数理モデルによる予言でヒト3次元培養表皮を高機能化

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ヒト皮膚並みの厚みとバリア機能、皮膚疾患研究や評価試験への活用に期待

2018/12/20  北海道大学,科学技術振興機構

ポイント
  • 皮膚外用剤や化粧品の開発に重要な3次元培養表皮は、従来十分にヒト表皮を模倣できていなかった。
  • 数理モデルによる予言で、ヒト皮膚と同等の厚みとバリア機能を持つ高機能表皮の構築に成功。
  • 人間の生命を守る表皮のメカニズム解明と、数理科学の医学・生命科学への貢献に期待。

北海道大学 電子科学研究所の長山 雅晴 教授、熊本 淳一 学術研究員、株式会社資生堂 グローバルイノベーションセンターの傳田 光洋 主幹研究員らの研究グループは、高いバリア機能注1)を持つ3次元培養表皮の構築に成功しました。

ヒトの表皮細胞注2)を用いて作られる人工表皮、いわゆる表皮モデルは、さまざまな皮膚疾患、加齢変化のメカニズムや表皮機能の解明といった基礎研究に応用されるだけでなく、新薬の開発や化粧品開発での安全性試験にも用いられる重要なリサーチツールであり、多くの研究者が注目しています。しかし、これまで数多く作られた表皮モデルはいずれも、ヒトの表皮を十分に模倣できていませんでした。

長山教授らの研究グループは、表皮恒常性注3)の維持メカニズムを反映させた数理モデル注4)を構築し、コンピューターシミュレーションを行いました。その結果、特異的な凹凸が培養器の底にある場合、ヒト皮膚と同等に厚い表皮と角層注5)が構築されることが予言されました。そこで培養器の底部にさまざまなパターンのポリエステル布を敷いて表皮細胞(ケラチノサイト)を培養した結果、コンピューターシミュレーションが予言したパターンの場合、ヒト皮膚表皮並みに厚く、ポリエステル布を敷かない場合の2倍の角層バリア機能を持つ、高機能3次元表皮を構築できることが確認されました。

この3次元表皮は老化に伴う乾皮症などさまざまな皮膚疾患のメカニズム解明に役立つほか、皮膚外用剤、化粧品などの効果の評価、あるいは再生医療にも展開しうる機能を持ちます。さらに本研究成果は、数理モデリングが医学・生命科学の領域で有効な方法論であることも示唆しています。

なお、本研究成果は、英国時間2018年12月20日(木)公開の「Scientific Reports」誌に掲載される予定です。

本成果は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST 研究領域「[数理モデリング]現代の数理科学と連携するモデリング手法の構築」(研究総括:坪井 俊)で採択されている「数理モデリングを基盤とした数理皮膚科学の創設」(研究代表者:長山 雅晴)の支援によって得られました。

<背景>

ヒトの表皮細胞を用いて作られる人工表皮、いわゆる表皮モデルは、さまざまな皮膚疾患、加齢変化のメカニズムや表皮機能の解明といった基礎研究に応用されるだけでなく、新薬の開発や化粧品開発での安全性試験にも用いられる重要なリサーチツールであり、多くの研究者が注目しています。しかし、これまでに作られた表皮モデルは、ヒトの表皮を十分に模倣できていません。

例えば、細胞分裂を重ねた(継代した)表皮細胞を用いて表皮モデルを構築しようとすると、実際のヒト表皮とは異なり、とても薄い表皮しか構築されません。また、細胞分裂を重ねていない細胞は貴重なため、細胞を大量に必要とする再生医療などの研究に用いることは困難です。さらには、皮膚の最も重要な機能といっても過言ではないバリア機能は、ヒト皮膚(表皮)と比較するとまだまだ不完全です。

研究チームは、2010年度から採択されている科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 CRESTの中で、表皮を構築する際のさまざまな細胞プロセス、表皮細胞の分化注6)、表皮幹細胞注7)の情報などを取り込んだ表皮恒常性を維持した数理モデルを確立しました。この数理モデルを用いてさまざまなコンピューターシミュレーションを行った結果、表皮の構造や厚さは、表皮幹細胞の空間的分布と、その表皮幹細胞が播種(はしゅ)(種をまいたように分布すること)される基底膜注8)の構造に大きく影響されることが判明しました。基底膜の構造が直線的な場合に比べ、波のような構造をしている時に表皮が厚くなることが数理モデルとそのコンピューターシミュレーションから分かりました(図1)。

現在の表皮モデルの底部はほとんどが直線的なものであるため、同チームは、今回のコンピューターシミュレーションをもとに、表皮モデルの底部に簡易的に凹凸をつけるだけで、細胞分裂を重ねた表皮細胞を用いても、分厚く、バリア機能が向上した表皮モデルを構築できるのではないかと考えました。実際にそのような表皮モデルを構築し、でき上がった表皮モデルの機能を評価しました。

<研究手法>

コンピューターシミュレーションの結果をもとに、市販の表皮構築培養容器を用い、培養容器の底部(細胞が密着する部分)に、糸の太さや格子の密度などを変化させたさまざまなパターンのポリエステルメッシュを密着させて、簡易的に凹凸をつけた培養容器を作製しました。細胞分裂を3回以上重ねた表皮細胞をこの培養容器に播種した上で、市販の細胞培養溶液や確立された一般的な表皮モデル培養手順を用いて12日間培養し、表皮モデルを構築しました。

