飛騨帯神岡地域におけるSHRIMP(シュリンプ)ジルコノロジー ~日本列島形成史の解明に貢献~

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2019-10-10   情報・システム研究機構 国立極地研究所

日本列島は、約2000万年前に日本海が拡大を始めるまではユーラシア大陸の一部でした。岐阜県と富山県の地層に存在する「船津せん断帯」は、大陸のせん断帯と比較することで日本列島が日本海拡大前にどこに位置していたかを解明するための鍵の一つとなることから、船津せん断作用の発生年代の決定は、日本列島形成史の研究において重要なテーマとなっています。

国立極地研究所(極地研、所長:中村卓司)の真美特任研究員を中心とする研究グループは、岐阜県神岡地域の船津せん断帯の地層から岩石「花崗岩質マイロナイト(注1)」を採取し、含まれる微小なジルコンの粒を回収しました。このジルコンを対象に、極地研の高感度・高分解能イオンマイクロプローブ(Sensitive high-resolution ion microprobe、SHRIMP-IIe)を用いて、ウラン-鉛法による年代測定および酸素同位体比の高精度分析を行いました(図1)。その結果、神岡地域の花崗岩質マイロナイトは、約2億4300万年前に花崗岩として形成され、その後、約1億9900万年前までにせん断による変形作用を受けマイロナイト化したことが明らかとなりました。つまり、せん断は約2億4300万年前から約1億9900万年前までの間に発生したことが分かりました。

本せん断作用の時期が限定されたことは、日本列島の形成史の議論、特に日本海拡大前の日本列島と朝鮮半島や中国大陸、ロシア沿海州の関連を考察する上で貴重な情報であり、今後の研究への貢献が見込まれます。

飛騨帯神岡地域におけるSHRIMP(シュリンプ)ジルコノロジー ~日本列島形成史の解明に貢献~

図1
左:極地研が所有する高感度・高分解能イオンマイクロプローブ(SHRIMP-IIe)。
右:ジルコンのカソードルミネッセンス画。Takehara & Horie (2019)を改変。楕円はSHRIMP分析点の位置を示す(直径は約25マイクロメートル、深さは約2マイクロメートル)。包有物の略号 Kfs: カリ長石、Qtz: 石英、Ap: アパタイト、Pl: 斜長石。

研究の背景

神岡地域は地質学的には飛騨帯に区分され、主に、変成岩と、トリアス紀前期~ジュラ紀前期(約2.5億年前~約1.7億年前)にできた花崗岩から構成されています。岩相や岩石年代が中国大陸や朝鮮半島、ロシア沿海州と類似していることから、日本列島形成前の大陸の一部であった時代の情報を残す場所と考えられています。さらに、中国の中央部にある秦嶺–大別–蘇魯超高圧変成帯と、過去にひと続きの位置にあった可能性も議論されています。

これらのことから、飛騨帯についてはこれまでも、日本列島形成前の位置を解明するための地質学的・地球化学的研究が行われてきました。しかし、形成発達史や周辺地域(宇奈月地域や飛騨外縁帯)との関係性などがいまだに明らかになっておらず、国内外の多くの地質学者からの注目を集めています。

飛騨帯の南部から東部にかけて分布する「船津せん断帯」(図2)は、日本海拡大前の日本列島と朝鮮半島や中国大陸、ロシア沿海州の関連を考察する上で重要な情報を提供します。すなわち、船津せん断帯の活動時期を明らかにし、朝鮮半島や中国大陸、ロシア沿海州のせん断帯の活動時期やその他の地質学的情報とあわせて比較すれば、日本海拡大前に日本列島がどのような位置でユーラシア大陸と繋がっていたかを推定する手がかりとなります。

図2:飛騨帯と船津せん断帯の概略図。加納・渡辺(1995)を改変。

神岡地域は、船津せん断帯の模式地とされます。神岡地域に産出する「花崗岩質マイロナイト」は船津せん断作用によって形成された変形岩で、ピンク色のカリ長石の大きな粒が目を引くことから、眼球状片麻岩とも呼ばれています。

今回、研究チームは、船津せん断帯の模式地とされる岐阜県神岡地域の岩石を対象に,せん断の発生年代に制約を与えるため、「花崗岩質マイロナイト」をはじめとする神岡地域の岩石に含まれるジルコンを対象に、高精度同位体比微小領域分析を行いました。

研究の内容

図3:神岡地域高原川河床の岩石試料採集露頭。Takehara & Horie (2019)を改変。10円硬貨及びハンマーはそれぞれの写真のスケール。

本研究では、岐阜県飛騨市神岡地域の高原川河床において、飛騨帯の(1)花崗岩質マイロナイト、(2)縞状片麻岩、(3)非変形の(せん断作用を受けていない)花崗岩、の3試料を採取しました。これら3つの岩石試料は、約数メートルの狭い範囲から採取しており、(3)非変形の花崗岩は(1)花崗岩質マイロナイトに貫入していました(図3)。

