ペンギン・アザラシの行動追跡から保全の重要度が高い海域を特定〜南極海の生態系保全の推進へ向けて

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2020-03-30 国立極地研究所

国立極地研究所(所長:中村卓司)の高橋たかはし晃周あきのり 准教授を含む、南極研究科学委員会の国際研究チームは、南極海に生息するペンギンやアザラシなどの海洋動物17種4,060個体にGPS記録計や発信機を取り付けて、移動を追跡しました。移動追跡データの解析から、広大な南極海の中でも南極大陸沿岸の大陸棚海域やインド洋南部・大西洋南部の亜南極海域など一部の海域が、多くの海洋動物に共通して利用される海域として重要であることを明らかにしました。また、こうした重要海域の特徴を解析することで、これらの海域が気候変動や漁業活動の影響を受けていること、また、今後温暖化が進行すると現在の重要海域と同様の特徴をもつ海域が縮小する傾向にあることを示しました。今回の結果は、南極海の生態系を効果的に保全するために優先すべき海域の選定の指針となるもので、今後の海洋保全の推進に貢献すると期待されます。

研究の背景

南極大陸を取り囲む南極海は、ペンギンやアザラシなど、海洋動物が地球上で最も数多く生息する海域です。その一方で、南極海は温暖化などの気候変動の影響を強く受け、またオキアミや魚類に対する漁業活動も行われているため、生態系の保全に向けた国際的な取り組みが必要となっています。生態系の保全や漁業管理を目的として、2016年には南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR:Commission for the Conservation of Antarctic Marine Living Resources)により、南極海の一部であるロス海に世界最大の海洋保護区が設立されました。その後、各国から様々な海域に海洋保護区を設立する提案が行われていますが、生態学的に重要な海域で保全が必要であるとする根拠や、海洋保護区の設定による保全の効果の検証方法が不十分だとして、議論が進んでいません。南極海において、生態系・生物多様性保全のために優先すべき重要海域はどこかを、科学的な根拠に基づいて明らかにすることが急務となっていました。

そこで、南極観測に関する国際組織である南極研究科学委員会(SCAR:Scientific Committee on Antarctic Research)の海鳥・海生哺乳類に関する作業部会に所属する研究者が中心となり、南極海の海洋動物が共通して利用する海域を特定するプロジェクトが立ち上げられました。ペンギンやアザラシなどの海洋動物は、南極海生態系の鍵種とされるオキアミや魚類を大量に捕食することから、これらの海洋動物が集中して利用する海域は、生態系・生物多様性保全にとって幅広く重要な海域を示すと考えられます。

研究の内容

本研究では、まず南極海に生息する17種の海洋動物(ペンギン5種、アザラシ4種、クジラ1種、アホウドリ5種、ミズナギドリ2種)から、GPS記録計や発信機を取り付けることで得られた4,060個体分の移動追跡データが収集されました(図1)。これらは世界12カ国(注1)による南極観測の研究プログラムによって取得されたものであり、日本の南極地域観測事業により昭和基地で得られたアデリーペンギン(図2)の移動追跡データも含まれています。この膨大なデータセットの解析から、南極海の一部の海域、特に南極大陸沿岸の大陸棚海域、インド洋南部・大西洋南部の亜南極海域が、多くの海洋動物が共通して利用する海域として生態学的に重要であることが明らかになりました(図3)。また、特定された重要海域の特徴を解析することで、これらの海域における海氷面積の低下の傾向が顕著であること、周辺海域に比べて漁業活動が活発であることが明らかになり、気候変動や漁業活動の影響を受けやすい海域であることが示されました。さらに、気候モデルによる将来予測の結果と組み合わせることで、今後、温暖化が進行すると、現在の重要海域と同様の特徴をもつ海域の面積が縮小するという予想が得られました。その一方で、現在、南極海洋生物資源保存委員会に提案されている海洋保護区は、本研究の結果から得られた重要海域との重なりが大きく、生態学的に重要な海域の保全に有効であることが示唆されました(図3)。

