磁気を用いて音波を一方通行に~音響整流装置の基礎原理開拓~

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2020-08-08 理化学研究所,東京大学,日本原子力研究開発機構

理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター(CEMS)量子ナノ磁性研究チームの許明然研修生(東京大学大学院新領域創成科学研究科博士課程2年)、東京大学物性研究所の大谷義近教授(理研CEMS量子ナノ磁性研究チーム チームリーダー)、日本原子力研究開発機構先端基礎研究センターの山本慧任期付研究員(文部科学省卓越研究員、理研CEMS客員研究員)らの国際共同研究グループは、固体表面に沿って伝わる音波が磁石の薄膜を通過する際に、片側から入射する場合にのみ磁石に全く吸収されずに伝わることを発見しました。

本研究成果は、表面音波を用いた情報処理や、絶縁体における熱の運び手である音波を制御することによる廃熱の有効利用などに向けた音響整流装置の開発に貢献すると期待できます。

今回、国際共同研究グループは、「レイリー波」と呼ばれる固体表面に沿って伝わる音波が、面上に貼り付けた磁石の薄膜を通過する際に、磁石の片側から入射する場合と反対側から入射する場合で、磁石への吸収量が大きく異なることを発見しました。このような磁石によるレイリー波の「整流効果」は以前より知られていましたが、吸収量の差が小さく、また磁石の膜が薄いほど弱くなると考えられていました。しかし、今回の実験では1.6ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)の極薄膜の磁石で、ある方向からの入射波については吸収が全くゼロとなる100%の整流効果を実現しました。

本研究は、オンライン科学雑誌『Science Advances』(8月7日付:日本時間8月8日)に掲載されます。

音響整流装置の概念図の画像

音響整流装置の概念図

背景

固体中の音波は、固体の小さな変形や歪みが振動として伝わる現象です。その一種である「レイリー波」は、固体の変形がその表面に沿ってだけ伝わる音波です。レイリー波はどのような固体中でも伝わり、また固体内部に伝わる通常の音波より速度が遅く減衰率も小さいため、センサーや信号フィルタリングなどで広く応用されています。また、地震波においてもP波やS波と比べて、震源から遠くまでエネルギーを失わずに届くレイリー波の役割が盛んに研究されています。

通常、情報機器では伝導電子を使って信号やエネルギーをやりとりしています。しかし近年、省エネや高機能化の観点から、電子を使わない情報機器開発への興味が高まっています。スピントロニクス[1]という分野では、磁気を情報の基礎単位として制御する研究が行われていますが、音波であるレイリー波がこの磁気情報を担って伝えることができないか注目を集めています。

音波が伝導電子に代わって情報やエネルギーを運ぶ役割を担うためには、さまざまな電子部品に相当する機能を音波で実現する必要があります。その中でも最も基本的で重要なものの一つが、電子の流れを一方向に整流する「ダイオード」です。音波はレイリー波も含めて、通常は前方にも後方にも同じように伝搬するため、ダイオードに相当する一方向への伝搬を実現するためには何かアイデアが必要になります。

レイリー波は、磁石を通過する際に磁気モーメントとの相互作用によって磁石に吸収されます。これまでの研究で、この吸収によって磁石の反対側で測った音波の透過率が、磁石の磁気モーメントの向きに対して、前から入射したか後ろから入射したかで異なることが分かっていました。しかし、これまでに得られた吸収量の差は、ダイオードのような整流装置を実現するには小さすぎました。また既存の理論によれば、この整流効果は磁石が薄くなるほど弱くなるとされていましたが、情報機器では小型化の観点から磁石は薄ければ薄いほど望ましいため、応用には高い壁があると考えられてきました。

研究手法と成果

国際共同研究グループは、これまでの磁石によるレイリー波吸収の研究では考察されてこなかった、「磁気と回転の結合」という要素に注目しました。図1に示すように、レイリー波が引き起こす固体の変形において、固体表面の各点は波の伝搬方向に依存して、時計回り(青軌道)もしくは反時計回り(赤軌道)に回転しています。一方で、磁石の中の磁気モーメントは、磁場の方向に対して常に反時計回り(紫軌道)に回転する性質を持っています。固体表面の回転運動と磁気の運動が結合することによって、それぞれの回転方向が同じである場合の方が、異なる場合よりも磁石による音波の吸収が強くなります。このメカニズムによって、レイリー波の伝搬方向に依存して磁石を通ったときの透過率に差が生じます。

磁気と回転の結合によるレイリー波の整流の図

図1 磁気と回転の結合によるレイリー波の整流

レイリー波によって固体(水色)の表面は変形し、各点は時間とともに回転する。上にように画面左奥に向かう波では、回転運動は時計回り(青軌道)なのに対し、下のように右手前に伝わる波では、反時計回り(赤軌道)となる。磁気モーメントの回転方向は、常に磁場に対して反時計回り(紫軌道)である。磁気モーメントと回転運動が結合することで、レイリー波の磁石による吸収に青と赤の軌道で差が生じて整流が起こる。

過去の研究においては、このような磁気と回転の結合は、磁気と歪みの結合を介して間接的に考慮されてきました。しかし、磁気と歪みの結合を介した磁気と回転の結合は、磁石の膜が薄くなるとそれに比例して小さくなってしまいます。実は、磁気と回転はより直接的な形で結合でき、その場合膜を薄くしても結合の強さは変化しないことが40年以上前に理論的に予言されていました注1)。今回、国際共同研究グループは、この磁気と回転の直接結合が、レイリー波の吸収にどのような影響を与えるかを調べるために実験を行いました。

まず、図2 (A)に模式的に示すような素子を微細加工により作製しました。基盤には圧電素子[2]であるニオブ酸リチウムを用い、両端に取り付けたすだれ状電極(IDT1,2)に交流電圧(本研究では周波数6.1GHz)を加えることで、レイリー波を発生させることができます。その基盤上に、Ta(10nm)/Co20Fe60B20(1.6nm)/MgO(2nm)/Al2O3(10nm)の積層構造(Ta:タンタル、Co:コバルト、Fe:鉄、B:ホウ素、Mg:マグネシウム、O:酸素、Al:アルミニウム)を作りました。中心のCo20Fe60B20層が磁石になっており、その厚さ1.6ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)においては、磁気と歪みの結合は実質的に無視できるまで小さくなります。片方の電極により発生させたレイリー波が、磁石を含む積層構造を通過して反対側の電極で再び電気信号に変換されることで、磁石を通過する際のレイリー波の吸収量を測定しました。

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