採取した岩石試料を国立極地研究所設置の高電圧パルス選択性粉砕装置(Selfrag Lab社製)で粉砕し、ジルコンを回収しました。ジルコン(ZrSiO4)は花崗岩等の火成岩や堆積岩等に含まれ、物理化学的に安定な鉱物であり、ほかの多くの鉱物が溶けてなくなる高温環境でも溶けずに、周囲の元素を取り込み結晶成長します。ジルコン中に微量に含まれるウランやトリウムが鉛に放射壊変することを応用して、ジルコンができた時期を見積もることができます(ウラン-鉛放射年代測定)。

ジルコンをエポキシ樹脂に包埋し、SHRIMP-IIeを用いて高精度微小領域ウラン-鉛放射年代測定を行いました。その結果、非変形の花崗岩は、約1億9910万年前(199.1 ± 1.7 Ma)に花崗岩質マイロナイトに貫入したことが判明し、したがってせん断作用はこれ以前に生じたことが分かりました。また、花崗岩質マイロナイト中のジルコンは、約2億4260万年前(242.6 ± 1.9 Ma)というウラン-鉛年代を示しました。以上により、約2億4260万年前に形成した花崗岩が、約1億9910万年前までの間にせん断作用を受けてマイロナイト化したことが明らかとなりました。すなわち、船津せん断作用は、この期間中に発生したことが分かりました(図4)。

さらに、岩石の成因を明らかにするための基礎データとなる、ジルコンの酸素同位体比分析も行いました。分析には極地研の多重検出器型SHRIMP-IIe(SHRIMP-IIe/AMC)を用いました。国内の花崗岩中ジルコンの酸素同位体比データは限られており、飛騨帯でのデータが公表されたのは初めてのことです。

加えて、花崗岩質マイロナイト中に含まれるジルコンは、ウラン-鉛年代測定や酸素同位体組成において、せん断作用の影響を受けないことが明らかとなりました。すなわち、実験室では検証できない地質学的な時間スケールにおいて、岩石に強いせん断の力がかかってもジルコンが安定性に存在できることが確かめられました。

図4:ジルコンのウラン-鉛年代に基づいた飛騨変成作用と船津せん断作用の時間間隔。Takehara & Horie (2019)を改変。Maximum depositional age:堆積層に含まれる砕屑性鉱物の中で,最も若い放射年代値を示すものの年代値。ある堆積層の堆積年代は、その中で最も若い放射年代値を示す砕屑性鉱物より古くはならないという考えに基づき、堆積層の堆積年代に、最も若い砕屑性鉱物年代よりは若いという制約を与える。

今後の展望

日本列島形成史の議論や、日本海拡大前の日本列島と朝鮮半島や中国大陸、ロシア沿海州の関連を考察する上で、本研究で得られた船津せん断帯の形成時期は重要な知見となります。

また、ジルコンの酸素同位体比は、ジルコンの形成環境を反映しており、ウラン-鉛年代を解釈する上で有用です。現在のところ、日本国内で採取されたジルコンに対する酸素同位体比の分析はあまり進んでおらず、本研究で明らかとなった酸素同位体比は今後、飛騨帯を含む日本国内全域の花崗岩の成因論を議論する上で有益な情報となりえます。

さらに、本研究ではジルコン中のウランやトリウムの濃度も決定することができました。今後、マイクロメートルスケールでのウランやトリウムの分布が検証されることにより、地球ニュートリノ研究への貢献も期待されます。

注1:マイロナイト:
衝上断層帯やせん断帯などを形成する変形作用にともない、地下深部の高温環境で起こる変成作用をマイロナイト化作用(圧砕作用)と呼ぶ。この作用によって形成された岩石のことであり、変形や再結晶をした鉱物を含む。

発表論文

掲載誌: Island Arc
タイトル: U-Pb zircon geochronology of the Hida gneiss and granites in the Kamioka area, Hida Belt
著者:
竹原 真美(国立極地研究所 地圏研究グループ 特任研究員)
堀江 憲路(国立極地研究所 地圏研究グループ 助教)
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/iar.12303
DOI: 10.1111/iar.12303
論文公開日: 2019年7月1日

研究サポート

本研究はJSPS科研費(基盤研究B 「地殻形成素過程解明に向けた微小領域高精度ジルコン年代測定の実証研究」、「ジルコンの多種同位体分析による地殻形成プロセスの解明」、基盤研究C「地球表層環境におけるジルコニウムの挙動解明のためのジルコン・インデックス構築」)の助成を受けて実施されました。

お問い合わせ先

国立極地研究所 広報室

1703地質
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