できた表皮モデルの機能を評価するため、まずは表皮の厚さや構造を観察しました。HE染色法注9)を用いて表皮の厚さを評価し、その表皮がヒト表皮のようにしっかり分化しているか確認するために分化マーカー注10)などを用いた免疫染色注11)を行いました。また、主に電子顕微鏡を用いて角層(細胞間脂質注12)の状態)を観察し、バリア機能の一般的な評価法であるTEWL(Trans Epidermal Water Loss)法注13)を用いて表皮モデルのバリア機能を評価しました。さらには、増殖細胞の数や表皮最底部である基底層に属する細胞の分布を調べるために、それぞれのマーカーを用いて免疫染色を行いました。

<研究成果>

HE染色の結果、培養容器底部にポリエステルメッシュを密着させていない培養容器(コントロール注14))による表皮モデルに比べ、ポリエステルメッシュを密着させて簡易的な凹凸を構築した培養容器による表皮モデルの方が、とても厚い表皮が構築されました(図2)。また、この表皮がヒト表皮のように正常に分化していることが、分化マーカーなどを用いた免疫染色から判明しました。

バリア機能評価では、ヒト表皮のような細胞間脂質を含む厚い角層が形成されていることが電子顕微鏡観察結果から得られ、TEWLの評価ではコントロールと比べて有意に水分蒸散量が少なくなりました(図3)。さらに、増殖細胞の数や基底層に属する細胞分布を調べるためにそれぞれのマーカーを用いて免疫染色した結果、ポリエステルメッシュの周辺や上部にも増殖細胞が見られ、基底層の分布もコントロールに比べて広がっていました。

この結果は表皮細胞が基底部と認識できるエリアがポリエステルメッシュのおかげで広がったことで表皮が肥厚し、バリア機能も高くなったことを示しています(図4)。これらの結果から、数理モデルとそのコンピューターシミュレーション結果を模倣した培養容器を用いると、細胞分裂を重ねた表皮細胞でもヒト表皮並みに厚く、高バリア機能を有する3次元表皮が構築できることが分かりました。

<今後への期待>

この3次元表皮モデルは、老化に伴う乾皮症などさまざまな皮膚疾患のメカニズム解明に役立つほか、皮膚外用剤、化粧品などの効果の評価ツール、あるいは再生医療にも展開できる可能性を持っています。さらに本研究成果は、数理モデルとそのコンピューターシミュレーションが医学・生命科学の領域で有効な方法であることも示唆しています。

<参考図>

図1 数理モデルに対するコンピューターシミュレーションによって表された表皮モデル画像

図1 数理モデルに対するコンピューターシミュレーションによって表された表皮モデル画像

図2 HE染色法を用いた表皮モデル断面画像

図2 HE染色法を用いた表皮モデル断面画像

図3 電子顕微鏡とTEWL法を用いたバリア機能評価

図3 電子顕微鏡とTEWL法を用いたバリア機能評価

図4 基底層細胞、増殖細胞マーカーを用いた免疫染色による各細胞の分布

図4 基底層細胞、増殖細胞マーカーを用いた免疫染色による各細胞の分布
<用語解説>
注1)バリア機能
体外からの異物(細菌やウイルスなど)の侵入や、体内からの過度な水分流出を防ぐ機能のこと。
注2)表皮細胞
脊椎動物の皮膚最表層(表皮)を構築する上皮系細胞のこと。
注3)表皮恒常性
表皮細胞が表皮の最も下層(基底層)から角層へと分化(注6参照)を繰り返すことで、バリア機能などの肌・表皮の機能を保ち続ける機構のこと。
注4)数理モデル
さまざまな現象について方程式などを用いて数学的な形で表現すること。
注5)角層
皮膚最外層にあり、角質化した表皮細胞とその隙間を埋める脂質(細胞間脂質)から構成される層。
注6)細胞分化
特異的な機能を持っていない細胞(未分化細胞)が、より特異的な機能を持った細胞に変化するプロセスのこと。表皮細胞では表皮の最も下層(基底層)にある幹細胞(注7参照)を有する細胞から、表皮バリア機能を有する角層へと細胞が特異化していくこと。
注7)幹細胞
自己を複製する力とさまざまな細胞に分化する力を持った細胞のこと。
注8)基底膜
表皮と真皮の間に存在する薄い膜のこと。
注9)HE染色法
ヘマトキシリン、エオジンという2種類の色素を用いて、細胞核と核以外の組織成分を染め分ける染色方法。
注10)分化マーカー
表皮が正常に分化していく際に発現するタンパク質を染める抗体群。
注11)免疫染色
ある特定の物質に特異的に結合する抗体を用いて、組織標本中の抗原を検出する染色手法。
注12)細胞間脂質
角質内で角質細胞の間を埋めている脂質のこと。セラミド、コレステロール、遊離脂肪酸などから構成されている。
注13)TEWL(Trans Epidermal Water Loss)法
経皮水分蒸散量を測定する方法。
注14)コントロール
比較対象を設定した実験で使用される、実験結果を検証するためのサンプルのこと。
<論文情報>

タイトル:“Mathematical-model-guided development of full-thickness epidermal equivalent”
(数理モデルが予言した高機能皮膚の開発)

DOI:10.1038/s41598-018-36647-y

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

長山 雅晴(ナガヤマ マサハル)
北海道大学 電子科学研究所 教授

傳田 光洋(デンダ ミツヒロ)
株式会社資生堂 グローバルイノベーションセンター 主幹研究員

<JST事業に関すること>

松尾 浩司(マツオ コウジ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ICTグループ

<報道担当>

北海道大学 総務企画部 広報課

科学技術振興機構 広報課

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