二次電池の高容量化を可能とする加圧電解プレドープ技術の開発に成功

ad

2020-02-21   東京大学

西原 寛(化学専攻 教授)
佐藤 正春(化学専攻 特任研究員)
王 映(化学専攻 博士課程3年)

発表のポイント

  • 二次電池(注1) の高容量化につながるシリコン含有負極の利用を可能とする加圧電解プレドープ(注2)技術を開発しました。
  • 加圧することで、従来の方法に比べて電気化学的プレドープを大電流で行うことができ、量産技術への適用も可能な処理速度が達成できました。
  • この技術を用いれば、不可逆容量の原因である負極活物質の固体電解質界面(SEI、注3)層形成を電池の組み立て前に行うことができるため、従来の黒鉛負極で最大10%程度、シリコン含有負極で最大20%程度容量が増大します。その割合、つまり容量が増加する割合はプレドープ時間に依存しますが、加圧することで実用的な速度での高容量化が可能となりました。また、加圧下での電解反応によって高品質の固体電解質界面(SEI)層が形成されるため、充放電サイクル寿命も長くなります。

発表概要

電気自動車やドローン、ロボットの普及に向けて高容量長寿命の二次電池が求められています。これまでの二次電池では初回の充放電で電解液や添加材がかかわる副反応が進行し、正極の持つリチウムを一部消費してしまうため、容量(注4)が活物質の使用量から計算した値より小さくなる(この容量を不可逆容量といいます)という課題がありました。東京大学大学院理学系研究科西原研究室では、二次電池を組み立てる前に負極とリチウムを反応させる実用的な方法(プレドープ)を種々検討し、負極の電気化学的プレドープを加圧下で行うことにより、大電流で高濃度までプレドープすることができることを見出しました。これにより、不可逆容量を実用的な処理速度で削減することができました。

今回の技術は特にシリコンを含む高容量負極に有効です。シリコンは理論容量が現状の負極の10倍以上で資源量も豊富なため、以前から注目されていました。しかし、不可逆容量が大きく充放電の繰り返しに伴う容量低下も大きいために利用は広がっていませんでした。このシリコン含有負極に今回の加圧電解プレドープを適用すると、組み立てた二次電池の容量は20%増加しました。また、充放電に伴う容量低下も抑えられることが確認できました。

本研究で開発した加圧電解プレドープ技術はシリコン含有負極の他にもさまざまな種類のリチウムイオン電池に適用することができ、理論的な限界に達しつつある二次電池にブレークスルーをもたらすものと考えられます。

発表内容

電極を電解液に浸漬し、対極(リチウム)との間に電圧を印加することによって電気化学反応が進行します。これを利用してリチウムをプレドープすることができれば、不可逆容量が低減して高容量になることは容易に考えられます。しかしながら、一般に電解反応はイオンの移動と反応速度が律速となり、長時間(~数時間)を要する場合が多く、工業的な技術としての利用は行われていませんでした。東京大学理学系研究科西原研究室では、高容量で長サイクル寿命が期待される電解プレドープを実用的な速度で行う方法を検討し、電解反応を加圧下で行うことで、大電流で(言い方を変えると短時間で)高濃度までリチウムをプレドープできることを見出しました。

図1に電気化学的にプレドープしたシリコン負極とリチウムイオン電池の一般的な正極材(LiNMC)からなる二次電池の充放電時の容量と電圧の関係をプレドープしないシリコン負極を使ったものと比較して示します。プレドープしたシリコンを負極とする二次電池の容量は150 Ah/kgとなり活物質の設計値(158 Ahkg)に近い値となりましたが、プレドープしないものでは125 Ah/kgとなり、容量の20%が失われています。また、充放電サイクルに伴って容量も5サイクル目までに15 Ah/kg低下しています。これらの結果から、加圧電解プレドープによって、二次電池の高容量化と長寿命化が達成できることが示されました。

二次電池の高容量化を可能とする加圧電解プレドープ技術の開発に成功

図1:シリコン負極とLiMNC正極を使った二次電池の充放電曲線。
図中の数字は充放電サイクルの回数。
実線:加圧電解プレドープしたシリコン負極
破線:プレドープしないシリコン負極

