正負のミュオンで捉えたイオンの動き ~Liイオンの動きを、負ミュオンで確認、正ミュオンで詳細観察~

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2020-08-07 中性子科学センター,理化学研究所,高エネルギ-加速器研究機構

発表のポイント
  • リチウムの作る微小な核磁場とその揺らぎを正負のミュオンで検出
  • リチウム拡散を負ミュオンで証明し、その詳細挙動を正ミュオンで測定
  • ハイブリッド測定「μ±SR」を提唱し、各種イオン拡散材料へ応用
概要

一般財団法人総合科学研究機構(CROSS)中性子科学センターの杉山 純サイエンスコーディネータ(高エネルギ-加速器研究機構 物質構造科学研究所 協力研究員)は、国立研究開発法人理化学研究所(理研)仁科加速器科学研究センターの石田勝彦協力研究員らと共同で、負電荷を有するミュオン※1(μ)が物質中では原子核に捕獲されて動かないことに注目し、世界で初めて負ミュオンスピン回転緩和法(μSR)※2と正ミュオンスピン回転緩和法(μ+SR)を組み合わせたハイブリッド測定「μ±SR」を提唱し、これにより電池材料中でリチウムの拡散を確認し、その拡散係数の導出に成功しました。本成果は、英国ラザフォードアップルトン研究所内の理研RALミュオン施設※3の負ミュオンビームと多素子検出器の組み合わせ、さらに適切な測定材料の選択により得られました。μ±SRは、電池や水素貯蔵などのエネルギー関連材料中で重要なリチウム・ナトリウム・カリウム・水素と言ったイオンの状態や運動を調べるのに重要な道具となることが実証されました。今後、世界中のユーザーによりエネルギー関連材料のμ±SR研究が深化・発展していくことが期待されます。なお、この研究成果は、米国物理学会の新たなオープンアクセス誌Physical Review Research誌に7月29日に掲載されました。本研究はJSPS科研費 JP18H01863の助成を受けたものです。

背景

電池では、イオンの拡散しやすさが性能を決める要因の一つであることが分かっています。イオンの拡散のしやすさは拡散係数で表すことができます。従来は、正電荷を有するミュオン(μ+)の磁石としての性質を利用するμ+SRでリチウムイオン等の運動による固体内の微小な磁場変動を測定し、拡散挙動を調べてきました。しかし固体内の正ミュオンは高温で移動してしまいます。そうすると測定原点が動くことになり、高温でのμ+SRの測定結果には常にミュオンの移動の効果が含まれる可能性がありました。拡散するイオンがリチウムからナトリウム・カリウムと重くなると、正ミュオンの方が動きやすくなる状況も多くなると予想されます。

研究内容と成果

CROSSの杉山サイエンスコーディネータは負電荷を有するミュオン(μ)に注目してきました。リチウム電池材料に打ち込まれた負ミュオンはリチウム以外の原子核に捕獲され、動かなくなります。言わば固定点からリチウムの作る微小な磁場を測定できます。この磁場はリチウムの運動以外では変化しません。つまりμSRで微小な磁場の揺らぎが検出されれば、リチウムが拡散している証明となります。しかしμSR信号は弱いので、意味のある結果を得るためには、μ+SRより10倍以上長く測定する必要があります。そこで杉山サイエンスコーディネータは、μSRでリチウム拡散を確認し、詳細な変化を測定時間の短いμ+SRで測定するというハイブリッド測定「μ±SR」を提唱しました。

実際に測定したリチウム電池の正極材料LiMnPO4の結晶構造と、正負のミュオン位置を図1に示します。正ミュオンは結晶格子内で最も原子核の正電荷から離れた間隙位置に止まります。一方、負ミュオンは主に酸素に捕獲されます。すなわち、間隙位置と固定点である酸素位置から、リチウムの運動を見ることになります。

