高齢者・障害者に配慮した触覚(記号・文字)、文字、報知光、音声の基盤規格制定

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人間工学研究を基盤としたISOアクセシブルデザイン規格

2020-04-02 産業技術総合研究所

ポイント

  • 人間の感覚データに基づいた高齢者・障害者に配慮した製品設計に関する4件のISO規格が制定
  • 人間工学分野の国際規格に産総研のアクセシブルデザイン基盤規格が出そろう
  • 触って分かりやすい・読める・見やすい・聞きやすいアクセシブルデザインの普及加速に貢献

概要

国立研究開発法人 産業技術総合研究所【理事長 石村 和彦】(以下「産総研」という)人間情報インタラクション研究部門【研究部門長 佐藤 洋】 行動情報デザイン研究グループ 伊藤 納奈 研究グループ長らは、高齢者・障害者配慮設計指針の基盤技術となるアクセシブルデザインに関する4件の国際標準化機構(ISO)規格を作成し、それら4件が2019年に国際規格として制定された。

高齢者や障害者にとって使いやすい製品やサービスの必要性は広く認められているが、統一的な設計の指針がなかったため、産総研では、人間感覚特性の計測実験データに基づいたアクセシブルデザインの標準化活動を行ってきた。今回、高齢者や障害者を対象として「1: 浮き出し(触覚)記号・文字を触った時の分かりやすさ」、「2: 最小可読文字(読むことができる最小の文字)サイズ」、「3: 報知光(お知らせランプ)の見やすさ」、「4: 音声ガイド(音声案内)の聞き取りやすさと分かりやすさ」の触覚・視覚・聴覚に関する新たな4件の規格を作成し(図1)、ISO規格として制定された。これらの規格の制定により、高齢者・障害者配慮の製品設計に係る一連の基盤技術が整備されたことになる。規格作成にあたっては、これまで産総研が構築してきた国内の計測データベースの活用や、産総研から米国、ドイツ、韓国、中国、タイの関係機関に呼びかけ、必要に応じて同様の条件で国際比較のための人間の感覚データを収集する国際研究活動も行った。

今回の規格が高齢者と障害者に配慮した製品設計への指針となり、アクセシブルデザインの普及加速につながることを期待する。

概要図

図1 制定された4件のアクセシブルデザインのISO規格

開発の社会的背景

障害者権利条約(2006)、日本の障害者差別解消法(2013)、 “差別の無い社会”などがうたわれたSDGs目標(2015)の制定などを背景として、高齢者や障害者に配慮した製品や環境・サービス設計の必要性が広く認識されてきている。しかしそれを実践するための汎用的な基盤技術や数値基準を作るには、幅広い年齢層を対象にさまざまな感覚や身体特性について正確に理解する必要があるが、産業界だけで実現することは非常に困難である。一方ISOでは、今世紀初頭よりアクセシブルデザインという高齢者や障害者に配慮した設計指針の規格作りを精力的に進めるようになった。これを主導したのは、世界に先がけて高齢社会に突入した日本である。2000年にISO/IEC が高齢者・障害者のニーズに配慮した標準化に関する「ISO/IEC 政策宣言(Policy Statement)」を採択し、2001年には日本主導で「ISO/IECガイド71:高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成のためのガイド」が作成された。

研究の経緯

産総研ではISO/IECガイド71の作成を受けて、当時はまだ知見が少なかった高齢者の感覚特性の研究を開始した。最初に研究から得たデータを基盤として、JISの高齢者・障害者配慮設計指針シリーズの規格作成を行った。その後ISOのTC159人間工学(Ergonomics)の分野で、これまで3000人以上の計測を行い、高齢者や障害者の感覚特性実験を基盤とした5件の規格や1件の技術報告書の作成に取り組んだ。

今回制定された国際規格は、4件ともTC159人間工学に組織されたワーキンググループSC4/WG10 “Accessible design for consumer products (消費生活用製品のアクセシブルデザイン)”の中で、人間情報インタラクション研究部門 倉片 憲治 客員研究員(兼 早稲田大学 教授)を主査として審議されたものである。このワーキンググループで、人間情報インタラクション研究部門 伊藤 納奈 研究グループ長、佐川 賢 名誉リサーチャー、倉片 憲治 客員研究員により、産総研の実験データを基盤とした高齢者・障害者の生活支援に直接関わる4つのISO原案「1: 触ってわかりやすい浮き出し(触覚)記号・文字」、「2: 最小可読文字(読むことができる最小の文字)サイズ」、「3: 見やすい報知光(お知らせランプ)」、「4: 聞き取りやすくわかりやすい音声ガイド(音声案内)」が2015年から2016年にかけて提案され、2019年に制定された。

