空間分解能1ナノメートルの共鳴ラマン分光を実現

ad

原子・分子スケールで物質表面の化学分析が可能に

2019-07-31  科学技術振興機構

ポイント
  • 従来のラマン分光は、光の回折限界によって分解能が200~400ナノメートルに制限されていた。
  • 鋭い金属の針先に発生させられるナノスケールの光で酸化亜鉛超薄膜を測定し、1ナノメートルの空間分解能で共鳴ラマンスペクトルを取得することに成功した。
  • 原子・分子スケールで物質表面の化学分析を可能にし、不均一触媒の微視的な反応機構解明などへの応用が期待される。

JST 戦略的創造研究推進事業において、マックス・プランク協会 フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門の熊谷 崇 グループリーダーの研究チームは、株式会社ユニソクと共同開発した低温探針増強ラマン分光(TERS)注1)装置によって鋭い金属の針先に発生するナノスケールの光(局在表面プラズモン(LSP)注2))を使った顕微振動分光を行い、およそ1ナノメートル(nm)の空間分解能で共鳴ラマンスペクトル注3)を取得することに成功しました。

複雑な不均一触媒注4)の反応機構を解明するには、固体表面で反応の活性点となっている原子レベルの構造と分子の動的挙動(化学反応)を調べる必要があり、光の回折限界注5)を超えた超高感度のナノスケール化学分析法が必要とされています。

代表的な化学分析法であるラマン分光は、振動スペクトルから物質や分子の構造や反応を詳細に調べられる優れた手法です。特に、共鳴ラマン分光は測定試料の電子状態に敏感なため、不均一触媒の反応活性点を選択的に調べられる可能性があります。しかし、従来のラマン分光の空間分解能は光の回折限界によって200~400ナノメートル程度に制限されており、原子レベルの構造や分子の動的挙動は直接観測できませんでした。

ラマン分光法と走査プローブ顕微鏡(SPM)注6)とを組み合わせた先端計測技術であるTERSは原子・分子スケールの空間極限におけるイメージングと化学分析を同時に可能とする分析法として期待されています。

研究チームは、触媒や透明電極材料として重要な酸化亜鉛超薄膜注7)で精密なTERS測定を行い、ナノスケールの光による共鳴ラマン散乱の基礎的なメカニズムを世界で初めて解明しました。TERSスペクトルには強く増強された酸化亜鉛超薄膜の振動モードが観測され、振動強度の局在表面プラズモン共鳴や励起波長に対する依存性を精密に計測しました。さらに、走査トンネル顕微鏡(STM)によるナノスケールの走査トンネル分光(STS)注8)とTERSを計測することによって、共鳴ラマン信号を1ナノメートルの空間分解能で得られることを示しました。

研究チームは今後この新しい技術を応用して、不均一触媒材料の表面構造や吸着した分子の反応ダイナミクスを直接調べる研究を進める予定です。

本研究成果は近日中、米国の科学誌「Nano Letters」にオンライン掲載されます。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)

研究領域:「革新的触媒の科学と創製」
(研究総括:北川 宏 京都大学 大学院理学研究科 教授)

研究課題名:「局在プラズモン励起を介した触媒作用の微視的機構の解明」

研究者:熊谷 崇(フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門 グループリーダー)

研究期間:平成28年10月~令和2年3月

<研究の背景と経緯>

不均一触媒は、化成品の合成に使われる触媒の80パーセント以上を占めており、現代の化学産業に欠かせません。不均一触媒の性能を改善することは、持続可能な社会の実現に向けた重要な課題です。より効率的なエネルギー利用や不要な副産物の発生を抑えた選択的な化学変換を実現するためには、複雑な不均一触媒反応の微視的機構を解明する必要があります。

固体と液体または気体の異なる相の界面で進行する不均一触媒反応のメカニズムを理解するには、固体表面の原子レベルの構造と分子の動的挙動を調べる必要があります。そのためには、原子・分子レベルの空間分解能を持つイメージング法と超高感度の化学分析法の開発が求められます。

代表的な化学分析法であるラマン分光は物質、分子の振動スペクトルから、その構造や反応について豊富な情報が得られます。特に、共鳴ラマン分光では振動スペクトルの強度が測定試料の電子状態に敏感なため、化学反応に関わる特定の構造に対して選択的な情報を得られます。そのため、共鳴ラマン分光は不均一触媒で重要な、表面の局所的な幾何構造、電子状態、そして分子の反応を調べる有用な分析法です。しかし、通常のラマン分光の空間分解能は光の回折限界によって200~400ナノメートル程度に制限されており、原子・分子レベルでの構造や反応は直接観察できませんでした。

<研究の内容>

研究チームは、株式会社ユニソクと共同開発した低温探針増強ラマン分光(TERS)装置によって酸化亜鉛超薄膜を測定し、1ナノメートルの空間分解能で共鳴ラマンスペクトルを取得することに成功しました。独自に開発したラマンシステムとプラズモニック探針のナノ加工技術(2019年5月15日JSTプレスリリース)によって、高い精度と再現性でTERSスペクトルを取得することを可能にしました(図1)。さらに、TERSスペクトルの励起波長、STM接合内の局在表面プラズモン、そして酸化亜鉛超薄膜の局所的な電子状態に対する依存性を精密に調べた結果、共鳴ラマン散乱が起きていることを明らかにしました。

まず、銀単結晶表面にエピタキシャル成長させた酸化亜鉛超薄膜(図2a、b)でTERS測定をしました。得られたラマンスペクトル(図2c)では、銀の探針を表面に近付けた場合にのみ、酸化亜鉛超薄膜に特徴的な振動モードが観察されています。このラマン信号の大きな増強には、STM接合内の局在表面プラズモン(LSP)励起に伴う物理的増強効果と、酸化亜鉛超薄膜の電子状態と励起波長の共鳴に伴う化学的増強効果の両方が寄与していることを実証しました。