今後の展望

本研究は、海洋動物の移動追跡という新しいアプローチにより、南極海全体という大きな空間スケールで、海洋生態系にとって重要な海域を特定することに成功しました。海洋保護区の設置においては、なぜ特定の海域を選定するのかという科学的根拠が常に重視されます。本研究の結果は、広域に渡り比較可能な指標を使って生態学的な重要海域を明確に示しており、今後の南極海の海洋保全への貢献が期待されます。

注1:アメリカ、アルゼンチン、イギリス、イタリア、オーストラリア、ドイツ、日本、ニュージーランド、ノルウェー、ブラジル、フランス、南アフリカ

発表論文

掲載誌:Nature
タイトル:Tracking of marine predators to protect Southern Ocean ecosystems

著者:
Mark A. Hindell*, Ryan R. Reisinger, Yan Ropert-Coudert, Luis A. Hückstädt, Philip N. Trathan, Horst Bornemann, Jean-Benoît Charrassin, Steven L. Chown, Daniel P. Costa, Bruno Danis, Mary-Anne Lea, David Thompson, Leigh G. Torres, Anton P. Van de Putte, Rachael Alderman, Virginia Andrews-Goff, Ben Arthur, Grant Ballard, John Bengtson, Marthán N. Bester, Arnoldus Schytte Blix, Lars Boehme, Charles-André Bost, Peter Boveng, Jaimie Cleeland, Rochelle Constantine, Stuart Corney, Robert J. M. Crawford, Luciano Dalla Rosa, P. J. Nico de Bruyn, Karine Delord, Sébastien Descamps, Mike Double, Louise Emmerson, Mike Fedak, Ari Friedlaender, Nick Gales, Mike Goebel, Kimberly T. Goetz, Christophe Guinet, Simon D. Goldsworthy, Rob Harcourt, Jefferson T. Hinke, Kerstin Jerosch, Akiko Kato, Knowles R. Kerry, Roger Kirkwood, Gerald L. Kooyman, Kit M. Kovacs, Kieran Lawton, Andrew D. Lowther, Christian Lydersen, Phil O’B. Lyver, Azwianewi B. Makhado, Maria E. I. Márquez, Birgitte I. McDonald, Clive R. McMahon, Monica Muelbert, Dominik Nachtsheim, Keith W. Nicholls, Erling S. Nordøy, Silvia Olmastroni, Richard A. Phillips, Pierre Pistorius, Joachim Plötz, Klemens Pütz, Norman Ratcliffe, Peter G. Ryan, Mercedes Santos, Colin Southwell, Iain Staniland, Akinori Takahashi**, Arnaud Tarroux, Wayne Trivelpiece, Ewan Wakefield, Henri Weimerskirch, Barbara Wienecke, José C. Xavier, Simon Wotherspoon, Ian D. Jonsen & Ben Raymond
*オーストラリア・タスマニア大学教授(2016年度国立極地研究所客員教授)
**国立極地研究所・生物圏研究グループ准教授

URL: https://doi.org/10.1038/s41586-020-2126-y
論文オンライン公開日:日本時間令和2年3月19日
誌面掲載日:令和2年4月2日

研究サポート

本研究の一部は日本南極地域観測事業およびJSPS科研費(基盤研究B20310016)の助成を受けて実施されました。

ペンギン・アザラシの行動追跡から保全の重要度が高い海域を特定〜南極海の生態系保全の推進へ向けて

図1: 17種の海洋動物4060個体の移動軌跡。黒が動物の移動軌跡、黄色が動物に記録計を装着した場所を示す。

図2: 背中に潜水深度記録計(上)とGPS(下)を装着したアデリーペンギン(南極昭和基地:高橋晃周 撮影)

図3: 移動軌跡データの解析から示された重要海域(白枠内)と、既存(オレンジ)および現在提案されている海洋保護区(ピンク)。

お問い合わせ先

研究内容について
国立極地研究所 生物圏研究グループ 准教授
高橋 晃周

報道について
国立極地研究所 広報室

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