なお、これらの規格の基となった研究は、「産業標準化推進事業委託費(戦略的国際標準化加速事業:産業基盤分野に係る国際標準開発活動)」や「社会のユニバーサルデザイン化に向けたアクセシブルデザイン(AD)製品の国際標準化等(2017~2019)」などの経済産業省の標準化委託事業の支援を受けて行われた。

研究の内容

TC159人間工学でのアクセシブルデザインの規格が他の規格と違う点は、高齢者や障害者のへの配慮を言葉で示すだけでなく、設計に利用できる推奨値または具体的な参考情報などが記述されている点である。そのためには裏付けとなる人間工学的な知見と人間特性のデータが必要となる。産総研では高齢者や障害者の視覚・聴覚・触覚について、若齢者と比較しながら高齢者や障害者の特徴を示すデータを取得した。また国際的なデータとしての信頼を得るため、米国、ドイツ、韓国、中国、タイの関係機関に呼びかけ国際比較実験も実施した。これらのデータをもとに、ISOでは規格作成を主体的に行うプロジェクトリーダーとして原案作成と審議を行い、以下のISOの4規格が制定された。

1)触ってわかりやすい浮き出し(触覚)記号・文字

ISO 24508:2019:人間工学-アクセシブルデザイン-触覚記号及び文字の設計の指針
家電製品や包装容器、エレベーターなどの建築設備などに用いられている「触ってわかりやすい浮き出し(触覚)記号・文字」のデザインに関するガイドラインをまとめた規格である。このような触覚による記号や文字は主に視覚障害者が情報を得るために用いられる。近年では、触れて得られる情報源として積極的に用いられているが、これまで適切な大きさや高さなどのデザイン基準はなかった。触覚は独自の感覚特性であり、加齢による感度低下もあるため、それらの特性に合わせた設計が必要とされていた。産総研では、触覚の基本特性として人間の触圧感度や空間分解能、浮き出し記号や文字などの認識特性を調べ、分かりやすい浮き出し記号と文字の基準を明らかにした。今回の規格では、これらの結果から導かれた最適なサイズ、浮き出しの高さ、線幅、断面形状などがデザインガイドとして記述されており、触って分かりやすい記号や文字の設計に役立つ(図2)。ISOが発行している機関紙であるISO FOCUSにも紹介された(末尾参考資料参照)。

図2

図2 (上)浮き出し文字を触っている様子と浮き出し記号の例
(下)浮き出し記号を触って形状を回答した際の正答率(若齢者と高齢者)
若齢者は10 ㎜以上の大きさで80%以上の正答率となるが、高齢者は15 ㎜以上の大きさにおいて多くの回答者が80%以上の正答率となる。高齢者のためには、より大きいサイズが求められる。

2)最小可読文字(読むことができる最小の文字)サイズの推定方法

ISO 24509:2019:人間工学-アクセシブルデザイン-あらゆる年齢の人々の読める最小フォントサイズを推定する方法
多様な環境で、さまざまな人が読める文字サイズを決定する方法は、複雑な視覚特性の要因が関与するため、これまで確立されていなかった。産総研では、年齢、視距離(視対象との距離)、明るさ(輝度)の3要素による視力の変化を調査し、最小可読文字(読むことができる最小の文字)サイズをこの3要素で記述する方法を開発した(図3)。また読みやすいと感じるサイズはこの最小可読文字サイズの約2倍となることも明らかとなった。

この方法は、実験で得られた多数の若齢者、高齢者、さらに視覚障害者(特にロービジョン)の多様な特性を反映している。 今回制定された規格は米国、ドイツ、韓国、中国、タイの関係機関が同一の方法を用いてデータを収集し、その国際データを参照しながら標準化したもので、対象者の年齢、視距離、明るさの簡単な式で、数字やアルファベットの最小可読文字サイズ推定方法が記載されている。これにより交通標識、印刷したパンフレット、野外のディスプレー表示画面など、特に文字サイズが固定された文字情報を読みやすく設計できる。さらに追加の研究では文字と背景のコントラストの効果も検証し、淡くて見にくい文字のサイズ検証に有効な情報も提供している。

