酸化物高温超伝導体と言います。この物質群は、電荷供給層に直接接する外側のCuO2面と、電荷供給層に直接接することなくより内側に位置するCuO2面を持ちます。
- (注3)レーザー光電子分光:
- 物質に光を照射すると、電子(光電子)が試料から真空中へ放出されます。その光電子の運動エネルギー、および脱出角度を調べることによって、物質中の電子のエネルギーと運動量を観測できる(つまり電子構造を決定できる)実験手法です。励起光として、高強度で単色性の高いレーザーを組み合わせたレーザー光電子分光では、特に高い精度で物質の情報を抽出することができます。本研究では、物性研究所で開発された、超高分解能なレーザー光電子分光装置を利用しました。
- (注4)量子振動:
- 強い磁場を物質に印加すると、不連続(離散的)なエネルギーの準位が形成されます。それを反映し、様々な物理量(電気的および磁気的性質)が磁場の強さと共に振動する振る舞いを量子振動と呼びます。量子振動を観測する事で、フェルミ面に関する詳細な情報が得られます 。
- (注5)フェルミ面:
- 物質内の電子が持ち得るエネルギーと運動量を3次元的にプロットしたものを電子構造と言い、個々の物質に固有な形状となります。その電子構造において、物質内の電子は、エネルギーの低い準位から占有されます。物質内の全ての電子が電子構造に占有された際に、最大となるエネルギーにおける電子構造の等エネルギー面をフェルミ面と言います。フェルミ面は、各物質が示す電気特性を司るため、とても重要な構造です。
- (注6)CuO2面:
- 銅酸化物高温超伝導体には様々な種類の結晶が見つかっていますが、それらが共通して持ち、超伝導を担う2次元的な結晶面が、銅と酸素で構成されたCuO2面です。単位結晶構造内にあるCuO2面の枚数が3層以上のものを特に多層型銅酸化物高温超伝導体と呼び、本研究で対象としました。
- (注7)電子相図:
- 銅酸化物高温超伝導体は、キャリアを注入しなければモット絶縁体ですが、十分な量のキャリアを注入すると超伝導が発現します。キャリアの量と共に超伝導転移温度は上昇しますが、あるキャリア量を境に転移温度は減少し、さらに増やすと超伝導から超伝導を示さない金属へと変化します。このように、キャリア量と共に変化する物質の電子状態を描いた図を電子相図と言います。