図1 左はオリビン系のリチウム電池正極材料LiMnPO4の結晶構造。Liを黄色の球、Mnを八面体中の青い球、Pを四面体中の薄紫の球、酸素を赤い球で示す。正ミュオンμ+は格子内の間隙位置に、負ミュオンμは酸素位置に止まる。Liは主にb軸(図中の矢印)方向に拡散する。右は実際に測定に用いたリチウム電池の正極材料LiMnPO4の粉末。

μSRとμ+SRで求めた拡散係数と絶対温度の逆数の関係を図2に示します。両者の結果は高温までほぼ同様なので、リチウムが拡散していることが分かります。またその温度変化の詳細をμ+SRの結果から導出しました。

図2 μ±SRで求めたLiの拡散係数(DLi)と絶対温度の逆数の関係。μSRの結果からLiの拡散が証明され、μ+SRの結果からDLiの詳細な温度依存性を求めた。

本研究の意義、今後への期待

この研究成果は、ハイブリッド測定「μ±SR」の有用性を示しました。多くのエネルギー材料中では、リチウムを始めとする各種イオンの運動が重要な役割を担っています。これを正確に検出する新たな手法を我々は手にしました。リチウム電池のみならず、ナトリウム電池やカリウム電池、燃料電池、水素貯蔵、太陽電池等の新たな材料の開発や機能発現機構のより深い理解に、μ±SRは大きく貢献するものと期待されます。

論文情報

タイトル
Lithium diffusion in LiMnPO4 detected with μ±SR(正負のミュオンスピン回転緩和測定で検出されたLiMnPO4内のLi拡散)
雑誌名
「Physical Review Research」(オンライン版7月29日)
DOI
10.1103/PhysRevResearch.2.033161

お問い合せ先
研究内容に関すること

一般財団法人総合科学研究機構 中性子科学センター
サイエンスコーディネータ 杉山 純

国立研究開発法人理化学研究所 仁科加速器科学研究センター
協力研究員 石田 勝彦

報道に関すること

一般財団法人総合科学研究機構 中性子科学センター
利用推進部 広報担当

国立研究開発法人理化学研究所
広報室

大学利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
広報室長 引野 肇

用語解説
ミュオン
ミュオン(ミュー粒子、ギリシャ文字µで表記)は、高エネルギー陽子ビームと原子核の反応で生成されるパイ中間子が短い時間で崩壊することで生まれる素粒子です。正または負の単位電荷を持ち、重さは陽子の約9分の1程度と軽く、自身も平均寿命約2.2マイクロ秒という短い時間で陽電子または電子と、ニュートリノに崩壊・消滅します。
試料に注入された正ミュオン(μ)は、軽い陽子(水素原子)の放射性同位体として振る舞います。負ミュオン(μ)は、物質中で重い電子(電子の約200倍)として振る舞い、ナノ秒以下の短い時間で原子核の正電荷により捕獲・束縛された状態を形成します。
ミュオンスピン回転緩和法(µ±SR)
加速器からビームとして取り出されたミュオンはスピン(量子力学的な自転)がビーム方向にほぼそろっています。試料に注入されたミュオンは、まわりの磁場を感じ、スピンの向きが変化します。ミュオンは、崩壊する瞬間に向いていたスピンの方向に陽電子または電子を放出します。これを検出器で捉えることで、スピンの変化を調べ、物質内部の磁気的状態を原子スケールで調べる方法をミュオンスピン回転緩和法と呼びます。
理研RALミュオン施設
英国ラザフォードアップルトン研究所(RAL)に建設した大強度ミュオンビーム発生施設。世界最高精度のパルス状ビームの素粒子ミュオンを用いて、物質内部の磁場構造の測定・解析、新機能性物質における超伝導性、磁性、伝導及び絶縁性等の性質の発現機構の解明とともに、超低速エネルギーミュオンビーム発生技術の高度化が進められています。また1996年の施設完成以降、現在に至るまで日本、英国、世界の研究者に開放したミュオン科学研究を推進しています。
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