これまで金融パンフレットや包装容器のラベルは文字が小さいため高齢者には読みにくく、トラブルも多かったが、この規格を用いれば読める文字サイズが設定できる。規格は10代から70代までさまざまな年齢を対象としているが、ロービジョンなど視力が極端に弱い人にも適用できる。

図3

図3 (上)実験に使った文字と最小可読文字サイズ推定方法
(下)視力と視距離の関係、視力と見ている物の明るさ(輝度)の関係
最小可読文字サイズ推定式は、次の式で計算可能となる。
最小可読文字サイズ (pt) = a×サイズ係数 + b
サイズ係数=視距離(m)/観測条件での視力、aと bは 明朝、ゴシックなどによって変化するパラメータ
例えば輝度100cd/m2のゴシックの数字を50㎝の距離で見る時の最小可読文字サイズは65歳で約11ポイント、20歳で約5ポイント、読みやすい文字サイズは65歳で約22ポイント、20歳で約10ポイント。

3)見やすい報知光(お知らせランプ)

ISO 24550:2019:人間工学-アクセシブルデザイン-消費生活製品の報知光
家電製品には電源のON/OFFなど、製品の状態を示す報知光(お知らせランプ)が用いられている。これらは故障や注意喚起に必須な情報であり、見えにくいとさまざまなトラブルが生じる。このため、視力の悪い人でも点灯していることがはっきりわかる、見やすい報知光のデザインが求められる。しかし、これまで報知光の設計は統一が取れていなかった。

産総研では報知光の輝度(明るさ)について920点の製品の計測調査を行い、その後多数の高齢者(約300名)やロービジョンの人(約50名)を対象に、報知光の見やすさに関する人間工学的研究を実施した。明るさや色、点滅する光源を見た時の見やすさやまぶしさ(グレア)に対する心理的評価を行い、最適値を設定した(図4左)。

今回制定された規格はこれらの結果をもとに制定されたもので、報知光をデザインする時の明るさや色などの視覚的要件をまとめ、高齢者やロービジョンの人までを含めて見やすく設計する指針である。環境の明るさや暗さを考慮しながら、高齢者やロービジョンの人にも見やすい報知光がデザインできる推奨値が記されている。

図4

図4 (右上)報知光の実験装置と製品についた報知光の例
(左)報知光の見やすさ主観評価と(右下)まぶしさ(グレア)評価

4)聞きやすく分かりやすい音声ガイド(音声案内)

ISO 24551:2019:人間工学-アクセシブルデザイン-消費生活製品の音声ガイド
操作を間違えると「もう一度操作してください」、体重計に乗ると「〇〇キログラムです」など、音声で状態を教えてくれる機能(音声ガイド)を搭載した製品において、聞きやすく・分かりやすい音声ガイドの重要性は高い。特に、視覚障害者や認知的な障害で文字を読むことが難しい人々には、音声ガイドを活用する場面が増えることからも、聞きやすく・分かりやすい音声が望ましい。産総研では、テスト音声をさまざまな生活環境音下で聞いた時の音量の聴取特性を、高齢者や若齢者について詳細に計測した(図5)。今回制定された規格では、これらの計測データに基づいて聞きやすい音量を規定するだけでなく、分かりやすさを向上させるために、視覚障害者が必要とする情報を明示的に規定した。例えば、操作の複雑な製品について使用方法を音声で案内する指針や、視覚ディスプレーに表示されている設定状態や稼働状態も音声で伝える指針、などを要求事項に含めた。

図5

図5 (上)テスト音声を作成した無響室(左)と音声聴取実験を行った部屋(右)
(下)背景騒音中のテスト音声の音量に対する回答
異なるS/N比(背景騒音に対する音声の音量)における、音量が小さすぎると回答した人数の割合(●)と、大きすぎると回答した人数の割合(□)から、場面に応じた最適な音声の音量が推定できる。背景騒音の音量が同じであっても、高齢者は若齢者よりも音声ガイドの音量を上げる必要がある。