図2には電気化学的にプレドープしたシリコン負極の透過型顕微鏡写真を示します。シリコン粒子の表面には電気化学的プレドープによってSEI層が形成されます。加圧下でプレドープしたものでは島状のLi2CO3を含むSEIが形成されており、電解液や添加材が反応したものと考えられるのに対し、非加圧下でプレドープしたものにはLi2Oが主に含まれていました。これは加圧によって高品質のSEIが形成されることを示していると考えられます。また、超高速MAS固体核磁気共鳴測定(7Li MAS NMR、注5)、およびX線回折測定(XRD、注6)では加圧電解プレドープした電極で安定なLi15Si4が生成することが認められました。これはシリコンへのリチウムのドープが偏在していることを示しています。これらにより充放電サイクルを繰り返しても劣化しにくい電極が得られると考えられます。

図2:プレドープしたシリコン負極の透過型顕微鏡写真。
左:加圧電解プレドープ
右:非加圧電解プレドープ

今回の研究成果は将来の電子機器や乗り物、エネルギー管理システムなどのさまざまな場面に対応できる高エネルギー二次電池の実現に大きく貢献できると考えられるため、成果の早期実用化を目指して研究開発を強化してゆく計画です。なお、今回の成果を東京ビッグサイト(青海展示場)で2020年2月26日から28日に開催される第11回国際二次電池展に出展し、高エネルギー二次電池の市場ニーズの把握と量産化および事業化の仲間作りも行う予定です。

本研究は国立研究開発法人科学技術振興機構、大学発新産業創出プログラム(START)、課題名「Si負極と有機正極からなる軽量高エネルギー二次電池の開発」(平成29年度採択)において行いました。

発表雑誌

雑誌名
Scientific Reports論文タイトル
High-energy, Long-cycle-life Secondary Battery with Electrochemically Pre-doped Silicon Anode

著者
Ying Wang, Masaharu Satoh*, Masazumi Arao, Masashi Matsumoto, Hideto Imai, and Hiroshi Nishihara*

DOI番号
10.1038/s41598-020-59913-4

アブストラクトURL

用語解説
注1 二次電池

乾電池のように一度使い切ると使えなくなる一次電池に対し、充電を行うことにより繰り返し使用することができる電池のこと。

注2 プレドープ

電池の場合は電極とリチウムを予め反応させてリチウムを電極に担持させることである。リチウムはイオン化しやすいため電解液中で負極と接触させるだけで反応が進行する(接触プレドープ)。これまでは実用的な方法として接触プレドープが多く検討されてきた。ただし、この方法では電気化学反応を伴わないのでSEIが形成されず、初期の容量低下が大きな電極となる。

注3 固体電解質界面

SEI(Solid Electrolyte Interface)とも呼ばれる。リチウムイオン電池の最初の充放電過程で、電解液や添加材の分解によって負極(通常は粒子状)の表面に形成される化合物。負極と電解液の界面でリチウムイオンの移動を円滑に進めることが知られており、良質なSEI層を形成することが充放電サイクル寿命を長くすることに有効であるといわれている。

注4 容量

電極の単位質量当たりに蓄えられる電荷量のことで、単位はAh/kg。また、特に充放電反応の主体である活物質の質量当たりの容量を容量密度といい、単位はAh/kg。現在使われているリチウムイオン電池の負極(グラファイト)は炭素6個に対してリチウムを1個蓄えることできるので、容量密度は電子の電荷を炭素6個の分子量で割ったものであり、372 Ah/kgとなる。これに対し、シリコンは1つで4個のリチウムと反応するとすると3820 Ah/kgと計算される。

注5 超高速MAS固体核磁気共鳴測定

固体材料の化学構造や分子の結合の様子を調べることができる測定方法。

注6 X線回折測定

試料に含まれる結晶の構造を調べることができる測定方法。結晶の構造から化合物の種類を決めることもできる。

―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―

0402電気応用0501セラミックス及び無機化学製品
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました