新型コロナウィルス・パンデミック 輸出規制 保護主義回避の必要性:2008年世界食料危機からの教訓

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2020-04-02 国際農研

2020年4月1日現在、新型コロナウィルス感染症 (COVID-19) の影響は世界中に及んでいます。欧米・アフリカでもロックダウン(都市封鎖)が実施され、メディアでは連日、パンデミック(世界的流行)の経済的影響は「リーマン・ショック」に匹敵、あるいはそれ以上、との報道が行われています。

「リーマン・ショック」は、2007年に顕在化したサブプライム住宅ローン危機を発端とし、2008年9月にアメリカの投資銀行の経営破綻を契機とした一連の国際的な金融危機を指します。一方、ちょうど同時期に、世界的な食料価格高騰による国際的な食料危機が発生し、とりわけ開発途上国において政情・経済不安と治安悪化をもたらした出来事について鮮明に覚えている人々はそう多くないかもしれません。2006年6月から2008年6月の間、穀物価格が名目で2.3倍、実質でも2倍(FAO World Food Situation)に達した価格急騰ですが、様々な要因が複雑に絡まった結果であるといわれています。まず穀物生産国における旱魃、原油価格の上昇を受けたバイオ燃料ブームの過熱、政策金利引き下げによる世界の投機マネーが穀物市場に流入、これら要因に加え、アジアにおける食料需要変化(とくに肉需要の増加) 、農業研究予算の削減と収量改善の停滞、など長期的な要因も相まって、劇的な世界的食料価格の高騰に繋がったとされています。2008年4月、国連・世界食糧計画 (WFP)事務局長(当時)が、「6か月前には危機的状況にはなかった1億人以上の人々が飢餓に陥りかねない “silent tsunami” に直面している」と発言しました(Global Research 2008) 。

世界的な穀物価格の上昇を受け、2008年前半には、穀物輸入に依存する開発途上地域において買い占めや買い溜め騒動が起こり、政情不安が悪化しました。これら諸国での食料価格急騰には、上述の要因のみならず、世界貿易における主要輸出国の対応や政策発動のタイミングも寄与したと指摘されています (Headey 2011) 。例えば、この期間、とりわけ価格急騰が著しかったコメに関しては、小麦世界価格の上昇を受け、国内でのコメ需要逼迫に直面したベトナムとインド政府が2007年10月に輸出制限を行ったことを発端として数か国が追随し、フィリピンやナイジェリアを皮切りに多くのコメ輸入国で買い占め・買い溜めが起こったとされています。2008年5月までに、価格の高騰に対し、世界的な安定供給の見通しがたったこと、また実現しなかったものの日本が備蓄米輸出を宣言したことなどが重なり、最終的には投機が収まっていったそうです(Headey 2011)。

現在のCOVID-19パンデミックにおいても、世界各国で外出自粛や移動制限の実施前に食料品の買い占め・買い溜めに走る消費者の姿がニュースとなっています。食料の買い占め・買い溜めに走るのは、一般の購買者だけではありません。今回のパンデミックに際して、既に国レベルでの食料供給確保・備蓄に乗り出した政府も出てきています (Bloomberg)。例えば、世界最大の小麦輸出国の一つであるカザフスタンは、ニンジン・砂糖・じゃがいもに加え、パン原料となる小麦粉の輸出を禁止しました。世界三位のコメ輸出国であるベトナムは、輸出新規契約(多くがフィリピン向け)を一時停止しました。セルビアはヒマワリ油の取引を止める中、ロシアは様子見の姿勢をとっています。世界最大のコメ生産・消費国である中国は、既にゆうに1年はもつ備蓄を抱えていますが、収穫前から農家に例年以上の買取を約束しているとのことです。

今後の動向は不透明ですが、パンデミックを封じ込めるためのロックダウン下で、価格規制や配給・備蓄などが実施され、食料価格の上昇を伴う可能性も否定できません。歴史的に、食料価格の上昇は政情不安をもたらしてきました。世界レベルで仮に食料が十分あっても、食料安全保障のナショナリズムが台頭し、グローバル・フード・サプライシステムの機能不全をもたらせば、2008年食料危機の再来も懸念されます。世界の食料安全保障の維持のために、各国政府は協調しなければなりません。