今後の予定

今回制定された4件のISO規格は、今後ISO対応のJISとして日本語版の制定が検討される予定である。また障害者団体からは、これまで制定されたアクセシブルデザインの規格全般(図6)について自治体など企業以外への団体にも普及させるよう要望が出ている。産総研では、これらの活動をサポートするとともに、さらなる人間特性の解明と感覚特性データの拡充を続行しつつ、これまで蓄積された人間特性データを利用した製品設計に関するノウハウなどを技術移転して成果普及を行っていく。

図6

図6 産総研がこれまで作成したアクセシブルデザインのISO規格と開発の流れ

参考

ISO FOCUSに掲載された浮き出し(触覚)記号・文字のデザインのニュース

ISO FOCUSはISOが標準化の普及のために発行している機関紙であり、その時々で注目度の高いISOの規格や話題が掲載される。浮き出し(触覚)記号・文字の規格(ISO 24508)が制定された直後に、本紙へ掲載された。
URL:https://www.iso.org/news/ref2386.html

ISOサイトの画像

産総研のアクセシブルデザイン標準化戦略

人間工学の分野において、製品・環境・サービスの個別規格ではなく「共通基盤規格」としてガイド71で示された内容を具体化するためのさまざまな製品や分野に応用できる基本的な内容を示す規格と、人間特性データとデータ応用の技術的なガイドラインを示した技術報告書について産総研主導で作成した(図7)。

図7

図7 アクセシブルデザイン標準化戦略

これまで産総研主導で作成されたISOのアクセシブルデザイン規格等の一覧
共通基盤規格及び技術報告書として産総研主導で作成されたものは下記の通りである。

用語の説明

◆アクセシブルデザイン、ユニバーサルデザイン
高齢者や障害者を含む、できる限り多くのユーザーが使えるように製品・サービス・環境などをデザインする概念。特に、狭義には高齢者や障害者に配慮した製品などを意味する。高齢者や障害者に配慮したデザイン概念はユニバーサルデザイン(universal design)を初め、バリアフリーデザイン (barrier free design)、デザインフォーオール(design for all)、インクルーシブデザイン(inclusive design)などが提唱されているが、大きな違いはなく、ゴール(目的)はみな同じと考えてよい。
ISOでは、主にアクセシブルデザイン(accessible design)という名で規格を作成している。
◆国際標準化機構(ISO)、TC159人間工学(Ergonomics)
国際標準化機構(ISO)は国際的な技術標準を制定する国際機関。各国の162の標準化団体から構成される国際組織で、本部はジュネーブにある。日本の加盟団体は日本産業標準調査会(Japanese Industrial Standards Committee, JISC)で経済産業省内に設置されている政府機関である。
ISOでは300余りの技術委員会(Technical Committee, TC)とその傘下の分科会(Sub-Committee, SC)や、ワーキンググループ(Working Group, WG)に専門家(Experts)が集まり国際規格(International Standard)を作成する。
TC159 人間工学(Ergonomics)は人間工学分野を担当する技術委員会で、人体寸法、コンピューターなどのシステムと人間の相互作用、環境の人間工学などに分かれて活動している。アクセシブルデザインはこれらのすべてに横断的に関わるため、それぞれの分科会にワーキンググループが設置されている。
◆障害者権利条約
国連が2006年に制定した障害者の権利を守るための国際条約。障害者の基本的人権や社会的権利の確保、雇用などの社会環境の整備などが定められている。条約第九条にアクセシビリティーが記載されており、合理的配慮(reasonable accommodation)という障害者に対する配慮の考え方をクローズアップさせた文書として知られている。
日本は2013年に障害者差別解消法の成立とともにこの条約を批准し、国内で実効力を有するようになった。
◆障害者差別解消法
全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として、2013年6月に制定された日本の法律。障害者基本法に基づくもので、2016年から施行された。国連の障害者権利条約の批准に向けた日本国内法整備の一環として制定された。
◆SDGs
国連が制定した持続可能な世界の開発目標Sustainable Development Goalsの略で、2016年から2030年の15年間で世界が達成するべき目標。貧困や飢餓の撲滅、差別の解消、環境の保全など17項目に分かれて、世界各国が目指すべきゴールが示されている。アクセシブルデザインは健康と福祉の提供(Goal 3)や、性差の解消や平等な世界(Goal 5, Goal 10)などに関連する。
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