さらに、STMの局所電子分光、走査トンネル分光(STS)と組み合わせた測定によって、共鳴ラマン散乱が酸化亜鉛超薄膜の局所的な電子状態と相関していること、その空間分解能が原子スケールに近い1ナノメートルにまで達することを証明しました(図3)。

<今後の展開>

今回実現した1ナノメートルの空間分解能を持つ探針増強「共鳴」ラマン分光は、物質表面の局所構造、分子の吸着や反応など、不均一触媒の素過程に関わる情報を原子・分子レベルで調べられる分析法として期待されます。研究チームは今後、不均一触媒のモデル系となる金属単結晶や酸化物超薄膜をこの新しい手法で計測し、分子の吸着構造や反応についても調べる予定です。

<参考図>

空間分解能1ナノメートルの共鳴ラマン分光を実現
図1 実験の模式図

FIB(集束イオンビーム)加工によって先鋭に成形したプラズモニック探針(左)を、銀単結晶表面にエピタキシャル成長させた酸化亜鉛超薄膜に近付け、励起光によってSTM接合内のLSPを発生させる。このナノスケールの光によってラマン散乱光が著しく増強される。

図2 酸化亜鉛超薄膜のTERSスペクトル測定
図2 酸化亜鉛超薄膜のTERSスペクトル測定

(a)銀(Ag(111))表面に成長した酸化亜鉛超薄膜のSTM像。2および3原子層の薄膜が観察されている。

(b)酸化亜鉛超薄膜の模式図。銀基板との不整合によるモアレ模様が(a)のSTM像で観察されている。

(c)2原子層の酸化亜鉛超薄膜で測定したTERSスペクトル。探針を表面に近付けたときにのみ、強いラマン信号が観測される。

図3 共鳴TERSで空間分解能1ナノメートルを実現図3 共鳴TERSで空間分解能1ナノメートルを実現

(a)銀表面に成長した酸化亜鉛超薄膜のSTM像。

(b)(a)と同じ範囲のSTSマッピング。局所的な電子状態の違いが像の濃淡として観測されている。

(c)(a)および(b)の赤丸、青丸で示した位置で測定したTERSスペクトル。酸化亜鉛超薄膜に由来するラマン信号に大きな違いがある。黒線は銀表面で測定した結果。

(d)同じ位置で測定したSTSスペクトル。観測されているピークは酸化亜鉛の電子共鳴に相当している。(a)および(b)の赤丸、青丸で示した位置では、ピークの位置がわずかに異なる。

(e~h)(a)および(b)の白い線に沿ったSTMプロファイル、STS強度、ラマン強度、TERSスペクトル。ラマン強度は325cm-1のピーク強度をプロットしている。酸化亜鉛の局所電子状態を反映してラマン強度やピーク位置にシフトが見られる。

<用語解説>
注1)探針増強ラマン分光(TERS)
プラズモニック材料の鋭い針先に発生できる局在表面プラズモンの強い電場増強と空間的閉じ込め効果によって、ナノスケールのラマン分光を行う手法。単一分子の検出ができる超高感度化学分析法の1つ。
注2)局在表面プラズモン(LSP)
光の波長よりも小さな金属ナノ構造に光を照射した際に発生する自由電子の集団的振動で、ナノ構造に局在した強い電磁場を生じる。
注3)共鳴ラマンスペクトル
ラマン分光で励起光の波長を分子の電子吸収帯(電子共鳴)に接近あるいは一致させると、ラマン散乱光が著しく増大する現象(化学増強作用)が起こり、これを利用して取得するスペクトル。
注4)不均一触媒
物質の異なる相の界面で反応が進行する触媒。固体表面に反応の活性点があるものが多い。
注5)光の回折限界
光は波としての性質を持つために、光の波長の半分以下の範囲に集光できない。そのため、可視光領域では数百ナノメートルが空間分解能の限界となる。
注6)走査プローブ顕微鏡(SPM)
物質表面を鋭く尖った探針でなぞり、その凹凸を像として得る顕微鏡。トンネル電流を検出する走査トンネル顕微鏡、物質間に働く化学的相互作用を検出する原子間力顕微鏡などいくつかの種類がある。原子分解能を持つ顕微鏡の1つである。
注7)酸化亜鉛超薄膜
数原子層の厚みしか持たない酸化物超薄膜の1つ。バルクとは大きく異なる構造や物性を示す場合がある。また、不均一触媒のモデル系として研究されている。
注8)走査トンネル分光(STS)
走査トンネル顕微鏡による局所的な電子分光法で、導電性物質表面の電子状態を原子レベルで調べられる。
<論文タイトル>
“Resolving the Correlation between Tip-Enhanced Resonance Raman Scattering and Local Electronic States with 1 nm Resolution”
(1nmスケールで空間分解した探針増強共鳴ラマン散乱と局所的電子状態の相関)
DOI:10.1021/acs.nanolett.9b02345
<お問い合わせ先>
<研究に関すること>

熊谷 崇(クマガイ タカシ)
フリッツ・ハーバー研究所 物理化学部門 グループリーダー

<JST事業に関すること>

中村 幹(ナカムラ ツヨシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部

<報道担当>

科学技術振興機構 広報課

 

0110情報・精密機器0505化学装置及び設備1700応用理学一般1701物理及び化学
ad
ad
Follow
ad
タイトルとURLをコピーしました