2020年4月1日、国連の食糧農業機関(FAO)・世界保健機関(WHO)・世界貿易機関(WTO)事務局長は、共同声明において、世界中の人々が今日食料安全保障と生活のために国際貿易に依存していることに言及し、COVID-19パンデミックを封じ込めるための各国の行動が、世界貿易と食料安全保障に意図せざる影響をもたらさないよう、輸出制限の回避に各国が協調しなければならないとしました(FAO HP)。FAOは、今回のパンデミックに直面し、現時点では世界的に十分な食料備蓄があること、特に穀物価格は安定し、2020年の収穫も期待できることを示し、国際社会がパニックを起こす必要のないことを強調しています。同時に、国境封鎖や検疫により、市場やサプライチェーンが分断されることで、今後数週間・数か月は、グローバル・フード・サプライシステムの強靭性が試される時期だとしています。地域によっては、現段階で既にロジスティクスの制約で青果物流通に支障が生じていること、4~5月には移動制限による農業・食料加工業の労働者不足や化学肥料・家畜医薬品不足が顕在化することで農業生産が影響を受ける可能性もあること、に言及しています。FAOは、パンデミックによる食料・栄養安全保障へのリスクを緩和するために、1: 最も脆弱な社会層の緊急食料ニーズの充足、2: 社会的保護プログラムの充実、3: 流通・貿易にかかわる効率性の改善とコストの削減 、を提言し、国際協調の重要性を訴えました。

FAOが強調するように、2020年4月現在、世界的には、メイズ、小麦、大豆、コメとも十分な備蓄があるといいます。他方、こうした作物は国際市場でドル建てで取引されており、対ドル通貨価値の低い食料輸入開発途上国は、輸出国による制限で最も大きな影響を被ることは疑いありません (Bloomberg)。サブサハラ・アフリカ諸国の多くは、農業国でありながら、過去数十年間の人口倍増に伴う食料需要の伸びに農業生産性の改善・食料供給の伸びが追い付かず、食料純輸入国となっており、食料価格上昇のショックは短期的な影響であっても、社会・政治不安をもたらしかねません。2050年までにさらなる人口倍増が予測される中、中~長期的に食料生産を安定化させることが、世界食料安全保障にとっての最大の課題の一つです。短~中~長期的な視点からの世界食料安全保障は、カロリーベースで66%の食料供給を海外に依存している日本にとっても、他人事ではありません。

グローバル化により各国の相互依存が高まる中、世界的危機に直面した国際社会が食料・栄養安全保障を維持するには、食料供給・需要に関する正確で体系的な情報の把握・提供に基づき、フードシステムにおいて滞りない生産・流通・貿易を達成するために国際的に協調していくことが重要です。国際農研は、世界食料安全保障にかかわる国際農林水産業関連の情報を体系的に収集し、戦略的に提供することをミッションの一つとしています。より詳しくは、情報収集分析研究プログラムのサイトをご覧ください(https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d)。

参考文献

Bloomberg. Countries Starting to Hoard Food, Threatening Global Trade. March 25, 2020. https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-03-24/countries-are-starting-to-hoard-food-threatening-global-trade  Accessed on April 2, 2020.

FAO HP. Q&A: COVID-19 pandemic – impact on food and agriculture. http://www.fao.org/2019-ncov/q-and-a/en/

FAO HP. World Food Situation. FAO Food Price Index. http://www.fao.org/worldfoodsituation/foodpricesindex/en/

FAO HP. COVID-19 and the risk to food supply chains: How to respond? http://www.fao.org/documents/card/en/c/ca8388en

FAO HP. Mitigating impacts of COVID-19 on food trade and markets  http://www.fao.org/news/story/en/item/1268719/icode/

Global Research. Financial speculators reap profits from global hunger. By Stefan Steinber April 24, 2008, wsws.org 24 April 2008 https://www.globalresearch.ca/financial-speculators-reap-profits-from-global-hunger/8794

Headey D. (2011) Rethinking the global food crisis: The role of trade shocks. Food Policy. Volume 36, Issue 2, Pages 136-146. https://doi.org/10.1016/j.foodpol.2010.10.003

情報収集分析 研究プログラム https://www.jircas.go.jp/ja/program/program_d

The Guardian. Coronavirus measures could cause global food shortage, UN warns  https://www.theguardian.com/global-development/2020/mar/26/coronavirus-measures-could-cause-global-food-shortage-un-warns  Accessed on April 2, 2020

農林水産省 食料自給率目標と食料自給力指標について

(文責:研究戦略室 飯山みゆき)

2008年世界食料危機時の価格急騰(FAOデータより作成)

国内食料供給に占める輸出・輸入の割合(元データFAO。Bloomberg March 25, 2020から。)

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